覆面記者の目

J1 第7節 vs.G大阪 ノエスタ(7/26 19:03)
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  • 0前半0
    0後半2
  • 2
  • G大阪
  • 得点者
  • (62')小野 裕二
    (86')宇佐美 貴史

この試合におけるヴィッセルのボール支配率は6割を超えた。この数字だけを見た場合、ヴィッセルがゲームを支配したように見える。しかしその実、試合を通じて主導権はG大阪にあった時間の方が長かったように思えてしまう。その理由は、「ヴィッセルらしさ」があまり見られなかったためだ。この「らしさ」という漠とした存在について考えることこそが、この試合を読み解くカギであり、顕在化したヴィッセルの問題点を整理することにつながると思う。


 この敗戦を「攻め負けた」結果、若しくは「守り負けた」結果のいずれかに分類するならば、圧倒的に前者ということになるだろう。守備面においてヴィッセルは、G大阪の意図を外し続けたといえる。多くの時間、G大阪陣内で試合を進め、無理に「攻め切る」ことなく、G大阪の形成したブロックの周囲でボールをつなぎながら隙を窺い続けた。G大阪がボールを握った際は、チーム全体が素早い切り替えを見せ、高い位置から球際に強くいき続けたことで、G大阪の望む「オープンな展開」には持ち込ませなかった。さらに自陣深い位置でボールを握った際も、慌てて蹴り出すことなくボールを握りながら相手選手を引き付け、味方に時間とスペースを与えるという、ヴィッセルのサッカーはできていた。問題は攻撃だ。
 シュート数、枠内シュート数ともヴィッセルがG大阪を上回った。決定機の数もヴィッセルの方が多かった。古橋亨梧に訪れた2度の決定機、あるいは田中順也のシュートチャンス、小川慶治朗の右からの折り返しなどが一つでも決まっていれば、それこそ試合結果は全く別のものになっただろう。しかし、多くの時間帯でヴィッセルはボールポゼッションを、攻撃=脅威につなげることができず、ボールを握らされているような展開になってしまっていた。本来のヴィッセルの攻撃は、相手ブロックの前でボールを動かしながら、相手に緊張感を強いるものなのだが、そうした「怖さ」はアンドレス イニエスタが強引に仕掛けた時以外には感じられなかったように思う。


