覆面記者の目

J1 第4節 vs.大分 昭和電ド(7/11 19:03)
  • HOME大分
  • AWAY神戸
  • 大分
  • 1
  • 1前半1
    0後半0
  • 1
  • 神戸
  • 岩田 智輝(29')
  • 得点者
  • (1')古橋 亨梧

筆者は、前々節で対戦した広島を「手の合わない相手」と評した。これは「戦術的相性」が悪いという意味だ。広島とは対照的に、この日対戦した大分は「手の合う相手」と言える。そのメソッドには多くの違いがあるが、ボールを握りながら攻撃を組み立てていくという大枠では同じサッカーを志向している。この試合でも「相手の長所を消す」のではなく、「自らの長所を最大限に発揮する」プレーの応酬となった。その結果、スコアとは別の視座から評価すべき好ゲームとなった。

 昨日、Viber公開トークで配信した速報版において筆者はこの試合を、「勝点2を逃した」としながらも「ややポジティブな評価」と評した。試合をご覧になった方の多くが、新しい力の萌芽を感じたことと思う。筆者もその一人だ。この試合で起用された若手選手たちは、それぞれに爪痕を残した。具体的には後述するが、中にはこの先の厳しい戦いの中で、チームを救う可能性すら感じられた部分もあった。とはいえ「ややポジティブ」という評価を変えることはできない。「やや」という副詞をつけてしまうのは、やはり勝点3を獲得できなかったからだ。普段、公式戦に起用されていない若手選手たちに勝敗の責任を望むのは、酷と思われるかもしれない。しかし彼らの多くは、大きな責任を背負わせても大丈夫だろうと思わせるほどの才能がある。そして何よりも彼らは「若手選手」である以前に、「プロ選手」なのだ。
 様々な競技で、アマチュア時代には全国的に話題となる活躍を見せながらも、プロの世界ではさほど活躍できないまま現役を終えた選手がいる。そんな彼らと話をすると、共通して口にするのが「自分には勝負運がなかった」という言葉だ。プロとして輝きを放つためには、どこかで「結果」を残す必要に迫られる。そして、そのチャンスは何度も訪れることはない。だからこそこの試合で可能性を感じさせた選手たちには、次の機会には「結果」を残し、スターダムへの階段を昇って行ってほしい。


 前記したように、この試合で鍵を握ったのは「普段、公式戦に登場しない選手たち」の存在だった。前節から中2日、しかも2試合とも九州でのアウェイゲームというスケジュールを考えれば、ある程度ターンオーバーさせるであろうことは予想していたが、まさか6人も入れ替えてくるとは思いもつかなかった。
 この試合でトルステン フィンク監督は4-3-3のフォーメーションで試合に臨んだ。センター―バックは大﨑玲央と菊池流帆のコンビとし、両サイドは酒井高徳と藤谷壮。アンカーに山口蛍を置き、その前のインサイドハーフに入った安井拓也と郷家友太とで中盤を構成。前線は中央に藤本憲明を置き、古橋亨梧と田中順也が左右に入る形となった。加えて途中交代で佐々木大樹と小田裕太郎が投入されたことを思えば、この試合におけるフィンク監督の意図は明確だ。試合後の会見でフィンク監督は、「シーズン序盤のうちに、若い選手を試合に慣れさせたかった」とした上で、「彼らに対する信頼を示したかった」と語った。この言葉には、フィンク監督の見事なチーム操縦術が詰まっている。
 今のヴィッセルが、Jリーグ屈指のタレント集団であることは、衆目一致するところだろう。その中で出場機会をつかみ取るというのは、並大抵のことではない。しかし出場機会に恵まれていない選手たちが、能力に問題があるのかといえば、決してそんなことはない。このタレント集団の中でも、十分に戦っていける能力があると評価されたからこそ、ヴィッセルのユニフォームに袖を通しているのだ。それを実感させるためにも、フィンク監督は公式戦で彼らを起用し、そしてその意図をメディアの前でも口にすることによって、自分自身にもプレッシャーをかけている。勝敗に責任を負っているだけに、勝敗を度外視して経験を積む場とするようなことはできない。ましてや、今季のヴィッセルはさらなるタイトル獲得を目論んでいるのだ。勝敗の上でも結果を残しつつ、彼らを起用し続け、チーム力の底上げを図っていくことを公言したのだ。この言葉を聞いた選手たちには、さらなる責任感が生まれることだろう。こうしてチーム全員が「戦力」とならなければ、この先の戦いを勝ち抜いていくことは難しい。フィンク監督も口にした通り、先日発表されたAFCアジアチャンピオンズリーグ(以下ACL)の日程まで考えあわせれば、この先ヴィッセルを待ち受けているのは「殺人的」ともいえる移動とスケジュールになってくるのだ。

