覆面記者の目

J1 第11節 vs.柏 ノエスタ(8/19 19:03)
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  • 2
  • 1前半0
    1後半3
  • 3
  • 柏
  • 郷家 友太(45')
    ドウグラス(89')
  • 得点者
  • (46')仲間 隼斗
    (77')オルンガ
    (94')三原 雅俊


 非常に複雑な気持ちになる敗戦だった。
試合に敗れたことは事実なのだが、その内容は悲観するようなものではなかった。アクシデントによって急遽登場した若手選手は躍動し、物静かなベテランは「成長に年齢は関係ない」ことを改めて証明してくれた。攻守の要ともいうべき選手を試合開始早々に欠きながら、スタイルとして決して相性の良くないはずの柏を相手に互角以上に渡り合ったという事実は、チームの成長を強く印象づけるものだった。

 しかし、結果だけがついてこない。自ら勝利を手放してしまったような、過去2試合とは決定的に内容は異なっているとはいえ、これで3試合勝利から遠ざかっている。上位争いを繰り広げているグループには後れを取り、首位を走る川崎Fの背中は遠のく一方だ。この事実が、試合内容に対する満足感をも覆い隠してしまう。「昨年の連敗時とは、状況は大きく異なっているから」と自分に言い聞かせてはみるが、やはり辛い。
凡そサッカーをプレーするのには不向きな酷暑の中、疲労困憊するまで走り続けたヴィッセルの選手たちの、その努力が報われない姿をスタンドから見るにつけ、なぜかくも厳しい状況に追い込まれなければならないのか、と問いかけられずにはいられなかった。

 過去に話を聞いた指導者の多くが、「結果が伴なわない時期は、我慢するしかない」と口にしていた。そうした時期にチェックすべきは、自分たちの目指すプレーができているかという一点しかない。近視眼的に結果を追い求め、動き過ぎてしまうと、最後に大事なものまで失ってしまうという。
 であれば、結果から遠ざかっている今だからこそ、自分たちのやり方を突き詰め、流れが来た時に、一気に反転攻勢に出るための準備をするべきではないだろうか。その視座に立ち、最近のヴィッセルの試合を見てみると、やはり大事なことが3つ足りていないように思う。まずはそれについて考えてみたい。


 1つ目は守備の位置だ。
 以前にも守備のスイッチを入れるタイミングがはっきりしていないと書いたが、この試合でも同様のことを感じた。ボールを失った際、奪われた選手が奪い返しにいくという基本はできているのだが、その際、周りの選手の連動が足りていないように思う。ボールを奪い返しにいった選手に対するフォローの動きが少ない。当該選手以外は、そこから攻撃に転じるための準備に重きが置かれている。もちろんこれは、攻撃に主眼を置くヴィッセルにとって大事なことではあるが、その選手がかわされてしまうと、アタッキングサードまでボールを運ばれてしまうケースが多くなっている。最終的には大﨑玲央を中心とした守備陣が巧く対応しているため、多くの場合は事なきを得ているのだが、結果的に全体が守備的な上下動を強いられてしまい、そこでさらに体力を消耗しているように思われる。
 こうなっている理由は、防衛ラインが不明瞭なためではないだろうか。守備に重きを置きすぎると、攻撃に使うべき体力が削がれてしまい、結果的に攻守両面が停滞すると思われがちだが、実は防衛ラインを明確にしておくことは、攻撃にもプラスに作用する。防衛ラインを突破されると思った時には、複数の選手で相手を囲い込み、ボールを握り返すことができれば、結果的に運動量は最小限に留められるのだ。事実、この試合でも、相手に対して複数でボールを奪った際は、そこから攻撃に転じるため、柏の選手は全員が急ぎの帰陣を余儀なくされていた。
 ヴィッセルがボールを握ると、相手が帰陣を急ぐのは、今のヴィッセルの能力の故だ。今のヴィッセルにとって最大の武器は、見事なまでのビルドアップだ。どの位置からでも相手の出足をかわしながら、相手陣内深くまでボールを運ぶことができる。昨季以降これにこだわって続けてきたことで、選手間での相互理解が進んでいるのだろう。であればこそ、防衛ラインを明確にすることは、攻撃の道筋を明確化することにもつながる。技術面ではどの選手にも問題がなくなりつつある以上、攻めるべきエリアを限定していくことができれば、より多くの道筋を見つけやすくなる。そのためにも、どこでボールを奪うのかということを、チームとして明確にしてほしい。

