覆面記者の目

J1 第30節 vs.仙台 ユアスタ(10/28 19:03)
  • HOME仙台
  • AWAY神戸
  • 仙台
  • 2
  • 0前半0
    2後半3
  • 3
  • 神戸
  • 長沢 駿(53')
    飯尾 竜太朗(76')
  • 得点者
  • (47')古橋 亨梧
    (51')郷家 友太
    (77')ドウグラス

試合後、仙台の選手たちの目には涙が浮かんでいた。この日の敗戦で15試合勝利なしという苦境に立たされている仙台にとって、1つの敗戦が与えるダメージは計り知れない。試合後、キャプテンマークを巻いていた長沢駿は「本当に情けないというか、悔しい」と悲痛な言葉を発した。試合内容などとは別次元の話として、やはり勝利という結果はチームにとって非常に大きな意味を持つ。少年時代から誰よりもサッカーが巧いがゆえにプロとなった選手にとって、敗北という結果が受け入れ難いものであることは当然だ。ヴィッセルもこの試合前、4試合勝利から見放されていた。AFCアジアチャンピオンズリーグ(以下ACL)を睨んでの戦いであったとしても、そこに負けていい理由などあろうはずがない。試合終了のホイッスルが鳴った瞬間、酒井高徳が見せたガッツポーズは、勝利への執着の現れだ。決してスマートな勝ち方ではなかったかもしれないが、5試合ぶりの勝利という事象は、選手たちの心を晴れやかなものにした。試合後、公式SNSに投稿されたロッカールームでの写真が、それを雄弁に物語っている。

 しかし、勝利という結果だけで全てを語ることができないのが、サッカー、ひいてはスポーツの面白さでもある。高い目標を持つチームならば、やはりそこに内容も求めていかなければならない。かつてブラジル代表の監督も務めたドゥンガ氏は、「勝利は多くの欠点を隠してしまうが、勝者こそ大きく目を開かなければならない」という言葉を残している。当然のことではあるが、勝利した試合にも様々な問題は存在している。それを直視し、次の戦いに活かさなければ、今以上の進歩は望めない。それこそが、自分たちが戻るべき位置を見つけることになる。

 今季のヴィッセルは、コロナ禍による中断前は確実に強さを見せていた。シーズン初戦となったFUJI XEROX SUPER CUP 2020では、天皇杯制覇の勢いそのままに、ディフェンディングチャンピオンの横浜FMから勝利を挙げている。当時の戦い方において基本となっていたのは「スペースと時間の管理」だ。ピッチを広く使い、ボールを握りながら相手を動かしスペースを作り出す。同時にそのスペースを効果的に使うため、味方がポジションを取り直すための時間を作る。これこそが、この数年間ヴィッセルが積み上げてきたサッカーであり、戻るべき位置であるはずだ。そう考えた時、この試合でいくつかの課題が露見したことことは明らかだ。それを念頭に置きながら、この試合を振り返ってみる。


 試合開始直後から、ヴィッセルは主導権を握った。試合後、仙台の木山隆之監督はそれも想定内であったということを発言しているが、ヴィッセルがボールを握りながら試合を進めていった。この試合で三浦淳寛監督は、就任後初の4-4-2の布陣を採用した。山口蛍とセルジ サンペールのダブルボランチ、そして郷家友太と古橋亨梧をサイドハーフとした4枚で中盤を構成。2トップはドウグラスと藤本憲明という組み合わせだった。この狙いはいくつか考えられるが、主だったところは2つではないだろうか。
 1つはバイタルエリアの守備だ。これまでサンペールをアンカーに配置することが多かったが、どうしてもその脇のスペースを狙われることが多く、ここがボトルネックとなっていた。この解決策としては3バックでの配置などいくつか方法はあると思われるが、その中の一つなのだろう。広い守備範囲を誇る山口をサンペールの護衛役とした格好だ。山口をアンカーとするシステムも過去には試したが、この場合は、ボールを前進させるという点において難しさが出た。そう考えれば、この組み合わせは頷ける。
 もう1つはサイドの強化だったのではないだろうか。これまで三浦監督はドウグラスを中心として古橋を左、郷家を右に置く3トップとした4-3-3を試してきたが、この場合サイド、特に左サイドのスペースを相手に使われるケースが目立っていた。かつてヴィッセルの監督を務めていた松田浩氏は、2006年スチュアート バクスター監督時代の4-3-3について「バクスター監督がサイドのスペースをがどう埋めているのか興味を持っていたが、やはりサイドバックとウイングの走力でそれを埋めるしかないのだなと思った」と語ったことがあるが、この布陣はサイド、ウイングとサイドバックの間をどう埋めるかが鍵となる。一つの方法として、ウイングとインサイドハーフが、サイドとハーフスペースをそれぞれ使いながら、全体を高く上げてスペースを小さくするという方法があるが、この場合は連携においてシビアなタイミングが要求される。少しでも前後や左右の距離感に狂いが生じた場合、一気にいびつな形となる危険性がある。そう考えればサイドハーフを置き、全体のバランスを取るというのは理解できる。試合後に三浦監督が「クロスからの得点を狙おう」とチームに落とし込んだのは、攻守両面のバランスを取ろうとした結果なのではないだろうか。

