覆面記者の目

J1 第20節 vs.横浜FM ニッパツ(10/4 16:03)
  • HOME横浜FM
  • AWAY神戸
  • 横浜FM
  • 2
  • 1前半2
    1後半1
  • 3
  • 神戸
  • エジガル ジュニオ(3')
    小池 龍太(93')
  • 得点者
  • (8')ドウグラス
    (11')アンドレス イニエスタ
    (56')古橋 亨梧

陳腐な表現ではあるが、「理想と現実」について考えざるを得ない試合となった。過去に何度も書いてきた通り、ヴィッセルが目指しているのは「自分たちが主導権を握るサッカー」で「アジアの頂点に立つ」ということだ。そこには手段と結果が明示されている。その手段を自分たちのものとすべく、指導者を選び、能力のある選手を獲得し、チームのサッカーを作り上げてきた。それを続ける中で、天皇杯優勝という形で結果も出始めた。多少の紆余曲折はあったが、この数年間ヴィッセルがたどってきた道筋は、概ね正しいと言える。
 その道程における、この日の試合である。


勝利という結果は手に入れたが、そこに至る道筋は、決して満足のいくものではなかった。それは試合後、三浦淳寛監督が開口一番「今日の試合、勝てはしましたが、非常に課題の残る試合になりました」と言ったことからも明らかだ。その理由は数字に表れている。シュート数は横浜FMの29本に対して、ヴィッセルは3本。パス数も横浜FMの791に対して、ヴィッセルはその半分にも満たない320。当然ポゼッション率も低く、凡そ7対3で横浜FMにボールを握られ続けた。勝利は収めたものの、ポゼッション率やパス数といった、ヴィッセルがこだわってきた部分で大きく水をあけられたということは、三浦監督も認める通り、「ヴィッセルらしい戦い」は全くできなかったということだ。
 三浦監督とは対称的に、横浜FMを率いるアンジェ ポステコグルー監督は、自チームのパフォーマンスに対して高い評価を与えていた。ヴィッセルをリスペクトした上で「良い内容のサッカーをして、最高のパフォーマンスを見せてくれた」と選手たちを称えていた。会見の言葉だけを聞けば、勝敗は逆であったかのように思えるものだったが、もちろん勝ったのはヴィッセルだ。
 この事実は、「手段」が「結果」を必ずしも担保するものではないということを示している。
 こうした試合の後は「美しいサッカーをするチームが強いのではない。勝ったチームが強いのだ」という言葉を引き、勝者を称えることがある。しかし筆者は今回、敢えてその立場は取らないつもりだ。それはヴィッセルが目指すべき位置が、遥か先にあると考えているからだ。この日の横浜FMに対しても、正面から圧倒できるような強さを身につけなければ、その位置には辿り着けない。だからこそ、この試合については問題点を探ることから始めたい。

 三浦監督はこの試合に4-1-2-3の布陣で臨んだ。前節からの入れ替わりは、センターバック1名のみ。大﨑玲央をベンチ外として、トーマス フェルマーレンを先発に復帰させた。
 これに対して横浜FMは4-3-2-1の布陣を採用した。前回対戦時の4-3-3との違いは中盤の構成だった。前回は2枚のボランチの前にマルコス ジュニオールを置いた形だったが、この試合では中盤はボランチ3枚という形を採用した。目を引いたのは扇原貴宏のポジションだった。3枚のボランチの中央に入った扇原は、最終ライン付近から前線近くまでの広いスペースを自由に動き、攻撃の起点となっていた。そのポジションがあまりに流動的だったため、試合後には扇原の位置をセンターバックと誤認した質問が出て、ポステコグルー監督がそれを否定する一幕もあった。扇原についてはチームメートの小池龍太が「難しいタスクを背負ってくれた」と言ったように、これまでの横浜FMの戦いでは見られなかったものだ。ここ数試合、横浜FMも厳しい連戦の中で、負傷者が多くなり、思うような試合運びができていなかったようだ。中でも前節の鳥栖戦は、試合後にポステコグルー監督が「何もなかった」と評してしまうほど厳しいものだったようだ。そしてこれが、ポステコグルー監督にヴィッセル戦での割り切りを決断させたように思う。
 この試合における横浜FMの狙いはシンプルだった。マルコス ジュニオールとエリキの2シャドーが、ヴィッセルのアンカーであるセルジ サンペールの脇のスペースで仕掛ける。ダンクレーとフェルマーレンのセンターバックに対しては、ワントップのエジガル ジュニオが間を狙いながら押し下げる。後ろはチアゴ マルチンスと畠中槙之輔に任せ、両サイドの小池とティーラトンは扇原の位置よりも高い位置を取り、2シャドーと縦位置が被らないように幅を決めながらプレーする。そして最後はサイドに展開し、そこからのクロスで勝負するというものだった。
 言葉にするとシンプルな作戦ではあるが、これがヴィッセルとのミスマッチを生み、3分という早い時間帯に得点したことで、横浜FMは主導権を握ることに成功した。シンプルであるがゆえに、スピードに乗ったパス回しが実現し、ヴィッセルの選手はゴール前で跳ね返すことに専念させられた。この攻撃は敵ながら天晴という他ない。全ての選手が自分の役割を認識し、それを忠実にこなした結果、ヴィッセルを相手に70%を超えるポゼッション率を実現した。