 2つ目はスタミナだ。特に若い選手たちの、ゲーム内でのスタミナ強化は喫緊の課題と言えるだろう。この試合でも特筆すべき活躍を見せた小田裕太郎だが、79分に交代するだいぶ前から、足が止まっていた。この試合では前半にアクシデントがあり、交代カードの切り方が難しくなっていたため同情すべき点は多々あるのだが、小田のスタミナ切れが柏に勢いをつけてしまったことは明確だった。高校を卒業したばかりのルーキーが、プロをそこまで追い込むのは凄いことなのだが、凄い選手であるからこそ、早くゲーム体力を強化しなければならない。このスタミナ面の問題は、前記した守備の問題と密接にリンクしている。ヴィッセルの目指すサッカーは、「ボールを動かすサッカー」でもある。自分たちの動きを最小限に留めながら、ボールを動かすことで、相手を走らせる。そのためにはボールを握る技術を、全員が備えていなければならない。これは連戦を戦い抜く上で、理論的合理性のある戦い方だ。とはいえボールを100%握り続けることは不可能であり、どこかで守備の時間はやってくる。そこで体力を温存するために、フアン マヌエル リージョ元監督(現マンチェスターCヘッドコーチ)も「ボールをすぐに奪い返す」ということにこだわっていた。一見すると、複数人でボールを奪い返しに行くのは非効率的なようだが、結果として全員がアタッキングサードまで戻らざるを得なくなっている現状に鑑みれば、此方の方が効率的であることは言うまでもない。

 そして3つ目は畳みかける力だ。多くの試合でヴィッセルは、その攻撃力を示すことに成功している。この試合でも若い選手たちの見事な連動によって、低く守る柏ゴールを2度こじ開けた。この攻撃力を、相手にとっての脅威に変えるためには、この「畳みかける力」が必要になる。ゴールを奪われ、意気消沈する相手に対して、無慈悲な攻撃を重ねることこそが、相手に苦手意識を植え付けさせる。この試合でいえば、後半開始直後のプレーだった。前半、ヴィッセルに「走らされ続け」た柏は、相当に追い込まれていた。しかも前半終了間際に失点を喫したことで、不安感はさらに増大していたはずだ。勝負師であるネルシーニョ監督は、だからこそ後半開始直後から前へ出ることを要求し、そのための選手交代を行った。これは賭けであり、この時点で柏の選手たちには「自信」はなかったはずだ。それだけに、ここでヴィッセルが前半の余勢をかって前に出ることができていれば、試合の趨勢は全く異なるものになっていたように思えてならない。もちろん結果は、それだけで変わるほど単純なものではないが、この日のヴィッセルには相手よりも先に2点目を奪うチャンスがあったように思えただけに残念でならない。

 この試合を難しくしたものは、前半の2度にわたるアクシデントだった。22分にアンドレス イニエスタ、そして29分にはトーマス フェルマーレンが交代となり、ヴィッセルは前半のうちに、交代カード2枚を2回に分けて使うこととなった。酷暑の中での連戦であるだけに、どのチームにとっても選手交代というのは、ゲームを90分続けるための鍵となる。しかも今季は交代枠こそ5枚に増えているが、回数としては従来通りの3回以内となっている。やむを得ぬ仕儀とはいえ、トルステン フィンク監督にとっては、残り1回に3枚以内という打てる手が限定されてしまった格好となった。これについてフィンク監督は試合後、選手の疲労は感じていたが、負傷者のことを考え、交代をギリギリまで伸ばしたことを明かした。おそらくベンチでは、祈るような気持ちでピッチを見つめていたのだろう。それでも交代は的確だったと思う。
 最後の3枚に、初瀬亮、小川慶治朗、古橋亨梧を投入することで、攻撃を活性化させた。ここで最も難しい役割を課せられていたのは、小川だった。小川を投入した時点では1-2となっていたため、これ以上の得点を許さないため、ヴィッセルの右サイドにポジションを移して躍動していた江坂任を抑えつつ、ボールを前に運ぶ役割を担った。そして小川もこの期待によく応えた。坊主頭には驚かされたが、殻を破り切れない自分への覚悟の表れだとすれば、それはピッチ上でよく表現されていたように思う。持ち前のスピードと粘り強さは、柏の心臓部である江坂に対して、全く引けを取らなかった。勝利に結びつけられなかったことは残念だが、小川の献身的な動きは高く評価したい。


