覆面記者の目

J1 第29節 vs.名古屋 ノエスタ(9/30 19:03)
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    1後半0
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  • 名古屋
  • アンドレス イニエスタ(60')
  • 得点者


 札幌戦の後、三浦淳寛監督について筆者は本項で「勝負運の持ち主である」と書いた。
自身初の監督就任、その直後の試合で勝利するというのは、誰もが実現できるという類のものではない。現役時代とは異なる、その「引きの強さ」には感心したが、同時に次の名古屋戦が三浦監督にとって、一つの試金石になるだろうと思っていた。

 札幌戦における見事な勝利の価値を損なうものではないが、あの試合における札幌が精彩を欠いていたことは事実だ。現役大学生2名とルーキー3名をいれたメンバー構成が影響したのかどうかは不明だが、そのサッカーは規律を欠いており、やや野放図な印象を受けたことは事実だ。その象徴が3点目だった。後半20分にも満たない時間帯に、リスク管理もなく全員がヴィッセル陣内に入っているというのは、あまり正常な状態とは言えないだろう。その隙を見逃さなかったアンドレス イニエスタと古橋亨梧は見事だったが、こうした札幌の「不出来」が、三浦監督の初采配を戦いやすいものにした側面があることは否めない。
 この札幌が下位に低迷しているチームであるのとは異なり、名古屋は暫定4位につけている「好調な」チームだ。このヴィッセルに負けず劣らずのタレント集団は、このところ勝利と敗北を交互に繰り返していたようだが、そのサッカーが崩れているわけではない。組織作りには定評のあるマッシモ フィッカデンティ監督は、中盤の米本拓司と稲垣祥の守備力をベースにしたチームを作り上げている。前監督が技術面にこだわるあまり、ともすると目的を見失いがちだったチームにフィッカデンティ監督が「守備」という方向性を与えたことで、名古屋はベーシックだが強靭なチームへと変貌を遂げた。
 監督2戦目としては厳しい相手ではあったが、三浦監督がどのような戦いを見せるかという興味が大きかったことも事実だ。
 そしてここで三浦監督は、見事な一発回答を見せてくれた。
チームに我慢を強いるのではなく、一つのキーワードを与えることで「我慢する時間帯」を自然に作り出したのだ。今回も三浦監督の見せた戦い方について考えることから始めたい。

 プロの世界で監督になる人は、2つのタイプに大別できる。
一つは確固たる自分のやり方を持ち、どんなチームでもそれを貫くタイプ。そしてもう一つはチームの現状に応じて戦い方を決定していくタイプだ。これは、どちらが優れているなどという話ではない。単純にタイプが異なるというだけだ。そして三浦監督は、今のところ後者のタイプであるとみて間違いないだろう。ボールを握りながら相手をコントロールするという、ヴィッセルが志向するサッカーは変えることなく、細部の修正を加えることで、現在のチームをアップデートさせていこうというチームビルディングは、それまでの戦い方をベースとしているため、チームに混乱をもたらすことなく、指揮官の交代を自然な流れの中に落とし込むことに成功しつつある。これについては、イニエスタも試合後に「三浦監督はすごくクリアなコンセプトを持っていますし、チームとしてはそのコンセプトのもとで心地よくプレーをできていると感じています」と語り、三浦監督のコンセプトがチームに馴染んでいることを示した。
 三浦監督がチームに加えた細かな修正は、この試合のハーフタイムコメントから想像することができる。「ボールを保持している時に距離感を大切にして、ボールに寄り過ぎないようにしよう」。これこそが、ヴィッセルのサッカーにとってスムーザーの役割を果たす考え方だ。これまでのヴィッセルの問題点は「ボールを握った先」にあった。ボールを握る中で、時間経過とともにボールサイドに人が集まってしまうため、そこでボールを失うと、相手に対してカウンターを仕掛けるだけの広大なスペースを与えてしまっていたのだ。ボールを確実につなごうと思えばこそ、距離が縮まっていくのは自然な反応ではあるのだが、そこを堪えることが「ピッチの広さを使う」ことにつながっていく。三浦監督は試合後の会見の中で、「僕は選手のことを信頼していて、能力の高い選手がたくさんいるということも頭に入っている」とした上で、「彼らがしっかりと役割を理解した上で90分間戦うことができるか」という点にこだわっていると語った。この言葉はイニエスタの「クオリティーの高い選手がヴィッセルには揃っている」という言葉と呼応している。技術があるからこそ、ボールサイドに寄り過ぎることなく、ピッチを存分に使うことで、ゲームを支配する力をさらに高めていこうということだ。
 三浦監督がチームに加えた修正は、守備面だと思われがちだが、ヴィッセルの志向するサッカーにおいては攻撃と守備は不可分の関係にあり、守備だけを強調して修正するということはあり得ない。前述した「ボールサイドに寄り過ぎない」ということに加え、ネガティブトランジションの速度と強度を上げることがセットになって、初めてヴィッセルのサッカーは成長する。だからこそ試合後、2試合連続でクリーンシートを達成したことについて尋ねられた際は、その理由を守備の具体的な方法ではなく「意識付け」という言葉で表現したのだろう。守備だけにフォーカスするのではなく、攻撃時のポジショニング、そしてトランジションのスピード。こうした点を強調することで、選手たちは「やるべきこと」が明確になり、プレーに迷いがなくなる。それこそが酒井高徳が語った「後ろ向きな守備が連動して行えた」要因であり、名古屋に攻撃の形を作らせなかった最大の理由でもある。
 三浦監督がスポーツダイレクターとしてヴィッセルに戻ったのは、ヴィッセルが「バルサ化」を宣言したタイミングでもある。以前にも書いたことだが、これ自体がその数年前から、三木谷浩史会長を中心にF.C.バルセロナとのパイプを作り、育ててきた流れの中にある。そしてその後、フアン マヌエル リージョ、そしてトルステン フィンクという監督が育ててきた流れを正しく受け継ぐことで、ヴィッセルの「アジアNo.1」を目指す航海は正確な航路を辿っていくことができる。


