覆面記者の目

J1 第14節 vs.湘南 BMWス(9/5 18:35)
  • HOME湘南
  • AWAY神戸
  • 湘南
  • 1
  • 0前半0
    1後半1
  • 1
  • 神戸
  • 大岩 一貴(50')
  • 得点者
  • (53')酒井 高徳


 「またしても勝てなかった」というべきだろうか。
60%を優に超えるポゼッションを記録し、13本のシュートを放ちながらも、結果は1-1。これで、今季のリーグ戦における引き分け数は、リーグ最多の7。実に半数近い試合がドローとなっている。試合後、酒井高徳は「ずっと勝ち切れない試合が続いていたし、また勝ちきれなかったので反省するところ」と語ったが、今季のヴィッセルが「勝ちきれない」という問題を抱えていることは、印象だけではなく数字の上でも明らかだ。
 この「勝ちきれない」という事象に対する捉え方は、チームの状況によって異なってくる。成長途上にあるチームや下馬評が高くないチームにとっては、「勝ちきれない=負けないようになった」という捉え方をすることが多く、必ずしもネガティブな要素とは言い切れない。これに対して、既に骨格が固まっているチームや何らかの結果が求められるチームにとっては、「勝てない」という評価と同義で語られることが多い。今季のヴィッセルは、もちろん後者だ。サッカーのスタイルは確立しつつあり、それに対する周りの認知も進んでいる。GKをも加えた後方からのビルドアップ、その過程でボールを握りながら作り出す空間内に相手を閉じ込め、試合の流れをコントロールするヴィッセルのサッカーは、天皇杯を制したことで広く認知され、「バルサ化はできた?」などと茶化されることも無くなってきた。
 大きな期待と、それに応えるべく強い決意をもって臨んだシーズンではあったが、ここまでの戦いでは「勝ちきれない」試合が多く、どうにもスッキリとしないシーズンを送っているように見える。今回は、この「勝ちきれない」という事象について考えることから始めたい。

 数年前、話題になった本のことをご記憶だろうか。その本のタイトルは『君もチャンピオンになれる』(サンマーク出版)。著者はボブ・ボウマン。競泳アメリカ代表チームのコーチにして、五輪通算28個のメダルを獲得した「怪物」マイケル・フェルプスの育ての親として知られるが、同時に40人を超える選手に世界記録を樹立させたという、競泳界きっての名伯楽だ。そのボブ・ボウマン氏のインタビューの中で、面白いエピソードがあった。レースに集中できていない選手に対しては、氏が信頼するスポーツ心理学者と面談させるという。そこでスポーツ心理学者は「君がレースでやるべきことは何か?」というシンプルな問いかけをする。すると殆どの場合、「勝つこと、優勝すること、メダルを取ること」という類の答えが返ってくるという。その考え方の矯正が、勝てる選手になる第一歩であると、ボウマン氏は語っていた。そこでの正解は「スタートからゴールまで、できるだけ早く泳ぐこと」だそうだ。それを認識させた上で、そのために必要なレースプランとテクニックだけを考えるように導くという。
このやり取りの目的は、対戦相手やレース或いは大会の価値といった、レースに付随する「余計な情報」を頭から排除することだ。そして最後には、腕や足の甲といった選手自身の目につくところに、文字や記号を書かせる。レース直前にそれを目にすることで、その会話を思い出させるためだそうだ。ここまでを経た上で最後に、やるべきことに優先順位をつけ、それを選手がこなせるだけの数に絞り込むという。これこそが、本番で力を発揮するためのコツだというのだ。
 以上のことを踏まえて、ヴィッセルについて考えてみよう。引き分けに終わった試合について語るとき、「決める時に決めていれば」という言葉が頻出する。ではなぜ「決めるべき時に、決められなかったのだろう」。それはやるべきことが、単純化されていないためではないだろうか。多くのサッカー選手が「トレーニングでできていないことは、試合ではできない」と語る。それは真理なのだろう。そうであるならば、試合とはトレーニングでできていたことを再現する場ともいえる。そうシンプルに考えれば、無理な位置からのミドルシュートや複数の相手選手をドリブルでかわそうとする「無茶な」行為は無くなるのではないだろうか。そして、ゴールを奪うという目的に対して、それぞれの選手がやるべきことは整理されるのではないだろうか。
 自己完結できることの多い水泳のメソッドを、相手の存在が影響しやすいサッカーにそのまま当て嵌めることは難しい部分もあるとは思うが、勝負に対する考え方という点では、取り入れることのできる部分も多々あるように思う。


