覆面記者の目

J1 第3節 vs.鳥栖 駅スタ(7/8 19:03)
  • HOME鳥栖
  • AWAY神戸
  • 鳥栖
  • 0
  • 0前半0
    0後半1
  • 1
  • 神戸
  • 得点者
  • (75')ドウグラス

本編に入る前に、7月3日からの九州豪雨災害でお亡くなりになられた方のご冥福をお祈りするとともに、ご遺族の皆さまにお悔やみを申し上げます。また、被災された皆さまに謹んでお見舞いを申し上げます。
 試合後に鳥栖の松岡大起は、九州豪雨で被災された方々に勇気を与えられるようにという想いを持って戦いに臨んだと口にした。そしてこの気持ちは、ピッチに立った全ての選手に共通した想いだった筈だ。その想いをピッチで表現し、緊張感のある試合を作り出した全ての選手、そしてスタッフに敬意を表したい。


 今季のリーグ戦初勝利を挙げたヴィッセルだが、試合後の会見でトルステン フィンク監督は安堵感を隠そうとはしなかった。試合内容については、攻撃面でミスが散見されたことに触れながらも、「勝点3が取れて良かった」と繰り返していた。前節の敗戦後、「次の試合がすぐに来るということは、嫌な流れをすぐに払しょくするチャンスがあるということだ」と話したフィンク監督だが、そこには経験豊富な監督が持つ勝負勘があるように感じた。
 様々な競技の指導者が「監督として大事なのは敗戦後の対応」と語る。自分がプレーするわけではないだけに、如何にしてチームのムードを立て直すかという意味だろう。ここで失敗してしまうと、チームは「スランプ」の入口に立ってしまう。それが「優勝するチームには連敗がない」と言われる所以だ。だからこそ、試合という「点」の集合体として、シーズンを「線」で捉えることのできる指導者は、敗戦直後の試合を大事にする。フィンク監督も例外ではなかった。中3日、しかも当日移動という強行スケジュールの中、前節からのメンバーチェンジは1名に留め、アンドレス イニエスタも先発で起用した。このフィンク監督の「勝負勘」、そして勝利を手繰り寄せる「勝ち運」は、さらなるタイトル獲得を目指す上では欠かすことができない要素だ。試合後フィンク監督が見せた安堵感は、それが解っているからだったのだろう。

 試合は、戦前の予想通りの展開となった。「ボールを握るヴィッセル」対「ブロックを組んで守る鳥栖」という図式だ。これは前節の広島戦と同じであるだけでなく、今後、何度も目にすることになるであろう構図でもある。この場合、ヴィッセルにとっての課題は、攻守両面に一つずつ存在する。攻撃面においては、如何にしてブロックを崩すか。そして守備面においては、如何にしてカウンターを防ぐかということだ。


 これを踏まえた上で、攻撃面においてフィンク監督が前節に引き続いての課題としたのは「相手守備陣の裏」を狙うということだった。この試合では小川慶治朗を先発起用することで、そのメッセージをより強く発信した。前節で輝きを見せていた渡部博文をベンチスタートとして、4バックに変更してまでも小川を先発メンバーに入れることで、相手の裏に出る攻撃の形を作り出したかったのだろう。
 小川も自分が起用された意味は、十分に理解していたようだ。右サイドの深い位置を狙う動きを何度も見せていたが、鳥栖のブロックは強固だった。一昔前であれば、守備陣の間で駆け引きを続けていれば裏は取れたものだが、レベルが急速に上がった今のJリーグでは、そう単純ではない。この試合で鳥栖の守備陣は小川の裏に出る走路を塞ぎつつ、低い位置でブロックを伸縮させながら、小川をブロックの外側へ留め続けた。これに対して小川は同サイドの西大伍を呼び込みながら、ワンツーで裏を狙おうとした。だが、この試合のようにスペースのない中で相手のブロックを掻い潜るためには、完璧なボールコントロールが必要になる。僅かなズレは、相手のカウンターの起点となるからだ。それが解っているからこそ、小川も思い切った仕掛けはできなかったのだろう。今季のリーグ戦で初先発となった小川には、心中期するところもあったと思うが、存在感を示せなかったことは残念だった。前半、小川が主戦場とした右サイドは西と山口蛍を集めることができるだけに、身体のキレているこの両者を巧く使ってほしかった。西からの相手選手の間に落とすボールを引き出しつつ、スペースの管理を山口に任せて攻撃を仕掛ければ、面白い展開になったように思う。リスクの管理はもちろん大事だが、相手が引いている中では大胆な仕掛けが局面を動かすこともある。次の機会には、小川らしいスピード感のある攻撃を見せてくれるものと信じている。