 一方、ヴィッセルの心臓部ともいうべきイニエスタに代わって、前半に急遽投入された安井拓也は、その成長振りを我々ヴィッセルサポーターに見せつけてくれた。それはイニエスタと同じプレーではなく、安井オリジナルとでもいうべきものだった。自らの運動量も活かしながら、ボールを前に運び、攻撃を組み立てていた。一時は同点となる2点目をお膳立てした場面では、安井の良さが存分に発揮された。ペナルティエリアの外からドリブルで突破すると見せかけ、スルーパスをドウグラスに通したのだ。この場面で安井はドリブルで仕掛ける姿勢から、相手選手二人の間に目をやった。相手がそこに意識を移した瞬間、アウトサイドでのパスを出しているのだ。この自分の動作で相手の意識を釣り出すプレーは、誰にでもできるという類のものではない。安井が非凡なセンスの持ち主である証左だ。これ以外の部分でも、安井は絶えず動きながら、ボールを引き出せる位置を探し続けていた。これによって、ヴィッセルの攻撃は安井を軸として、方向や位置を変えながら組み立てられていた。どんな時も表情を変えることなく、冷静にプレーできる安井はイニエスタの後継者としても、有力な存在だ。

 安井に続き、スクランブル発進を余儀なくされたのは渡部博文だった。フェルマーレンに代わって、そのまま左のセンターバックに入った渡部だったが、そのプレーは掛け値なしに見事だった。相手選手がプレッシャーをかけてきても動じることなく、これを引き付けてボールを前に運び、攻守の入れ替えを何度も見せた。時には、自陣の深い位置で大﨑、飯倉大樹とのパス交換で、前に圧力をかけていた柏の攻撃を掻い潜る動きも披露した。試合を通じて、左足からのパスも多用し、何度も縦にボールを通していた。層の厚みを増すヴィッセルの中で、出番に恵まれていたとは言えないが、トレーニングの中で自らの弱点を克服し、さらに上のレベルを狙い続けていたことを、自らのプレーで証明して見せた。渡部を見ていると、成長に年齢は関係ないということを痛感する。成長しなければいけない若手選手にとっては、渡部こそが「生きた教科書」となっていることだろう。2失点目のシーンでは、オルンガと球際の攻防を見せ、最終的に力で圧し切られたが、これはオルンガのパワーを褒めるべきであって、渡部のミスではない。寧ろ、あの場面以外にも、オルンガと互角に渡り合った渡部の強さに注目したい。

 2試合連続となる、先制点を挙げた郷家友太だが、ここへきて殻を一つ破ったような印象を受けた。左ウイングで先発した郷家だが、左サイドから中に入りながら右足で打つシュートは、形が定まっている。得点シーンでは、自分が思い描いたスペースに相手が入ったのを見て、位置を変える柔軟性を見せた。そして狙いすましたシュートも見事だった。この日は大当たりだった相手GKの届かない位置を計算し、冷静に打ち抜いたシュートだった。自身の中で、得点については今季の課題として意識していたということだが、以前感じられた「巧くやろう、ミスを無くそう」という意識が表層化しなくなったことが、郷家の成長だと思う。昨季までの郷家は、技術力の高い選手が集うヴィッセルの中で埋没しないために、技術でついていくことに重きを置いていたように見えた。しかしプロになって2年が経過し、技術的についていく自信が芽生えてきたのだろう。いわばベースの部分が完成したため、自分の持ち味を発揮することにフォーカスできるようになった。「守・破・離」でいえば、「破」の段階に差し掛かったところだ。元々世代のトッププレーヤーだった郷家だが、イニエスタをはじめとする歴戦の勇士の中で揉まれたことで、その器を大きくした。これからの郷家には、一層の注目が集まるだろう。