 この流れの中で、話をこの試合に移す。この試合で最もシンプルに考えるべきは、小田裕太郎だったように思う。まだ高校卒業から半年程度のルーキーであると考えれば、今は多くを学ぶ時期であるということになるのだが、プロとしてピッチに立った以上、結果を求められてしまうのは、仕方のないことでもある。年齢やキャリアの違いは、ピッチ上では無関係になるからだ。
 この試合の中で小田は、何度かシュートチャンスを得た。しかしそれを決めることはできなかった。余計な力みもあったのかもしれない。試合前、自身が口にしたように、一つゴールを挙げれば、精神的な余裕も生まれ、プレーも変わってくる可能性は高いだろう。まさに生みの苦しみではある。であればこそ、今の小田に求められているのは、普段トレーニングの中で行っているプレーを見せることではないだろうか。登場直後は、大いなる可能性を感じさせた小田ではあるが、ここ数試合、その勢いは停滞している印象が強い。その理由は、ゴールという結果を求めすぎているように見えるためだ。想像以上に強いプロの守備を相手にゴールを挙げるには、アカデミー時代とは桁違いの工夫を必要とするのはもちろんだが、実力以上のプレーを発揮することはできないことも、また事実だ。小田が出場した過去の試合の中では、決定的なチャンスは何度かあった。それらのいずれも決めることができなかったことで、小田は自信を失いかけているのかもしれない。どうもここ数試合の小田を見ていると、仕掛けるタイミングとセーフティーに行くべきタイミングが逆になっているように感じる。この試合でも失点のきっかけとなった場面で、小田は正対する相手にドリブルを仕掛け、そこでブロックされている。あの場面は、無理に仕掛ける必要はなく、もし仕掛けるのであれば、そのための撒き餌が必要だったように思う。小田の中で「いける」という思いがあったのであれば、それは恐らく正解ではあるだろうが、自分自身でもう一度プレーを見直してみてほしい。シュートシーンでも、体勢的に無理をして速いボールを蹴るのではなく、確実に枠を捉えることを意識すべきではなかったか。以前にも書いたが、多くのゴールを挙げてきた選手にとって、ゴールとは「枠内でGKが届かない位置へのパス」なのだ。
 全てのヴィッセルサポーターの期待を一身に背負っている小田だが、今は文字通り分岐点に差し掛かっている。この時期に「期待の新人」から「頼れる若手選手」に脱皮できるかどうかが、この先の小田のサッカー人生を大きく左右するといっても過言ではないだろう。その意味で小田にとって目標とすべき選手は近くにいる。それは古橋亨梧だ。
 古橋は一昨年の夏、ヴィッセルに加入後、初のJ1挑戦であったにもかかわらず、すぐに結果を残した。今や代表にも選出され、誰もが認めるヴィッセルの攻撃の柱となった古橋ではあるが、大学卒業時に獲得してくれるJクラブがなかなか現れなかったのは有名な話だ。そんな古橋だが、コメントを聞いていると、気負い過ぎていないことが判る。勝利を望む姿勢やゴールへのこだわりは感じさせるが、そこに無理は感じられない。常に「ゴールまでボールを届けること」とシンプルに自分の役割を捉え、そこに必要なことをやり続けている。事実、この試合でもポジションを落としてボールを受けながら前を向くという、自分の得意な形によって、何度も違いを作り出していた。この古橋の姿勢こそが、今の小田にとっては最高のお手本であるように思う。

 試合全体を振り返った時、ヴィッセルがゲームを支配していたことは間違いないが、それでも結果は妥当なものだったといえるように思う。6割を超えるポゼッションを記録し、650本を超えるパスをつないだヴィッセルではあるが、ミスも多かった。特にゴール前で何度か迎えたピンチは、湘南の攻撃の質が上がらなかったことに助けられた面があることは否めない。この数試合、戦線離脱者の穴を埋めるべく様々な選手が起用されているヴィッセルだが、レギュラーと呼ばれる選手とそれ以外の選手との間には、守備時に目立つ差異がある。それはボールを奪われた際の対応だ。
 ヴィッセルのサッカーにおいて、ボールを失うということは決して望ましいことではないが、ご法度というわけではない。むしろパスをつなぐ過程でのミスは、起こり得るものとして捉えられている。大事なのはそこですぐに奪い返しに行く姿勢だ。この試合で酒井や山口蛍、古橋といった選手は、ボールを奪われた際、すぐに奪い返しにいく。そこで奪い返すことができれば、相手には再び逆のベクトルを要求することになるため、ヴィッセルのチャンスになりやすい。ここに選手間の差があることが、相手の攻撃がゴール前まで届いてしまう理由でもある。この部分は、ヴィッセルのサッカーにおいて根幹ともいうべき部分であり、もっと徹底されなければならないだろう。そしてボールを失った直後、奪い返しにいくというのは、実は最も守備に奔走する時間を減らすための策でもある。ここが緩んでしまうと、結局は全体が撤退しての守備に移行することとなるため、疲労度を高めてしまう。

