覆面記者の目

J1 第12節 vs.浦和 埼玉(8/23 19:03)
  • HOME浦和
  • AWAY神戸
  • 浦和
  • 1
  • 1前半1
    0後半1
  • 2
  • 神戸
  • トーマス デン(33')
  • 得点者
  • (15')小川 慶治朗
    (82')山口 蛍


 この試合における一番の勝者は、トルステン フィンク監督その人だったのかもしれない。「監督はスタンドとも勝負する」と言ったのは、野球界の名伯楽・三原脩氏だが、この言葉はスポーツ全般において普遍的ですらある。監督がチームをまとめる上で最も大事なものを訊ねると、多くの人が「公平であること」と答える。ここでいう公平とは、もちろん選手起用に関してだ。先入観なしに選手を評価し、調子や実力を的確に把握した上で出場機会を与える。言葉にすれば当たり前のことなのだが、これを実践することは難しい。監督には、結果を残すことも求められているからだ。その要求に応えるために監督は計算できるベテラン選手に頼らざるを得なくなる。しかしその一方で、チームに緊張感を与えるためには、ベテラン選手たちを脅かす「若手選手」の台頭は不可欠だ。そして「若手選手」の実力を引き上げていくためには、実戦経験を積ませるしかない。監督とは、常にこのパラドックスの中に身を置いている職業であり、絶えず様々なジレンマと戦い続けている。

 そこでこの試合におけるフィンク監督だ。この試合でフィンク監督は、前節から10人を変更して試合に臨んだ。GKには開幕節以来の先発となる前川黛也。センターバックは右にダンクレー、左に菊池流帆。サイドバックは右に西大伍、左には今季初先発となる初瀬亮。中盤はアンカーにセルジ サンペールを置き、その前に安井拓也と佐々木大樹。3トップは中央に藤本憲明を置き、左を古橋亨梧、右を小川慶治朗という布陣だった。この中で所謂レギュラーと言えるのは西、ダンクレー、サンペール、古橋の4名。この布陣には正直驚きを禁じ得なかった。同時にフィンク監督は大きな賭けに出たのだと感じた。
 試合前の時点で浦和は4位。上位進出を狙うヴィッセルとすれば、何としても勝利し、上位陣との差を詰めていきたいところだ。普通に考えれば、ベテラン選手たちでゲームを作り、安定した結果を求めたくなる。若手選手を使うにしても、それは5枚の交代枠の中で、と考えるのが一般的だろう。ヴィッセルの若手選手たちが力をつけていることは、これまでの試合の中でも十分に感じ取れている。とはいえ彼ら中心のメンバーに試合を委ね、万が一星を落とすようなことがあれば、彼らが自信を喪失し、その成長曲線を鈍化させる危険性もある。ましてやここ3試合は勝ちがないという状況だ。自分が育ててきた選手を信じているとはいえ、なかなか決断できるようなことではない。
 しかし、この若手選手たちは見事に結果を出し、指揮官の起用に応えた。試合を通じてアグレッシブに戦い、最後まで走り続けた。この見事な戦い方は、途中出場した山口蛍をして「今まで出ていたメンバー(レギュラー)にとっては、今日出ていたメンバーから見習わなければいけない部分がすごくあったんじゃないかと思う」と言わしめるほどだった。大博打に勝利したフィンク監督は、試合後引き上げてくる「孝行息子たち」を満面の笑みで出迎えていた。この勝利はヴィッセルに4試合ぶりの歓喜をもたらしただけではなく、若手選手たちに自信を与え、チームを大きく前進させる価値あるものとなった。

