覆面記者の目

J1 第32節 vs.G大阪 パナスタ(11/11 19:03)
  • HOMEG大阪
  • AWAY神戸
  • G大阪
  • 1
  • 1前半0
    0後半0
  • 0
  • 神戸
  • パトリック(27')
  • 得点者

覆面記者 G大阪 A

 個人とチーム。スポーツを論ずる上での、普遍的なテーマでもあるこの問題について考えざるを得ないゲームとなった。
昨日、Viber公開トーク内で配信した速報版において、筆者はこの試合で起用された若手選手の多くは、現時点での持てる力は発揮したと思うと記した。この考えには、今でも変わりはない。選手個々にフォーカスした場合、この試合の評価はポジティブなものとなる。試合後、ダンクレーが語ったように「自分たちのやりたいことは表現できた」というのも、その通りなのだろうとは思う。しかしチームとしては最後までG大阪のゴールをこじ開けることはできず、ホームでの対戦に引き続いての、完封負けを喫したことは事実だ。

 以前、プロ野球の監督経験者に話を聞いたとき、このテーマに話が及ぶと、「そもそも個人とチームという比較がおかしい」と指摘された。その人物は「個人の力がなければ、リーグ戦で勝利を積み重ねることはできない。しかし力のある個人を揃えれば勝てるかというと、それも違う。選手個々は常に上を目指し、力を伸ばすことが仕事であり、そこに戦い方という方向性を与えるのがベンチの仕事。この両者は共依存の関係にあり、どちらか一方だけが傑出していても、勝利にはつながらない」と話してくれた。筆者は、これこそがチームスポーツにおける「勝利への道」なのだろうと思っている。
 逆の意味でこれを示す好例が、今季のオリックス・バファローズだ。このチームには首位打者を獲得した吉田正尚、そして今や日本のエースとも呼ばれる山本由伸という投手がいる。今季のチーム打率はリーグ4位、防御率もリーグ3位。しかしチームの成績はといえば、ダントツの最下位でのフィニッシュとなった。このチームについて、ある評論家は「野球を知らない」と評した。傑出した個人の力があっても、それを活かす戦術がないということだろう。


 試合後、三浦淳寛監督は「試合の内容自体は良かったと思う」とコメントしている。想像するに、若い選手を多く起用し、彼らがG大阪を押し込んだ前半の戦いを見て、若い選手たちの力がついてきていることを実感できたという点においては、一定の評価ができるということなのだろう。これについては筆者も同意見だ。
 しかし、敢えて厳しい言い方をするならば、「善戦マン」が残せる結果は、あくまで「善戦どまり」であり、勝利ではない。プロとしてピッチに立つ以上、相手を上回るものを発揮し、勝利をつかみ取らないことには、その評価は常に割り引かれたものになる。プロとしてピッチに立ち、様々なステージで戦ってきた三浦監督は、そのことを最もよく知る人物のはずだ。今は監督として、選手たちのモチベーションを引き出すために、敢えて厳しい言い方はせず、彼らを擁護しているのだろう。しかし、この結果に甘んじている三浦監督ではないはずだ。この試合で「善戦」したからこそ、この先の戦いには結果を求め、さらなる厳しさを要求してくれるだろう。

 これまでのヴィッセルの戦い方を基準として考えた場合、いくつかの違いが見られたことはここ数試合と同様だが、戦い方の決定権は三浦監督にある。普段のトレーニングを最も近くで見ている三浦監督が、選手の調子を判断し、最適と思われる戦い方をチョイスしている以上、それが正解だ。そうした視座に立った時、この試合では二つの大きな問題が顕在化したように思う。以下にそれを振り返ってみる。

 この試合で三浦監督が送り出したメンバーは、GKに前川黛也。最終ラインは右サイドバックに山川哲史、センターバックはダンクレーと菊池流帆、左サイドバックに初瀬亮という構成。アンカーには大﨑玲央。攻撃陣は田中順也をワントップ気味に配し、シャドーのような位置に佐々木大樹、その後ろには安井拓也を中央にして、左に中坂勇哉、右に小田裕太郎という若いメンバーを置いた。これまで4バックを貫いてきた三浦監督だが、この試合では少し趣きを変えていたように思う。山川を左サイドバック、大﨑をアンカーには入れていたが、初瀬を高く上げた際は大﨑が最終ラインに下がるなど、これまでには見られなかった流動性を持たせようとしていた。


 この中でキーマンは大﨑だったのだろう。4バックでは左センターバックに入ることが多かった大﨑だが、その際には持ち味を発揮できていなかった。その理由は左足と右足の差だ。右足からはスムーズにボールを供給できる大﨑だが、左足でのプレーが望まれる左センターバックに入った際は、そこにぎこちなさがあり、ボールの処理に少々手間取っていた。大﨑の配給能力、そして広いスペースをカバーできる能力を考えた場合、アンカーでの起用というのは、セカンドチョイスとしては十分に考えられる。
 試合開始直後こそ、G大阪の前からのプレスへの対応に追われたが、時間経過とともにヴィッセルがボールを握る時間が増えた。これに伴って大﨑のアンカーが活きていたことは事実だ。積極的に前にボールを運び、全体を押し上げる効果を発揮していた。ここまでは三浦監督の狙い通りだったと思う。