 これまでとは異なる配置ではあったが、ヴィッセルがボールを握ることができたのはその布陣もさることながら仙台の戦い方に拠るところも大きい。仙台の守備は、走力を武器としたものだった。ヴィッセルと同じ4-4-2ではあったが、ボールを失った際は前線の長沢までもが自陣まで戻り、ボールホルダーに連続して寄せていった。しかしこれはボールホルダーだけを狙いとしていたため、ヴィッセルのパスワークに対して後手を踏む場面が多かった。これはヴィッセルの選手の技術力の高さゆえでもあったが、同時にパスコースを切る守備が少なかったためでもある。それが顕著だったのはサンペールに対する守備だ。山口が隣に位置したことで、サンペールは比較的自由にボールを持つことができた。そしてビルドアップの際にプレスは受けるのだが、パスの受け手へのコースは空いていたため、プレスを剥がしさえすればパスが通る状況にあった。他の選手に対する守備も、概ね似たようなものであった。得点こそ生まれなかったが、前半はヴィッセルの方が狙い通りの戦い方ができていたように思う。

 とはいえ細部に目をやれば、問題もあった。その一つが選手間の距離だ。ボールは握るものの、ボールホルダーに近づいていく傾向が強かったため、大きくボールを動かす場面は少なかった。文字にすると、ボールホルダーの周りに人がいることは有利なように思えるかもしれないが、実は逆だ。ボールサイドに密集してしまうと、結局はそこからボールを脱出させることが難しくなる。仙台のようにマンツーマン気味に守備をしてくる場合、極論すればボールホルダーの周りには味方の数と同じだけの相手がいる形になってしまう。ということは、それだけピッチ上にスペースが生まれているということでもある。本来であれば、このスペースにボールを動かし、相手を動かしていきたいところなのだが、密集してしまっているため、ボールホルダーはパスコースを見つけ難くなってしまう。そうなると密集の中だけに、ちょっとしたはずみで相手にボールが渡ってしまう。仙台の選手のボールスキルがそれほど高くなかったことと、ヴィッセルの選手のネガティブトランジションが早かったため、大きな事故にはつながらなかったが、それは結果論だ。この場合、スペースを効果的に使えなかったことの方を重く見ておきたい。
 どんなスタイルであれ、選手間の距離を適性に保つことは必須だ。それがあればこそ、パスは効果的になり、相手をコントロール下に置くことができる。この試合は欠場したアンドレス イニエスタのように、密集の中でもボールをコントロールしつつ、そこを抜け出すことができるのであれば話は別だが、彼のようなボールスキルはなかなか持ち得るものではない。であればこそ、ボールに集まるのではなく、スペースを使うことが必要であり、それは本来ヴィッセルの選手が見せていた動きだ。

 前半は圧倒的にボールを握りながら主導権を握っていたヴィッセルだが、ゴールをこじ開けることはできなかった。何度か惜しい場面はあったが、得点には至らなかった。ヴィッセルのサッカーを考える上で、この事象をどのように捉えるかということは鍵となる。サッカーが「相手よりも多くのゴールを奪うこと」を目的とした競技であることは言うまでもない。そこだけにフォーカスするならば、「ゴール=正解」ということもできる。しかし「内容なき勝利に永続性はない」ということも、また事実なのだ。それが判っているからこそ、様々な戦術が誕生し、それをアップデートするといったことが世界中で繰り返されている。
 繰り返しになるが、現在ヴィッセルが目指しているサッカーは「ボールを支配しながらゲームをコントロールする」サッカーだ。この部分は貫き通してほしいと思う。確固たる「哲学」を貫き、そこに勝利という結果が伴った時、クラブは名実ともに「王者」の称号を手にするからだ。その視座に立てば、この試合の前半の戦いは、スコアとは別の評価が生じる。ハーフタイムに三浦監督が評価した通り、やろうとしていることはできていたのだ。そしてそれが選手に自信を与え、後半一気にスコアを動かすことになったように思う。