 このフィンク監督の大胆な選手起用は、試合の流れにも大きな影響を与えた。この試合におけるヴィッセルは、ポゼッションへのこだわりはそれほど強くは感じさせなかった。ポゼッション以上に強いこだわりを感じさせたのは「切り替えの速さ」だった。試合を通してボールを失った時、すぐに奪い返しに行く姿勢を見せ続けた。しかも複数人で奪い返しに行っていたことで、浦和は簡単に前進することができず、多くの場合で後ろにボールを下げざるを得なくなっていた。逆にボールを奪った際は、周りの選手がすぐに前に向けてポジションを取ることで、攻撃の道筋を複数作り出そうとしていたのだ。
 もちろん、チームの基本である「自陣からでも落ち着いてつなぐ」、「無駄に長いボールは蹴らない」、「相手を引き付け、それを剥がしてからリリース」といったチームの基本は徹底されていたが、中央を固めて守る浦和の前にミドルレンジのパスがカットされる場面が目立った。結果として浦和がボールを持つ時間が、想定以上に長くなったのだ。これが試合序盤の鍵となった。
 戦前は「ボールを握るヴィッセル」対「自陣で網にかけてカウンターを狙う浦和」という図式になると予想されていたが、蓋を開けてみれば、ポゼッション率はほぼ互角だった。浦和のボランチに入っていた柴戸海は「自分たちで主導権を握って、ボールを動かしていこう」と話していたことを試合後に明かしたが、それとても自陣からポゼッションしながら崩していくという想定ではなかったはずだ。浦和を率いる大槻毅監督は自分たちがボールを持っている時間帯の攻撃について「最終ラインと中列の間のところでもう少し質のあるプレーをしたかった」と語っていたが、これは想定以上にボールを持つことになってしまったための戸惑いだったように思う。
 今季の浦和のサッカーは、自陣でボールを奪い、そこから手数をかけずに長いボールで前に運び、前線のレオナルドで勝負するという、カウンター型のチームであるはずなのだが、この試合ではヴィッセルと同等かそれ以上にボールを持つ時間が長くなっていた。ボールを前に運ぼうとはするのだが、アタッキングサードから先を崩すノウハウがないため、自陣に戻すということの繰り返しになっていた。この混乱は守備面でも見られた。ヴィッセルのアンカーに位置したサンペールの横でボールを受けようとするのは、試合前からの決めごとだったのだろう。浦和の2トップを務めたレオナルド、武藤雄樹はそこにポジションを取るのだが、いざサンペールにボールが入った段階でのプレスはほとんど見られなかった。そのためサンペールは自由にボールを持てる時間とスペースを容易に確保していた。これがヴィッセルにリズムをもたらした。

 以前にも書いたことがあるが、サッカーに限らず「対戦型」の競技においては「役割」は大きな意味を持っている。「対戦型」の競技において自分の役割は、相手との力関係、自分の特徴など様々な要素によって決定され、それは戦い方を決める大きな要因となる。これが大きな意味を持っているがため、戦前の想定が一たび崩れると対応に苦慮することになる。この試合において浦和は「ボールを持たせる」役割だったはずが、フィンク監督の選手起用によって「ボールを持つ」役割に変わった。これは大槻監督にとっても想定外だったのだろう。フィンク監督がそこまでを想定していたのかは知る由もないが、結果として選手起用だけで局面を大きく動かしたフィンク監督が、ヴィッセルに勝利をもたらしたといえるのかもしれない。

 思うようにボールを運ぶことはできなかったかもしれないが、ヴィッセルには前半のうちから一つのパターンが生まれていた。それは右サイドで相手を引っ張り、左へ展開するというものだった。サンペールを軸に、西、ダンクレーがトライアングルを形成し、そこでボールを握る。こうして浦和の重心を右(浦和にとっては左)に寄せた上で、逆サイドの初瀬を使うという形だ。初瀬もこれによく応えた。


 今季初先発となった初瀬は、何度も左サイドを駆け上がり、絶妙なクロスを供給していった。両足で質の高いボールを蹴ることができるため、対峙する相手は切る方向を定めきれなかった。このスペースの作り出し方は、酒井高徳とはまた違ったものだ。酒井のような突破する力強さはないが、酒井にはない柔らかさが、初瀬には備わっている。また初瀬は細かな局面でのボールの動かし方が巧い。少しの距離の中で緩急をつけることで、相手との距離を作り出す。そして僅かなスペースが見つかれば、そこで自由にクロスを入れることができる。先制点のシーンなどは象徴的だが、この試合で初瀬は低く速いボールで、相手GKと守備陣の間を通すことを意識していたようだった。この日の攻撃陣が高さではなく、スピードで勝負するタイプだったためだろう。セットプレーキッカーとしても力を発揮する初瀬は、54分には直接フリーキックでゴールを狙った。左ポストギリギリを狙ったいいキックだったが、惜しくも相手GKのスーパーセーブに弾かれ、得点とはならなかった。しかし、そのキックが脅威であることは十分に印象付けた。
 苦手とされてきた守備では、粘り強く対応することを基本としていたが、以前には見られなかったデュエルの強さを披露した。なかなか出場機会はつかめなくとも、トレーニングの中でヴィッセルで求められるものを身につけようと努力してきた証左だ。この試合で初瀬は、75分に交代するまでの間で全てを出し切る姿を見せた。元々天才肌の選手ではあったが、それがともすると独特の「軽いプレー」につながっていたことは否めない。しかし酒井という、強力過ぎるライバルをチーム内に得て、天才が本気になったのだろう。確実に一番星の最有力候補ではあったが、90分の出場が適わなかったことと、失点につながる危険な位置で無駄なファウルを犯したことを勘案して、次の機会までお預けとさせていただくが、その日はそう遠くないように思う。