 しかしここで一つの問題が生じた。それは、ヴィッセルの生命線ともいえるビルドアップの質が上がらなかったということだ。確かにボールを握る時間は長く、前半のポゼッション率は60%を優に超えていた。しかし肝心の「相手を動かす」という部分が見られなかった。好調を維持するG大阪だが、中盤の守備は決して強くはない。ボランチでチームを牽引してきた井手口陽介の、体調不良による不在も影響していたとは思うが、予想以上にヴィッセルがボールを握ることができていた。サイド、特に左サイドに起点を作りたいヴィッセルにとって、これは好都合だった。大﨑が高い位置までボールを運び、そこからの展開が可能になったからだ。問題はこの「ボールを運ぶ」際に生じていた。
 ボールホルダーがボールを握っている間、ヴィッセルの選手たちに動きがほとんど見られなかった。G大阪の守備がそれほど厳しいものではなかったにもかかわらずだ。これがビルドアップの質を低下させている。これは、サッカーのスタイルとは無関係の部分でもある。

 ボールを前に運ぶ際に最も大事なことは、ボールを持っていない選手がどれだけのパスコースを作ることができるかという点に尽きる。自らが動くことによって相手を動かし、ピッチ上にスペースを作り出す。そしてそれは、チーム内で統一された意思に基づいていなければならない。ゴールからの逆算によって道筋を決め、そこを使うために全てのフリーの選手がマッチアップしている相手を自らの動きによって振り回すことで、ピッチ上で優位を確立するのだ。
 この「優位」という言葉を使うとき、兎角人数面だけにフォーカスされがちだが、筆者はこの「数的優位」は優位性の確立とイコールではないと思っている。それよりもプライオリティーが高いのは、スペースの創出による「空間的優位」だ。単純化するならば、相手の選手同士を近い距離に寄るように誘導し、ピッチ上に大きなスペースを作り出すということだ。そうなれば少ない人数でそこを使い、一気に相手ゴール前まで迫ることができる。この場合、ボール周辺だけにフォーカスすると、「数的不利」が生じているように映るが、ピッチ全体を見た場合には、それ以上の「有利」が生まれている。これこそが「優位性の確立」だ。
 だからこそ、ボールを持っていない選手は常に動きながら、相手をコントロールする必要がある。しかしこの試合の前半は、そうした動きがほとんど見られなかった。そのためビルドアップの質が上がらなかった。スペースにボールを出して受けるという一連の動作は見られたが、それは自分たちが意図的に作り出したものではないため、相手選手とイーブンの状態でボールを受けることを余儀なくされていた。それでもボールをつなぐことができていたのは、これまでのトレーニングの賜物だろう。高いボールスキルを持った選手が揃っているだけに、ここに動きを加えることができれば、ヴィッセルのビルドアップは劇的に改善するはずだ。


 ビルドアップの質は高くなかったが、それでも前半ヴィッセルは大きなチャンスを作り出した。その中心となっていたのが佐々木だった。左に寄ってプレーすることが多かった佐々木だが、フィジカル勝負で負けることもなく、ボールを収めるシーンが目立った。18分に左サイドで粘って、フリーキックを獲得したプレーは見事だった。前半だけで2度シュートチャンスを迎えたが、これはいずれも決めることができなかった。このどちらかでも決めていれば、試合の流れはさらにヴィッセルに傾いただろう。佐々木はボールを受ける姿勢もよく、ゴールから逆算して動きを組み立てることもできる。そして何より、年齢に似合わぬ太々しさを感じさせる。その才能は疑いないものだが、問題はこの試合のように「決めるべき時に決める」という点になる。2度のシュートチャンスで、いずれも枠に飛ばせなかったのは反省材料だ。21分のヘディングは、首を振ってコースを変えようとしたため少々難しかったかもしれないが、24分に中坂からのボールをシュートミスしたシーンはいただけない。あのシーンでは中坂からのボールに対して、佐々木の体勢がマッチしなかったことが原因だ。前から出てくるボールに対して、正面から入ってしまったため歩幅が合わなかったのだろう。ダイレクトにニアを狙うという目論見は悪くなかったが、あと少しの落ち着きが欲しかった。

 このパスを供給した中坂は、この試合が今季のリーグ戦初出場だった。本人は試合後に、「試合勘が心配だった」と語ったが、正にそこが問題だったように思う。ボールスキルも高く、闘争心もあるのだが、如何せん周りとの連携が今一つに見えたのは、実戦から遠ざかっていたことが原因だろう。仕掛けることもできる中坂は、今のチームにとって貴重な戦力だ。残された試合は多くないが、実戦経験を重ねることができれば、周りを見る余裕も生まれるだろう。能力には問題がない選手であるだけに、さらなる奮起を期待したい。