 後半開始直後の47分。古橋が左サイドから放ったミドルシュートは、きれいにゴール右に突き刺さった。ここで三浦監督のハーフタイムの修正が意味を持つ。試合後、三浦監督は古橋の評価を尋ねられた際、「前半は酒井との関係をスムーズにしたかった」と語った。サイドハーフに入った古橋は前半、左サイドからチャンスメイクを試みていたが、酒井との走路が被り気味だった。そのため相手を広げることができていなかったのだが、後半古橋が外に開き、ハーフスペースを酒井に使わせるというコンビネーションが明確になった。この得点シーンでも、ハーフスペースの酒井が外の古橋にボールを預け、古橋が中に動く際、酒井も併せて動いたことで、前に立っていた二人の相手に躊躇させた。それが古橋に十分なスペースを与えた。
 2点目のシーンも同様だ。山口がボールを持った際に、酒井が中を使うことで相手を引っ張り出し、古橋は外で十分なスペースを確保していた。そこからファーサイドを狙ってボールを入れたことで郷家の得点を生み出した。以前の様なスムーズさは未だ取り戻せていないかもしれないが、ポジションを整理することでスペースを作り出すという動きはヴィッセルの選手には十分に刷り込まれている。


 2得点目を挙げた郷家だが、ジュニアユースまで在籍していた「古巣」相手のゴールは感慨深いものだったようだ。この試合で郷家は、これまで以上に相手を動かすことを意識していたように思う。これまで見られたワンタッチでボールをはたいてしまう場面は少なく、ベクトルを相手ゴール方向に向けた動きを見せたことで、右サイドを活性化していた。マッチアップしたパラに守備の意識が希薄で、裏のスペースが使いやすかったことも幸いした。試合序盤はそのスペースを郷家が使うことで、西大伍を呼び込む回数も多く、右サイドからの攻撃が多く見られた。ゴールシーンではファーサイドにこぼれたボールを胸で押し込むという泥臭いゴールだったが、こうした動きこそが郷家に望まれていたものだ。テクニックのある選手がゴールに向かい貪欲さを身につけた時、選手としての怖さは一段階上がる。

 繰り返しになるが、この試合では仙台の守備に助けられた面があることは否めない。しかし2点目を挙げるまでは、ヴィッセルが思い通りにゲームを進めたことは間違いない。この試合で露見した最大の問題点はこの後だ。
 失点そのものは、ヴィッセルの選手の判断ミスと言う他ない。最初の失点シーンでは自陣ゴールライン際でサンペールがボールを持つ前、左サイドで渡部博文が相手との接触で倒れていた。その事実がサンペールの判断を一瞬遅らせた。そのため縦に蹴り出そうとしたボールに、関口訓充の足が届いてしまった。そこで軌道の変わったボールが、ゴール前の長沢の前にこぼれ、これを押し込まれてしまった。これ自体は事故ともいえるプレーではあったが、問題はその時間帯だ。郷家のゴールからわずか2分後の失点は、仙台にとっては5試合ぶりのゴールでもあり、14試合勝利から遠ざかっているチームにとっては希望の灯りとなってしまった。
 その後は仙台の選手交代も奏功し、徐々に仙台が圧力を強めていった。問題はここでヴィッセルがオープンな試合展開を作り出してしまったということだ。自陣で守る時間が増え、そこからロングボールが多用されていったのだが、全体のポジションが低いままなので、セカンドボールを仙台に回収される場面が目立っていった。
 
 こうした流れの中から2失点目も生まれた。この場面ではコーナーキックからの流れの中で、相手選手がゴール近くで倒れたが、そのまま試合は続行された。仙台の選手がボールに集中していたのに対し、ヴィッセルの選手は一斉に主審の方を見ていた。確かにゲームを止めるか迷う場面ではあるが、ヴィッセルの選手が集中できていなかったことは事実だろう。


