覆面記者の目

J1 第5節 vs.清水 ノエスタ(7/18 19:03)
  • HOME神戸
  • AWAY清水
  • 神戸
  • 3
  • 1前半0
    2後半1
  • 1
  • 清水
  • 古橋 亨梧(47')
    ドウグラス(54')
    古橋 亨梧(65')
  • 得点者
  • (75')西澤 健太

「完勝」と言っても差し支えないだろう。リーグ戦再開後、初の有観客ホームゲームとなったこの試合で、ヴィッセルはリーグ戦2勝目を挙げた。リーグ戦に限って言えば、清水相手に勝利を挙げるのは2017年の開幕節以来、ホームゲームでの勝利となると実に2014年以来であったという。通算の対戦成績でも大きく負け越している相手ではあるが、2020年7月18日での力の差は歴然としていた。

 今季からピーター クラモフスキー監督を迎えた清水は、文字通りチーム設計の真っ最中だった。ポゼッションを高めながら試合を支配することを目指しているであろうことは、十分に理解できた。大きな分類の中では、ヴィッセルと同じカテゴリーに入る。この試合でも選手同士が一定の幅を取りながら前にボールを運び、縦にパスが入った段階ではボールホルダーを後ろの選手が追い越していくというスタイルだった。しかし現時点では、そこから先が出来上がっていないように見えた。ヴィッセル陣内でボールを握った際、ゴールに向けてどう展開していくかという部分はこれからなのだろう。
 今季、スタイル変更を図っているチームには大きな困難伴っている。その状況を作り出しているのは、コロナ禍の影響による「超過密日程」だ。試合の連続になってしまったため、「試合結果を受けてのトレーニング」をできる時間が大幅に削られてしまったのだ。例年であれば、試合の中で顕在化した問題点を、日々のトレーニングの中で解決を図り、次の試合で再度試すという流れが作れるのだが、今季に限っては問題解決は次の試合で試すという乱暴なやり方しか取れない。「練習でできないことは、試合では絶対にできない」と言われるが、その時間が与えられていないため、手探りで洞窟を進むようなシーズンとならざるを得ない。指揮官にとっては何ともやりきれない思いだろう。リーグ戦5試合を終えて、未だ勝点を獲得できていない清水ではあるが、降格がないことを奇禍として、新しいサッカーに取り組み続けることになるのだろうか。
 スタイル変更を図る中で、思うように勝点が獲得できないというだけであれば、ヴィッセルにも、過去そうした時期はあった。しかし今の清水とは決定的な違いがあったことも、また事実だ。それは「核となる存在」の有無だ。ヴィッセルが今のサッカーを作り上げる過程においては、アンドレス イニエスタという絶対的な存在がいたため、そこを基準点としてチームビルディングに取り組むことができた。しかし、今の清水にそうした選手は昨日の試合において見当たらなかった。そのため、全ての選手が探りながらのプレーを余儀なくされていたように見えた。それでも清水の選手は、ヴィッセルに食らいついてきた。ヴィッセルにミスが多かったことは事実だが、クラモフスキー監督が試合後の会見で言及したように、前半はヴィッセルの攻撃を封じながら、時には主導権を握りヴィッセル陣内でゲームを進めていた。人によっては、前半だけを見れば「互角」に映ったかもしれない。しかしそこには大きな差があった。ヴィッセルの試合運びが、ボールを動かしていたのに対し、清水はそこを走力で埋めてきたため、結果的に人が先に動くサッカーになっていた。そのため後半は時間経過とともに動きが低下し、ヴィッセルの一方的な流れを作り出す原因となってしまった。

 こうしてみてくると、やはりヴィッセルにとってこの試合は「勝たなければならない試合」だったと言えるだろう。そう言えるほど、現時点でのチーム完成度には差があった。しかしこの差は絶対的なものではない。清水も時間経過とともに、チーム完成度を高めてくるだろう。次回の対戦時にこの力関係がどう変わっているかなど、誰にも解らない。だからこそ前に進み続けなければならない。「歩みを止めるということは、敗北に向かって歩み始めたということだ」と語った野球の監督がいたが、これは勝負の世界における真理だろう。ヴィッセルは常に、昨日のヴィッセルを超え続けなければならない。
 つい先日、史上最年少でタイトルホルダーとなった藤井聡太棋聖については、様々な人がその凄さを語っている。筆者も複数の旧知の棋士に訊ねてみたが、異口同音に「想像を超えてくる」と語る。棋聖戦の中でも、悪形とされる陣形から攻撃を仕掛け、予想外の駒を守備に使うことで、天才揃いといわれるプロ棋士たちを唸らせた。こうした手を次々繰り出すからこそ、藤井棋聖は「予想を超えた棋士」と言われるのだろう。この「想像を超え続ける」ということこそが、王者に必要な要素のだろう。


