覆面記者の目

J1 第18節 vs.鳥栖 ノエスタ(9/23 19:03)
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  • 4
  • 2前半1
    2後半2
  • 3
  • 鳥栖
  • 山口 蛍(9')
    アンドレス イニエスタ(20')
    古橋 亨梧(55')
    古橋 亨梧(68')
  • 得点者
  • (17')金森 健志
    (51')原川 力
    (71')林 大地

この試合でヴィッセルのポゼッション率は4割を下回った。パス数も450を少し超えたくらいと、対戦相手の鳥栖を大きく下回った。試合中からある程度予想していたとはいえ、改めて実際の数値を見ると、驚きを禁じ得ない。この試合においてヴィッセルは、「ヴィッセルのサッカー」を封印した。指揮を執ったマルコス ビベス アシスタントコーチは試合後、「ヴィッセル本来のボールを支配するスタイルで勝てれば良かったのだが」と前置きした上で、「与えられた文脈の中で、ゲームを読み対応した結果」であると、試合を総括した。
この「与えられた文脈」とは何か?

 普通に考えれば、試合の中で感じ取る相手の強度や戦術のことなのかもしれないが、この試合においてヴィッセルは最初からこの戦い方を想定していたように思えた。その理由は、このところのプレーの精度にある。連戦で蓄積された疲労によって、その精度が低下していることは誰の目にも明らかだ。疲労度は選手によって異なるため、チーム内でバラツキも生まれる。これらが相まって、最近の試合ではパスミスが目立っており、そこが対戦相手の攻撃の起点ともなっていた。こうした状況を考えれば、敢えて「ボールを握らず」、カウンターをメインに戦うというのは、至って合理的な帰結点でもある。
 しかし同時に、これは非常に大きな賭けでもある。「相手に持たせる」サッカーを選択するということは、これまで築き上げてきたサッカーを半ば放棄してでも結果を優先するということだ。自分たちの武器を使うことなく戦った場合、敗れた時にチームに与える「後悔」という名のダメージは計り知れない。

 そしてヴィッセルは、見事にこの賭けに勝利した。3失点を喫しながらも、攻撃陣が今季最多となる4得点を挙げ、鳥栖を降した。試合終了のホイッスルが吹かれた時、ヴィッセルの選手たちの表情は、勝利の笑顔というよりは、追い詰められた局面を凌ぎ切った安堵感の方が色濃く出ていたように感じられた。勝利したとはいえ、状況が好転したわけではない。まだ連戦は続く。勝利したという事実がもたらす効果として、疲労の度合いは少なく感じられるかもしれないが、疲労の蓄積は着実に進行している。さらに大きな問題として、酒井高徳が試合後口にしたように、ミスは多く、悪い流れは未だ継続されていると見るべきだろう。この先の試合でどのように戦うかは不明だが、基本的な部分の整理は喫緊の課題だ。以下でそれについて考えてみる。


 この試合でビベス アシスタントコーチが採用した布陣は4-3-3だった。メンバーを見た時は、センターバックの間にアンカーのセルジ サンペールが落ちる形にするのかと思ったが、実際には山口蛍とサンペールのダブルボランチにして、その前でアンドレス イニエスタがフリーマンのように動く形となっていた。当初、鳥栖の狙いはサンペールのアンカーを想定していたため、その脇のスペースだったと思われるが、これに対する対処としては正しい解決策であるように思えた。しかしここで一つ目の問題が起こった。ボランチとセンターバックの距離が不安定であり、多くの時間帯でこのバイタルエリアが空いてしまい、そこを鳥栖の前線の選手に使われてしまったのだ。鳥栖はヴィッセルのビルドアップに対して、高い位置でプレスをかけてボールを奪う作戦だったため、GKの前川黛也を含めたヴィッセルの最終ラインに激しくプレスをかけ続けた。その中心となった金森健志の動きが巧みだったため、最終ラインはなかなかボランチとの距離を調整することができなかった。カバーリングに優れている山口はともかく、サンペールはスペースを管理する守り方をする選手ではないため、バイタルエリアを使おうとする鳥栖の攻撃陣に対する守備は、どうしても後ろからになりがちだった。その結果、ファウルを取られる場面も多く、結果的にシーズン4枚目の警告を受けたことで、次節は出場停止となってしまった。この先、この4バックでの戦い方を続けるのであれば、最終ラインとボランチの距離は調整の必要があるだろう。

