覆面記者の目

J1 第22節 vs.大分 ノエスタ(10/14 19:03)
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  • 1
  • 1前半0
    0後半1
  • 1
  • 大分
  • 藤本 憲明(6')
  • 得点者
  • (86')オウンゴール

スポーツは見る人の感情を揺さぶると言われる。中でも、若い選手が醸し出す独特の勢いは格別だ。そこには、巧拙といった評価とは別次元のパワーがある。そしてそれは、我々の「応援したい」という気持ちのスイッチをも入れてくれる。若い選手たちが作り出す試合には、達人が演出する「技巧を凝らした機能美」こそないが、新芽が地面を突き破ってくるような荒々しいエネルギーに満ち溢れている。この日ヴィッセルが見せた試合は、そんな烈烈たる士気が感じられるものだった。


 試合前、発表されたスターティングメンバーを見て、多くの人が驚いたことだろう。無論、筆者とて例外ではない。前節から11人全てが入れ替わっていたからだ。その驚いた人の中には、大分を率いる片野坂知宏監督も含まれている。試合後、片野坂監督は「予想外でびっくりした」と素直に、その驚きを語ったほどだ。
 三浦淳寛監督が送り出したメンバーはGKが吉丸絢梓。最終ラインに菊池流帆、渡部博文、山川哲史。ウイングバックは藤谷壮と初瀬亮。ボランチに安井拓也と佐々木大樹。インサイドハーフに小川慶治朗と小田裕太郎。そしてワントップに藤本憲明というメンバーだった。このメンバー構成には驚かされたと同時に、嬉しくもあった。その理由は7人ものヴィッセルアカデミー出身者が、そこに名を連ねていたからだ。速報版でも触れたが、長年ヴィッセルを見てきた人間にとって、この事実は隔世の感すらある。
 三木谷浩史会長が経営に乗り出す前、ヴィッセルのアカデミーのレベルは決して高いとは言えないものだった。何人かトップ昇格を果たしていた選手もいたが、一人として「主力」と呼べるような存在にはなっていなかった。しかし三木谷会長が2005年を機に、「育成・発掘型クラブへの転換」を宣言し、アカデミーの強化に注力し続けてきた。三木谷ハウスをはじめとする施設面の充実だけではなく、指導者やスカウト網も強化したのだ。ヴィッセルというと、トップチームの強化ばかりが喧伝されてきたが、その裏側では地道な土台作りが進んでいた。その流れの中から、2010年トップチームに飛び出してきたのが小川だった。その後も様々な選手が育ってきた。以前にもアカデミー出身者を中心とした生え抜き選手でメンバーを構成し、カップ戦を戦ったことはある。しかし今回は、国内で最も厳しいJ1リーグ戦をアカデミー出身者が中心となって戦い、リードを保ったのだ。まだ通過点ではあるが、この試合がこれからも続くヴィッセルの歴史において重要な一場面であることは間違いない。

 三浦監督はこのメンバーについて、「チャンスを与えたという気持ちはない」と試合後に語った。日々のトレーニングを見ている中で、彼らで勝機は得られると判断してのセレクトだったという。彼らの力を正当に評価した結果であるということを、指揮官が語ったという事実は重い。その言葉の裏側には「プロとしての結果を求める」という厳しさがあるからだ。プロとして試合に起用できると評価されたということは、この先は生存競争のど真ん中に置かれるということでもある。
 三浦監督のこの言葉を聞いたとき、かつて見たある光景を思い出した。それはヴィッセルアカデミー出身の松村亮(チェンマイFC/タイ)が、当時2種登録の高校生ながらにしてJリーグカップの試合でゴールを決めた試合後のことだ。会見の席上、安達亮監督(当時)に対して、松村への評価が求められた。それに対して安達監督は「プロの試合にFWとして出場している以上、ゴールを決めるのは彼の仕事であり、褒めるような話ではない。高校生であるということは、プロの試合に出場した時点で無関係だ」という言葉を返した。質問した記者は「高校生なのに大した奴です」といった、ハートフルなコメントを期待していたのだろう。しかしその期待を裏切るような厳しい言葉を聞いた時、筆者は改めてプロの世界の厳しさを感じたものだ。この試合で躍動したヴィッセルの若手選手たちも、ここからさらなる厳しい戦いが待ち受けている。この試合での活躍は自信としながらも、さらなるステップアップを果たしていかなければ、ヴィッセルのユニフォームを着続けることはできない世界なのだ。