 ここ数年間でヴィッセルが見せた成長は、多くのサッカー関係者にとって「予想を超えて」いた。特に昨季後半からは、「やりたいこと」と「選手の能力」が合致し、成長が一気に加速した感がある。その結果が天皇杯獲得であり、今季序盤に見せたAFCアジアチャンピオンズリーグでの快進撃だ。当然リーグのライバルたちは、ヴィッセル対策を立ててくる。ここまでのリーグ戦5試合からも、それは明らかだ。しかし、今はまだ、その相手の想像を超えるところまでは至っていない。それが顕著になったのが、第2節の広島戦だった。事前から綿密にヴィッセル対策を施してきた広島の守備網を破ることができず、敗戦を喫した。「相手の想像の範疇」にプレーがあったが故の敗北だったのだ。今後も、広島同様にヴィッセル対策を施してくるチームは多いはずだ。しかしそこでプレーの精度やスピードを高めることで、相手の「想像を超える」ことができれば、ヴィッセルの強さはより印象深いものになる。
 これは一見難事であるように思えるが、筆者はヴィッセルにはそれができると確信している。そこで大きな力となるのが、やはりイニエスタの存在だ。イニエスタこそが、相手の「想像を超え続けてきた」選手であり、彼が在籍していた頃のF.C.バルセロナこそが、ライバルたちの「想像を超え続け」ることで、数々のタイトルを獲得し、ヨーロッパ最強の名を欲しいままにしてきたチームだ。今やヴィッセルの主将としてチームを牽引するイニエスタはそれを体現している。この日の試合でも、ファーストプレーでは相手選手3人に挟まれて、ボールを奪われたが、その後はプレーエリアを調整し、相手との距離を測り続けることで、その後は清水の選手に接近することを許さないプレーを見せた。そして寄せてくる相手を、身体の向きを変えることでかわし、触れることなく相手のバランスを崩すプレーを見せた。トルステン フィンク監督をして「世界でもトップクラスの選手」と言わしめるイニエスタの引き出しを一つでも多く開けさせることで、ヴィッセルは相手の想像を超えていくことができるはずだ。これを実現するためには、全ての選手が「想像を超える」ことを意識しなければならない。個人が、特徴から導き出されるイメージを超えたプレーを見せることで、それがチームの幅を広げることになる。

 この試合にフィンク監督は4-3-3の布陣で臨んだ。GKは飯倉大樹。サイドバックは西大伍と酒井高徳、センターバックは大﨑玲央と渡部博文。中盤はアンカーにセルジ サンペールを置き、その前にイニエスタと山口蛍。前線は中央にドウグラスを置き、左右に古橋亨梧と小川慶治朗という並びだった。清水はおなじ4-3-3であったが、中盤の構成がヴィッセルとは逆で2枚のボランチの前にトップ下を置く正三角形であったため、噛み合わせのいい試合となった。
 この試合でヴィッセルの選手たちは、持ち味を存分に発揮した。その流れを作り出したのはサンペールだった。ヴィッセルの攻撃の起点となっているサンペールに対して、清水はトップ下に入っていた後藤優介を中心にプレッシャーをかけてきたが、それを落ち着いて剥がすことで、ヴィッセルを優位な位置に置き続けた。それも寄せてきた相手を単純にかわすのではなく、ボールを握りながら身体の向きを入れ替えることで、相手を振り回しながら体勢を入れ替えていた。これによって相手は、サンペールとの間に距離が生まれてしまう。そのためサンペールは無理のない体勢からパスを出すことができる。こうした動きを実現させているのは、サンペールのボールを持つ位置だ。相手の前にさらすことなく、身体の下に入れて握ることができるため、相手はファウル以外でボールを触ることはできない。この位置でボールをコントロールするのは、想像以上に難しいことなのだが、それをいとも容易くこなしてしまうサンペールの技術には、改めて恐れ入る。


 そして清水の疲弊を導いたのは小川だった。直接的にボールを触って目立つシーンは少なかったが、絶えず清水の最終ラインに駆け引きを仕掛け続けたことで、清水のチーム体力を奪っていった。同サイドに、かつてのチームメートである奥井諒がいたことも幸いした。奥井は、小川のスピードや裏に出る動きの巧みさを熟知しているため、そこを捨てて前に出ることができなかった。それによって、右サイドバックの西の前方にスペースが生まれやすくなった。清水の狙いが、ヴィッセルの「サイドの裏のスペース」にあることは明らかだったため、これだけで清水は片肺飛行を余儀なくされた。