 筆者が個人的に最も注目したのは、右センターバックの菊池だった。今季からヴィッセルに加入した菊池にとって、この試合が自身初のJ1公式戦となる。しかも、この試合は、限定的とはいえ、有観客に戻った初戦ということもあり、世間的な注目度も高かった。気持ちを前面に出して戦う選手であるだけに、こうした状況を過剰に意識する余り、空回りしてしまうことが怖かったのだが、その心配は杞憂に終わった。サイドから崩してくる大分の攻撃陣に対して、落ち着いた対応で攻撃を防ぎ続けた。特にタッチラインやゴールラインに流れるボールに対しては、巧く相手の前に身体を入れ、相手の動きをブロックしていた。持ち前の身体の強さを活かすプレーぶりだった。そしてボールを握った際には、積極的に前を向き、何度もスペースに入り込むことで、チーム全体に攻撃のための時間と空間を作り出そうとしていた。感情のコントロールもしっかりとできていた。熱さは感じさせるが、局面は冷静に見ることができていた。これは普段から、実戦に出たことを想定し、メンタルも作り上げてきた結果だろう。
 今後に向けての課題を挙げるとすれば、ボールを持ちあがった時の対応だ。前半に相手選手の間を縫うようにハーフウェーラインを越えて上がっていったこと自体は良かったのだが、リリースするタイミングを失った場面が見られた。最終的にボールを奪われ、大分のカウンター攻撃を受けてしまったのだ。J2では高い位置まで上がってさえいれば、例えボールを失ったとしても大きな事故にはつながらなかったと思うが、J1ではそうはいかない。J1において試合の流れとは、不安定なやじろべえのようなものであり、ちょっとしたことで逆に倒れてしまう。自分たちが流れをつかんでいる時は、如何にしてその趨勢を保つかを考えなければならない。それが「バランス感覚」でもある。
 とはいえ菊池は、J1リーグでも十分に戦えることを、自らの力で示してみせた。次の出場機会には、さらに適合した姿を見せてくれるものと確信している。


 この菊池に落ち着きを与えたのは、古橋のゴールだった。試合開始から20秒足らずで決めた見事なゴールだった。相手選手が安井のシュートをブロックしたリフレクションボールを、ダイレクトに左足で撃ち抜いて決めたこのゴールは、ボールの落ち際に対して、左足を縦の軌道で振り抜いたものであり、相当に高難度のものだった。前節までの古橋は、コンディションが戻り切れていないように感じられたが、この試合ではゴールの効果もあったのか、一気にトップフォームに近い位置まで戻っているように見えた。このゴールの効果は大きかった。大分を率いる片野坂知宏監督は試合前、「ヴィッセルとの戦いでは、いつも以上に入り方が大事になる」と口にしていたという。ヴィッセルにはボールを握りながらペースを作り出すことのできる選手が多いため、自分たちが先にペースを握り、ヴィッセルのリズムを狂わせたいという狙いのためだ。ヴィッセルと同様、大分もこの試合では、前節から6人を変更していたため、ペースを先につかむという点にフォーカスしていたのだろう。キックオフ直後に決めた古橋のゴールは、こうした敵将の思惑すらも打ち崩した。大分の選手は試合後、「あのゴールで難しい入り方になってしまった」と、揃って口にしていたことからも、それは明らかだ。

