覆面記者の目

J1 第19節 vs.札幌 ノエスタ(9/26 19:03)
  • HOME神戸
  • AWAY札幌
  • 神戸
  • 4
  • 2前半0
    2後半0
  • 0
  • 札幌
  • 古橋 亨梧(19')
    郷家 友太(45')
    古橋 亨梧(62')
    小田 裕太郎(90')
  • 得点者


 試合後、三浦淳寛監督は「我々のやりたいことができたわけではなかった」と試合を振り返った。試合を通じてのポゼッションは、やや札幌が上回っていた。その意味では、「ヴィッセルらしからぬ」戦いだったともいえるが、こうした戦いを2試合連続で制したことは、チームの成長と捉えることもできる。
ヴィッセルのサッカーが、ボールを握りながら相手をコントロールする戦いであることは、これまでに何度もこの項で述べてきた通りだ。そしてそれを実現するための選手を揃え、トレーニングの中でパスワークを磨いてきた。しかしこれが対戦相手にも浸透する中で、「引いた相手をどう崩すか」という新しい問題が浮かび上がってきた。C大阪戦などは、その最たるものだろう。あの試合では早い時間帯に退場者を出したことで10人になったC大阪が、中央を固めながら引いて守り続けたことで、ヴィッセルはそのブロックを最後まで崩すことができなかった。こうした場合、昨季であればルーカス ポドルスキのドリブル突破やミドルシュート、そしてダビド ビジャの芸術的な裏抜けで崩すこともできたが、今季のメンバーでの崩し方は、まだ見つかっていない。ドウグラスは、密集の中でもボールを収めることができるが、そこからの連続性が生まれていない。それが今季の悩みの種でもあった。
 とはいえ、それは昨年のチームよりも劣っているということではない。あくまでも個性の違いではある。現在ヴィッセルの攻撃陣といえばドウグラス、古橋亨梧、藤本憲明といった選手が中心となる。彼らの特徴は、相手守備の背後のスペースを使う巧みさだ。細かな個性はそれぞれ異なるが、相手守備陣の裏のスペースが勝負所になるという点では共通している。これまで彼らを活かすべく様々な工夫を凝らしてきたが、「これ」という決定的な解は、未だ見つけられていない。それでもリーグ3位の得点数を記録しているということは、根本的な力はあることの証左といえるだろう。

 三浦監督は会見の中で、冒頭の言葉に続けて、このヴィッセルらしからぬ戦い方が「札幌の戦い方を分析した結果」としての戦い方であったことを明かした。これについて説明する。
 今季の札幌は「前からのプレス」に特徴を持っている。オールコートレベルでマンツーマンディフェンスを仕掛け、少しでも高い位置でボールを奪い、前に素早く運ぶことを目的としている。これまでのヴィッセルの戦い方であれば、プレスに来る札幌をパスワークの中で走らせ、疲弊させることを目的としただろう。この戦い方は理に適っているとはいえ、リスクも大きい。リスクとは、厳しいプレスを避けながらパスをつなぐ過程で生じる僅かなズレが、何人か経由する中でミスを誘発し、そこからカウンター攻撃を仕掛けられるということだ。今季は、この形から失点したケースも少なくない。そしてこの戦い方にはもう一つリスクがある。それはパスワークで相手を振り回しているうちに、相手のポジションがどんどんと低くなり、結果的にゴール前を固められてしまうという形だ。これによって、崩し切れなかった試合もある。
 こうしたことを考えると、「ある程度相手に持たせながら戦う」という方法を持つことは、ヴィッセルにとっては、正しい意味で戦い方を広げることになる。相手に持たせるとは言え、決して自分たちが引き続けるわけではない。この試合で先制点を挙げた後、自陣でプレスに来る札幌の選手をパスで翻弄し走らせることで、その勢いを削いだように、これまで培ったパスワークも活かしつつも、相手に攻める感覚を持たせ続けることができれば、これは新しいゲームコントロールの方法ともいえる。
 この試合では、いくつかの幸運があったことも事実だ。札幌の攻撃におけるキーマンのチャナティップ、そして深井一希、福森晃斗が戦列を離れていたことだ。特にチャナティップはボールスキルも高く、ドリブルで仕掛けることもできるため、一人で捕まえるのは難しい選手だ。かといってここに複数人でマークにいってしまうと、そこで生まれたスペースを深井や駒井善成、荒野拓馬といった選手に使われてしまう。加えたチャナティップは小柄なため、倒された際にファウルをもらいやすい。相手陣内の深い位置でファウルを受けると、そこで福森の正確無比なキックが活きてくる。札幌における全ての中心であるチャナティップ不在が、ヴィッセルにとって大きなアドバンテージとなったことは事実だ。