 理由は複数考えられる。その一つが後方からのビルドアップがスムーズでなかったことだ。昨季終盤、完成度を高めたヴィッセルのサッカーにおける肝となるのはアンカーの存在だ。最終ラインの前に位置したアンカーが扇の要となってボールを散らしながら、相手をヴィッセルのパスワークの中に閉じ込めていったのだが、ここで大事なのはその位置だ。起点となる位置は、最終ラインの前でなければならない。アンカーシステムを採用するチームは、アンカーの脇のスペースを如何に守るかがポイントとなる。バイタルエリアに一人で位置しているため、常に脇にスペースができる。相手にとっては、そこでボールを奪うことができれば、一気にチャンスにつながる。そのため、このポジションの選手には、圧倒的な「ボールを握る力」が求められる。今のヴィッセルにおいては、セルジ サンペールがファーストチョイスとなっている。サンペールは寄せてくる相手をターンでかわしたり、ボールを握りながら動き、味方へのパスコースを見つける能力に長けている。しかしサンペールのような能力を持った選手は、そうは多くない。ヴィッセルに限らず多くの場合、リスクを回避するため、アンカーが最終ライン近くまで落ちてボールを受けることになるのだが、そこで相手をかわし続けているうち、最終ラインに吸収されてしまうことも珍しくはない。
 この試合でアンカーに起用された佐々木大樹も、その軛(くびき)から逃れることはできなかった。最終ラインからのボールを受け、自分が攻撃の起点となる意思は十分に感じられた。しかし詰めてくる相手をかわしながら、最終ラインからのボールを受ける位置を見つけようと動いているうち、そのポジションは低い位置に移動してしまった。そのためヴィッセルの重心は、本来の意図よりも低いものになってしまっていた。そのため前線にボールが入った際も、ゴールまでの距離が長く、相手に対応する時間を与えてしまっていた。また位置が低いため、GKの飯倉大樹はここを飛ばしたボールを蹴ることも多くなり、厚みを持って前に進んでいく「ヴィッセルらしい」攻撃があまり見られなかった。この佐々木の動きは、2年前に見た光景を思い出させた。それは、現在マンチェスターシティでアシスタントコーチを務めるフアン マヌエル リージョが監督時代、アンカーに配置した藤田直之(現:C大阪)に対して最終ラインに落ちてこないよう、何度も指導していた光景だ。ボールを深めに握りながらゲームをコントロールする藤田は、相手のプレッシャーの少ない位置でボールを受けることが安定につながると考えていた。しかしこれが攻撃の停滞を招くということを、リージョは伝え続けていた。恐らくこの試合における佐々木は、あの頃の藤田と同じ感覚だったのだろう。G大阪の前線4枚がかわるがわるプレッシャーをかけてくる中で、安定してボールを握れる位置を探しているうちに、気が付けば低い位置でのプレーが多くなっていたのかもしれない。或いは相手の攻撃枚数を考え、守備の枚数を確保しようと考えたのかもしれない。
 最近出場した試合の中で、確実に爪痕を残してきた佐々木にとっては難しい対応を迫られる試合だったかもしれない。しかし、佐々木のフィジカル、足もとの技術、パスセンスなど様々な能力が評価されての起用であり、これだけの選手がいる中で選ばれたということは、今後への自信としてほしい。本来はもう少し前のエリアでプレーするタイプの選手なのかもしれないが、百戦錬磨のトルステン フィンク監督が起用を決めたということは、それだけの才能があると認められている証拠なのだ。次に出場機会が訪れた際は、思い切りの良い佐々木らしい、期待感に満ち溢れたプレーを見せてほしい。


 攻撃面で最大の問題は、古橋も試合後に言及したドウグラスの使い方かもしれない。古橋は「ドウグラスの良さを引き出せていない」と語ったが、これは半分は当たっており、半分は違うように感じる。この問題は周囲の選手だけの問題ではなく、ドウグラス自身の問題でもあるからだ。広島や清水で結果を残してきたドウグラスではあるが、ヴィッセルでは未だ戦術の中で活かし方を見つけ切れていない。過去にドウグラスが活躍したチームの戦い方の共通点は、前にスペースがあることだった。前線にドウグラスを攻め残らせる形で、そこにボールを入れると、少々ルーズなボールであっても高いキープ力でこれを収め、ゴールに結びつけてしまう。グラウンダーで抜けた場合も、突進力のあるドリブルで相手選手をちぎって、ゴールに迫っていく。そしてゴール前では高い打点で勝負できる。万能型ともいえるFWだ。ドウグラスに関しては印象深い話がある。ドウグラスが徳島在籍時、ワントップで起用されることの多かったのだが、なかなか得点が生まれなかった。当時、徳島の別の選手と話をした際、ドウグラスに話が及ぶと、個人的見解と前置きした上で「シャドーの位置に置いた方が向いていると思う」と語ってくれたのだ。ドウグラスはその後移籍した広島で、そのポジションで使われ、大活躍したのは周知の事実だが、ここにドウグラスの使い方のヒントが隠されているように思う。ドウグラスはサイズもあるため、前線でワントップ気味に張らせたくなってしまうのだが、実は前に少しだけスペースを作ってあげた方が活きるのかもしれない。となると2トップを組むことの多い古橋との関係を横ではなく縦にすることも、一つの方法であるように思う。
 同時にドウグラス自身の問題としては、古橋のポジションに合わせて動く工夫が必要だろう。サイドでボールを持った古橋がカットインしてくる際、中央にステイすることで自分に相手を引き付け、古橋のシュートコースを空けようとしているのだろうが、そこで両者の位置が被ってしまう場面が散見される。まずはこれを避けるため、古橋との距離を意識してみてはどうだろう。ツボに入ればどの角度からでもゴールを決める技術があるドウグラスが自分が動けるスペースを作れば、相手は嫌が応にもそこへの対応が必要になり、ひいてはこれが古橋に対するアシストになるように思う。これまでとは違う、密集の中でのプレーが求められているが、それに対応するだけの技術力があることは誰もが知っている。優しさを湛えたドウグラスの表情が、満面の笑みで溢れる日を、全てのヴィッセルサポーターが待っている。

