覆面記者の目

J1 第6節 vs.C大阪 ヤンマー(7/22 19:33)
  • HOMEC大阪
  • AWAY神戸
  • C大阪
  • 0
  • 0前半0
    0後半0
  • 0
  • 神戸
  • 得点者

小説や時代劇の中では、剣豪同士が向き合い、互いに動くことなくじりじりと時だけが過ぎていくといったシーンが描かれることがある。力量を同じくしたもの同士が向き合い、互いに気を発しながら隙を窺い続けるその様は、周囲の空気をも重く変えていく。この日のヴィッセルとC大阪の一戦は、さながらそんな雰囲気を醸し出す見応えのあるものとなった。剣豪同士の睨み合いが、遠目には何事もなくただ互いに剣を構えて立っているだけに映るように、この試合も、じっくりと観ていない人にとっては面白みに欠けるスコアレスドローだったかも知れない。しかし我々は、様々な要素が詰め込まれた濃密な90分であることを知っている。筆者の個人的な感想でいうならば、近年のJリーグの中で『ベストゲーム』と呼んでも差し支えないほどのハイレベルな試合であり、観ているだけで疲労を覚えてしまうほどの緊張感に包まれた試合だった。


 両チームの指揮官にとっても、このゲームは、勝点を除けば、満足のいくものだったようだ。トルステン フィンク監督は「サッカーには『いい引き分け』と『悪い引き分け』があるが、今日は『いい引き分け』だったと思います」と語り、C大阪を率いるロティーナ監督は「試合全体を見返すと、チームの出来には満足しています。強敵相手に、チームのパフォーマンスには満足しています」と、双方とも試合内容には合格点を与えていた。リーグ制覇を狙うヴィッセルにとっては、リーグでも有数の堅い守備を誇るC大阪を崩すことはできなかったが、正々堂々と渡り合って獲得した、価値ある勝点1となった。

 ともに前節から中3日ではあったが、大きなメンバー交代は見られなかった。C大阪はセンターバックを瀬古歩夢から木本恭生に変更し、並びは4-4-2を継続した。これに対しヴィッセルは少しだけ変化の幅が大きかった。メンバー交代は小川慶治朗から菊池流帆だけだったが、前節の4-3-3から3-5-2へと選手配置も変更した。これについてフィンク監督は、これがC大阪の攻撃に合わせたものであることを、試合後に明かした。その上で「スタメンレベルの選手が2人いない中で、今日は3バックが本当にいい仕事をしたと思いますし、守備は納得できるパフォーマンスでした」と語り、選手たちの労をねぎらっていた。ヴィッセルがフォーメーションを変更したことで、噛みあう形となり、結果的に両者のいい部分を消しあう展開が続いた。


 この試合をハイレベルのものにした要素は、前記した通り、集中を切らさなかったピッチに立った全ての選手ではあるが、中でも両チームのGKは特筆すべき出来だった。ヴィッセルの守護神・飯倉大樹は前後の反応、シュートへの対応、ボールの散らし方など、全ての分野でミスらしいミスはなかった。39分には、松田陸からのクロスに対し、都倉賢がヴィッセル守備陣の裏を取って見事なトラップからのシュートを放ったが、これを左手で弾き出すなど、C大阪の決定機を何度も潰して見せた。元々シュートへの反応はJリーグでも随一の速さを持っている飯倉だが、最大の持ち味である前後の飛び出しもこの日は完璧だった。ゴール前へのクロスにも素早く反応し、相手選手よりも先に良い体勢でボールをつかむ。飯倉のこの能力を支えているのは、ボールの落下地点を正確に把握する能力だ。これはGKだけではなく、フィールドプレーヤーも含めた、全てのサッカー選手に求められる能力だ。そしてこれは、教えられてできるものではなく、天性ともいうべきものだ。フライをキャッチする機会の多い野球選手でも、この能力には大きな差がある。優れた選手は打球が上に上がった瞬間、落下地点を把握してその地点へ一直線に走り出すのに対し、そうでない選手はある程度以上の弾道を見てからその場所を知る。時間にするとコンマ何秒という差なのであまり目立つことはないが、技術的優劣がはっきりする箇所でもある。そして飯倉は、ボールが上がった瞬間に把握できるタイプだ。そのため、ディフェンダーとの間を狙ったボールに対しても躊躇なく飛び込むことができる。これがヴィッセルの守備を大きく助けている。通常、守備ラインは背後へのボールを気にしながらプレーしなければならないのだが、ヴィッセルにおいては、特にペナルティエリア内へのボールに対しては、ある程度飯倉が一人でカバーすることができるため、アップダウンの回数を減らすことができる。これから続く夏の連戦において、飯倉の存在はヴィッセルの選手の体力面においても大きく助けてくれるだろう。