 試合そのものは、ヴィッセルにとっては完全なる防衛戦ではあったが、失点からわずか5分後に得点を返したことが、勝利という「結果」を手に入れる礎となった。8分に前川黛也からのボールを受けた西大伍が、相手守備の裏側に絶妙のスルーパスを通し、これに走りこんだドウグラスが体勢を崩しながらも左足一本でのダブルタッチによって横浜FMゴールに流し込んだ。この得点、そしてその後のPKによる得点が横浜FMの猛攻を生み出したことは事実だが、同時に攻撃の形を限定することにもなった。前述したように、ボールの運び方を定めていたであろう横浜FMは、攻撃に至る流れが、左右の違いこそあれ、一つのパターンに嵌っていたように思う。それがヴィッセルの守備にある種の徹底をもたらしたのだとすれば、やはりこのゴールは大きかった。


 この得点を演出する際、西が前を向いた瞬間、西は視界に5人の選手を捉えていたはずである。一人は右サイドで張っていた郷家友太、そして郷家の動きを見ていたティーラトン、中央右で駆け引きをしていたドウグラスとそれをマークする扇原、そして扇原とティーラトンの中間にいた畠中だ。ここで西にとって最もシンプルなのはドウグラスを前に走らせるように蹴ることだった。しかしこれは扇原との勝負になってしまう上、オフサイドの危険性も高い。であれば、ドウグラスを右に走らせるようにすれば良いということで、ティーラトンと畠中の間を通すパスを選択した。恐らくこの形はトレーニングの中でも試していたのだろう。西のキックとドウグラスの動き出しのタイミングは完璧に合っていた。
 そして西らしいというべきかもしれないが、蹴るタイミングを相手に悟らせないセンスはさすがだ。畠中とティーラトンは西のキックを警戒し、蹴るタイミングを待っていたが、それでも完全に遅れていた。そのため西からのスルーパスはきれいに横浜FMの守備ラインを切り裂いた。いつも書いていることだが、西の非凡なセンスは、ヴィッセルにとっての大きな武器となっている。その後のPKを獲得したシーンでも、アンドレス イニエスタからのボールを受けた西がダイレクトで蹴らなければ、あり得なかったものだ。そして殆どの選手がトラップして、相手の動きを見ようとするであろうシーンでもあった。この西のセンスを共有できる選手が増えた時、ヴィッセルの攻撃は確実に厚みと面白さを増すだろう。
 ドウグラスの動きも見事だった。オフサイドにならないよう、西のボールに真っすぐ走り込まず、横に流れてからの動きで抜け出して見せた。シュートシーンでも、相手GKと交錯しながらも、ボールに対して真っすぐに足を出すことができるため、ボールをゴールまで送り届けることができた。細かなことだが、こうした技術があるからこそ、ドウグラスはJリーグで結果を出し続けてきたのだ。
古橋亨梧とのコンビネーションも上がってきた。3点目のシーンでは、古橋がペナルティエリアの前でボールを受けた際、ドウグラスが左から回り込むようにして裏を取る動きを見せたことで、古橋の右に動く時間的余裕が生まれた。自分で決めるだけではなく、決めさせる仕事もできるドウグラスの存在は、ヴィッセルの前線に一人で厚みを加えている。