 攻撃面でいえば、前節で存在感を示せなかった古橋亨梧だが、この試合でも「古橋らしさ」はほぼ見られなかった。ヴィッセルに加入以降、一気に高みに上り詰めた感のある古橋だが、その能力の高さ故に、相手のマークも厳しさを増している。古橋は中央に切れ込み、敢えて左サイドを空けることで、相手のマークを外そうとしていたが、鳥栖の守備陣もそれに翻弄されることなく古橋のスペースを消し続けた。ここ2試合の古橋亨梧を見ていると、まだ実際のスピードと自分のイメージが合致していないように感じる。そのためボールを受ける際の歩幅に半歩から一歩分のズレが見られる。ボールの動くスピードを利用して、ポジションを取ることのできる選手であるだけに、古橋がトップフォームに戻ることで、相手ブロックを崩す選択肢は格段に増える。とはいえ、ここは試合勘に依拠する部分なので、今は実戦を重ねる中で、感覚をすり合わせてくれるのを待つ他ないだろう。古橋のような真面目な選手にとっての大敵は、自分を追い込みすぎてしまうことだ。責任感の表れではあるのだが、それが強くなりすぎると、結果を求めて本来のプレーを見失ってしまうことにもつながりかねない。だからこそ古橋自身も、今は焦ることなくプレーしてほしい。


 値千金のゴールを決めたドウグラスだが、決してコンディションは万全というわけではないだろう。前節に比べると、相手を背負ってのプレー回数は減っており、古橋との前後関係の中で下がり目にポジションを取ることでスペースを作り出していたが、まだ周囲とのずれは散見される。この試合では、相手の間に出されたボールへの反応が遅れがちだった。しかしこれは古橋と同様に、時間が解決する問題だ。トレーニングの中で、周囲との連携は高まっている筈だが、やはり実戦での感覚とは異なる。そしてこれは、試合を積み重ねることでしか解決できない問題でもある。万能型FWであるドウグラスを如何にして活かすかという命題は、裏を返せば如何にして古橋や小川といった他のFWを活かすかということでもある。エースとしての活躍が期待されていることは、本人が一番理解している。それだけに現在のプレーに納得がいっているとは思わないが、それでもあのようなスーパーゴールを決めてしまうのだから、その能力には恐れ入る。イニエスタが相手DFの裏に出した浮き球に、対してジャンプした中で足を変えて振り抜くというキックは、誰にでもできるようなものではない。しかも咄嗟の判断でああいったプレーができるというのは、天性のゴールハンターというべきだろう。その意味では、このゴールは2018年の名古屋戦でルーカス ポドルスキが決めたゴールと同質だ。ゴールを決めた後、咆哮したドウグラスからは、エースとしての気格が感じられた。

