覆面記者の目

J1 第27節 vs.湘南 ノエスタ(11/15 14:03)
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  • 0前半0
    0後半2
  • 2
  • 湘南
  • 得点者
  • (78')岡本 拓也
    (84')齊藤 未月

「決めるべき時に決めていれば・・・」。試合後に頻出する表現だ。サッカーという、ロースコアで決着することの多いゲームにおいては、チャンスの数も限られている。だからこその表現であり、それを一つでも多く生み出すために、チームは日々のトレーニングを続けている。
 この試合に限って言えば、藤本憲明に4度のチャンスがあったことは事実だ。そしてそのいずれも、この日は大当たりだった相手GKにことごとく防がれてしまった。このうち一つでも決まっていれば、試合の流れは異なるものになっていたかもしれない。しかし筆者は、藤本のプレーだけを敗因とすることは、正しくない評価だと思っている。むしろ問題は、「得点に至る道筋が複数確保できていない」点にあったと思っている。これを前提として、この試合を振り返りつつ、ヴィッセルが今季の最大目標であるAFCアジアチャンピオンズリーグ(以下ACL)までに、どのようにチームを立て直すべきかキーワードを挙げながら考えてみたい。鍵括弧で括った言葉が多くなるが、それが筆者が考えたキーワードだと思って、お読みいただければ幸いである。

 筆者が考えるこの試合の敗因は、一言で言うならば「攻撃力不足」ということになる。試合序盤から圧倒的なポゼッション率をもってゲームを優位に進めていたが、最後のゴールに至る道筋が、「アンドレス イニエスタからのパスに走りこむ」だけに留まっている点が、ヴィッセルが持ち前の攻撃力を発揮できなくなっている原因ではないだろうか。ここで考えるべき点は2つ。ボールの運び方、そしてフィニッシュの精度だ。


 得点に至る道筋を考えた時、最近気になっているのが、「イニエスタの変質」だ。「イニエスタからのラストパス」が、ヴィッセルの攻撃における最大の武器であることは言うまでもない。密集の中からでも簡単にボールを出すことのできるイニエスタは、常にゴール方向を意識している。そして味方の位置を常に把握しているため、ボールを受けた瞬間にゴールへの道筋を描くことができている。それが見つからない時は、躊躇せずにボールを戻し、再構築を試みる。これを繰り返す中で、決定的な仕事をしてきた。「より高確率なプレー」を求めるが故だ。ボールを前に運ぶことはいつでもできるという自信が、ペナルティエリアからでも、迷いなく自陣まで戻すことも選択させてきたのだろう。そうしたプレーの根底には「無理な態勢からの強引な攻めは、相手のカウンターの餌となる」という思想が流れている。
 しかしここ数試合、“らしくない”プレーが散見される。4日前の試合では、後ろから放り込むという、最も確率の低いプレーを連発したかと思えば、この試合では強引な仕掛けからボールを奪われるシーンも複数回見られた。ビハインドという状況がそれを選択させたのだろうが、それでもイニエスタらしくないプレーだったと思う。これに影響を与えていると思われるのが、最近の試合で見られる「速度超過なボール運び」だ。
 攻撃時に「相手が戻るスピードよりも速くボールを動かす」ことが、効率の良い攻撃であることは真実だ。しかしそうしたサッカーを徹底するのならば、今のメンバー構成がそもそも合っていないのではないだろうか。今のヴィッセルを構成している中心メンバーの特徴は、「高いボールスキルを使って相手を引き付けながらボールを保持し、正確に味方にボールを渡すことができる」点にある。ポゼッションしながら相手を動かすサッカーを志向する中で、集められたのなのだから、これは当然でもある。その中でパススピードを上げることは大事だが、それがプレー精度を落とすことになってしまうのでは、本末転倒だ。
 イニエスタ個人に話を戻せば、イニエスタ自身は、今よりも速いスピードでプレーすることも十分に可能だろう。しかし「周りを使う」プレーヤーでもあるイニエスタにとって、スピードを上げることによって周囲のプレー精度が落ちることは、最終的に自身の無理につながってしまう。事実、この試合でもビハインドになって以降は、チームのプレースピードは上がったように見えたが、そこに精度が伴っていないため、結果的にチャンスの創出回数は減っている。
 「イニエスタを活かす」ということは、全員が「ゴールへの道筋を意識し、精度にこだわったプレーをする」ということだ。精度にこだわると言った際、「足もとの数センチへのこだわり」といったフレーズを思い浮かべる方もいるかもしれないが、筆者が考えているのは、そうしたものではない。全員が「相手を制御できる位置を保ち続ける」ということだ。これを保つことができないのであれば、速度を落とす方が、攻撃の質は担保されるだろう。「イニエスタを、イニエスタらしく保つ」ものは何か。これについては、チーム全体がもう一度考えてほしい。ACLの舞台においても、イニエスタの卓越した技術力は、他の追随を許さぬレベルにあることは間違いない。このヴィッセル最大の武器を活かすためには、その正しい活用法に沿わねばならない。