 貴重な先制点を挙げた小川は、得点以外の部分でも大きな仕事をして見せた。それは対面する山中亮輔に対する守備だ。特別な左足を持つ山中からのクロスボールは、浦和にとって最大の武器といってもよい。中央には、優れた得点感覚を持つレオナルドがいるため、山中に自由を与えないことは、ヴィッセルにとっての大きなポイントでもあった。小川はこの山中へのマークを外すことなくプレッシャーをかけ続けた。ボールを持つと、山中を押し込む格好で前に上がり、後ろからくる西を使うという形が多かったが、これによってボールが浦和にこぼれても、山中がそこに関与する場面は少なかった。攻守にわたって走り続けた小川がこの試合で記録したスプリント回数は、驚異の40回。これがあるからこそ、得点シーンではファーサイドのゴール前に入り込むことができていた。自分の特徴を存分に活かしたプレーを続け、勝利に貢献した。まだ絶対的なレギュラーというわけではないが、小川も今のヴィッセルの中で着実に成長を続けている。

 山中への対応については、フィンク監督も気を配っていた。75分に投入したフレッシュな小田裕太郎を、試合終盤は山中につけることで、最後まで山中の存在を消し続けた。短い時間とはいえ、小田もこの難しい役割をよくこなした。小田が投入されたのは、浦和が前に圧力をかけていた時間ということもあり、なかなか攻撃面で特徴を発揮することはできていなかったが、それでも84分に、安井のコーナーキックからの流れで、リフレクションしてきたボールをシュートした。これは惜しくもバーを叩き、小田のJ1初ゴールはお預けとなったが、その日が近いことを予感させた。


 この試合でも最も得点に飢えていたのは、藤本だったように思う。鹿島戦での「判断ミス」を取り返すべく、強い気持ちで試合に臨んでいたはずだ。前線までボールが入る回数が少なかったため、ボールに絡める機会は少なかったが、それでも確実に藤本は仕事をしていた。戻ってボールを受けたくなるような局面でも、敢えて前にポジションを取ることで浦和の守備を巻き込み、厚みを作らせなかったのは藤本の功績だ。先制点のシーンでも、初瀬のボールに対して、ニアサイドで潰れることでファーサイドの小川までの道筋を作り出した。自身のゴールとはならなかったが、出場すれば確実に仕事をする「藤本らしさ」は十分に発揮していたように思う。

 アンドレス イニエスタに代わって攻撃の指揮を執った安井だが、イニエスタとは違う安井ならではのプレーを、存分に見せつけてくれた。豊富な運動量で、広いエリアを移動しながら攻撃の起点を作る動きを続けた。守備面でも他の選手同様、素早いネガティブトランジションで、相手の出足を潰し、攻撃を遅らせる動きを続けた。密集の中でボールを握ることもできる安井だが、試合の中で様々なチャレンジをしている。イニエスタのように、ピッチを空間として認識することを意識しているのだろう。パス一つをとっても高さとスピードを変えることで、相手のマークを無効化しようとしているようだった。今や堂々たる主力選手に成長した安井だが、自身も口にするように、得点へのこだわりも強い。見た目からは想像つかない強いボールを蹴ることができるため、安井は独自の存在感を放ち始めている。

 こうした若い選手たちに共通しているのは、全員が全力を出し切ったということだ。ミスが散見されたことは事実だが、全員が集中力を切らさなかったことで、それをフォローしあう関係が構築されていた。スマートさには欠けていたかもしれないが、勝負で一番大事なことを、我々観ている側にも再確認させてくれた。そして何より、全員がトレーニングの中でやっていることを、ピッチ上で表現していた。なかなか出場機会はつかめなくとも、「トレーニングのためのトレーニング」に堕することなく、「質の高いゲームのためのトレーニング」ができている証だ。着実にヴィッセルは強くなっている。

 後半2回の機会を使って、フィンク監督は5人の選手を投入した。そこではドウグラス、山口、大﨑玲央、酒井といった「レギュラーメンバー」が起用された。後半、選手の並びを変えたことで後ろに重心がかかり、浦和にペースを握られていた中だっただけに、彼らの存在は大きかった。重心を戻すまではいかずとも、浦和の圧力を削ぐことには成功していた。それは彼らの技術と経験がなせる業だ。

