覆面記者の目

J1 第21節 vs.柏 三協F柏(10/10 15:03)
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  • 柏
  • 4
  • 3前半0
    1後半3
  • 3
  • 神戸
  • オルンガ(20')
    江坂 任(39')
    オルンガ(44')
    江坂 任(52')
  • 得点者
  • (60')田中 順也
    (75')田中 順也
    (87')アンドレス イニエスタ

試合を評する時、多くの人が同じ方向から論ずるケースがある。俗に言う「誰が見ても」という試合だ。しかし時折、これとは違う試合が生じる。見る角度によって全く異なる色を持つ試合だ。じつはそうした試合の方が多いのだが、この日の柏戦はそんな試合の典型ともいうべき試合となった。それは事象だけを見ても解る。4失点に注目した場合は、ヴィッセルの守備の問題がクローズアップされ、逆に3得点にフォーカスした場合には、修正力や選手の個人評価や好調を維持している攻撃力に言及することになる。そしてこのどちらもが間違いではない。こうした時は、総論を決するためにも、まずは個別の事象に注目していくのが良いように思う。


 この試合でヴィッセルが採用した布陣は4-1-2-3。前節からの変更は1名のみ。ダンクレーに代わって大﨑玲央がセンターバックに入った。これに対して柏は4-2-3-1の布陣だった。3日前にJリーグカップ戦を戦っている柏は右サイドバックに川口尚紀、左のインサイドハーフに神谷優太、ボランチに三原雅俊を起用した。柏を率いるネルシーニョ監督は、以前ヴィッセルでも指揮を執っていたが、その特徴を一言で言うならば「目の前の勝負に徹する指揮官」ということになるだろう。
 Jリーグのみならず、ブラジル国内でも指導者として数々のタイトルを獲得しているネルシーニョ監督だが、そのサッカーは?と問われた時、明快に答えることは難しい。強いて言うならば、相手のストロングポイントを消すことを得意とし、そのためにミラーゲームに持ち込むことが多いということになるだろう。特定の戦術指導を行わない代わりに、球際の強さと素早い攻守の切り替えを求める。そして独特の勝負勘で狙いどころを定め、そこに徹底した圧力を加えることができる指導者だ。こうしたタイプの指導者は、強さを全面で出すことが多い。それは父性的ですらある。三浦淳寛監督がまだ若く「選手の兄貴分」的な要素の強い指導者であることと比較すると、対称的でもある。これもどちらが優れているというような話ではなく、あくまでもタイプ分類の話に過ぎない。


 そのネルシーニョ監督が狙いを定めたのは、アンカーであるセルジ サンペールの脇のスペースだった。これはネルシーニョ監督ならずとも、ワンアンカーのチームに対する教科書的な戦い方ですらある。しかし最初のポイントはここになった。
 サンペールが、現在のJリーグの中で傑出した技術を持つアンカーの選手であることは間違いない。試合序盤からそこを見る役割は江坂任だった。サンペールにボールが入った際は江坂と、ワントップのオルンガがこれを見る恰好になっていた。しかし試合序盤は、これが全く嵌っていなかった。キックオフ直後からヴィッセルが仕掛けたボール回しが、柏の守備を翻弄していたためだ。最終ラインではGKの前川黛也をも加え、柏の選手を見ながらボールを動かす。最後は最終ラインが高い位置へ上がりつつ、柏陣内に大きなロンドを作り出した。ここまでの流れのボールを動かす中心となるのがサンペールであり、ここからはイニエスタを中心に相手陣内に攻め入っていく。15分には左コーナーキックの中から、右ウイングの郷家友太がドンピシャでヘディングを合わせたが、かつてのヴィッセルの守護神キム スンギュのスーパーセーブの前に得点はできなかった。