 先述したように、この試合でも小田は抜群の存在感を示した。先制点の場面では、自陣からのスローインをドウグラスがすらし、小田が一気にドリブルで持ち上がるロングカウンターを見せた。小田のドリブルは、ボールを自分の支配下に置き続けているため、並走してくる相手に取られることが少ない。同じスピードタイプでも、小川とは異なるタイプのドリブルを見せる。そしてドリブルをしながらでも、周りを見ることができるため、決定的な仕事ができる。郷家の得点をアシストしたシーンでは、郷家が小田から見てマイナスの位置にポジションを取ったのを見て、そこに足もと深い位置から正確にボールを出している。しっかりとした体格からは想像できない、足もとの柔らかさを見せた。守備の際も、決して手を抜かずに全力で戻り、相手に対して厳しく寄せることができるのは18歳のプレーとは思えない。ヴィッセルアカデミーが送り出したこの俊英が、どこまでその可能性を見せてくれるのか。試合とは違った楽しみも生まれた。

 この試合で、J150得点目を挙げたドウグラスだが、この試合では左に流れてポイントを作る場面が多かった。背後にスペースを作らない柏の低い守備を見て、自らが外に流れることで、守備の間を広げようとしていたのだろう。そしてそれは一定以上の効果があったように思われる。ドウグラス自身が望むプレーかどうかは別として、チームの勝利のために自らができることをやろうとしている。最後、三原雅俊の得点シーンで寄せきれなかったことは残念だが、そこまでの運動量を考えれば無理はない。節目の50得点をきっかけに、持ち前のパワーを発揮してくれると期待している。

 このように、個々のプレーを振り返ってみると、ヴィッセルも持ち味を発揮していたといえる。相手のストロングポイントを徹底して潰しに来る、ネルシーニョ監督の戦い方にも十分に対応できていた。65%を超えるポゼッション率を記録し、柏の倍以上のパスを通し、柏陣内で試合を進める時間も長かった。しかし結果は敗戦。柏にとってみれば、ヴィッセルにボールを握られることは想定内であり、隙をついてゴールを重ねたという事実が、自分たちの正しさの証明でもあるだろう。
 当たり前のことだが、サッカーにおいて、試合内容と勝敗は必ずしも一致しない。どれだけ思い通りにボールを動かそうとも、そこでゴールが生まれなければ勝つことはできない。この試合のように、何度も迎えた決定的チャンスを、GKに悉く防がれることもある。しかしここで大事なことは、自分たちのやり方を貫くことだと思う。

 競馬界の第一人者である武豊が、かつて1か月以上に渡って勝利から遠ざかった時期があった。1991年12月のことだ。その時期のことを武は「苦しかったし、悩みもした。しかし自分を信じることだけは止めなかった」と振り返ったことがある。そして月が明けた翌年、武は怒涛のように勝星を積み重ね、リーディングジョッキーに返り咲いている。
 今のヴィッセルも、まさにそんな時期かもしれない。それでも昨季勝てなかった時期に感じたような暗さはない。それはチームにベースが出来上がっているからだ。この試合で登場した若手選手たちが、イニエスタやフェルマーレンの不在を感じさせないようなサッカーを見せたことが、その証左だ。楽観的に過ぎるかもしれないが、今は自分たちの力を信じ、次々とやってくる試合の中で全力を発揮できるよう、体力の回復と休養に務めてほしい。


 「The night is long that never finds the day.」文豪・シェークスピアのマクベスに登場する有名な台詞だ。坪内逍遥は「永遠に明けないと思えばこそ、夜が長いのである」と訳しているが、多くの訳者は「明けない夜はない」と楽観的な訳を当てている。この台詞を述べた人物、そしてシチュエーションを考えれば、その方が妥当だと筆者も思う。そしてヴィッセルについても、そう強く信じて待ちたいと思う。