 以前、西大伍は「イニエスタからパスが出てくると解っていれば、相手は守りやすい」と口にしたことがある。これは正鵠を射ている。この試合での前半、湘南を圧倒できたのは、イニエスタ以外が巧く嵌ったためでもある。
 この試合におけるヴィッセルのスターティングメンバーは、前の試合から10人入れ替わっていた。GKは飯倉大樹。センターバックはトーマス フェルマーレンとダンクレー。サイドバックは西と酒井高徳。アンカーにはセルジ サンペールが入り、インサイドハーフにはイニエスタと山口蛍。3トップは中央に藤本。古橋亨梧と小川慶治朗がウイングという構成だった。試合序盤から大きな力となっていたのが、左センターバックのフェルマーレンだった。湘南の2トップに対して、ボールスキルにおいて大幅に上回っていたフェルマーレンが起点となったことで、サンペールはそれ程ポジションを落とさずとも、スペースを確保した上でボールを受けることができていた。これが「ヴィッセルの攻撃の第一歩」だ。
 サンペールに対して相手のボランチが寄せてきた時は、圧倒的なキープ力でボールを握り続け、長短のパスを繰り出し、味方を動かしていた。複数の相手に囲まれたとしても、サンペールの近くに山口やフェルマーレンが寄ることで、ボールを脱出させ、そこから再度組み立てなおしていった。これこそが「ボールスキルの正しい使い方」だ。そして、こうしたプレーが連続したことで、前半は久し振りに「ヴィッセルらしさ」が発揮されていた。
 この「ヴィッセルらしさ」を発揮するための工夫は、他でも見られた。それは守備時の構成だ。相手ボールになった際はサンペールの横に山口が落ち、イニエスタを高い位置に残す場面が散見された点だ。古橋と小川の両ウイングがイニエスタの近くに落ちることで4-3-3から4-2-3-1へと布陣を変化させていた。そのため、ボールを回収した際のポジティブトランジションにもスピード感があり、そうした中からチャンスが創出された。山口の運動量に頼ったプレーと言ってしまえばそれまでだが、ここでキーとなっていたのは「イニエスタを活かす」という考え方だ。トルステン フィンク前監督時代から、アンカーに入ったサンペールの箇所が狙われることは頻繁に起きていた。そこでボールを脱出させるために、イニエスタが落ちてくるシーンもよく見られたが、その場合は前線との距離ができているため、攻撃からスムーズさが失われていた。これを解決するための、合理的かつ極めてシンプルな方法だ。