 PKについては、正直微妙な判定ではあった。郷家がファウルをもらいに行ったとは思わないが、PKに値するようなファウルではなかったように思う。横浜FMにとっては不運な判定であったように思うが、この得点が横浜FMを精神的に追い詰めた部分があることは確かだ。それまでにも攻撃し続けていた横浜FMにとっては、一瞬の隙をつかれたような格好になったため、攻撃の圧力を強めなければという強迫観念めいた考えが生まれたのだろう。逆にヴィッセルは「守る」というタスクにチーム全体が舵を切りやすくなった。

 試合を決定づけたのは、後半の両チームが見せた選手交代とゴールだった。
 ヴィッセルは後半頭からサンペールを下げ、安井拓也を投入。山口蛍のポジションを落としてダブルボランチとして、その前にイニエスタを置く正三角形に布陣を変更した。この交代策によって、横浜FMの攻撃力は一気に低下した。その理由は2シャドーが自由に動けなくなったためだ。サンペール一人に対して二人でスペースを奪いに来ていた前半、横浜FMはここで主導権を握っていたため、攻撃に連続性が生まれていた。サンペールもボールを握った際は、この2シャドーを剥がしながらボールを前に運ぼうとしたが、横浜FMが前方向に圧力を強めていたため、なかなかその裏側を取るには至らなかった。
 三浦監督が見せたこの交代策は、この試合では理想のサッカーを追うのではなく、勝点を奪いにいくという明確な意思をチームに伝えた。これは、三浦監督の「勝負師」としての一面が発揮されたシーンだったように思う。横浜FMの攻撃力を考えれば、守りに行って守り切るという保証はない。逆にここで同点に追いつかれるようなことがあれば、そこから選手の意思が二分化され、崩壊する危険性も孕んでいた筈なのだ。それでも、この守備的な布陣変更によって、一旦横浜FMの勢いを削ぎ、ゲームを進めていくという決断ができたのは選手たちに対する信頼感なのだろう。監督就任後、守備の意識をチームに落とし込んでいるという三浦監督だが、その裏側には監督の指示を忠実に実行しようとする、ヴィッセルの真面目なチームカラーに対する信頼があるのだろう。
 そして三浦監督の期待に応えた安井は、地味ながらいい仕事をした。スペースを埋めながらも、ボールを持った際は簡単に蹴ることもなく、横浜FMの攻撃をスローダウンさせる動きに専念していた。ボールを握って攻撃を組み立てることもできる安井だが、こうした守備的な動きもできることをアピールして見せた。

 また三浦監督は試合終盤、郷家に代えて小川慶治朗、西に代えて菊池流帆という交代カードを切った。この両選手に与えられたタスクはもちろん守備。小川にはティーラトンをマークしてサイドに蓋をすること、そして菊池にはオナイウ阿道をマークして、ゴール前での起点を作らせないことを要求した。この交代は、ヴィッセルにとっては仕上げとも言うべきものだった。この意図の解りやすい交代は、選手に対して「ここから先は守備をする時間」という監督からのメッセージとなっていた。

 この試合では、監督としての動きでチームに勝利を呼び込んだ三浦監督だが、この先数多くの試練が待っていることは間違いない。この試合でも前半のうちに山口を一列下げることで対応できなかったのかなど、考えることはいくつもあるだろう。しかし三浦監督に忘れてほしくないのは、監督が選手を見ているように、選手は監督を見ているということだ。三浦監督の迷いは、そのままチームの迷いとなる。選手交代について「『もう』は『まだ』。『まだ』は『もう』」という言葉があるように、監督のやることは全て結果論でのみ論じられてしまう。理不尽であるともいえるが、監督はそんな評価とも戦っていかなければいけないポジションなのだ。監督就任にあたっては、幾つもの葛藤があったと語る三浦監督だけに、相当の覚悟をもって監督の座に就いた筈だ。
 「守備も攻撃も一気に両方改善できるような能力は、今の僕にはありません」と語ることのできる素直さは、この先、監督として成長していくための大きな武器となるはずだ。今は采配を振るう上で迷いもあるだろうが、その全てを正解にしてくれる力のある選手たちが揃っていることを信じてほしい。