 もう一つの問題点は、前段のドウグラスの話とも関連するが、フィニッシュのパターンが少ないということだ。これについては前節終了後、山口蛍が口にしたように、ヴィッセルにとっては恒常的な課題でもある。今のヴィッセルはJリーグでも屈指の技術集団であるため、アタッキングサードまでボールを運ばれることに関しては対戦相手は許容せざるを得ない。この日のG大阪もそうだったが、攻撃時でも後ろへの意識を途切れさせることなく、ボールを神戸が握った際には、全員が自陣に戻りブロックを組んでいた。これに対してヴィッセルがこの試合で放ったシュート数は12本。そのうち6本が古橋、4本がイニエスタに拠るものであり、その他はドウグラスと田中順也がそれぞれ1本ずつだった。イニエスター古橋というのは、ヴィッセルにとって最大のストロングポイントであるため、ここが最多シュート数になること自体は当然のことだ。問題はその他のシュートが少ないということだ。イニエスタという、どこにでも自由にボールを配給できる「魔術師」がいるのであれば、もっと他の選手からのシュートも増えてもよい。この日のG大阪の守備は、イニエスター古橋というラインに集中させており、他の場所では比較的手薄だったイメージがある。そしてヴィッセルはサイドを押し込めていただけに、もっとサイドから崩す形があってもよかったようには思う。事実85分にイニエスタが右に出したスルーパスを小川が折り返した場面では、G大阪の守備は完全に後手を踏んでいた。古橋にマークが集中する以上、その他の場所を活用することで、「どこからでも点が取れるヴィッセル」の姿が戻ってくるだろう。


 古橋は、この試合でも見せ場は十分に作った。2度の決定機はいずれも決めることはできなかったが、どちらも惜しいと言えるものだった。中でも76分にイニエスタからのスルーパスに左から抜け出してシュートを放った場面は、古橋自身手応えがあったのではないだろうか。これまでに何度か決めてきた「必殺」の形ではあったが、「必殺」であったが故に止められてしまったともいえる。この場面で相手GKは古橋がファーサイドに蹴りこんでくると決めて飛んでいた。それでもなかなか止められるものではないのだが、さすが東口順昭というべきか、ドンピシャで弾かれてしまった。逆に言えば、この場面では古橋がコース、若しくはタイミングを変えていれば決まっていただろう。今やどの対戦相手も古橋のことは、徹底的に分析してくる。それだけ古橋が成長したことの証でもあるのだが、古橋のポテンシャルならば、ここも十分に超えていけるだろう。

 途中出場ながら2度の決定機に絡んだ田中も、コンディションは良さそうだ。最初のシュートチャンスでは、相手守備の前で巧くボールを受けてからのシュートに持ち込んだのだが、惜しくも軸足を滑らせてしまっていた。その後も巧い抜け出しから、古橋に折り返すなど、終始、質の高い動きを見せていた。田中などがもっとゴールに絡んでいくようになると、ヴィッセルの攻撃には厚みが生まれる。