 戦術的な見どころは、やはりサイドの攻防だった。この試合でヴィッセルが採用した布陣は4-3-3。これに対して札幌の布陣は3-4-3。この微妙なミスマッチの中で、両サイドともヴィッセルが勝利したことが、攻撃を組み立て易くした。札幌の基本戦略は、ヴィッセルのビルドアップ時に、トーマス フェルマーレンと大﨑玲央の両センターバックに対して、小柏剛と金子拓郎が寄せることから始まっていた。同時に荒野は、アンカーに入っていた山口蛍をマークすることで、中央でのビルドアップを阻害する。これを繰り返しながら、ヴィッセルを狭いスペースに閉じ込めていこうという狙いを持っていた。そしてここまでは、札幌が狙い通りにことを運ぶことができていた。
 ここでヴィッセルにとってボールの出口はサイドに移動する。主力はもちろん左サイドバックに入った酒井高徳だ。ここで酒井がアンドレス イニエスタ、そして古橋との連携の中で前に出る姿勢を見せ続けたことで、同サイドのルーカス フェルナンデスの裏を取った。こうなると札幌の最終ラインの前は田中駿汰1枚になっているため、ヴィッセルはバイタルエリアを広くを使うことができた。
 さらに逆サイドの藤谷壮も縦の動きを繰り返し、マッチアップする菅大輝や駒井と互角にやりあった。ヴィッセルにとっては右サイドと中央は互角、左サイドは優位という関係を作り出すことに成功したのだ。試合序盤こそ激しいマンツーマンディフェンスに手を焼いていたように見えたかもしれないが、その中でサイドの優位性を確立していった戦い方はしたたかだった。

 その優位性を最大限に生かしたのが、19分の先制点だ。イニエスタと酒井で左サイドを崩し、最後はイニエスタのスルーパスに抜けだした酒井がマイナス方向に戻したボールを、古橋がゴールに蹴りこんだ。この場面でイニエスタと酒井に対しては、それほど厳しいマークもなかったことでも、ヴィッセルが優位性を確立できていたことが解る。彼らの技術であればスルーパス、抜け出しともそれ程の苦労はなかったと思われる。ここで先制点を奪ったことで、その先ヴィッセルは無理にポゼッションを高めることなく、余裕をもって試合を進めていけるようになったのだ。
 札幌のようなマンツーマンでのディフェンスというのは、マークできている時は良いのだが、一度それが緩むとそこからは連鎖的に緩んでしまう傾向が強い。そして、このスタイルは走力とスタミナに支えられるプレーであるため、先制後にヴィッセルが見せたように何度か振り回すと、やはり緩みが生じる。ヴィッセルが、選手たちの技術力を正しく発揮した結果、札幌の守備を無効化したという点において、やはりこの試合は新しい一面を開いたといえそうだ。

 試合後、札幌を率いるペトロヴィッチ監督は「4失点の後ではコメントし難いが」と前置きした上で、スコアほどの負けではないという感想を述べた。現役大学生2名を含む若いメンバーを中心に試合に臨んだだけに、彼らを気遣っての発言かもしれないが、本当にそう感じていた可能性は高いと筆者は思っている。百戦錬磨のペトロヴィッチ監督がそう思っても不思議ではないほど、ボールを握るチームにとって、試合評価は難しいのだ。ボールを握るということは、そこでゲームの支配権を握っているかのような錯覚に陥りがちだからだ。ヴィッセルの過去の試合がそうだったとは思っていないが、「攻め切れなかった」という試合は少し視座を移すだけで全く異なる色を見せる。