 ここまでの流れを見た時、ヴィッセの優位性は明らかだった。先制点こそ許していたが、前の試合から間がない柏の選手たちの動きは重く、ヴィッセルにボールを動かされる中で、追うことを諦め、低い位置でのブロックに徹しようとしていたように見えた。しかし飲水タイムで流れが変わった。この1分間でネルシーニョ監督は、何人かの選手に明確な役割を与えたようだ。その一人が、キーマンとなった神谷だった。飲水タイム明けから神谷がサンペールの脇で積極的に仕掛け始めたのだ。ここでサンペールは守備のタスクが増えた。神谷は走力を活かして、ヴィッセルのビルドアップを追い続けたのだがその走り出す起点をサンペールの脇に設定した。サンペールの脇からスタートして、剥がされると、再びサンペールの横に戻り、またボールを追い出すといった具合だ。そしてその後ろに江坂、時折オルンガが戻ることで、サンペールの時間を奪う作戦に出た。大﨑がフォローに行こうとしていたが、その時はオルンガが大﨑に合わせるため、それを手放してまでいくことはできない。
 本来であればここでこそ、ゆっくりとボールを動かしながら相手の動きを制御していきたいところだったが、強い雨に濡れ続けた長い芝が、ヴィッセルのボール回しの敵となっていた。何度か後ろを使って組み立てる段階で、ボールが思った以上に転がらないため、受ける位置を調整せざるを得なくなり、それが二人、三人と続くと、相手の寄せをかわすことができず、最後は大きく蹴り出すという、「ヴィッセルらしからぬ」シーンも散見された。

 最初のポイントはここだ。サンペールの能力を活かすためにもアンカーで配置するというのは、ここ1年ほどの間に定まった戦い方だ。「守備がすごく得意な選手というイメージではなかったので」と江坂が試合後に語った通り、そこで前を向く、或るいは仕掛けるということに徹した場合、サンペールはその対処に追われることになる。前節で三浦監督は後半頭からサンペールを下げ、代わりに安井拓也を投入、山口蛍とのコンビのダブルボランチに布陣を変えている。この試合では0-4となった時点でサンペールから田中順也にスイッチ。同時に郷家から菊池流帆への交代も行い、3-4-3に布陣を変更している。これによって3得点を挙げ、柏を追い詰めたことを思えば、三浦監督は試合の流れを読みながら、交代でチームを変えることは得意なようだ。初の監督就任で、これを巧みにやれる人間はそう多くない。以前にも書いたが、監督にとって交代は「『まだ』は『もう』であり、『もう』は『まだ』」だからだ。この交代策を見る限り、三浦監督の決断力と判断力は本物だということになる。


 同時に三浦監督には一つの哲学があるように思う。これは筆者の邪推かもしれないが、三浦監督がベンチマークしているのは、かつて2006年に自身が選手としてみていたスチュワート・バクスターであるように思う。それは戦術面という部分ではなく、チームを掌握するリーダーとしてのあり方という意味だ。当時、バクスター氏は、「試合に勝利したメンバーは、次の試合に出る権利がある」という表現を用いていた。勝利した流れを大事にしていたのだろう。噛み合わせ的に問題があるとしても、まずはチームのいい流れをもって試合に入り、そこから調整を加えて対処するというサッカーを見せていた。バクスター氏がチームを率いていた06年は、ヴィッセルが初のJ2リーグを戦った年だ。13チーム、4回総当たりという厳しいレギュレーションであったため、試合数は48試合。今ほどJ2リーグが「プロの装い」を整えていなかったこともあり、精神的に厳しいシーズンだったことは間違いない。家庭の事情によってシーズン途中での監督交代とはなったが、バクスター氏はチームを良くまとめ上げていた。前年、リーグ戦とカップ戦を合わせて4勝しかできなかったチームにサッカーの基礎を落とし込み、「結果を残しながら成長させる」という厳しいミッションに成功していた。
 このバクスター監督の下で主将としてプレーし、あの1年を「サッカー人生で最も印象深い年」と語る三浦監督が、今バクスター氏の振る舞いを意識していたとしても、それは何ら不思議ではない。だからこそ、柏の狙いがわかっていても、そこは試合の中で調整していこうと思ったのだとすれば、この日の布陣もうなずける。そして前記した通り、20分過ぎまでは三浦監督の目論見通りに試合は動いていた。「たら・れば」にはなってしまうが、郷家のヘディングシュートが防がれていなければ、試合の流れは全く異なるものになっていただろう。しかし、そのシュートは決まらず、老獪なネルシーニョ監督の飲水タイムでの修正が思った以上に奏功し、追加点を立て続けに許したことで、三浦監督のプランは狂ったのだと思う。