 その飯倉と一緒にゴールを守り抜いたヴィッセルの守備陣の評価は、特筆に値する。中でも筆者が最も感心したのは、J1リーグ2試合目の出場となった菊池だった。大分戦で出場した時に見せた身体の強さはそのままに、この試合ではボールを散らす能力、そしてゴール前に走りこむ能力など、新たな菊池像を見せてくれた。試合中、明らかにセレッソの攻撃陣は菊池を狙っていた。菊池にボールが入った際は、清武や奥埜博亮といった攻撃の選手が身体を寄せ、トラップした瞬間を狙おうとしていた。しかしここで菊池は、ほぼ負けることなくプレーしていた。J1リーグも2試合目となり、緊張が解けた部分もあったのだろう。しかしそれ以上に、菊池の成長速度の速さが、この試合でのパフォーマンスを生み出した。寄せてくる相手に身体を当てることで、まずはボールに対して優位な位置を取り、そこからボディアングルで相手をコントロールしながら、味方へのパスコースを探していた。このやり方であれば、菊池がファウルを取られる可能性は低い。加えて視野の広さを兼ね備えていることも、試合の中で証明した。試合中、何度も菊池は逆サイドへの斜めのボールを供給していった。精度も高く、菊池の大きな展開からヴィッセルの攻撃が始まったシーンも散見された。
 攻撃面でも、菊池は存在感を発揮した。59分に右ウイングバックの西大伍からのクロスに対して、ニアサイドに走り込み、ドンピシャでヘディングシュートを放った。ストレートに打ち込んだシュートの勢い、タイミングとも完璧だったが、惜しくも枠の右に外れた。この場面で菊池のすぐ後ろにはドウグラスがいたため、西もそこを意識したボールだったと思う。或いはドウグラスに任せればゴールをこじ開けた可能性もあったと思われるが、それ以上に菊池の存在を相手が意識したという意味で、チームにとってもプラスに作用したプレーだったと思う。
 菊池の特徴である恵まれた身体能力、そして比較的遅咲きの才能という点は、一昨年現役を退いた中澤佑二氏を髣髴とさせる。日本サッカー史に残る守備の名手である中澤氏も、登場した当初はその髪型や思い切りの良さに注目が集まった。しかし中澤氏には、新しいものを吸収し続ける進取の精神があった。そのため年齢を重ねるごとに成長を続け、それは引退するまで失われることがなかった。昨季、J2リーグでの菊池の試合を見たことがあるが、今はその時とは比べようがないほど成長している、それはヴィッセルでのトレーニングの中で、自らが強い気持ちで学び続けているからこそ身についた能力だ。まだ短い距離のパスなどには課題も残っているが、今は長所を伸ばすこと、そしてどんな相手に対しても怯むことなく立ち向かっていく気持ちがあれば良い。その上で注意すべきは、手の使い方だ。相手を抑える時の手の使い方には注意を払ってほしい。この試合では、それが問題になることもなかったが、レフェリーによっては、ここに神経質な人もいる。特に個人名は挙げないが、多くのレフェリーにそうした印象を持たれてしまっているため、ファウルの判定を受け易くなっている選手も実際に存在している。だからこそ菊池には、この試合でタッチライン沿いで見せたような、ボディアングルで相手を抑え込むプレーを徹底して習得してほしい。

