覆面記者の目

J1 第33節 vs.鹿島 ノエスタ(10/21 18:03)
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  • 0前半2
    1後半1
  • 3
  • 鹿島
  • 藤本 憲明(61')
  • 得点者
  • (12')上田 綺世
    (43')和泉 竜司
    (78')土居 聖真

「時間というものは、残酷なものですね」という歌い出しで始まる曲があったが、そんなフレーズをつい口ずさんでしまうような試合となってしまった。今年の元日、ヴィッセルは新国立競技場で鹿島に勝利し、念願だった初タイトルを獲得した。あの試合でヴィッセルは鹿島をサッカーの質で圧倒し、最後までゲームをコントロールし続けた。あの歓喜から10か月以上の時が経ち、今度は同じ相手にサッカーの質で圧倒され、ホームで手痛い敗北を喫した。この間、鹿島は新監督を迎え、チーム強化に取り組んできた。ヴィッセルにもダビド ビジャやルーカス ポドルスキといった、世界レベルの選手がチームを去ったという変化はあった。しかし、そうしたことを考え合わせても、この敗戦は鹿島の成長がヴィッセルを上回った結果とは思えない。むしろ敗因は現在のヴィッセルに内在していたと言うべきだろう。勝利した鹿島へのリスペクトを欠くようなことは厳に慎むべきではあるが、ヴィッセルが現状を整理し、戦い方を再確認することができれば、この結果は違ったものに変えられるだろう。

 昨日、Viber公開トークで配信した速報版にも書いたが、今のヴィッセルにとって最大の目標が、来月再開が予定されているAFCアジアチャンピオンズリーグ(以下ACL)にあることは間違いない。クラブの目標である「アジアナンバーワン」に挑戦できる、この貴重な機会に「最高のヴィッセル」で臨むためにも、この敗戦からも目を背けることなく、自分たちの弱さにも向き合わなければならない。ヴィッセルの強さを取り戻すためにも、何が今問題なのか。以下で考えてみたい。


 試合後の会見で三浦淳寛監督は「甘かった」と評した守備の課題について「相手との間合いを詰めて、自由にプレーさせないこと」と述べた。その上で「体に染み付いているのを変えていくのは簡単ではありません」と言葉を続けた。今にして思えば、この表現は少々言葉足らずだったように思う。この発言だけを聞けば、前任者の作り上げた守備が甘く、それを改善している最中という風に聞こえてしまうからだ。筆者を含め、三浦監督を現役時代から見ている人ならば、三浦監督がそんな発言をする人間でないことは承知している。「ヴィッセル史上最高の主将」と呼ぶ人もいる三浦監督は、誰よりも自分に厳しい人間であり、だからこそ多くの人から「アツさん」と呼ばれ、慕われている。三浦監督が言いたかったことを正確に表現するならば、現在失われつつある守備の基本を取り戻す作業の最中ということになるだろう。
 酒井高徳は、昨季加入した直後、ヴィッセルの守備について「球際が弱い」と指摘したことがある。当時、この発言は正鵠を射ていた。そしてそれから数か月後、改善された球際の強さは、酒井をして「Jリーグの中では異質なレベルになったと思う」と言わしめるまでになっていた。これが昨季終盤から今年序盤にかけての快進撃を支えていたことは間違いない。ボールを握りながらゲームをコントロールしたいヴィッセルにとって、ボールを奪われた瞬間、奪い返しにいくネガティブトランジションは重要だ。「ボールを失ってから10秒以内に奪い返せ。それができれば、大きなチャンスになる」と言ったのはフアン マヌエル リージョ元監督だが、ボールを奪い返すためにも球際での勝負は負けてはいけない。ここで強くいくことができるかどうかは、ヴィッセルのサッカーを成立させる上で、大きな意味を持っている。
 それが失われつつある理由は明白だ。今季、ここまでヴィッセルはカウンターで失点することが多かった。ボールを握りながらも、リトリートした相手を崩せず、ボールを奪われて失点する。そんなことを繰り返す中で、選手たちが自然と「カウンターに備える」ために、相手との間合いを空けて守ろうとするようになってしまった。しかしここで間合いを詰めることがないため、相手から主導権を奪い返すことができない。前節対戦した広島のように、自陣低い位置での守備ブロックからのカウンターサッカーを標榜しているチームならば、そうした守り方でもいいのだろうが、ヴィッセルの場合はベクトルが逆を向いているため、こうした守備は「主導権を手放す」ことに他ならない。それを三浦監督は指摘したかったのだろう。