 古橋がコンディションを戻した効果は、同サイドでプレーする酒井にも及んでいた。試合開始経過とともに、酒井の動きは本来のキレを取り戻していったように見えた。対面する相手とのデュエルで勝利し、そのまま敵陣深くまで切れ込む動きや、ペナルティエリア角で相手を引き付けて、古橋に時間と空間を与えるプレーや、相手を引っ張り出してのクロスなど、酒井らしさが随所に現れていた。これこそがフィンク監督が待ち望んでいた左サイドの姿だったはずだ。このサイドには初瀬亮もいるにもかかわらず、フィンク監督が酒井を起用した理由は、試合を重ねることでコンディションが戻ると判断していたためではないだろうか。左サイドの活性化は、大袈裟でなくヴィッセルの命運を握っている。ひょっとするとこの試合で最大の収穫は、左サイドが完全に回復基調に入ったことを確認できたことかもしれない。

 左サイドが活性化したことで、この試合では右サイドのウエイトは、過去2試合と比べると若干下がっていた。これは右サイドバックに入った藤谷の出来とも関係している。久し振りの実戦ということもあったと思うが、エンジンがかかるまで少々時間を要してしまった印象だ。縦のスピードは相変わらず、相手の追随を許さないものがあったが、藤谷の課題であるアタッキングサ―ドに入ってからの動きはまだ改善の余地がある。縦に深く入り込んでのクロス、味方に預けてからの中央への動きはいいのだが、ペナルティエリア角を占領する意識をもう少しだけ高めてもらいたい。今のヴィッセルには、相手の守備ライン前で決定的な仕事ができる選手が複数いる。彼らを活かすためには、サイドで起点を作ることが絶対的に必要になる。タッチライン際で起点を作ることもいいのだが、ペナルティエリア角でこれができるようになると、さらに小さなエリアでの勝負に持ち込むことができる。そうなると、ヴィッセルの選手の特徴である技術力がものをいう。藤谷がこれを考える上では、西大伍という選手をお手本にしてほしい。タイプは異なるが、右サイドで西と同じ視座を手に入れることができれば、プレーの幅は格段に広がる。


 アンドレス イニエスタ不在の中、ゲームをコントロールしたのは安井だった。再開後初の試合ではあったが、この才能豊かな21歳は、着実に成長を続けていることを証明して見せた。安井の最も変わった点は、周囲の空気を感じられるようになったことだ。以前からボールを持った時の閃きには見るべきものがあったが、ともすると背後から寄せられると脆さを見せることがあった。しかしこの試合では、背後からの気配を察知し、背中を巧く預けることで背後から近づいた相手をコントロールし、ボールを握り続けた。少しポジションを落として、相手のプレッシャーを外した時などは、見事なゲームコントロールを見せる。相手の布陣の中で急所を見つけることができるようになっている。派手さのあるプレーヤーではないため、メディアで騒がれることは少ないが、同世代の中でもゲームコントロール能力は図抜けたものがあるように思う。日常的にイニエスタという、世界最高峰の選手を見ていること、そして様々なタイプの名手が揃っている今のヴィッセルの環境が、安井の才能を最大限に引き出しつつあるのかもしれない。まだ密集の中でのボディアングルなど、課題はあるが、今歩んでいる道を真っすぐに、しかし「脇見をしながら」歩み続けてほしい。脇見をすることで、さらに独自の視点が見つかる可能性はあるからだ。


 試合終盤、フィンク監督はJリーグ史上初の「4人同時交代」を行った。今季の変則レギュレーションで、1試合での交代枠は5に広がった。そのため驚くことではないのかもしれないが、半数近い選手を入れ替えることへの恐怖もあった筈だ。しかしフィンク監督は決断し、結果を残した。ここで注目すべきは、ブラジルでの修行から戻った佐々木、そしてルーキーの小田だった。
 まず佐々木だが、これはいい意味で驚くべき成長を遂げていた。ボランチに入った佐々木は、何度も中央で寄せてくる相手をターン一発でかわし、そこから味方の走りこめる位置にスルーパスを通してみせた。このプレーはセルジ サンペールが得意とするプレーだ。ヴィッセルのアカデミー時代には攻撃的な位置でプレーしていただけに、相手の間をドリブルで抜きながら、相手の急所に入り込む感覚も素晴らしい。佐々木はマークする相手をターンや左右のタッチでかわすことができるのだが、その理由はボールを置く位置にある。相手に寄せられた際、自分の真下にボールを置くことができるため、身体の移動に合わせてボールを動かすことができるのだ。そのため相手は飛び込むことができない。これは教えられたからといって、誰にでも習得できるというものではない。ある種の天性ともいえるが、これを持っているため、密集の中でも佐々木はボールを握りながら前を向くことができる。
 ルーキー時の2018年にはJリーグカップ戦、そしてリーグ戦と立て続けにゴールを決めて周囲を驚かせた。中でもリーグ戦で決めたゴールは印象深いものだった。その時も見事なターンからゴールを奪っていた。サイドから来たボールを受ける際に、寄せてきた相手選手をターンでかわし、そのまま中央に切れ込みながらマークする相手を左右のタッチで剥がして、そのまま右足で流し込んだのだ。
 今年21歳になる若き俊英には、この先、ヴィッセルの土台を担う選手へと成長する可能性を感じる。サンペールや山口といった選手のライバルとなれるだけの才能の持ち主だ。試合終盤に、決定機を外してしたことは残念だったが、それを補って余りある煌めきを見せてくれた。