 左センターバックに入った渡部博文は、一番星に選出された前節以上の働きを見せていた。特にそれは攻撃面に顕れていた。最終ラインでボールを握った際、何度も縦にボールを入れ、攻撃を組み立てていた。しかもこれまで苦手とされていた左足からの見事なキックを、何度も披露していた。いい流れでプレーし続けたことは、守備にも好影響を与えていた。67分には奥野のシュートを巧みにブロックしたのをはじめ、ペナルティエリア内での危険なボールに対して見事な反応を見せ続けた。この成長を続けるベテランは、若い選手たちにとって「、文字通りの「生きた教材」となるだろう。その意味では北本久仁衛氏や那須大亮氏の後継者ともいえる。何歳になっても成長できるということを自らの存在で立証している渡部にはまだまだ大きな期待をかけ続けたい。

 試合後、フィンク監督がトーマス フェルマーレンとダンクレー不在でも守り切った守備陣を称えたのは、前記した通りだ。そしてこれを実現させたのが、今やヴィッセルのディフェンスリーダーとなりつつある大﨑玲央だ。この試合ではセンターバックの真ん中でスタートしたが、状況に応じてポジションを大胆に移しながら、守備陣を牽引した。守備に際しては、菊池へのコーチング、アンカー脇のスペースの管理など、全体のバランスを見ながらのプレーを続けた。ボールを握った際には、前が空けばドリブルで進出し、相手を引き付けてリリースすることで、最終ラインからチームに時間とスペースを与え続けた。キックにミスはあったが、それは些細なことだ。ヴィッセル加入以来、目覚ましい速度で成長を続ける大﨑の存在は、菊池にとっても大きな刺激となるだろう。


 両チームが試合を通じてコンパクトな陣形を維持し続けた中、輝きを放っていたのは、やはりこの人、アンドレス イニエスタだった。試合前からロティーナ監督はイニエスタへの警戒心を隠そうともしなかった。「スペインサッカー史上3本の指に入る存在」と称えながらも、イニエスタがボールを持った際は、自チームの全ての選手に対して警戒するよう強調していた。これはヴィッセルにとっても同じことだ。以前、ドウグラスは「イニエスタがボールを持った際は、相手の急所に打ち込んでくる。だから僕らは常にアラートでなければならない」と語り、その存在の大きさを表現した。ピッチを俯瞰して捉え、先を読みながら的確にボールを供給するイニエスタの存在は、敵味方の双方に緊張感を与える。C大阪はレアンドロ デサバトにイニエスタをマークさせたが、ファーストコンタクトであっさりとそれをかわしたことで、デサバトはマークを外し、イニエスタのパスが届く箇所への守備に切り替えている。結果的にこれがドウグラスや古橋のスペースを消すことにつながり、デサバトがヴィッセルの攻撃を食い止めた格好になった。試合後、山口蛍は「ゴール前を固める相手をどうやって崩すかは、これからも課題だ」と語っていたが、まさにその通りだ。今季のヴィッセルにとって、この問題に対する解決策が見つかった時こそが、タイトルに向かって大きく前進した時ということになるだろう。

 この課題に取り組む上で、最大のカギを握っているのが、今やヴィッセルのエースへと成長した古橋亨梧だ。古橋の動きは、今やJリーグのレベルを超えつつある。この試合でも、試合開始直後中央でボールを受けた際、見事なトラップから足の裏を使ってのボールコントロールで、複数の相手をかわしてシュートまで持ち込んだ。この動きをするためには、足もとの技術が必要なことはもちろんだが、それ以上にボールを受ける前からシュートコースを見つけておく空間把握能力が求められる。これは、それこそ教えられて身につくものではない。普段のトレーニングから、強くそれを意識し続けなければ身につくものではない。J2の岐阜からヴィッセルに移籍後、古橋は自分に起きた環境の変化を最大限に楽しんでいる。トレーニングからイニエスタらとプレーできることを喜びとしている。それだけであれば、それこそ全員が同じだろうが、そこで古橋はイニエスタの思考を理解しようとしてきた。以前にトレーニングを見た時も、絶えず考えながら、順番待ちをしている間も身体を小刻みに動かしながらイメージを作り上げようとしている姿があった。この意識こそが、古橋の急成長を支えた最大の要因だろう。この試合では左に流れながら、相手をかわしてのプレーを意識していた。マッチアップすることの多かったマテイ ヨニッチを何度もかわしたが、その先を詰め切れなかった。今の古橋ならば、最初の壁をかわすことは、そう難しくないだろう。今は最後の詰めの段階に来ている。自分で得点するのではなく、味方に決めさせるためのメソッドを確立すべき段階だ。具体的にはドウグラスとのコンビネーションを、早急に高めてほしい。ゴール前での類稀な強さを持つドウグラスをどのように活かしていくのか。イニエスタからのボールを引き出すことのできる古橋がこれを解決した時、山口が指摘した問題解決に光が差す。