 失点シーンについても触れておく。最初の失点だが、シュートそのものは、小野裕二自身が狙いと違うキックであったことは認めている。受け損なったボールが軸足に当たったことで、飯倉の予想を外す弾道となった。とはいえ、あの場所までフリーで入り込まれたことが問題だ。この原因は、その前のプレーでサイドを変えられた際、ヴィッセルの守備がそれに合わせてスライドできなかったことにあるのは明白だ。前記したように、それまで守備の部分では、切り替えも速く、球際にも強くいけていただけに勿体ない失点だった。見ているだけでも気が抜けるような湿度の中でのプレーだっただけに、選手たちに同情すべき点はあると思っているが、相手の攻撃陣から目を離さない程度の集中だけは保ち続けてほしい。

 ここまでに挙げてきたような事柄だけが敗因とは思わない。個人的には、4日前のC大阪戦が極度の緊張を強いられるゲームだっただけに、その疲れが大きく影響したとも思っている。しかしそうした厳しい連戦を乗り切らなければ、アジアの頂点など辿り着けるものではないことも、また事実なのだ。

 対戦相手のG大阪は不思議なチームだった。宮本恒靖監督が口にする戦い方とは、微妙に異なる部分が散見された。例えば自分たちでボールを前に運びたいといいつつも、宇佐美貴史が下がって受けにいくことで、ボランチ以下の選手が出るスペースが消えていたり、高い位置を要求されている最終ラインの出足が遅かったりと、完成されたチームには見えなかった。それでも4連勝を飾っているというのは、勢いを持っている証拠だろう。その勢いを支えているのは、全ての選手が試合を通じて見せた献身的な動きだ。それぞれに役割を与えられており、それを徹底して遂行すべく90分間集中を切らさなかったのは、敵ながら天晴というべきだろう。個々の技量では高いものを持つ選手が多いチームだけに、次回の対戦時にはさらに強さを増しているだろう。そんなG大阪にリベンジするためには、ヴィッセルの完成度を一層高めておく必要がある。


 敗れはしたものの、その一方では収穫もあった。最大の収穫はトーマス フェルマーレンの戦列復帰だ。試合後には、試合勘が失われていたと語ったフェルマーレンだが、やはり別格の存在感と技術力だった。何度か見せたドリブル突破は迫力十分で、一気に前への圧力を高める力があった。この試合を経験したことで、フェルマーレンのコンディションは急角度で上がっていくだろう。この人が最終ラインに戻ってくると、一気に安心感が生まれる。

 そして左サイドバックの酒井高徳も完全復調を印象付けた。この試合ではG大阪アカデミー育ちの右ウイングバック福田湧矢とのマッチアップが多かったが。G大阪期待のこの若手選手にプロの厳しさを教え込んだ格好だ。古橋やイニエスタとのコンビネーションも、すっかり元通りに戻っていた。これこそがヴィッセルの武器であり、得点の可能性を引き上げるものだ。

 試合後、フィンク監督はチャンスを多く創出できたことを、高く評価していた。勝ちにいった試合ではあったが、同時にこの先の戦いを見据えた戦いでもあった。AFCアジアリーグの再開も決まったヴィッセルにとって、8月から9月は超過密という言葉では済まないほどの連戦が待っている。そうなると若手選手までをも含めた、全ての選手の力を使っていかなければならない。そしてその中でタイトルを狙っていくというのであれば、早く今季の戦い方を揺るぎないものにしなければならない。計算の立つ西大伍やサンペールに休みを与え、佐々木や藤谷壮など若手選手を積極的に起用していったのも、そうした先を見据えてのものだろう。だからこそ、菊池がそうであったように、佐々木にもこれからも様々な場面でチャンスが与えられるだろう。リーグ戦はまだ序盤。この日の敗戦を取り返すチャンスは、間違いなく来るはずだ。
 
 次戦はアウェイ札幌戦。最近の対戦では相性が決して良いとはいえない相手ではあるが、ヴィッセルはここで足踏みを続けるわけにはいない。策を講じてくるであろうペトロヴィッチ監督のサッカーを上から潰すくらいの強さを見せ、北の大地に凱歌を揚げて欲しい。