 守備という点でもう一つ気になったのが、サイドバックの裏を取られた際の対応だ。この試合でも西大伍、それに酒井の両サイドバックは攻撃時に力を発揮した。両者とも上下動するだけではなく、中に入り込みながら攻撃に関与していくことができるため、高い位置を取ることが多い。オーソドックスな4-4-2の布陣を引いていた鳥栖は最終ラインから、このヴィッセルのサイドバックの裏側にボールを蹴り出し、サイドバックとサイドハーフが連携して、そこに起点を作ろうとしていた。これに対しては、ヴィッセルの布陣上、3トップの両ウイングが戻って守備をすることになる。このため、ウイングが攻撃時に高い位置を取り切れない場面が散見された。攻守のバランスということに帰結するのかもしれないが、このサイドバックの裏の守備を考えた際、この日の4バックではボランチ、逆サイドとの連携の中で守備を絞っていくことになる。C大阪や川崎Fのように、ある程度そこは許容して中央を守るという方法もあるが、その場合にはヴィッセルが最も避けたいオープンな展開になりかねない。となると、やはりボランチとの兼ね合いでの守備を徹底しなければならない。

 次に攻撃面を見てみる。繰り返しになるが、この試合ではカウンター狙いであったため、相手を高い位置まで引き出した上で、その裏を狙うシーンが目立った。ここでヴィッセルにとっては、最強の武器がある。言わずと知れたイニエスタとサンペールからのパスだ。両者とも、ボールを握りながら相手の急所を見つけ、そこにピンポイントで打ち込むことができる。この試合では面白いように裏を取る場面が見られたが、相手GKの攻守にも阻まれ、チャンスの数ほどは得点は生まれなかった。とはいえ、試合を通じてパスミスが散見されたことも事実だ。特に長い距離を通そうとしたパスは、鳥栖の網にかかっていた。カウンターで攻めるとはいえ、ヴィッセルのボール回しで基本となる「相手を引き付けてリリース。相手がいなければ自分で上がる」という鉄則の後半部分が、幾分疎かになっているように感じられた。縦に早くボールを通すことも大事だが、全体の距離をコンパクトに保つことは、セカンドボールを支配する上で必須となる。この試合では戦い方の選択もあるが、全体の距離が遠く、セカンドボールを鳥栖に拾われるシーンが多かった。


 得点経過が目まぐるしく、微妙なバランスの上に成り立っていたゲームであるだけに、交代カードを切り難かったことは理解できる。しかし2枚というのは、やはり少ない。筆者が言いたいことは、「交代を切れ」ということではない。この現状を若い選手には、無言の叱咤として捉えてほしいということだ。
 この試合では郷家友太が右ウイングとして先発した。郷家は75分に小川慶治朗と交代するまでピッチに立ち続けたが、これといって目立った場面は見られなかった。ウイングの位置から自陣に戻って守備をするなど、献身的に動き続けたが、逆サイドの古橋亨梧が得点に絡む動きを見せたのとは対称的だった。この日の郷家のプレーは、ヴィッセルの若手選手の象徴のようだった。個々のプレーを見た時には、特に問題となるようなプレーはない。技術面でも、十分にヴィッセルのレギュラーとして戦えるものを見せている。局面のプレーでは改めて巧いと感心する場面も多々あった。ただし選択が常にセーフティーであるため、そこから戦況を打開するという場面は見られない。この慎重ともいえる選択が、存在感の希薄さにつながっているということを、ヴィッセルの若い選手たちには自覚してほしい。局面も考えずに、自分の思い通りにプレーをするのは問題外だが、仕掛けてもいいタイミングには仕掛ける。或いは守備面で気の利いたプレーを見せるといった部分が求められる。
 守備で気の利いたプレーという点では、小川は巧くプレーしていた。攻撃面での見せ場はなかったが、それまで郷家がスタートポジションである外に張り続けていたため、西の走路が内側に限定されていたのを見て、巧くハーフスペースにポジションを移し、西を呼び込むスペースを作って見せた。これは交代前にベンチから指示されていたのかもしれないが、小川が投入される直前に林大地のゴールで鳥栖に傾きかけていた勢いを止める役割を果たした。
 若い選手たちには、こうした存在感を放ってほしい。繰り返しになるが、過密日程の中、レギュラーの選手たちは確実に疲労が蓄積されている。本来であれば、若手選手が起用されて然るべき状況にあるのだ。これまでに何度もチャンスは貰いながら、今の状況下で起用されることがないという境遇について、もう一度考えてほしい。何度も書いてきたことだが、能力は十分にあると評価されているからこそ、ヴィッセルのユニフォームに袖を通しているのだ。その能力を正しく発揮できていないというのは、決して技術面ではなく、自分に求められている役割について考える思考力の問題である。
 試合最終盤、久し振りに登場した小田裕太郎は、時間の関係上、限定された役割だった。ここでは小田は全く問題のないプレーを見せた。今はこうした機会に信頼を勝ち取り、それを重ねていくことで、もう一度レギュラー争いのスタートラインに立つことを目指してほしい。
 ピーターの法則で有名なローレンス・ジョンストン・ピーターは「失敗して前に進めない人には2種類ある。考えたが実践しなかった人と、実践したが考えなかった人だ」という言葉を遺しているが、ヴィッセルの若い選手たちにはこの言葉を噛みしめてほしい。