 試合を決定づけた3点目は、イニエスタのボール奪取から生まれた。ボール奪取能力に定評のある和田拓也から泥臭くボールを奪い、前のドウグラスに預けたところから3点目は生まれた。これで6試合連続フル出場となったイニエスタだが、この試合でも次元の違うプレーを連発した。複数人に寄せられても、その中でボールを握り続けてしまうキープ力を見せつけ、時にはヒールパスで二人を剥がすなど、世界最高峰のプレーを見せ続けた。そんなイニエスタが試合最終盤、スライディングでボールを奪いにいったのには驚かされた。チームの勝利のために全力を尽くす。当たり前のことだが、それを事も無げにできるイニエスタが、世界最高のプレーヤーと言われ、全てのサッカー選手のリスペクトを受けている理由が改めて分かった。同時に、イニエスタが今はヴィッセルのキャプテンとして、チームの勝利に全力を挙げていることを実感できた素晴らしいシーンだった。


 そのイニエスタから多くのことを学んだ古橋のゴールは見事だった。ドウグラスの落としたボールを受け、右に流れながらスペースを探し、最後は腰をひねりながらゴール左に突き刺した。名古屋戦でイニエスタが見せたシュートと原理的には同じだが、相当な体幹の強さとテクニックを必要とするものだ。直向きに努力できる古橋なればこそ、身につけたのだろう。キャリアハイのゴール数を更新し続けている古橋は、どんなゴールの後もチームメートへの感謝と、それまでに外してきたことへの反省を口にする。その真面目さの陰に隠れているが、とてつもない才能の持ち主であることは間違いない。イニエスタやダビド ビジャといった世界トップクラスの選手から学び、それを試合の中で体現するというのは、誰にでもできるようなものではない。

 そしてもう一つ、この試合を決定づけたのは64分の横浜FMの選手交代だった。1トップと2シャドーが揃って入れ替わったのだ。代わって登場した選手たちも高い能力の持ち主ではあるが、それまでの迫力が失われたことは事実だった。2点差がついていたということもあるだろうが、前述したヴィッセルの選手交代の効果も相まって、ヴィッセルの守備に余裕が生まれたことは事実だ。逆に言えば、そこまで耐えきったことこそが、この試合最大の勝因だったとも言えるだろう。


 最後にこの試合で特筆すべき選手がいる。それはGKの前川だ。2失点は喫したものの、それ以上に失点を防ぎ続けた。ロングフィードも正確であり、ハイボール処理もほぼノーミスだった。安定したメンタルを保つこともできるようになった。ヴィッセルに加入以降、キム スンギュや飯倉大樹といった選手の陰に隠れがちではあったが、シュート練習に積極的に付き合うなど、努力し続けた結果が今花開きつつある。サイズ的にも恵まれたものがあり、今の安定したプレーを続けていけば、親子2代での日本代表も決して夢ではないだろう。

 15連戦という過酷な戦いを5勝5分け5敗という5分の成績で乗り切ったヴィッセルだが、最後に4連勝という結果を残せたことは、今後の戦いを見据えた際に福音となる。夏の暑さにも苦しめられたが、それも一段落し、選手たちの動きも目に見えて良化している。ここからの反撃には大いに期待したい。
 次節までの約1週間。まずは回復をメインにして、反撃体制を整えなければならない。次戦の相手は柏。怪物オルンガへの警戒はもちろんだが、それ以上にヴィッセルのストロングポイントを潰しにくるであろう勝負師ネルシーニョ監督の目論見には注意が必要だ。かつての指揮官に、今のヴィッセルの強さを見せつけ、反撃への狼煙としたい。

今日の一番星
[トーマス フェルマーレン選手&ダンクレー選手]

異例ではあるが、今回の一番星は二人の選手をセットで選ぶ。横浜FMの怒涛の攻撃を食い止め続けたこのセンターバックコンビの活躍無くしては、勝利があり得なかったことは間違いない。両者ともカバー範囲は広い。そのため横浜FMのサイドを使った攻撃にも、巧く対応し、2シャドーの選手を自らの守備範囲の中に引きずり込みながらの守備を見せた。またゴール前にこぼれた際には、この二人が身体を張り続け、ゴールを防ぎ続けた。30本近いシュートを打たれ、しかもその半数以上が枠内に飛んでいたにもかかわらず、最後の部分での安心感をもたらした「ヴィッセルの高く強い壁」は、Jリーグでも屈指のセンターバックコンビだ。不本意な戦いであったとはいえ、こうした守り抜く戦い方もできるということを立証してくれたハイタワーコンビに文句なしの一番星。