 このゴールを演出したイニエスタは、さすがの一言だ。前節から中3日という強行スケジュールにもかかわらず、いつも通りピッチ上に「落ち着き」を作り出していた。体勢が悪くとも、ボールを失うことのない技術には、相手選手も脱帽せざるを得ない。試合後には、松岡をはじめとする鳥栖の選手たちは「あれが世界基準だと痛感した」、「自分とは雲泥の差があった」といった言葉を口にしていた。得点シーンでは、郷家友太がつないだボールが僅かに浮いているのを見て、そのまま相手守備の上を通し、ピンポイントでドウグラスが走りこめる位置に落とした。こうしたプレーの後、イニエスタは「上(空中)が空いていた」とこともなげに口にするが、それこそ常人には及びもつかない考え方だ。それを実現できる技術力があればこその発想ではあると思うが、このような考え方とプレーができる選手というのは、世界を見渡してもそういるものではない。試合後、ドウグラスは「イニエスタとプレーする上では、常に準備しておかなければならない」と話したが、味方にもいい意味での緊張感を与えている。これこそが、「イニエスタは周囲を成長させる」と言われる所以だ。試合後の会見でフィンク監督は「(昨年のように)6-1で勝ってイニエスタがケガをするならば、1-0でイニエスタを無事に神戸に連れて帰れる方がいい」と報道陣を笑わせたが、これは本音だろう。前節もそうだったが、チームのコンディションが戻り切れていない中、イニエスタは自ら強引に仕掛けるシーンを作り出している。フィンク監督言うところの「責任感」がそうしたプレーを出させているのだろうが、これはヴィッセルの調子を図るバロメーターでもある。イニエスタに無理をさせずに、ゆったりとプレーさせているということは、全体がうまくいっているという証左だ。相手の守備ラインの前で、イニエスタが余裕をもって攻撃を組み立てることに専念できるようになった時、ヴィッセルは本来の力を発揮する。


 この試合において、攻撃陣の中で特に目立った選手が二人いた。一人は途中出場した郷家だ。得点シーンは、酒井高徳からのボールを郷家が受けたところから始まっている。このボールを受けた後、郷家は首を振りながら周囲の状況を確認し、イニエスタにつないだ。そしてイニエスタが戻したボールを受けた山口の速い縦のパスを、ダイレクトでイニエスタにつないだ判断も素晴らしかった。そしてイニエスタのボールが相手の裏に出た瞬間、郷家はスピードを上げてそこに走りこもうとしていた。これはドウグラスのシュートのこぼれ球を想定した動きだ。この一連の動きを見ても解る通り、郷家は動きの質を高めている。チームの成長と自身の成長速度をリンクさせている。この郷家が前節はメンバー外であったことを思えば、ヴィッセルの選手層は厚みを増していると言えそうだ。郷家自身、今の立場で満足しているとは思えない。成長速度を緩めることなく、レギュラーを勝ち取ってほしい。

 そしてもう一人は、やはり途中交代で入った藤本憲明だ。なかなか裏を取らせてくれない鳥栖の守備陣に対しての準備が良かった。ヴィッセル陣内にボールがある際、鳥栖の守備が高くなるのを待って、遥か手前から仕掛ける動きを見せていた。これこそが、自分に課せられた役割を理解している動きだ。得点に結びつくことはなかったが、ボールに対する反応も良く、いいコンディションを保っていることがうかがえた。こうした献身的な動きこそが藤本の真骨頂であり、頭の良さでもある。相手の手前だけが駆け引きの場でないことを理解しているからこそ、相手にとって嫌な存在になれる。次節は古巣相手だけに、意気込みもひとしおだろう。出場機会をつかみ取った際には、存分に暴れて、大分のサポーターに元気な姿を見せつけてきてほしい。あの人懐っこい笑顔で、勝点3を神戸に持ち帰ってくれるものと信じている。

 フィンク監督が会見で話したように、守備陣は最後まで集中力を切らさず、よく守り抜いた。後半、鳥栖がギアを上げてきたところで、何度かピンチを迎えたが、GKの飯倉大樹を含めて、しっかりと対応し、クリーンシートを達成した。中でも大﨑玲央のプレーは見事だった。何度か深い位置を取られたが、文字通り体を張ってそのボールをコントロールし、ピンチを切り抜けた。そして前が空いたら持ち上がることによって、チーム全体のベクトルを前に向け続けた。何度かキックミスはあったが、足もとの技術に優れているため、ビルドアップの起点ともなっている。
 前節の項では「感覚が戻り切れていない」と表した飯倉は、確実にコンディションを上げてきた。4バックで臨んだこの試合では、バランスを考えつつも、出るべき時には前に出る姿勢を崩さずに、「飯倉らしさ」を存分に発揮していた。51分に迎えた、この試合最大のピンチの場面では、林大地のシュートを見事にセーブして見せた。フィールドプレーヤー顔負けの足もとを持つ飯倉の存在は、ヴィッセルのサッカーを成立させる上で不可欠だ。その飯倉がコンディションを上げてきたということは、ヴィッセルのサッカーが中断前の状態に戻る日も近いことを予感させる。