 そして小田だが、こちらも輝きは十分に放った。試合終盤にペナルティエリア内で何度か抜け出し、シュートチャンスを迎えた。佐々木同様、これを決めることはできなかったが、一瞬の隙を逃さずにスペースに走りこむことができるのは、小田が並外れた才能の持ち主であることの証左だ。ヴィッセルアカデミー時代から評判だったスピードで相手を振り切るプレーは見られなかったが、ポジションの取り方は生粋のFWらしいものだった。ボックスの幅で勝負できる選手であると思われるだけに、この先、得点を挙げることができれば、そこで一気にブレイクする可能性もある。

 ここで名前を挙げた藤谷、安井、佐々木、小田、そしてこの試合では出番のなかった小川慶治朗など、ヴィッセルアカデミー出身の選手も着実に増えてきた。ヴィッセルのサッカーが確立しつつある中、アカデミー時代からその文化に触れてきた選手がチームの中心を担うようになった時、ヴィッセルのサッカー文化は確固たるものになる。そのゴールが垣間見えたという点でも、この試合は勝点1以上の価値があったように思う。


 若い力の躍動はあったが、チームを支えたのは山口や飯倉、大﨑といった主力選手たちであったことも事実だ。特に山口はアンカーの位置からスタートし、後半はリベロのような位置でプレーし、最後方からでもチームを支えることのできる存在であることを自らのプレーで証明してみせた。これを引き出したのは、フィンク監督の采配だった。前半の山口は、大分の攻撃を受ける中でポジションは低くなっていった。そこで決定的ピンチを防ぐなど、チームに大きく貢献していたが、アンカーの山口がポジションを落としたことで、攻撃陣と守備陣の間が大きく空いてしまったことも、また事実だ。これは一昨年などによく見られた形だが、一見起点が下がったように見えるが、実は攻撃全体の位置が低くなってしまい、効果的ではない。そこでフィンク監督は後半開始から、山口を最終ラインにまで落とし、3-4-3へと並びを変更することで、中央に安井と郷家を挟むことにした。これが後半、ヴィッセルがペースを握った要因でもある。ヴィッセルのようにボールを握りながら組み立てるサッカーの場合、全体の距離をコントロールし続けなければならない。その意味では後半からのフォーメーション変更は、フィンク監督が見せた好手だったといえるだろう。

 勝利することはできなかったが、この試合でイニエスタやサンペール、ダンクレーらを休ませることができた意味は大きい。今季の厳しい日程の中では、この試合のようなさまざまな組み合わせで戦わなければならない場面が必ず出てくる。大分のように、チームとして規律を持って戦えるチーム相手に、互角以上に戦うことができたことは、チーム全体の自信となるだろう。この自信を無駄にしないためにも、1週間後の清水戦は勝利が求められる。久し振りに、ノエビアスタジアム神戸にサポーターを迎え入れて戦うこの試合で、未だ調子の上がっていない清水を確実に叩き、その先に待ち受けるG大阪、C大阪という大阪のチーム相手の連戦に臨んでほしい。清水戦からの3試合で上位につけることができれば、リーグ戦のタイトルを意識しながら戦うことができるようになるだろう。

 勝点2を取り逃がしたという悔しさは依然として残っているが、この試合がこの先の大きな勝点に結びつくものだと信じて、若い力を取り込んだ「NEWヴィッセル」に大きな期待をかけて見つめていきたい。