 もう一人この試合で注目していたのは、右サイドバックで起用された山川だった。本職がセンターバックであるため、縦に上がっての攻撃参加といった場面は見られなかったが、それでも守備の面では安定感はあったように思う。G大阪の攻撃に対して、自陣では中に絞り気味に守る場面が多かったが、その際のポジショニングなどはおおむね間違いがなかったように思う。前節で痛恨のミスを犯しているだけに、精神的な面が心配だったが、それを感じさせなかったのは、ルーキーとしては立派だ。不慣れなポジションであるとはいえ、宇佐美貴史の斜めの動きには対応しきれていなかったことは、今後への反省材料としてほしい。


 平均年齢24歳という若いチーム構成での前半だったが、失点こそ喫したものの概ねG大阪を押し込みながら試合を進めることができた点は、高く評価したい。中でもセンターバックでプレーした菊池の存在感は圧巻だった。Jリーグでも屈指のフィジカルの強さを誇るパトリックに対して、怯むことなく立ち向かい、ほとんどの場面で勝利していた。後半には宇佐美のシュートを頭で弾き出すなど、常に先を読んだプレーを見せていたのは、菊池の確かな成長だろう。ややぎこちなさはあったが、ボールを握った際は相手が寄せてくるまで上がることを意識し、寄せてきた相手をかわしながら前にパスを送ろうとしていたのは、ヴィッセルが志向しているサッカーを身につけつつある証左だ。失点場面では、パトリックのシュートが当たってしまうというアンラッキーはあったが、これは仕方のないプレーでもある。それよりも最後までゴール前で強さを発揮したことの方を評価したい。

 三浦監督は後半、一気に勝負をかけた。60分にアンドレス イニエスタ、山口蛍、古橋亨梧の3人を一気に投入した。ここからが二つ目の問題だ。
 ここで投入された3選手が、「ヴィッセルの核」というべき存在であることは言うまでもない。高い能力の持ち主であり、ピッチ上で圧倒的な存在感を放っていたことは事実だ。しかし彼らが入ったことで、試合の流れが変わったことも事実だ。象徴的なのは、イニエスタが左に出したボールが、そのままタッチラインを割ったシーンだ。この時、左サイドにいた初瀬はイニエスタのパスに対して反応はしていたが、それが遅く間に合わなかった。おそらく酒井高徳ならば、あれを拾って次の展開につなげていただろう。このリズムのズレとでも言うべき状態が、後半のヴィッセルにとってブレーキになってしまったのが、今のヴィッセルの問題を象徴している。その問題を一言で言うならば、「レギュラーと控えメンバーの差」ということになるだろう。
 冒頭にも書いたが、チームというのは、能力のある選手を揃えれば強化できるというほど単純ではない。そこにはそこには明確な役割分担があると同時に、バランスが必要になる。チーム作りを石垣づくりに例える人が多いのも、そのためだ。ここでいうバランスとは、選手個々の力量においてだ。その差が大きすぎると、それはお互いの良さを打ち消しあってしまう。失礼な言い方になるかもしれないが、今のヴィッセルにおいてはレギュラーメンバーとそれ以外の若手選手との差が大きすぎるのは事実だ。分布で言うならば、最上級と中級で構成されているようなものだ。しかし若い選手たちは、上級になるだけのポテンシャルは十分に備えている。だからこそ、今季を迎える際、三浦監督(当時はスポーツダイレクター)は「若手選手の底上げが最大の補強」と口にしたのだろう。着実に成長はしていると思うが、ヴィッセルにおいては「イニエスタの思考に近づけるか」が基準となる。若い選手たちには、今以上の奮起を期待するしかない。

 戦い方についても一つだけ疑問を呈したい。それは試合終盤の戦い方だ。残り時間が少ない中で、1点を追うという状況は理解できるが、それでもイニエスタに放り込ませて、ゴール前で勝負するというのは得策ではないように思える。イニエスタという不世出のプレーヤーを最大限活かすためには、オープンな戦いを避けるべきだろう。後ろからのボールに対しては、正面を向いてプレーできる守備側の方が有利であることは言うまでもない。そのためロングボールの放り込みは、成功率も低く、セカンドボールが相手に拾われる可能性も高い。そこからオープンな展開になってしまうと、試合をコントロールすることは難しい。やはりヴィッセルには、例え負けていたとしても、ボールをつなぎながら相手を崩すサッカーで勝負して欲しいと思う。ゴールに近い位置でイニエスタにプレーさせることこそが、彼の「魔法」を発動させるための条件だと思えてならない。


 長かったリーグ戦も終わりが近づいている。今季のヴィッセルに残された試合はあと3つだ。そしてAFCアジアチャンピオンズリーグ(以下ACL)までには2試合しかない。アジア最高の舞台で最高のパフォーマンスを発揮するためにも、まずは直近のホームゲーム2試合で内容の伴った結果を出してほしい。本項も前回に引き続き、厳しい内容となったが、これもヴィッセルが最高の舞台で歓喜する姿を見たいという強い思いからであり、ご容赦いただきたい。ヴィッセルにはそれだけのポテンシャルがあると信じているサポーターの思いを背負い、先日、命日を迎えた故 三木谷良一氏が遺してくれた「一致団結」の言葉を胸に、もう一度雄々しく立ち上がってほしい。