 仙台ほどではないが、ヴィッセルも好調というわけではない。漂い始めた嫌なムードを振り払ったのはドウグラスの一撃だった。ここでも起点となったのは古橋だった。失点直後の流れの中で、自陣から出たボールを山口からハーフウェーライン手前で受けた古橋がそのまま上がり、中央へクロス。これを田中順也が頭で落とし、これを佐々木大樹が後方のサンペールにつなぎ、サンペールから右で受けた西がクロス。これをドウグラスが頭で合わせ、すぐに再リードを奪った。この得点シーンでは、いくつかの見事なプレーが見られた。まずは山口だ。自陣でこぼれたボールに対し、長沢も追ってきたが迷うことなくダイレクトに左の古橋に展開した。ダイレクトでなければ、局面は変わっていたと思われるタイミングであっただけに、山口のクレバーさが光った。そして佐々木だ。田中の落としたボールに対し、相手も競っていたが、巧く身体を入れこれをブロックしながらサンペールにつないだ。佐々木のフィジカルの強さと判断力が発揮された。そして何といっても素晴らしかったのは西だ。サンペールからのボールをダイレクトで処理できる技術力は傑出している。それでいて精度も高く、ドウグラスの跳びやすい位置にピンポイントで合わせている。この才人が見せるプレーは、観るものを惹きつける。

 再びリードは奪ったものの、そこからも試合運びに問題があったことは事実だ。それまで以上にヴィッセルがロングボールを蹴り出したため、試合は所謂「オープンな展開」になってしまった。ヴィッセルが積み上げてきたサッカーにおいて、最も忌むべきはこの「オープンな展開」だ。一見すると、攻守が激しく入れ替わるエキサイティングなサッカーに見えるかもしれないが、これはボール、引いては試合をコントロールできていないことに他ならない。仙台の圧力は確かに強かったが、決してかわせないレベルだったとは思えない。後方で時間を作り出すチャンスは十分にあった。相手のベクトルが一方向になっていた以上、それを逆手に取りながら相手を走らせることはヴィッセルの選手にとって決して難しいことではなかったはずなのだが、それに正面から向き合うという、最も効率の悪い選択をしてしまった。以前にも書いたことだが、ボールを早く送りすぎると、それはスピードを増し、相手を連れて戻ってくるということを全員が意識していなければならない。

 この試合で最大の収穫は、渡部だった。左センターバックに入った渡部は、終始安定したプレーを見せ続けた。過去に何度も書いているように、今や左足も十分に使いこなせるようになったことで、後方からのビルドアップの際、流れがスムーズだった。常時試合出場がある状況ではないが、出場すると確実に結果を残す渡部は、今のヴィッセルにとって欠くことのできない選手だ。ヴィッセルにとって左サイドがストロングポイントである以上、4バックの際には左センターバックには左足でのキックが求められる。チームが苦しい時、存在感を示すこのベテラン選手には心からの賛辞を贈りたい。

 内容的には不満の残る部分もあったが、勝利した瞬間の選手たちの表情を見ると、この勝利がヴィッセルにとって如何に大きな意味を持つものであったかということは判る。試合後、ドウグラスが語ったように、最大の目標であるACL再開までの残り5試合でチーム状態を上げることが肝要だ。こうした苦しい展開の中で勝利をつかむことで、精神的余裕が生まれ、本来自分たちがやるべきことを取り戻してほしい。次戦の相手である清水も、仙台同様に不調に喘いでいる。こうした相手に取りこぼすことは禁物だが、同時に内容も追及した試合を見せてほしいと切に願う。

今日の一番星
[古橋亨梧選手]

センターバックで存在感を示した渡部とどちらにするか迷ったが、やはりここは1ゴール1アシストと結果を残した古橋を選出した。イニエスタ不在、山口がボランチという中、得点だけではなく、チャンスメークにも力を発揮した。古橋というとスピード面にフォーカスされることが多いが、筆者はその頭脳こそが、古橋の最大の武器だと思っている。細かくポジションを取り直しながら、常に相手の出方を探るクレバーさによって、ボールがない場面でも相手をコントロールしている。本文中にも書いたが、ハーフタイムを挟み酒井との位置関係を修正できる器用さが、その頭脳をより効果的なものにしている。局面によって細かく蹴り方を変える技術も一級品だ。この日のゴールは12点目。得点ランキングでも川崎Fの小林悠と並び、日本人トップに位置している。首位のオルンガとの差は大きいが、2位は十分に射程圏内だ。ヴィッセルに加入以来、成長を止めることのない「若きエース」に、さらなる成長を期待しつつ一番星。