 事実上、先制点で趨勢は定まった試合ではあったが、その後のゴールはヴィッセルにとって意味のあるものだった。2点目を挙げたのは郷家友太だ。前節では存在感の希薄さに厳しい評価を降したが、先発したこの試合では見事に存在をアピールした。45分にイニエスタからの長いスルーパスに走りこんだ古橋が、マークした進藤亮佑と競り合い、それが後ろにこぼれたところを受けた郷家が、落ち着いてゴールに蹴りこんだ。蹴る瞬間には前に二人の選手がいたが、巻き気味に狙いすましたコントロールショットでゴールを陥れた。この技術の高さはもちろんだが、それ以上に古橋の上がりにしっかりとついていったことを高く評価したい。こうしたプレーが「怖さ」を生み出していく。技術があるが故に、色々な選択肢を持ててしまう郷家ではあるが、基本はこの「怖さ」にある筈だ。今やプロの身体へと成長した郷家には、この「怖さ」を持ち続けてもらいたい。本来持っているものは同世代の選手の中でも上位クラスの選手であるだけに、一つのきっかけがあれば大きく飛躍する可能性は極めて高いと思っている。


 そしてとどめとなった4点目を決めた小田裕太郎だが、漸く待望のプロ初ゴールが生まれた。センターサークル付近で藤本が潰れてこぼれたボールに走り込み、追ってくる二人を一瞬で引きはがしたスピードには、改めて驚かされた。藤本が潰れた時点で、相手の2選手は、小田の5m近く前方にいたのだが、そこから15m進んだあたりでは、もう二人を置き去りにしていた。最後はGKをかわし、落ち着いてゴールへと流し込んだ。これまでなかなかチャンスを決められなかった小田だったが、アカデミー時代「ヴィッセルのムバッペ」と称されたスピードを遺憾なく発揮した。過去に起用された試合でもゴールチャンスはあったが、それを決めきれていなかっただけに、本人も忸怩たる思いはあっただろう。それを振り払う、小田にとっては値千金のゴールだった。どの競技でもそうだが、ルーキーは最初の結果を出してからが勝負だ。このゴールを皮切りにゴールを重ねていくことができれば、小田は世代のトップランナーとして、日本サッカーを引っ張る存在になれるだけの可能性がある。ゴール後に足を滑らせるお茶目な一面もあったが、三浦監督の初勝利とともに初ゴールを記録した小田が、三浦監督にとっての「孝行息子」になることを期待している。

 2試合連続で2ゴールを挙げた古橋だが、漸くトップフォームを取り戻したようだ。爆発的なスピードに加えて、確実に枠を捉えるシュート技術は、ややタイプは異なるが小田にとって良きお手本でもある。古橋が他の選手の追随を許さないのは、スピードの強弱のつけ方の巧みさだ。相手は古橋のスピードをマークしているのだが、細かなステップの中で強弱がついているため、相手はどうしても後手を踏む。そして走る際に手を動かしながら、ボディバランスを取るのと同時に、自分のスペースを確保し続けている。これは教えられてできるプレーではない。常に考えながらプレーしているからこそ、成長を続けている。強弱のつけ方などは、昨季ヴィッセルに在籍したビジャを髣髴とさせる。ビジャを間近で見て、世界トップレベルの技を学んだのだろう。試合後には「まだ決めるべきところを決めていない」と反省の弁を口にするなど、向上心の塊のような古橋だけに、まだまだ成長は止まりそうにない。

 そして、この試合もヴィッセルの攻撃を演出したのは、3得点に絡んだイニエスタだった。これで3試合連続のフル出場となったが、暑さも峠を越えたことで動きやすくなってきたのだろう。イニエスタがトップフォームを取り戻したら、Jリーグの中にそれを止めることのできる選手は存在しない。どんな局面でも慌てることなく、ボールを自在に操るため、マークしている選手は振り回されるだけだ。この試合でも何度も決定的なパスを通し、ヴィッセルの攻撃を牽引した、この「ヴィッセルの至宝」がコンディションを上げてきた以上、まだ上位進出の望みは十分にある。

 累積警告で出場停止のセルジ サンペールに代わってアンカーに入った山口蛍は、守備面での貢献度が高かった。トーマス フェルマーレンと山口は、広大なスペースをカバーし続け、札幌の攻撃の芽を摘み続けた。これが札幌の攻撃にリズムを作らせなかった最大の要因だ。ペナルティエリア内でこぼれたボールへの反応も速く、肝心の部分での連続攻撃を食い止めていたのは山口のカバーリングによるところが大きい。フル出場を続けながらパフォーマンスを落とさない山口は、最早「港町の鉄人」というレベルを超え、「港町のサイボーグ」の域に達しつつある。