 話を試合に移す。この試合で三浦監督は、監督就任後初めて3バックを採用した。結果的に両チームが3-4-2-1のミラーゲームとなった訳だが、これが試合の噛み合わせを良くした一因であったことは間違いない。とはいえ試合序盤、思い通りのプレーができていたのはヴィッセルだった。後ろからのビルドアップでボールを巧くつなぎながら、大分のプレスを剥がし続けた。ここで大きな役割を果たしたのが、3バックの中央に入った渡部だった。
 大分はワントップの知念慶を中心に、高い位置から積極的にプレスをかけてきた。狙いはヴィッセルのビルドアップだった。特に経験の浅い山川、そして菊池というところが狙われていたが、その中央に位置した渡部が巧くボールを預かり、彼らの負担を軽減していた。さらにボールを握りながら、相手の出方を探りつつ前進し、相手選手の脇を狙う前へのパスで、何度も局面をひっくり返していた。注目したいのは、そのパスを出す際の足だ。以前は右足が圧倒的に多かった渡部だが、この試合では左右とも遜色ないキックを見せていた。両足が使えるようになったことで、プレスに来る相手をかわすための動きも最小限で済んでいる。そのため渡部がボールを握った際は、大分のプレスは無効化される場面が多かった。過去に何度か書いたことだが、この渡部の成長こそが、今のヴィッセルのサッカーを象徴している。かつて渡部を獲得した際、期待されていたのは最終ラインで見せる縦の強さであり、空中戦の強さだった。しかし、ヴィッセルのサッカーが変質する中で、最終ラインの選手に求められるものも変わっていった。その中で渡部も出場機会を減らしていったのだが、その間、30歳を超えたベテランでありながら、チームの新しい方向に自らをアダプトさせた。もちろんその陰には、弛まぬ努力があったことだろう。しかしそれをおくびにも出さず、試合に出場すると着実に結果を残す。今や、ヴィッセルが最終ラインに求めるものを具現化しているような存在ですらある。この試合で最終ラインから渡部がチームを支え、安定感をもたらしていたことは明らかだ。トレーニングに臨む姿勢を含め、山川や菊池にとっては良いお手本といえるだろう。


 ヴィッセルがボールを握る上で、もう一人大きな役割を果たしていたのが安井だった。運動量も豊富で、広いスペースに顔を出しながら、ヴィッセルの攻撃を牽引していた。これまでも試合出場は順調に積み重ねてきたが、この試合では司令塔として、巧く攻守のバランスをとっていた。ピッチを俯瞰して見ることができるようになってきたのだろう。さらに今季、アンドレス イニエスタやセルジ サンペールとプレーすることで、時間とスペースの概念を手に入れつつある。今の安井にならば、チームを預けることができる。この試合ではキャプテンマークを巻き登場したが、アカデミー出身の安井もまた、ヴィッセルの歴史を構成する大きな要素であることを改めて実感できた。

 この安井を巧くサポートしていたのが、これまたヴィッセルアカデミー出身の佐々木だった。佐々木は安井のサポート役として動く場面が多かったが、相手が密集する場面や厳しくプレスがかかる場面でボールを預かり、巧く自分のスペースを作り出していた。改めて、そのボールスキルの高さを見せつけた。ここには本人も自信を持っているのだろう。複数の相手に寄せられても全く動じることなく、ボールを握り続ける佐々木は、体幹の下でボールを握りながら、巧く出し入れができる。そのため、相手の寄せをブロックしながらボールを握ることができる。2度放ったミドルシュートは、同じようなコースで枠を外してしまったが、狙いは面白かった。この攻撃センスも佐々木の持ち味だ。