 話を試合に移す。4-1-2-3の布陣を敷いたヴィッセルに対して、名古屋は4-2-3-1で試合に臨んできた。前回対戦時にはワントップの金崎夢生のポストプレー、そしてマテウスのドリブルでの仕掛けに苦しんだが、この試合ではこの二つを消すことに成功した。それは三浦監督言うところの「分析班」によるスカウティング、そしてそれを戦術に落とし込んだベンチワーク、それを実行した選手のパフォーマンスによるものだ。
 金崎に対しては大﨑玲央とダンクレーのセンターバックコンビが完璧な封じ込めを見せた。金崎はボディアングルを使ってのターンが持ち味だが、その動きの幅を消すことで自由に動くスペースを潰した。縦に抜ける動きはオフサイドに持ち込み、左右の動きに対しては予測で対応した。中でもダンクレーは見事な動きを披露し続けた。前後左右とも広いスペースをカバーしながら、守備の強度も高かった。名古屋は試合を通じてペナルティエリアの中に入り込むことができず、センターバックを中心としたヴィッセルのブロックの周りを循環するに留まった。
 マテウスに対しては酒井が見事な対応で、これを潰した。マテウスの動きは縦が多いのだが、これに対して粘り強くマークし続け、自分の距離に入った時には強くいくことで何度もボールを奪った。そして自分がボールを持った際には縦に仕掛け返すことで、マテウスを低い位置に引きずり込んだ。そして古橋やイニエスタとの連携で、同サイドのサイドバック宮原和也を引き出し、マテウスとの関係性を乱した。これによってヴィッセルの左サイドを制圧した。

 ヴィッセルの心臓部であるセルジ サンペールに対しては米本と稲垣のボランチコンビが見る形になっていたが、彼らはイニエスタと山口蛍も見なければならず、挟み込んでほしかった金崎はダンクレーと大﨑に抑えられているため戻れず、結局は中途半端な形でのマークに終始した。個人の優位性をピッチ全体に広げたことで、ヴィッセルはピッチ全体を支配することに成功していた。マテウスと前田直輝がサイドを捨てて中央に入り込むという「冒険」の可能性もないわけではなかったが、酒井や西大伍の攻撃力とフィッカデンティ監督の思考経路を考えればほぼ無かったといえる。
 後半名古屋は、トップ下の阿部浩之を前に上げサンペールをマーク、金崎はセンターバック二人、前田は西、マテウスは酒井と役割をはっきりさせたが、ヴィッセルは選手間の距離を適性に保っていたため、逆に個人の優位を活かしてボールを動かすことができた。
 こうした動きを90分間続けることができたことで、スピードタイプとテクニックタイプを4人途中交代で送り込んできた名古屋を終始上回り続けた。これを可能にしているのは、昨今の気候だろう。この日は試合開始時で気温23度、湿度も53%と、動きやすい気候になってきた。一般的に、有酸素運動に適した気温は22度から25度といわれている。この日は、まさにサッカーに最適な気候だったともいえる。気象条件は全てのチームに対して平等ではあるが、それがもたらす影響はチームによって異なる。ヴィッセルはその影響を受けやすいチームであるといえるのだろう。