 逆サイドに目を転じると、漸く酒井がトップフォームを取り戻した。何度も相手選手からボールを奪い、高い位置に上がってスペースを衝きながら、同サイドの古橋やイニエスタに時間とスペースを与えていった。酒井のコンディションさえ戻れば、ヴィッセルの左サイドは「判っていても止められない」存在となる。この試合では久しぶりに左サイドが攻撃の中心となったのは、ひとえに酒井の復調があればこそだ。最後、自陣で寄せられた際、失点に絡むパスミスこそあったが、あれがなければ「今日の一番星」に相応しい見事なプレーを見せ続けていた。

 2G1Aと全ての得点に絡む大車輪の活躍を見せた古橋だが、こちらは完全にトップフォームを取り戻している。最初の得点では、イニエスタの左コーナーキックに巧く頭で合わせて、ニアサイドにボールを流しこんだ。この場面でイニエスタが蹴る直前は、ニアサイドには相手選手しかいなかった。古橋はといえば、相手選手の背後にポジションを取っていた。そしてイニエスタが蹴るその瞬間、一気に相手の前に走り出て、ポジションを取っている。この動きが早すぎて、相手は全く反応することができなかった。適切なポジションさえ取れば、ゴールに高さは関係ないことを証明して見せた。サッカー少年たちにとっても、最高のお手本となるプレーだった。そして2得点目は、ドウグラスのシュートがポストを叩いたリフレクションを、落ち着いて左足で蹴りこんだものだった。この場面ではGKの股抜きで決めているのだが、この落ち着きには恐れ入った、試合後には、その前のプレーでゴール前で上に外してしまったことを悔やんでいたが、この向上心も古橋らしい。この日のゴールは、古橋がスピードだけのプレーヤーではなく、ゴールの取り方を理論的に理解していることを証明したものでもあった。


 全ての得点の起点となったイニエスタは、さすがとしか言いようがない。最初の得点につながったコーナーキックの場面では、古橋が練習通りだったと明かしたが、古橋が走りこんでくることを意識し、その高さにピンポイントで合わせて蹴った。その後も左サイドで酒井と古橋を使いながら、攻撃の起点となり続けていたが、そのプレーを見ていると、イニエスタにとってのスペースは、我々が考えるそれとは異なるのだろうと思わざるを得ない。我々は「広い」と「狭い」の2つでしかスペースを判断できないが、イニエスタは自分のプレーするスペース、それもきわめて小さなスペースを熟知しているおり、巧みなボールコントロールとボディバランスで、それを作り出すことができるため、前記の二つ以外に「広くできる」という選択肢があるのだろう。このマイスターの存在はヴィッセルのストロングポイントであると同時に、日本サッカーにとっての宝であるとしか言えない。

 今のチームにおいて最も大事な選手は山口かもしれない。そう思わせるだけのプレーを、この試合でも見せてくれた。味方がボールを奪われた際には、素早い寄せから見事なタックルでボールを奪い返し、ピンチの目を事前に摘み取っていった。清水のラインが高くなりそうになると、その裏を狙って一気に前線まで上がることで、それを牽制するなど、オフ・ザ・ボールの動きだけで局面を打開できる。一言でいうならば、「頭のいい選手」ということになるのだろう。筆者が山口を見ていて、最も関心するのはメンタル面の安定感だ。試合中、どんな局面になっても表情を大きく変えることがない。昨季、心中辛いものがあることは、試合後のコメントから窺えたが、その時でさえ試合中には表情に出さない。意識してメンタルを強く持っているのかもしれないが、これこそがチームに安心感を与える。次節では、古巣相手に成長した姿を見せつける活躍を期待したい。


 この試合ではダンクレーとトーマス フェルマーレンをベンチ外としていたが、守備を牽引したのは大﨑だった。何度も大きなサイドチェンジを見せ、最終ラインから攻撃を組み立てるヴィッセルのサッカーが、個人の能力に依拠しものではなく、チームに根付いたものであることを証明した。キックミスも散見されたが、そこで怯むことなくチャレンジし続ける姿勢も素晴らしい。ヴィッセルに加入後、最も力を伸ばした選手かもしれない大﨑だが、こうした活躍を見せ続けていれば、自身が目標と語る日本代表も十分に可能性はあるだろう。関係者の中で大﨑の能力を評価する声は、確実に増えている。