 次の問題は「フィニッシュの精度」だ。冒頭で書いたように、藤本が4度の決定的チャンスを決めることができなかったのは、「藤本の日ではなかった」というより他にない。相手GKのポジションの取り方も見事だったが、藤本のシュートはいずれも枠は捉えており、ここでミスがあったとは言えない。寧ろ、4度の決定的チャンスを創出した抜け出しの巧さにフォーカスしたい。
ここでの問題は「3トップの使い方」だ。特に、左ウイングの古橋の使い方がポイントだろう。最近のヴィッセルは、3トップでの攻撃時にウイングが外に開き、幅を取った上で、ハーフスペースをサイドバック或いはインサイドハーフが使うことが多いように思う。筆者は、ここに解決の糸口があると思っている。
 チーム得点王の古橋が、高い決定力を持った選手であることは言を俟たない。そしてそれが最も活きるのは、ボックスの幅で勝負した時であるように思う。ボックスの端から一旦外に開き、そこから中にカットインする動きは一級品だ。外に動くことで相手選手の身体の向きをコントロールし、そこから中に入りなおすことで先手を取ってきた。これが最初から外に開いている時は、どうしてもその後の動きが直線的になるため、相手選手は古橋に照準を合わせ続けることができる。フィニッシュに近づいたときほど、相手選手をコントロール下におかなければならない。
 では外に開いていることが間違いなのだろうか。そうではない。古橋を活かすための選手が足りていないのだ。昨季終盤から今年にかけての頃は、酒井-イニエスタ-古橋の3人がトライアングルを構成していた。ポジション的に言えば、深い位置に酒井、そこから下がったハーフスペースに古橋、そしてペナルティエリア角にイニエスタという形が多かったように思う。このトライアングルが距離感を巧みに変えながら、相手を引き付け、動きを制御しながらゴールに近づいていった。これが「左サイドにおける最後の形」だ。しかし最近はここが古橋と誰かといった二人でのコンビネーションになっていることが多く、パスコースは直線でしかない。そのため相手は、十分に対応ができている。古橋がサイドに張った状態からゴールを奪うためには、「二人の選手で古橋を使う」ようにする方が良い。今や「ヴィッセルのエース」として相手チームからマークされている古橋の動きに対しては、相手も対策を立てて試合に臨む。それを超えていくためにも、イニエスタ同様に「古橋の使い方」も考えておかなければならない。

 攻撃に厚みを加えるためにも重要なのが、右サイドの活性化だ。この試合前半は、イニエスタを中心に右サイドの裏を狙い、そこに小川を走りこませ、西を呼び込むという動きが徹底されていた。4日前の試合で途中からインサイドハーフで起用されたことからも解るように、三浦淳寛監督は「西の攻撃センス」を高く評価しているのだろう。だからこそ、小川と西のコンビネーションによる右サイドからの攻撃を、前半は中心に据えたのではないだろうか。これは狙いとしては当たっていたように思う。ヴィッセルのストロングポイントは、イニエスタが位置することの多い左サイドという風に思われているだけに、右サイドをメインとした攻撃は、相手の裏をかくという意味でも良かったように思う。

 次に守備について考えてみる。試合後、右サイドから崩されたことについて質問された際、三浦監督は「右サイドが上がったら、左は絞る」といった鉄則を挙げた上で、「リスクマネジメント」という言葉を口にした。これはその通りではあるのだが、そこだけにフォーカスすることは危険であるようにも思う。酒井と西というヴィッセルのサイドバックは攻撃面に特徴があり、そこを活かすことが攻撃の活性化に直結していることは明らかだからだ。
 三浦監督が就任以降、守備の意識を持ち込もうとしたことは理解できる。攻撃力のあるチームであるだけに、守備の部分を改善することで「攻守のバランス」を取ろうとしたのだろう。しかし、ここにこそ落とし穴があったように思う。
 心理学の用語に「特恵効果」という言葉がある。解りやすく言うと、短所を克服するのではなく、得意な部分を伸ばすことで、自ずと短所も克服されていくということだ。この考え方に従うならば、ヴィッセルがやるべきことは、攻撃力を高めることだ。ここ数試合、特に後半、単純なボールロストからカウンターで失点するシーンが多いように感じる。これに対する備えというのはもちろん大事なことではあるが、今取り組むべきは、ミスをせずにフィニッシュまで完結するように、「攻撃の練度を高めていく」ことであるように思う。スタンドから見ていると、今のヴィッセルの選手たちは、攻撃時にも守備に意識が向きすぎているため、結果的にどちらも中途半端になってしまっているように映る。 