 ヴィッセルが優位に試合を進める中、先制点を生み出したのは「古巣対決」となる藤本だった。小川が右から入れたハイボールに対し、巧く飛び出しヘディング、相手GKがギリギリ届かないコースにループ気味のボールを流し込んだ。この一瞬の抜け出しはさすが藤本というプレーだった。この試合では、後ろの選手のフォローもしながらのプレーであったため、いつも以上に引く場面が多かったように思うが、1トップ2シャドーの動き方を理解しているため、後ろの小田や小川のフォローもこなすことができていた。ベテランならではの難しい役割ではあったが、最後までキレを失わずにプレーできていたと思う。


 この試合で筆者が最も注目していたのは、この試合がプロデビュー戦となった山川だった。ヴィッセルアカデミーから筑波大学を経て、今季「古巣」へと帰還したルーキーは、学生時代にはユニバーシアード日本代表に選出されるなど、その能力は折り紙付き。それだけに、この日のプレーにも注目していたのだが、結論から言えばその能力の高さは本物だった。デビュー戦とは思えぬ落ち着いたプレーで、十分に戦力として使えるレベルに達していることを証明して見せた。本人は試合後、1対1の部分やビルドアップに課題を残したと語っていたが、冷静に判断しても十分に合格点だ。特に試合中に何度か見せた、サイドを変える大きなパスは精度も高く、今後も大きな武器となるだろう。これをきっかけに、試合出場の機会も増えていくだろうが、大きな期待をかけて見守りたい。また一人、ヴィッセルアカデミーからのプロが誕生したことは、クラブの歴史にとっての福音でもある。

 こうした選手個々の奮闘はあったが、試合自体はヴィッセルの先制点の後、膠着状態となっていった。これは、ミラーゲームでは陥りがちな状況でもある。これを動かしたのは、選手交代だった。
 ヴィッセルは65分に、それまでやや精彩を欠いていた小田に代えてイニエスタ、そして佐々木に代えて山口蛍をピッチに送り込んだ。ここから試合の流れは大分に傾いた。イニエスタ、山口という実力者を投入したことで流れが変わったのはなぜか。試合後、三浦監督は「交代によってバランスが変わったとは思わない」と語った。筆者も同感だ。変わったのは布陣変更に伴う「噛み合わせ」だ。前述した通り、それまで3-4-2-1のミラーで噛み合っていたため均衡を保っていたものが、ヴィッセルが3-5-2に変更したことで新たな均衡を求めゲームが流動化した。結果として、大分がこの時間帯から攻撃を強めたことで、大分に有利に働いたように思われるが、均衡を失った時点でヴィッセルがさらなる圧力を加える可能性も同様に残されていた。そのための布陣変更だったとも考えられる。
 ではなぜヴィッセルの圧力は強まらなかったのだろうか。筆者は「判断力の差」がピッチ内で生じたことが原因だと思っている。この試合を任された選手たちとレギュラーの選手の最大の差は、「判断速度」にある。ボールを握る前に周囲の状況を把握し、そこからボールを受けるまでの短い間に起きた状況の変化に合わせ、次のプレーを決める。これを90分間繰り返していくサッカーは「判断の連続」でもある。この判断速度と精度が「判断力」と呼ばれる。これはボールスキル以上に、選手の力を分ける。イニエスタや山口は、この判断力が傑出して高い選手だ。その二人が加わったことで、周りの選手は自然と「受動的」になってしまった。これはやむを得ない。しかしそれによって、それまで自分の判断で動いていたものが、二人の判断に合わせるための動きに変わったことで、本当にわずかではあるが遅れが生じ始めた。これこそが、大分のターンに移行した筋目だったように思う。そう考えると、その後74分に小川から古橋亨梧、藤本から田中順也、82分に初瀬から酒井高徳とレギュラーを投入するごとに大分が圧力を高めていったことにも、一応の説明がつく。
 誤解してほしくないのだが、三浦監督の選手交代が間違っていたとは思わない。60分を過ぎたあたりから、ヴィッセルの選手の動きが低下していたことは事実であり、リードを守り抜くための交代としては最善手であったことは間違いないのだ。もし誤算があったとすれば、大分は選手の力量が均一だったのに対し、ヴィッセルは上下差が生じていたということだろう。しかしそれとても、ほんの些細な違いに過ぎない。