 全ての選手が持ち味を発揮する中、心配があるとすればドウグラスかもしれない。中断前に比べて、ボールの収まりが悪く見えることは事実だ。それだけマークが厳しいことの裏返しではあるのだが、ドウグラスの能力からすれば、この日の清水の守備であれば、十分に振り切れた筈だ。最初のトラップの時点で思った位置にボールを置くことができていないため、その後のプレーにもズレが生まれている。それでも長いコンパスを活かしてゴールを決めてしまうのだから、その能力の高さには脱帽するしかないが、ドウグラスまでもがトップフォームを取り戻せば、ヴィッセルの破壊力は格段に上がる。試合をこなすごとにコンディションは良化しているように感じられるが、今はその曲線が急角度になることを祈るばかりだ。

 この素晴らしい試合を成立させたのは、選手たちだけではない。そこには3つの要素があった。
一つ目は見事な試合運営を見せたヴィッセルのスタッフだ。この試合の観客数は3,494人。ヴィッセルの集客力からすれば20%にも満たない数字だ。それでも観客の少なさを感じさせないような場内演出、観客の安全を第一に考えたソーシャルディスタンスを保つ座席配置など全てがプロの仕事だった。
二つ目は、この日スタジアムに駆けつけたヴィッセルサポーターだ。安全基準を守りながら、少しでも気持ちをピッチに届けようとする応援は、素晴らしいものだった。そして何よりも、試合前ピッチに登場した清水の選手たちに送られた温かい拍手には、同じサッカーを愛する仲間としての気持ちが込められていた。この拍手には、スタジアムで観戦できなかった清水サポーターに対する思いも感じ取ることができた。筆者もヴィッセルを愛する一人として、ヴィッセルサポーターを誇らしく思うことができた。改めてサポーターの皆さんに感謝申し上げたい。
3つ目は、この試合を裁いた審判団だ。主審を務めた小屋幸栄氏は、終始落ち着いたジャッジで試合をコントロールしていた。ボディコンタクトも必要以上にファウルを取ることなく、試合の流れを最優先したジャッジだった。何よりファウルの基準がブレなかったため、両チームの選手は躊躇なく、最後までファイトし続けた。

 この勝利によって、前節での勝点1が大きな意味を持ち始めた。アウェイで勝点を獲得しながらも、多くの主力選手に休養を与えることができたことで、この試合を含めた連戦に弾みがついた。そして次節からは「神阪ダービー」2連戦となる。まずは中3日で迎える、アウェイC大阪戦だ。ロティーナ監督の下、動きを少なくして効率よく戦い、ここまで4勝1敗と好スタートを切っている。簡単に裏を空けてくれるチームではないため、ゴールを奪うためには様々な工夫が必要となるだろう。ヴィッセルの強力な攻撃陣が、C大阪の強固なブロックを如何にしてこじ開けるのか。フィンク監督の作戦も含め楽しみな対戦となる。近隣のライバルチーム相手に2連勝を飾るためにも、まずはC大阪との戦いを最高の結果で終えてほしい。

今日の一番星
[渡部博文選手]

試合の流れから言えば古橋や酒井、そしてイニエスタというところが妥当なのだろうが、チーム全体の流れを鑑みた時、浮上してくるのは、今月33歳を迎えたベテランディフェンダーだった。この試合では左センターバックに入った渡部だが、終始安定した守備を見せていた。そして何よりも、ビルドアップにも積極的に関与し、左足からのパスも多く見せていた姿には感心させられた。かつての渡部といえば、対人の強さや縦の守備、そして高さ勝負には無類の強さを見せるものの、ことビルドアップになると不安定なプレーが目立っていた。特に左足のキックは、右足に比べて弱く、確度も高いとは言えないものだった。そのためヴィッセルのサッカーが変わる中で、渡部の出場機会は減少していった。特徴を考えれば、それも止むを得ないと思っていたが、それは早計に過ぎたようだ。渡部はチームの変化に合わせ、自らのプレー幅を着実に広げていたのだ。それは過去に何度か出場した試合でも感じていたが、この試合ではさらに深化していることを実証して見せた。実績もあるベテラン選手が、30歳を超えてからプレースタイルを変更することは、決して容易いことではない。しかし貪欲に新しいスタイルを吸収し、それを身につけていく渡部の姿は、明日のヴィッセルを支える若い選手たちにとっては、最高のお手本となる。そして何よりも大事なことは、ヴィッセルが選手を成長させるチームであることの証であるということだ。試合後に見せた笑顔の裏側にある、渡部の苦労を想像すると、頭が下がる思いだ。まだまだ高い壁であり続ける美丈夫に敬意とさらなる期待を込めて一番星。