 この日の名古屋戦は、この先の戦いにとって大きなヒントを得た試合でもあった。それはヴィッセルの問題解決に対しては、「ボールを持ち過ぎない」という解答が得られたためだ。前半、ヴィッセルは巧みにボールを動かし続け、70%近いポゼッションを記録した。その中で、何度か名古屋ゴールに迫る場面もあったが、GKランゲラックと中谷進之介、丸山祐市のセンターバックコンビを中心とした守備を崩すまでには至らなかった。唯一可能性があったのは、13分にイニエスタからのロングフィードをドウグラスが体を捻りながらのボレーシュートを狙ったシーンだった。これはランゲラックの予想を上回っていたため、対応できていなかったが、惜しくもバーを叩いてしまった。これ以外では、ボールを握りながらも、得点の可能性はあまり感じられなかった。その理由は、相手の守備意識が高まったからだ。この試合以外でも、ヴィッセルがボールを握り、ワンタッチでマークを剥がし続けていくと、相手がボールを奪うことを諦め、ゴール前を固めるようにがっちりブロックを引く方向へシフトしてしまうことは何度もあった。
 これまでにも、それを崩すため様々な工夫を凝らしてきたが、今季は解決策を見出すには至っていなかった。以前にも書いたように、昨季であればルーカス ポドルスキやダビド ビジャのミドルシュートや抜け出しといった個人技で相手のブロックを崩すことができていたため、ボールを握り続けることは、得点の可能性を高めることとイコールだった。しかし今季はチーム構成が異なるため、別の解決策が求められる。
そこでこの試合だ。ハーフタイムに大﨑から菊池流帆という交代を行い、攻守にメリハリをつけた。結果としてポゼッションは下がった。後半だけでいえば、48%程度まで低下させた。これによって状況が変わった。それは「ボールを持った状態では引き続けられない」ためだ。名古屋も攻撃機会が増え、それにつれて選手は高い位置を取る場面が増えた。その結果、名古屋のゴール前には隙が生まれ始めた。そんな中でイニエスタのゴールは生まれた。
 とはいえ単に相手にボールを持たせるのでは、相手にリズムを作る機会を与えてやっているに過ぎない。大事なのは「いつでもボールを奪える」という、コントロール下に置きながらボールを持たせるということだ。この試合では全体が適切な距離の中で連動した守備ができていたため、名古屋はボールを持ちながらも、前に運ぶ自由は持っていなかった。こうした全体のコントロールさえ握り続けることができるならば、「ゲームを支配する」というポゼッション本来の目的と同じ効果をもっているため、ボールを持たれていること自体は問題ではなくなる。
 攻守両面にわたって更に練度を高める必要はあるが、状況に応じて相手のポゼッション率をもコントロールする術を身につけることができれば、ヴィッセルは新しいステージに歩を進めることができる。


 全ての選手が躍動した試合ではあったが、特筆すべき選手が二人いる。
一人はGKの前川黛也だ。札幌戦では一番星に選出した前川だが、この試合でのパフォーマンスはそれを大きく上回るものだった。攻撃の起点となるロングフィードは正確で、確実に味方に渡っていた。しかもキックの弾道は、状況に応じて蹴り分けており、時間を使うための高いボールでさえも、しっかりとコントロールできていた。そして何よりも素晴らしかったのは、飛び出しだ。何度か自陣にこぼれたボールに対して飛び出したのだが、その判断がことごとく正しかった。しかもGKが最も出にくいとされる左右ですらも、迷いなく飛び出た。一度はそこで蹴り出さず、左のタッチライン近くまでボールを運び、そこで起点となった。まさに「11人目のフィールドプレーヤー」と呼ぶに相応しい動きだった。