 これまで様々な指導者に話を聞いてきたが、その誰もが「思い出深い勝利は?」という質問に対して「初勝利」と答えていた。
三浦監督の就任に際して、立花陽三社長は「誰にでも初監督という時期はある」と口にしたが、正にその通りなのだ。監督として何百という勝利を積み重ねた人物でも、監督としての初勝利は忘れることができないという。
 選手が個人の技量でアピールできるのに対し、監督はその選手たちを動かすことでしかアピールできない。自分がどれだけ優れた技量の持ち主であっても、それはピッチ上に反映されない。そのもどかしさをも堪えながら、選手たちを信じて采配を振るう。これほど難しく、やりがいのある仕事はないのかもしれない。
プロスポーツの監督は「誰しもが憧れる職業」といわれる。同種と言われるのは、映画監督やオーケストラの指揮者だ。共通しているのは「大勢のプロをひとりで動かす」という点だ。最高の技量の持ち主が、自分の采配通りに動き、相手を倒す。格別の面白さがそこにはあるのだろう。同時に、とてつもない恐怖がその裏側には潜んでいる。プロを集めて動かすだけに、結果を出せない時には激しい批判に晒されることになる。それによって、現役時代の栄光すらも失ってしまった例など、それこそ枚挙に暇がない。この監督という厳しいポジションにチャレンジすることになった三浦監督だが、まずは最高の形でデビューを飾ったといえる。そのことに対して、心からの祝意を表する。

 現役時代は数々の修羅場を経験してきた百戦錬磨の三浦監督だが、試合前の表情はこれまでに見た記憶のないほど硬かった。ピッチ外では柔和な笑顔をたたえている三浦監督が、試合前に見せたあの表情は、自分に課せられた役割の大きさを自覚しているが故だったのだろう。自分の色を付けていくのはこれからだろうが、この試合を見る限り、これまでの流れを大切にしながら、マイナーチェンジを繰り返していくスタイルになるように思う。
 この先も厳しいプレッシャーと向き合い続けなければならない三浦監督だが、初戦を勝利で飾ったという事実は、自信とすべきだ。指揮官にとって最も大事な要素の一つが「勝負運」であることは、過去にも書いたことがある。この「勝負運」というのは不思議なもので、理屈を超えたところにある。勝利には勝っただけの理由があることは事実だが、監督就任後初戦でそれを発揮できたということは、三浦監督には「勝負運」があったということでもある。

 最高の船出を飾った「新生ヴィッセル」は、この勝利によって得失点を0に戻した。しかし、まだ勝敗では負けが先行している。ここからは失ったものを取り返す戦いが続く。この日の勝利がフロックでないことを証明するためにも、次節の名古屋戦は勝利が必要になる。札幌とは全く異なるチームではあるが、ホームでこれを打ち破り、前回の借りを返してくれるものと期待している。かつてもそうであったように、ヴィッセルの苦境を救ってくれるのは「アツ」だと信じている。

今日の一番星
[前川黛也選手]

2得点の古橋、攻撃を牽引したイニエスタも候補だったが、今回は今季2度目の完封勝利を演出した前川を選出した。この試合で前川の優れていた点は、前後の判断だった。札幌の前に蹴り出したボールがこぼれてきた場面で、何度も判断よく飛び出し、これをクリアして見せた。時にはペナルティエリアからも飛び出し、向かってくる相手選手を前に蹴り返すなど、「11人目のフィールドプレーヤー」としての振る舞いも見せた。これがあると、ディフェンスラインは安心して高い位置を取れるようになる。このところの前川は、精神的な部分での成長が大きい。以前は一つのミスを、試合中引き摺ってしまう傾向が見られたが、そうした弱さは見られなくなってきた。元々サイズもあり、キャッチング能力も高く評価されていた。弱点とされていたハイボールに対する処理も、この試合では概ね間違いはなかった。元々フィールドプレーヤーだっただけに、足もとの技術にも定評がある。さらに両足からキックを蹴ることができるため、ヴィッセルが志向しているサッカーには適任と見られていた前川だが、正しく経験を積んできたことで一皮剥けつつあるようだ。ピッチ外では笑顔を絶やさず、自らムードメーカーを買って出ることができる「愛すべき守護神」にさらなる成長への期待を込めて一番星。