 サッカーにおいて攻撃と守備は不可分の関係にある以上、その原因を守備面だけに求めることはできない。やはり、課題は攻撃面にあると言うべきなのだろう。そしてヴィッセルの攻撃を機能不全に追い込んでいるのが、「ハイプレス」だ。それはこの鹿島戦でも顕著だった。
 この試合で鹿島が見せた「ヴィッセル対策」は、教科書的だった。正確に言うならば、それはヴィッセル対策というよりは、ハイプレスを敢行する場合の基本とも言うべき戦い方だった。ヴィッセルの2センターバックに対しては2トップがプレスをかけ、その間サイドバックを中盤まで上げる。こうして中盤で単純な数的優位を作り出し、ヴィッセルの中盤に対して圧力をかけていくというやり方だ。ここでの目的は、前にボールを出させないことに尽きる。これを忠実に遂行してきた。それを続ける中で、ボールを奪った際は素早くゴールに迫る。試合開始直後からこれを敢行したことで、鹿島は早々に試合の主導権を握った。
 今季のヴィッセルが、この鹿島戦を含め、こうしたハイプレスに対して脆さを見せていることは事実だ。プレスをかけられる中で、ボールの出口を見つけることができず、後方でのボール回しが続き、徐々に追い込まれてしまう。最後は、コントロールされていない状態で蹴り出すことになってしまい、セカンドボールを回収されるという悪循環に陥る。そのためポゼッション率自体は高くなるのだが、有効なポゼッションではない。この試合でもヴィッセルのポゼッション率は6割を優に超えたが、鹿島の選手が「持たせている」という感覚で、余裕をもって見ていたことは間違いないだろう。


 では次に、ヴィッセルはこのハイプレスをどうやって掻い潜るべきなのか考えてみる。そもそも、昨季もこうしたハイプレスを見せるチームはあった。しかし昨季終盤は、そうした相手を無効化しながらコントロール下に置くサッカーができていた。しかもそれは、アンドレス イニエスタやビジャ、ポドルスキといった「スーパープレーヤー」の技術に頼ったものではなかった。ここで必要なのは、ボールスキルはもちろんだが、それ以上に考える能力だ。
 ハイプレスに対する対策は、概ね二つに大別される。一つは「プレスにくる相手よりも速い速度でボールを動かす」。そしてもう一つは「相手の動きを逆手に取る」というものだ。実力者が揃うプロの世界で採用すべきは、圧倒的に後者ということになるだろう。前者の場合、パススピードを上げるということになると、そこでは確度が落ちるケースが多い。パススピードを上げることで相手を上回ろうとした場合、チーム全体が圧倒的な技術レベルに達していなければ、成立しない。そして、ここが今ヴィッセルが陥っている罠の一つであるように思う。相手のプレスをかわそうとして、パスの速度を上げていく中でで起きる小さなミスが、パスを重ねるごとに積もっていき、最後はボールコントロールを失っていく。そしてそこからカウンターを受けてしまう。これが最近の試合で頻出するケースだ。
 ではもう一つの「相手の動きを逆手に取る」というのはどういうことか。それは「相手の行動を予測し、その逆を取る」ということに他ならない。プレスにくる相手は、ボールを奪うことを目的としているため、その方向はある程度限定できる。であればこそ、その逆を取ることができれば、そこで相手は少なくとも一人が無効化されることになる。最近の試合の中でこれをうまく表現していたのは、センターバックの渡部博文だ。大分戦でも相手のプレスを落ち着いて読み、その逆を取ることでプレスにきた相手を無効化していた。そして、その動きの中でパスコースを確保し続けていた。だからこそ、あの試合では渡部が起点となり、ヴィッセルのビルドアップが機能していた。
 相手をかわした後、次にやるべきことは味方へのパスということになるが、ここではボールホルダー、受け手それぞれに注意点がある。ボールホルダーについては、すぐにボールをリリースしないということが肝要だ。一人でも多くの敵を引き付けることで、味方にスペースを与えることが目的だ。もちろん、パスコースを維持し続けることが優先された上での話だ。そのため前にスペースがあれば、上がっていくことを躊躇ってはならない。その動きが味方に時間を与えるからだ。さらに相手がそこに寄ってくるようであれば、スペースも与えることになる。
 ここで受け手がやるべきことは、ボールホルダーが作った時間とスペースを有効利用するために、動き直すということだ。その際には、自分が受けたいところに動くのではなく、ボールホルダーからパスを受けられるところに動かなければならない。そうしてボールを受けた際は、今度は自分がボールホルダーとしての動きをする。これをチーム全体で連続させることで、ボールを前に運んでいくことができる。
 今ヴィッセルがハイプレスへの対処に悩まされている理由としては、上述したようなことがチーム全体で徹底されていないためだ。こうした問題点を解決するため、最も必要なのが「考える能力」だ。ボールを奪おうとする相手の動きを予測するということは、常に試合の流れを予測し続けるということでもある。これができて初めて、相手を思い通りに走らせることになる。プレスにくる相手を無効化し続ければ、相手の動きは落ちてくる。同じ距離を動いたとしても、自分が意図した動きを続けた場合と、意図せぬ動きを強いられた場合では、疲労度は大きく異なってくる。