 それまで押されていた柏にとって、先制点は大きな意味があった。ヴィッセルに対して、その戦い方が無効であるという疑心を生み出すことができるからだ。とはいえ、ヴィッセルも完封は難しいと考えていただろう。この試合で21得点(20試合消化)と、ランキングを独走する怪物には得点を奪われることも想定はしていたはずだ。しかし奪われ方が悪かった。中央の江坂が右のクリスティアーノにボールを送り、それを折り返したボールにオルンガは大﨑のマークをものともせず、倒れながら頭で得点を決めて見せたのだ。起点となった江坂はサンペールの脇からボールを出し、サイドのクリスティアーノはほぼノープレッシャーで折り返した。これだけでもヴィッセルは、相手の狙いに嵌ってしまった格好だが、やはり最後の部分だ。大﨑のマークを片手で抑えながら、ボールに合わせて身体を倒すことで高さを合わせ、ヘディングシュートをゴール左に流し入れた。これが大﨑がマークを外していたというのならば、ヴィッセルにとってはダメージは小さかった筈だ。しかし身体を完全に寄せていながら、それを乗り越えられてしまったため、オルンガとの「ヒエラルキー」が定まってしまった。こうなると、それまで以上にオルンガを意識しなければならず、その手前のところでボールを奪うという目的に切り替わったのだが、これがチーム内に若干の意識のズレを生んでいたように思う。
 柏の攻撃はオルンガを軸に、その周りで江坂とクリスティアーノが動くのが基本だ。それ以外の選手は基本的に、仕掛け要員であると言ってもいいだろう。しかしそれであるがゆえに、どこでボールを奪うかということを定めなければ漫然とした守備になってしまう。この試合を見ていた筆者の感覚とすれば、三原のところが狙うべきポイントだったように思う。決してボールスキルの高い選手ではないが、スペースを埋める守備には、ヴィッセル在籍時から定評があった。ということはスペースを見つけるのが巧いということだ。そしてその三原の至近距離に、ボールスキルの高い江坂が顔を出すため、三原の弱点は糊塗される。最終ラインの守備は、ゴール前を固めるというシンプルなものであっただけに、三原のところに狙いを定め、そこから運んでいくという形が徹底されれば、また試合の流れは異なったものになっていたように思う。

 63%。これはこの試合を通じてヴィッセルが記録したポゼッション率だ。ヴィッセルはボールを握るサッカーを志向しているため、これはいい数字だと専門誌などで紹介されることがある。しかしこの見方は早計に過ぎると、筆者は思っている。この数字は「攻撃方法とのセット」で捉えなければならない。三浦監督が就任後、ボールを素早く前につけていくサッカーの風味が出てきた。ボールを握ってはいるが、相手のブロックの周りを回るだけで、なかなか得点を奪えないという現実からの「逆算的発想」であったと思われる。しかしこの裏側には、かつてヴィッセルの指揮を執り、「バルサ化」の先鞭をつけたフアン マヌエル リージョ氏は「ボールを握っている以上、慌てて前に蹴るな」と語ることが多かった。続けて「速く送り出したボールは、それ以上のスピードで敵を連れて帰ってくる」と語っていた。ここが、この先ヴィッセルのサッカーを作り上げていく上で一つの鍵を握っている部分だと思う。
 試合後、三浦監督は質疑応答の中で、失点が続いた理由として「ボールをいい形で握れていた中で前がかりになっていた」とした上で、「後ろのリスクマネジメントはもう少しできたのではないか」と語った。これを受けて西大伍は「前がかりというわけではなかったと思うが」と、感覚の違いを口にした上で「個人個人がいい場所にいられるように努力しなければいけないかなと感じました」と語った。一見異なる見解のように見えるかもしれないが、両者は同じことを話している。そしてこの両者をつなぐものが、先に紹介したリージョ氏の言葉だ。
 リージョ氏の言葉は独特ではあるが、示唆に富んでいる。速く送り出したボールは云々という言葉を考えると、速く攻めるのであれば、ボールを握り続けることではなく、適切なポジションを保つこと優先すべきということになる。さらに西の言葉を基にすれば、選手はカウンターのリスクに備えたポジションを頭に入れておくべきということになる。三浦監督が言っているのも同様のことだろう。ヴィッセルにはアンドレス イニエスタという至上のテクニックを持つ選手がいるため、ボールを握りながら相手の裏を素早く狙うこともできる。イニエスタのロングボールは確実に急所を捉えているからだ。しかしそれは、受け手の技術を担保するものではない。例えドウグラスがそれを受けても、相手との関係の中では周りの選手のサポートを必要とする。それが十分でなければ、そこでボールを失うこととなる。さらに周囲の選手がサポートに向かっている最中であれば、相手にとって絶好のカウンターチャンスということになる。要は「攻める時はリスクを考える」ということになる。
 三浦監督は就任以降「攻守の素早い切り替え」を強調しているが、それも上記のリスクに備えるためだろう。選手たちも、そこを十分に考えて、攻める際のリスクとポジショニングは、もう一度整理してほしい。その答えも、既にチームにはある。今はノートの下に隠れているだけだ。それをもう一度引っ張り出して、読めば、十分に備えはできるはずだ。