 試合前日、若い選手に厳しい言葉を投げかけた山口は、この試合でも別格の存在感だった。「疲労を言い訳にしてはいけない」と口にした自らへの挑戦であるかのように、最後まで運動量を衰えさせることなく走り続けた。9分には相手GKが弾いたボールをドウグラスが粘って落としたところに走り込み、見事な先制弾を決めた。これでリーグ戦5得点目。守備ではサンペールと同じ高さでプレーする時間が多かったが、相手の出足を摘む守備を見せ続けた。私見ではあるが、今、中盤でプレーする日本人選手の中ではトップの能力を見せている。大言壮語するタイプではなく、普段は物静かな山口ではあるが、このところメディアに対しては、チームの若手への檄を口にすることが多い。チームのことを考えているからこそなのだろう。この山口の思いに何人の選手が応えるかによって、ヴィッセルの強さの限界値は変わる。

  4得点全てに絡んだイニエスタは、やはり別格の存在だった。これで3試合連続でのフル出場となったが、キャプテンマークを巻く者の責任として、ピッチに立ち続けているように見える。それでも試合を重ねるごとにコンディションは上がっているようだ。この試合で鳥栖は「イニエスタの前」というところに意識を置いて守備をしていたようだったが、イニエスタにボールが入った時には複数人でマークしていた。しかしそれをものともせず、巧みなボディバランスでボールを握り続けた。数試合前は相手に寄せられると、キープしながら味方に預けるプレーが多かったが、この試合では勝負を仕掛けて抜き去るシーンも多かった。これがコンディションが上がっているのではと判断した理由なのだが、イニエスタはどんな場面でもボールを自分の身体の幅で動かすことができる。深く持つときは体幹の下に置き、相手の動きの逆を取る際には足の外側の幅までボールを動かす。この1m程度の幅の中で、手で持っているかのように自由にボールを動かし、相手のボディバランスを崩しながら自らのボディアングルを変えていくため、手品でも見ているかのように相手を抜き去っていく。これらプレーを見ると「眼福」という言葉しか出てこない。
得点シーンでは、得意の左サイドから浅い角度で侵入し、GKの右足のすぐそばを抜き去った。GKは足を開いて立っているため、咄嗟に脚の位置を変えることはできない。シュートコースはボール1個分しかなかったと思われるが、そこを正確に打ち抜いてしまうのだから、これぞイニエスタとしか言いようがない。


 試合後、酒井が語ったように、この試合では攻撃陣が今季最多の4得点を挙げたことで逃げ切った。しかし4-2になった時点で試合をクローズできないところが、今のチーム状況を如実に表している。これは「勝利から遠ざかっている」という事実が、チームから自信を奪い去ったことで陥った「不調」ゆえではある。この試合に勝利したことで、幾分戻ってくるものはあるだろうが、酒井が指摘したように攻撃と守備双方で守るべき規律=ディシプリンが失われていることは事実だ。「神は細部に宿る」というように、細かな点でやるべきことが疎かになっているからこそ、肝心の部分でミスを犯し、勝利を手放してきたともいえる。ここでもう一度、チーム全体がそうした細部にこだわってほしい。そして酒井には、それをチーム内に徹底させるための「鬼軍曹」役を担ってほしい。昨季、ヴィッセルに加入後、球際の強さをチームに植え付けた酒井こそが適任だ。