 失点シーンについても考えてみる。失点そのものは岩田智輝が右から放ったクロスが、ファーサイドで酒井に当たってそのままゴールに入ってしまったという、本当に不運としか言いようのないものだった。これについて試合後、三浦監督は「酒井がしっかりとポジショニングを取った結果であり、彼のせいではない」と語ったが、筆者もこれに同意見だ。それどころか酒井という選手が、ピッチ内の事象に常にアラートでいることを証明しているとさえ思える。
 このシーンの伏線となっているのは84分のプレーだ。左から田中達也がクロスを入れ、それを吉丸がファインセーブで弾いた場面だ。この時間帯、右サイドバックの藤谷には疲れが見えた。田中に対してプレスがかからなくなっていたのだ。田中を起点とした攻撃は、大分のストロングポイントでもある。ここで酒井は田中サイドを自分が見ようとしたのだろう。この後のコーナーキック時から、酒井と藤谷はポジションを入れ替えている。そしてこのコーナーキックからの流れの中で失点の直前、大分が中央から右にボールを動かしたところで、菊池はボールに目をやったことで、マークしていた高澤優也に後ろを取られている。これを見て酒井は高澤をマークできる位置に入っていた。これが並みの選手であれば、左後ろにいた三平和司が気になって動かないところだが、酒井が優秀であるがゆえに、高澤が危険な位置に入ったことを察知したのだ。結果的に岩田のクロスと高澤はズレていたため、放っておけばそのままゴールラインを割ったと思われるが、それは結果論だ。人一倍責任感の強い酒井だけに、この失点に責任を感じていると思うが、その必要はない。本当に偶然の産物であり、酒井のプレーが高質であったことは間違いない。


 失点後、倒れこむ酒井を引き起こしたのは吉丸だった。今季初の公式戦出場となった吉丸だが、試合を通じて見事なプレーを披露し続けた。試合序盤に知念のプレスの前にあわやというシーンはあったが、それで落ち着いたのか、以降はミスらしいミスもなく、チームを最後方から支え続けた。ハイボールの処理は無理をせず、弾くときは遠くへ弾くという基本に忠実なプレーに徹し、シュートに対しては果敢に前に出ることで何度もシュートストップを見せた。ペナルティエリア内でボールがこぼれた時には、身体は逆に倒れながらも足でボールを挟み抑えるなど、冷静沈着なプレーでチームを救った。GKというポジションは一つしかないため、なかなか出番をつかむことは難しいが、その状況下でもしっかりとトレーニングを積んでいることをうかがわせた。飯倉大樹、前川黛也とのポジション争いは厳しいだろうが、吉丸は彼らに引けを取らない実力の持ち主であることを、この1回のチャンスをモノにし、自ら証明してみせた。

 勝点3は手に入らなかったが、この試合は収穫の多い試合だったのではないだろうか。試合後、片野坂監督は「やはり神戸さんは個の能力の高い選手が多かった」と語ったが、J1で存在感を示している大分のレギュラーに勝るだけの能力を、ヴィッセルの若手選手たちは示してくれた。三浦監督がこの試合で完全なるターンオーバーを試みた理由は、この先の戦い、特にAFCアジアチャンピオンズリーグ(以下ACL)までを睨んでのことだろう。まだ不透明な部分はあるが、セントラル方式での再開が確実視される中、場合によってはACL出場組は早い出国を余儀なくされる可能性もある。あらゆることを想定した時、ヴィッセルはJ1レベルのチームを二つ持つ必要にかられている。そうしたことを考えた場合、テストできるタイミングはここしかなかったのだろう。それは大分に対するリスペクトを欠いているということではない。テストが一度で終わらない可能性を考えれば、こうした場面は今後も訪れるかもしれない。
 しかしこの試合でヴィッセルの若手選手は見事な回答を見せた。ヴィッセルは着実に力をつけている。この回答をもって、日曜日にはアウェイ広島戦に臨む。どの様なメンバー構成になるかは解らないが、今の自分たちの力に自信を持ち、前回対戦の借りを返してほしい。