 筆者が個人的に心配しているのが、酒井のコンディションだ。この試合では幻のゴールを決めるなど、その技術の高さは相変わらずなのだが、相手との駆け引きの部分で、中断前のコンディションにはないように見える。普段に比べ左サイドの攻撃回数が少ないのは、これと無関係ではないだろう。試合勘の欠如によるものだと思われるが、酒井の復活なくして、ヴィッセルの戴冠はあり得ない。

 この試合では、最終盤になって漸くヴィッセルらしさが存分に発揮された。ピッチ全体に大きなロンドを出現させ、その中で相手を走らせながら試合を終えたのだ。これから暑さが厳しくなっていく中、如何に相手を走らせるかということを考えた時、この試合で見せたような対応こそが、安定した成績を残す上では必須となる。

 試合には勝利したものの、今後も「引いた相手をどう崩すか」という課題を解決する戦いは続くだろう。しかし、こうした課題に直面するということは、ヴィッセルのサッカーが他チームに脅威と認められた結果でもある。今やヴィッセルのポゼッションは、殆どの場合で、相手を上回るだろう。この試合でも64%という、圧倒的な数値を叩き出して見せた。Jリーグきってのタレント集団となったヴィッセルを相手に、「ボールの握りあい」を仕掛けてくるチームは、最早少ないと見るべきだ。多くのチームが、低い位置でブロックを形成し、カウンター狙いに徹してくるだろう。同じプロ同士の試合である以上、守りに徹する相手を崩すことは、決して容易なことではない。しかし、今のスタイルを選択した以上、これを乗り越えていかなければ、タイトル獲得は見えてこない。敢えて厳しい位置に身を置いたともいえるが、このスタイルを貫きながらリーグ制覇を成し遂げた時、日本サッカーに新しいスタンダードが築かれることになるだろう。

 次節は中2日でのアウェイ大分戦。長い中断明けから、いきなりの連戦だけに、選手たちのコンディション調整は難しいものになっているだろう。他チームを見ていると、主力選手にケガが出始めている。ここはメディカルスタッフを含めたクラブの総力を挙げて、コンディション管理に努めてほしい。選手のコンディションさえ保てれば、今季のヴィッセルは優勝を十分に狙える。
 ヴィッセルが苦杯をなめた広島を撃破した大分は、規律あるサッカーを展開しているチームだ。個人能力で差があるとはいっても、対応を誤れば大きな事故につながりかねない。相手の戦い方も気にはなるが、まずは自分たちのやるべきことを見失わず、中断前の状態にチームを戻すことに徹してほしい。前節の項で、試合を重ねることで、ヴィッセルの状態は上がっていくだろうと書いたが、事実その通りになっている。これを続けていくことで、自ずと結果はついてくる筈だ。

今日の一番星
[山口蛍選手]

得点を演出したイニエスタ、それを決めたドウグラスも候補だったが、試合全体を通じてスペースを埋め続け、攻守のスイッチを入れ続けた山口を選出した。得点シーンで、イニエスタが戻したボールを迷うことなく縦に入れたように、昨季から山口の攻撃面でのセンスが目立つようになっている。前節もそうだったが、山口が縦のボールを入れたときは、ヴィッセルの攻撃が一気に圧力を増す。正確に狙った位置にボールをコントロールする技術もさることながら、相手の動きを計算に入れてスピードをコントロールできる点が山口の凄みだ。これがあるからこそ、前線と距離があるところからでも、攻撃のスイッチを入れることができる。持ち前の運動量も健在で、カウンターの芽を摘むことで、鳥栖にリズムを作らせなかった。C大阪のアカデミー時代から、能力の高さは評判だったが、昨季ヴィッセルに加入後は、それまで顕在化しなかった能力も見せている。インサイドハーフでスタートしつつも、試合途中でスムーズにボランチにポジションを移せる器用さも魅力だ。決して大言壮語するタイプではないが、確実にチームを高い位置に引っ張り上げていく頼もしい存在だ。中断期間を経ても、コンディションを保ち続けている裏には、人並外れた節制と努力があるのだろう。俳優のような雰囲気を持つ「ヴィッセルの仕事人」に文句なしの一番星。