 この試合で攻撃陣は、藤本憲明を中央にして、古橋、小田の3トップとなっていた。それぞれが異なる特徴を持つ3選手ではあるが、得点を奪うまでの道筋が共有されているようには見えなかった。局面単位で見た時には、後半55分過ぎに古橋が右サイドから中にカットインするを狙い、それに合わせて左の小田が逆サイドへ走り、中央の藤本が左へ走ったシーンのように、面白い試みもあったのだが、これが試合を通じて見られるようにならなければいけない。多くの時間帯で、3選手の高さが揃っていたため、相手の守備ラインに乱れは生まれなかった。
 試合後、トルステン フィンク監督は前線でボールが収まるドウグラス、攻撃センスが開花しつつあった郷家、万能型の田中順也といった選手を欠いていることを嘆いたが、ヴィッセルの攻撃の問題点はもう一つ大きな問題がある。それはアンドレス イニエスタへの依存だ。ヴィッセルの攻撃の選手たちからは、「走れば、アンドレスがそこにパスを出してくれる」という言葉をよく聞く。世界でも有数の視野とパス技術を持つイニエスタがいれば、決定的な場面は演出してもらえることは確かだ。しかしその効果を高めるためにも、イニエスタ不在時の形=イニエスタに依存しない形を作り出しておく必要がある。その為のヒントが、前記した前線の3選手の斜めの動きを入れたポジションチェンジだ。こうした高さと幅を変える動きこそが、ヴィッセルの攻撃を待ち構えるブロックに穴を開けるために効果的な動きではないだろうか。


 この試合で一番星級の活躍を見せたのは、右ウイングバックに入った酒井だった。普段とは逆サイドでのプレーとなったが、終始アグレッシブなプレーで貴重な同点弾を決めるなど、その力を存分に見せた。特に同点弾のシュートは、左足で巻いて蹴り、GKが届かない位置から、ゴールへと向かっていく見事なシュートだった。ヴィッセルでの公式戦初得点となったが、チームに熱を持ち込むことのできる酒井が右サイドで結果を残したことは、この先の戦いに向けて幅を広げることとなった。


 この試合を難しくしていた外的要因。それは審判の判定だ。一言で言うならば、アグレッシブなプレーとラフプレーの区別がついていなかったように思う。多くの時間帯でボールを握れなかった湘南は、随所で厳しくプレスをかけてきたが、中には危険なものも少なからずあった。中でもセルジ サンペールに対して、齊藤未月が仕掛けたプレーは目に余るものだった。映像で見直してみても、齊藤の足はサンペールのアキレス腱付近に直接入っており、完全にアフターであったことを考えれば、一発レッドカードでも文句は言えないものだったように思える。しかし実際には警告すら提示されなかった。あの場面で主審は比較的近い位置で見れていたように思うのだが、彼の目にはどう映っていたのだろうか。
 ヴィッセルに有利・不利という話だけではなく、審判団は選手の安全面にも責任があることを自覚してほしい。熱くなりがちな試合の中で、選手の負傷リスクを下げることができるのは、審判が提示する判定基準だ。かつてのようにのべつ幕なしに笛を吹くことはなくなった。ここ数年間で、審判員の技術も向上したことは間違いない。今は「熱い試合」を作り出すために、接触プレーに対しても寛容になっている。そのおかげでアクチュアルプレイングタイムは伸びており、試合の面白さは増している。とはいえ、選手の安全を担保する部分は、絶対に曲げてはならない。

 ヴィッセルに限った話ではなく、この暑さの中で連戦が続くため、各チームとも戦線離脱者が増えているという。ヴィッセルも例外ではない。選手たちの疲労が、ピークに達していることは間違いない。この疲労を考える上で、面白いことに気付いた。リーグ戦で首位を独走している川崎Fとヴィッセルの、GKを除くフィールドプレーヤーの数の比較だ。ヴィッセルのフィールドプレーヤー(2種登録を除く)は23名。これに対して川崎Fは25名だった。今季のリーグ戦での1分以上の出場経験があるのは、両チームとも21名。ともに消化した試合数は15。そのため、両チームにおける出場時間数の平均値は648分。1試合あたりにすると43分程度となる。この数字を超えている選手の数は、ヴィッセルが10名、川崎Fが12名。ヴィッセルのメンバーをポジションごとに並べると、最終ラインが右から西大伍、ダンクレー、大﨑玲央、酒井となり、中盤はサンペールと山口、そしてイニエスタ。前線はドウグラスを中央に置き、左に古橋、右に小川慶治朗という並びが完成する。トーマス フェルマーレンの負傷など、その他の要因もあったが、このメンバーがここまでの試合におけるレギュラーと言えるだろう。同じように川崎Fの選手を並べてみると、当然二人の余りが出る。選手の数では同じ川崎Fとヴィッセルだが、特定の選手への依存度の高さの違いが、現在の差であるともいえる。
 それを補完するのが、出場時間数が平均を下回っている選手の数字だ。川崎Fは三笘薫や小林悠といった選手が、平均出場時間数を下回っている。両選手は、チーム内での得点数1位と2位でもある。これに対してヴィッセルの出場時間数の少ない選手の中に、ここまでの成績を残している選手はいない。ゴール数だけで比較するのは乱暴ではあるが、控えの選手の活躍度合いが、現在の両チームの差ともいえる。その意味では、シーズン当初からフィンク監督が言い続けている、「若い選手たちのレベルアップ」の必要性がより明確になる。


 中3日で迎える次節、その川崎Fとのアウェイゲームが待っている。3週連続となる川崎Fとのミッドウィークの対戦も、これで最後となる。ここまでの成績は1分け1敗。ここで勝利し、首位の川崎Fとの間に力の差がないことを証明してほしい。それこそが、後半戦への期待となる。