 これについては、ドウグラス自身も問題解決を必要としている。これまで複数のチームで結果を残してきたドウグラスの能力は確かだ。しかしヴィッセルのサッカーは、これまでドウグラスが経験してきたどのチームのサッカーとも異なっている。シュートチャンスを迎える前に相手を押し込んでいるヴィッセルのサッカーにおいては、如何にしてボールを引き出すかの工夫が求められるのだ。幸い、イニエスタや古橋、山口、西、酒井高徳と、決定機を作り出せる選手がヴィッセルには数多く揃っている。方法さえ確立できれば、シュート技術の高いドウグラスならば、文字通りゴールを量産できるはずだ。


 繰り返しになるが、両チームが高い集中力を切らせることなくプレーし続けたことで、緊張で張り詰めた試合となった。そんな中、途中交代でピッチに入るというのは、想像以上に難しいことだ。交代選手のテンションと、ピッチにいる選手とのテンションにギャップがあると、そこが穴となるからだ。この試合でフィンク監督は、3人の若武者にその難しいタスクを与えた。これに対して郷家友太、佐々木大樹、小田裕太郎の3選手は、巧く試合に入ることで、自分たちの能力を証明した。中でもセルジ サンペールに代わってアンカーに入った佐々木は、見事だった。前回の出場時には、我々に対して大きな期待を抱かせてくれた佐々木だが、この試合ではアグレッシブな姿勢以上に、落ち着いてボールを捌く能力があるところを見せた。試合終盤、高い位置でボールを奪いたいC大阪に対して、ピッチを広く使いながらボールを握り、相手の勢いを削ぎ続けた。アンカーが務まることを示した佐々木にも、今後は多くの出場機会が与えられるのではないだろうか。その与えられた機会を活かし、レギュラー争いに食い込んでほしい。心臓の強さは証明済みの佐々木だが、ブラジルでの経験を加えたことで、ふてぶてしさを醸し出せるようになってきた。かつてヴィッセルに在籍していた名ボランチのニウトンに風貌が似ていることから「小ニウトン」と名乗ったこともあるが、「小」の字が取れた時、本家を超える存在となり、下の世代が目指すべき存在となる。

 何度も「緊張感を保ち続けた試合」と書いてきたが、それは数字の上から明らかだ。リーグ戦過去5試合では、1試合当たり115km前後の走行距離を記録してきたC大阪だが、この試合では110.95kmと最も少なかった。さらに過去5試合では1試合当たり130回を超えていたスプリント回数は95回と、大幅に減少した。これはヴィッセルが絶えずC大阪を細かく動かし続けた結果ともいえそうだが、やはりオープンな展開になる時間が皆無だったことの証明でもある。ヴィッセルとしては珍しく、ポゼッションが52%に留まった試合ではあったが、それはC大阪が試合前から「ボールを握る」ということにこだわった結果だ。ヴィッセルの攻撃を食い止めるため、ボールを握りヴィッセルをコントロールしたかったのだろう。その結果、両チームが持てる技術を駆使しながら、最後まで相手ゴールを脅かし続けた「最高のスコアレスドロー」の試合となった。

 前節終了後、フィンク監督は「C大阪に勝つことができれば、ヴィッセルの自信になる」と語っていた。勝つことはできなかったが、少なくとも同等の力があることは証明された。今はこの結果を自信に変え、次戦以降の戦いに臨んでほしい。3連戦の最後は、中3日でのG大阪戦。C大阪戦のようなクローズされた展開にはなり難い相手ではあるが、今のヴィッセルならばG大阪を掌の上に乗せることはできるはずだ。強力な力を持つ選手が多いチームだが、ヴィッセルらしい戦いさえできれば、勝機は十分にある。主力メンバーだけではなく、チームとしての力がついてきたヴィッセルの戦いには大きな期待感が伴っている。