 0-2での敗戦においては、2失点目が致命的と思われがちだ。この試合では1点を追いかける中、84分にハーフウェーラインを少し越えた辺りから、齊藤未月にロングボールを蹴りこまれた。時間帯を考えれば、試合を難しくした失点であったことは事実だが、前記した藤本同様、この場面で前に出ていた飯倉の責を問うことはしたくない。ヴィッセルのサッカーにおいては、飯倉のように前に出るプレースタイルは重要だ。最終ラインの中に入ってビルドアップの起点にもなれる能力のある飯倉は、攻撃時に全体が高く上がる中では、スイーパーのような仕事を求められる。事実これまでも、カウンター狙いのボールを飛び出して処理することで、何度となくチームの危機を救ってきた。この試合にフォーカスしても、前半から何度もビッグセーブを見せていた飯倉だけに、この失点を責めることはすべきではない。以前にも書いたことだが、ヴィッセルのサッカーを貫くのであれば、前に出たGKの裏を狙われるリスクは許容すべきだ。

 試合の流れが変わったのは、選手交代がきっかけとなったように思う。ピッチ上で見られた現象としては、サンペールから大﨑玲央への交代によって、ボールの動きが減少し、結果的にアンカーの脇のスペースを使われるようになった。全体のバランスが変わったのだろう。しかし、この現象だけをもって、選手交代そのものが間違っていたとは言えない。三浦監督が試合後に語ったように、ACLにおいては大﨑をアンカーで使うという選択肢もあるため、実戦でそれを試しておきたいというのは頷ける。同時に、サンペールに疲れが見えたというのも、これはスタンドからでは解らない部分だ。ピッチに最も近い位置で見ており、普段のトレーニングも見ている「監督の目」こそが正解なのだろう。
 ここで考えるべきは、選手交代による戦術の変化だ。サンペールと大﨑の特徴は、決して同質ではない。仮に同質であったとしても、プレー強度やボールスキルなど異なる部分は間違いなくある。この時間帯、湘南が山田直輝の投入によって3-4-3へとシステムを変更したのに対して、ヴィッセルの戦い方が変わったようには見えなかった。戦術というものは、もう少し属人的であってもいいのではないだろうか。

 ACL再開が迫る中での4連敗という事態は、決して安穏としていられる状況ではない。今、最も頭を悩ませているのが、三浦監督その人であることは間違いない。強い責任感の持ち主である三浦監督だけに、現在のチーム状況に対して自責の念を強くしていることは間違いないだろう。試合後に語った「ロッカールームの中は非常に難しい状況にある」という言葉から察するに、選手たちも自信を失いかけているように思える。試合後、スタンドに向かって深々と頭を下げるイニエスタの姿も、どこか力なく見えた。
 小川は「それぞれが人のせいにしている」という言葉を発した。28歳になった今も、17歳の頃の実直さを失っていない小川の言葉だけだけに、今のチーム状況が切羽詰まっていることは間違いないと思われる。西は「調子がどうのこうのではなく、弱いです」と語り、「要求がまだまだ足りていないと思いますし、準備や練習の質がまだまだだと感じています」と続けた。結果が出ない状況が続く中で、選手たちもその原因をつかみかねているように感じる。


 次戦は中2日で浦和とのホームゲームだ。ホーム最終戦でもあるこのゲームは、ACLへの壮行試合でもある。中2日という状況を考えたら、この間にできることは、そう多くはない。三浦監督も悩ましいところだろうが、ここは「選手を信じて」みてはどうだろうか。選手たちの中に根付いている「攻撃的なスタイル」を存分に発揮させることこそが、この状況を打破するきっかけとなるように思う。
 対戦相手の浦和は、直近の試合で大敗を喫している。報道に拠れば、試合中、サポーターが応援を止めてしまうという屈辱を味わったようだ。となればヴィッセルとの一戦に、並々ならぬ決意で臨んでくることは間違いない。であればこそ、苦手な守備を強調するのではなく、首位を独走する川崎Fを追い込んだ攻撃力で迎え撃つのが得策であるように思う。

 波に乗れないままのシーズンではあったが、ヴィッセルにはJリーグ屈指のタレントが揃っていることは紛れもない事実だ。そしてその多くの選手は、三浦監督自身がスポーツダイレクターとして集めた選手たちだ。今は彼らを信じ、その持ち味を発揮させてほしい。試合中、苦しい場面もあるかもしれないが、何といってもヴィッセルには「最高のサポーター」がついている。選手たちが躍動する姿でスタンドを熱くし、その熱量をもってACLに乗り込んでほしい。それだけの力がヴィッセルにはある。