 そんな中で値千金の決勝ゴールを決めたのが、山口だった。安井の左コーナーキックからの流れで、槙野智章がクリアしたボールを後ろからダイレクトにシュート。これが同点弾を決めたトーマス デンのクリアをはじき、そのままゴールネットに突き刺さった。かつて代表選でイラン相手に決めたゴールを髣髴とさせるシュートだったが、山口の技術の高さを改めて感じたゴールでもあった。回転のかかった上から落ちてくるボールを、その回転を抑えながらコントロールすることは、非常に難しい。山口はボールのどこを蹴れば、どうコントロールできるかを熟知しているからこそああいったシュートを打つことができる、さらに打つ瞬間、身体を垂直に保つことで、ボールに余計な力が加わりすぎないように制御している。それをとっさの判断でこなすのだから、まさにプロの技術だ。試合後には勝利に浮かれることなく、冷静に試合を分析し、レギュラーに足りないものを、この試合で若手選手が見せてくれたと振り返ることができるクレバーさが、山口を超一流足らしめている。


 そして、この試合で特別な存在感を放ったのがサンペールだった。ゲームコントロールを失いがちになる中、相手を引き付けることでスペースを作り、時にはそこを一気に突破することで重心を前に移動していた。パス一本で局面を打開できるサンペールだが、サンペールが作り出す「優位性」は、チーム全体を優位に置く。「優位性」という言葉を使うとき、単純な人数の比較だけで語られることが多いが、あれはあくまで「数的」な話であり、局面としての「優位性」を担保するものではない。そこに「スペース」、そして「時間」という概念が加わっていなければ、無意味である。それを幼少期から叩き込まれているだけに、サンペールが出すパスは、その後の展開が作りやすいのだ。Jリーグ独特の弛みのないリズムにも慣れ、判定基準に合わせた守備の強度も身につけた今、サンペールは特別な存在となっている。

 筆者がこの試合で最も精神面での成長を感じたのは、前川だった。観ているヴィッセルサポーターの心拍数を一気に引き上げるようなミスを何度か犯していたが、注目してほしいのはその後の対応だ。失敗してもなお、相手選手を引き付けてボールを前に運ぶプレーにチャレンジし続けた。以前、決定的なミスを犯したときには、その後のプレーに影響してしまう気持ちの弱さを見せていたが、この試合では何度でもチャレンジする強い姿勢を見せた。これは前川の成長であり、高く評価したい。前川にこの強さを植え付けたものは、チームとして要求するものがはっきりしているという外的要因、そして飯倉大樹という最高のお手本が近くにいるという環境面の二つなのではないだろうか。飯倉とても、過去に何度も痛い目にあいながら、それを貫いたことで、唯一無二のGKに成長してきた。GKとして恵まれた体格を持つ前川だけに、こうした気持ちの強さを身につけることができれば、文字通り大きなGKへと成長できるだろう。

 この試合に勝利し、ヴィッセルには再び勢いが甦った。これをもって水曜日の川崎F戦に臨んでもらいたい。今季絶好調の川崎Fだが、山口が試合後に語ったように、自分たちがやるべきことをやれば、決して勝てない相手ではない。それだけのものは、ヴィッセルも積み上げてきている。あとはこの試合で若手選手が見せてくれた「執着心」を忘れることなく、チーム一丸となって川崎Fを撃破してもらいたい。

今日の一番星
[菊池流帆選手]

先制点をアシストした初瀬、決勝点を挙げた山口など候補は複数いたが、この試合では最後まで集中した守備を見せたことを評価し、菊池を選出した。久し振りの出場機会ではあったが、菊池はブランクを感じさせない試合への入り方を見せた。熱い気持ちを前面に出すプレーが多いため、見逃されがちではあるが、その実、冷静な選択ができるクレバーさも持ち合わせている。この試合では右利きには不利とされる左センターバックに入っていたが、臆することなく、左サイドへのパスも供給していた。ビルドアップに際しては、巧く相手を引き付けながら、ボディアングルで相手をコントロールしパスコースを作り出すプレーを見せた。相手を引き付ける際には、少しだけボールを下げることで相手を引き付ける時間を長くし、味方への時間を作り出していた。前へのパスだけでなく、ゴール前の守備でも勝利に大きく貢献した。71分には相手GKのロングフィードに長い距離を抜け出した興梠慎三がペナルティエリア中央で前川と交錯し、こぼれたボールを汰木康也がシュートした場面で、先にゴールまで戻っていた菊池が巧く頭で弾き出した。絶体絶命のピンチではあったが、菊池の守備がチームを救った。試合中、何度も雄叫びを上げる菊池の熱さは、おとなしい選手が多いヴィッセルにとっては貴重な存在だ。夏の暑さよりも熱い「サムライ」に、今後への期待も込めて一番星。