 守備面では4失点を喫したが、そこから3得点を挙げて柏を追い詰めつつあった攻撃力は、さすがヴィッセルというものだ。中でも特筆すべきは、この試合で戦列復帰を果たし、いきなり2得点を記録した田中の存在だ。郷家に代わって右サイドのウイングに田中が入ることで、ヴィッセルの攻撃は活性化した。田中の前に出ていく力と、相手を背負いながらボールを受ける力がフルに発揮された格好だった。田中の戦列復帰によって、ヴィッセルの前線は形が定まった。
 これに対して先発した郷家には、どうしても不満が残ってしまう。過去何度か書いているが、郷家は巧い。ボールスキルも高く、フィジカルもでき上ってきた。サイズもあり、前線での怖さも発揮できる。しかし「郷家といえば」という形が見えてこない。こここそが、今の郷家に突き付けられた課題だ。確かに全ての選手が「一芸に秀でている」必要はない。全てのプレーをそつなくこなす「ユーティリティー性の高い選手」も、チームにとっては有難い存在だ。しかしそうした存在でありつつも、自分だけの武器を持つことは、プロとしては存在感を高めることにつながる。この試合では郷家が「振り切って」プレーしていないため、右サイドの攻撃位置は低くなっていた。そのため西が上がってきても蓋をされている格好になってしまった。ならば郷家は思い切って外に張り付き、ハーフスペースを西に空けるように徹してみてはどうだろう。相手を文字通り翻弄できる西を攻撃に参加させることは、ヴィッセルの攻撃力に厚みだけではなく、新たな味わいも加えてくれるはずだ。郷家の能力ならば、どんな形にも対応できるはずだ。あとは精神的に「振り切れる」タイミングを、試合の中で意図的に作り出せるようになれば、郷家にはもう一段階高いステージが見えてくるだろう。 


 試合後、ネルシーニョ監督は、柏はコンディションが劣っていたことを強調していた。しかしこれは額面通りには受け取れない。15連戦ともなると話は別だが、そうでなければ適度に試合間隔が詰まっているチームが、休養十分のチームをコンディションで上回ることは珍しくない。柏のコンディションは決して悪くはなく、連戦後に1週間空いたヴィッセルとも十分に互角に戦えるレベルだった。
 そして、ここからヴィッセルは、またしても連戦に突入する。次節は中3日での大分戦だ。チームとしての完成度は高いチームであるだけに、隙を見せるとそこを突かれてしまう。未だ流動的なのかもしれないが、今季のヴィッセルにとって最も大きな戦いであるAFCアジアチャンピオンズリーグの試合も日程が決まった。田中の言うように、ここに向けてチームの完成度を高めていかなければならない。そのためにも西が言うように「次の試合が大事」である。
 連勝は止まったが、ここから次の連勝を始めるだけの力は十分に備わっている。あと少しだ。見直すべきところも、全て回答はこれまでに提示されている。三浦監督には、もう一度チームに残されているメソッドを整理し、それを再構築してチームに落とし込んでもらいたい。高いコミュニケーション能力の持ち主である三浦監督ならば、それも十分に可能なはずだ。