 前述したように、攻撃と守備は不可分の関係にある。どちらか一方だけのやり方を変えるということは不可能だ。どちらかのやり方を変える時、もう一方も変質せざるを得ない。それだけにスタイルの変更というのは大きなリスクを伴う。シーズン途中でやるべきではないと言われる所以だ。ヴィッセルに置き換えて考えた場合、守備を強化するには、攻撃のやり方をもう一度基本に立ち返って見直すことなのではないだろうか。
 そう考えた時、試合後に藤本憲明が語った言葉は大きな意味を持つ。藤本は巧くいかなかった前半の戦い方について「順也さん(田中選手)と亨梧(古橋選手)がワイドに開くという戦術だったので、真ん中では孤立しますし、相手も4バックでなかなか受けるところまで行けていなかったです。受けたとしてもサポートの距離が遠く、前半は難しかったと思います」と分析して見せた。これは正しい問題認識だ。この試合では4-3-3の布陣を採用し、前線は中央に藤本、右ウイングに田中順也、左ウイングに古橋亨梧という並びで試合に臨んだ。この人選そのものに問題はなかった。田中と古橋を逆足の位置に置くことで、サイドに起点を作って、そこから中に切れ込ませて中央の藤本との絡みで崩そうという意図があったと思われる。しかしそこで問題となるのが、両ウイングのスタート位置だ。タッチライン近くにポジションを取る場面が多かった。サイドバックはビルドアップ時に幅を取るため、やはりタッチライン沿いにポジションを取っているため、縦に上がるスペースが確保できていなかった。サイドバックにはハーフスペースを使わせようとしたのだろうが、そこが徹底されていたようには見えなかった。そのため内と外の入れ替えはぎこちなく、相手の4バックを広げるには至らなかった。これでは3トップにした意味がない。幅を使えないのであれば、2トップでボックスの幅でプレーさせた方が効果的だろう。

 攻撃が停滞していた理由の一つは、前述したように、ハイプレスを掻い潜りボールを効果的に前に運べなかったことだ。この試合ではアンカーに山口蛍を置いてスタートした。そしてセンターバックは右に菊池流帆、左に大﨑玲央という並びになっていた。そして左サイドバックには初瀬亮を入れた。この並びによる停滞もあったと思われる。過去にも大﨑は4バックの左センターバックを務めたことがるが、その時は右にいる時に比べてボールの動かし方においてぎこちなさを見せる。これは利き足の問題もあるのかもしれない。また初瀬も後方では守備が気になるため、前にボールを運ぶことができない。内からのボールを受けた時、酒井のようにボディアングルを変えながらボールを前に向けることができないため、そこからセンターバックに戻す場面が多くなる。そしてこのサイドにはイニエスタがいるため、相手も蓋をしてくる。しかもそれがカウンター狙いであれば、なおさら前を向くことは難しい。
 ここでヴィッセルがやるべきは、ビルドアップ時の人数をどう確保するかという工夫だ。この試合では前述したように2センターバックに2トップをぶつけ、数的同数を作り出していたため、落ち着いたビルドアップができなかった。鹿島が4-4-2でくることは想定内であっただけに、3バックにしてビルドアップのスタート地点で優位性を作り出すということもできたのではないだろうか。その上で2トップをボックスの幅で勝負させ、サイドとハーフスペースを中盤の選手に使わせるという戦い方であれば、鹿島に対してミスマッチを作り出すことができ、鹿島のプレスは難しくなっていたと思えるのだ。
 「フォーメーションなどはスタート時の並びに過ぎない」というのはリージョ元監督の言葉だが、フォーメーションはどうであれ、局所的に優位性を作り出し、時間とスペースを味方に与え続けるという、ヴィッセルが志向するポゼッションサッカーの基本に立ち返るのが、今は得策であるように思う。


 多くのスポーツ選手が、スランプに陥った際は「基本に戻る」と口にする。ヴィッセルにとっての基本とは、中断前に見せていた戦い方だ。そしてそれはほんの数か月前までは、問題なくできていたことでもあった。確かにリトリートしてブロックを組む相手をどうやって崩すかという問題は、解決を見ていない。しかしまずは、相手を自分たちの手の内に閉じ込めるという、ヴィッセルの基本的な戦い方を取り戻してほしい。「アタッキングサードでの質」というのは一朝一夕に解決するような問題ではない。しかしボールを握りながら攻撃を続けるという基本さえできていれば、いずれは解決策も見つかるだろう。しかしこの基本から遠ざかっている時間が長ければ、それを取り戻すには相当の時間を要することを、我々は昨季の経験で知っている。だからこそ「戻ることのできる地点」がある間に、一度そこに立ち返り、もう一度ヴィッセルのサッカーを作り上げていってほしい。
 幸い次節までは1週間の時間がある。新しいことをはじめるには十分ではないかもしれないが、基本を取り戻す意識付けをするには十分な時間だ。

 冒頭にも書いたが、今季のヴィッセルにとって最大の目標は、来月再開されるACLだ。中断前の時点でグループ首位に立っているヴィッセルが、次のステージに駒を進める可能性は高い。万全の態勢でアジアに挑むためにも、今は様々な可能性を追求してほしい。「勝負の秋」を「実りの秋」とすることができるかどうかは、選手たちにかかっている。一層の奮励努力を望みたい。