 もう一人は菊池だ。手を広げることで相手との距離を測りながら、目線はボールから切らないという、センターバックとしてのテクニックは見事だった。さらにボールを前に運ぶ動きも上達していた。相手に寄せられた際はターンしながらスペースを探し、相手が来なければ前に上がっていくことで全体を高い位置に運ぶ。ペナルティエリアの中では、相手との距離を慎重に測りながら、身体全体でプレッシャーをかけながらも寄せ過ぎないように注意していた。これは菊池が「過去から学ぶ賢さ」を持っている証だ。ハイボールに対する跳躍力は、他の追随を許さないように、身体能力も高く、まだまだ伸びしろがありそうだ。気合の表れである咆哮も健在だった。こうした「熱」を持った選手は、チームを上昇させる起爆剤となる。この先、上位を目指す戦いが続く中、菊池がヴィッセルのキーマンとなるのかもしれない。

 試合終盤、投入された小田裕太郎だが、前節ではプロ初ゴールを挙げ、この試合でもその勢いを持続させて欲しかったが、チームの流れに乗れていない若さを露呈してしまった。小田が投入されたのは86分。1点のリードを守ることが優先される時間帯だ。もちろんチャンスがあれば仕掛けて、リードを広げることは望まれている。しかし残り時間を考えれば、リスクを負うべきではなかった。しかし小田はドリブルで前に仕掛け、ボールを失うというミスを複数回犯している。これは猛省してほしい。得点を狙う若さは必要だが、プロである以上、最低限のリスク回避は頭の中で計算し続けなければならない。難しい要求ではあると思うが、それがプロというものだ。この試合では大事に至らなかったが、あれで失点を喫してドローというようなことになっていたら、小田の評価は大きく下がるところだった。守り切ってくれたチームメートに感謝しつつ、この先、そうした「軽い」プレーをしないように心掛けてほしい。


 試合後、フィッカデンティ監督はサンペールの米本に対するプレーに対してカードが出なかったことに言及した。故意でないことはフィッカデンティ監督も認めていたが、結果だけを見れば危険なプレーであったことは間違いない。サンペールは一般的な選手よりもボールをコントロールできる距離が長い。基本は体幹の下でボールを握りながらも、中心点から円状にボールをコントロールできる距離を持っている。そのため相手との接触も多くなる。卓越した技術持ち主であればこそのファウルなのだが、ここの距離感をつかむよう、トレーニングで意識してほしい。特にこの点は三浦監督に期待したい。現役時代の三浦監督は、こうした身体を軸としたボールキープが得意だった。サンペールに自分が現役生活の中で体得した「ファウルギリギリのプレー」を伝授してあげてほしい。

 見事な勝利でホーム3連勝を飾ったヴィッセルだが、15連戦の最後は横浜FMとのアウェイゲームが待っている。今季、横浜FMとの対戦は3度目。過去2度はPK決着にドローと、すっきりとした決着はついてない。このディフェンディングチャンピオンに勝利するということは、自分たちの強さの証明であると同時に、勢いを加速させることにつながる。イニエスタが語ったように、「勝てない」という悪い流れは断ち切った。次は「勝ち続ける」といういい流れに乗るためにも、この難敵を倒し、15連戦を締めくくってほしい。またもやの中3日だが、選手たちには残された力を振り絞ってほしい。

今日の一番星
[アンドレスイニエスタ選手]

どんな捻くれ者でも、この試合はイニエスタ以外に一番星を選ぶことはできないだろう。そう言っても過言ではないほど、次元の違うプレーを見せてくれた。得点シーンではドウグラス、郷家とワンツーをつなぎ、最後はゴール左に狙いすまして蹴りこんだ。この時、バウンドは合っていなかったのだが、咄嗟の判断でボールの上がり際を叩く、テニスの「ライジングショット」のようなタイミングでシュートを放った。これによって相手GKはタイミングもずらされていたため、ボールに届かなった。この3試合で挙げた9得点のうち8点に絡むという、超人的な活躍でチームを3連勝に導いた。試合を見ていると、ピッチ上の中心はセンターサークルではなく、イニエスタの立っている位置なのではないかとすら思えてくる。稲垣&米本という、Jリーグでも屈指の守備力を持つ選手を同時に相手にしても、ボールを失うことなくキープし、攻撃へとつないでしまう。稲垣などはずっとマークを続けたが、3度のアタックを軽くかわされ、その後は無理に寄せなくなった。こうしたプレーを事も無げにこなしてしまうのだから、恐れ入るしかない。この世界最高峰のテクニックとインテリジェンスを持つ選手を観続けることができる幸せに感謝を捧げつつ、文句なしの一番星。