 久しぶりの勝利で一息ついたが、この勝利を最も喜んでくれているのはトルステン フィンク前監督なのではないだろうか。試合前、立花陽三社長は今回の監督退任について報道陣の取材に答えた。そこで語られた要点は以下の通りだ。
・辞任理由はプライバシーにかかわること。
・3月頃からフィンク前監督と話し合いはしていた。
・成績による解任ではない。
一部メディアでは「事実上の解任」と書いているところもあるようだが、これは印象操作でしかないだろう。ヴィッセルにタイトルをもたらしてくれたフィンク前監督に対しては、クラブ・選手・サポーターの誰もが感謝しかない。昨季、厳しい局面で監督に就任し、チームを立て直し、自信を植え付け、天皇杯を制した手腕は見事だった。今季も、コロナ禍による変則スケジュールの中、若手選手たちに経験を積ませ、新しい種を撒き続けてくれた。選手たちは口にこそ出さないが、この試合の勝利を「ボス」に捧げたいという思いを誰しもが持っていたことだろう。志半ばで神戸を離れたが、最後に自分の存在感で勝利をもたらしてくれたのだとすれば、この試合の一番星は「フィンク監督」に贈るべきかもしれない。
「Danke Thorsten Fink!」

 そして気になる次の監督だが、三浦淳寛スポーツダイレクターが監督に就任することが発表された。監督未経験の人間を抜擢するというのは、大胆な人事に思われるだろうが、ヴィッセルがF.C.バルセロナをベンチマークすると発表した時から、スポーツダイレクターとしてチーム強化にかかわってきた三浦氏に託すことで、クラブとしての方針を貫く覚悟を示したということだろう。
 三浦氏は、自身がスポーツダイレクターに就任した体制発表会の席上、ヴィッセルをチャンピオンにするという目標を語った後、「僕にも意地があります」と決意を述べた。その時の表情を見て、2005年、ヴィッセルが初のJ2降格となった直後、チームへの残留を表明し、「必ず1年でJ1に復帰させます」と語った時のことを思い出した。今度の挑戦は、J1復帰とは比べ物にならないほど、難しいミッションではあるが、ここは期待を込めて見守りたい。高校時代から定評のあった類稀なリーダーシップで、現役時代にはヴィッセルをリードした「アツ」の手腕を信じたいと思う。

 この試合に勝利したとはいえ、ヴィッセルには息をつく間はない。次戦は中2日での札幌戦だ。再びホームで戦えるという地の利を武器に、次も結果を優先する必要がある。連戦の中で立て直しを図るには、勝利を積み重ねながら、少しずつ細部を詰めていくよりほかにない。次戦はサンペールと西が累積警告で出場停止となる。フォーメーションも変更されるかもしれないが、若手選手の出番があることは間違いない。起用される選手は、チームに勢いをもたらすようなプレーを意識してほしい。そこにこそ、チームを去った「ボス」の願いと期待が込められていることを忘れてはならない。
 そして、全ての選手に意識してほしいことがある。それは「監督に名選手は作れないが、選手は名監督を作れる」ということだ。新体制で巻き返しを果たし、新しい「ボス」とともに、もう一度頂点を目指し、力強く歩を進めてほしい。

今日の一番星
[古橋亨梧選手]

4得点全てに絡んだイニエスタと迷ったが、結果的に勝利を決定づける2得点を挙げた古橋を選出した。得点シーンはいずれも古橋らしいゴールだった。最初のゴールはイニエスタからのボールをドウグラスが上げた足に当て前にこぼれたところに走り込んで決めた。最初に胸に当てた段階ではボールはコントロール下にはなかったが、そこでボールを落ち着かせるのではなく、左足のアウトで相手GKの股下を狙って蹴りこんだ「技あり」のゴールだった。2得点目はイニエスタにボールが入った瞬間前に走り出し、そのまま相手一人を引き連れながら、ゴールに真っすぐに突き刺した。ここでは試合終盤になってなお、衰えないスピードを見せた。どちらのゴール後も、古橋は大きくガッツポーズを取り、喜びを体中で表現した。ここまでチームの成績が上がらないことに対して責任を感じていたためだろう。試合の中で結果を残すことを「使命」と言い切った古橋は、最早チームの勝敗に責任を持つ立場へと上り詰めている。試合中、相手を気遣う態度も素晴らしい。この心優しきゴールハンターに、さらなる成長への期待を込めて一番星。