覆面記者の目

J1 第9節 vs.仙台 ノエスタ(8/8 19:03)
  • HOME神戸
  • AWAY仙台
  • 神戸
  • 1
  • 0前半1
    1後半1
  • 2
  • 仙台
  • 藤本 憲明(86')
  • 得点者
  • (22')オウンゴール
    (72')赤崎 秀平

 古い人気漫画の中に、「不運と踊った(ハードラックとダンスした)」というセリフがあった。そのセリフが登場したシチュエーションなどは記憶が曖昧なのだが、数十年経った今でも、どういうわけかそのセリフだけが頭に残っている。さしずめ、この試合のヴィッセルなどは不運と踊り続けた90分間と言えるのかもしれない。

 60%を超えるポゼッション、何度も訪れた決定機、20本を超えたシュート数と、数字だけを見れば、ヴィッセルの猛攻が続いたかのようだ。しかし奪った得点はわずかに1。これに対して、喫した2失点のうち1つは、守備に戻ろうとしていたダンクレーにクロスボールが当たり、それがループ気味にゴールに入ってしまうという、蹴った相手すら予期せぬものだった。ヴィッセルにとっては、何とも消化不良な試合ではあったと思うが、この結果を「不運」だけで片付けることはできない。「負けに不思議の負けはなし」というように、そこには全て理由がある。

 この試合で最大のポイントとなったのは、選手起用だった。この試合では、今季初めて大﨑玲央をベンチ外として臨んだ。渡部博文もベンチにはいたが、トルステン フィンク監督が選んだのはセルジ サンペールのセンターバック起用だった。これについて試合後の会見の中でフィンク監督は「サンペールはレオと似たクオリティーを持っている」とした上で、「その位置から試合を組み立てることもできるし、前にボールを運ぶこともできる」と、その役割について説明した。この言葉は、期せずして大﨑に課されている役割を浮き彫りにした。フィンク監督の説明通り、低い位置から試合を組み立てる、或いはボールを前に運ぶという点において、サンペールは大﨑と同等かそれ以上の能力を持っている。しかしある一点において、サンペールが大﨑に及ばない点がある。それは最終ラインを前に上げていくという能力だ。

 前節で先発したメンバーをレギュラーメンバーとしてとらえた場合、ヴィッセルの攻撃には3つのポイントがある。一つはアタッキングサードでラストパスを供給するアンドレス イニエスタだ。もう一つは中盤の底でからボールを散らすことで、ピッチ上にロンドを出現させるサンペールだ。そしてもう一つが、サンペールの後ろから、その位置を前に押し上げる大﨑なのだ。これが揃った時、相手を自分たちの中に閉じ込めつつ、多彩な攻撃を浴びせ続けるヴィッセルのサッカーが完成する。

 しかしこの試合では、この3つのポイントのうち1つが欠けていた。そのためヴィッセルのロンドは密度が薄くなってしまい、走力で勝負する仙台に互角以上に食い下がられる結果となってしまった。これについては、藤本憲明の言葉が正鵠を射ている。藤本は、ベンチから見ていた感想として「守備のところでラインが押し上がらず、前から行ってもなかなか嵌っていない場面があったと思います。後ろがもっとラインを上げて前からプレッシャーをかけていかないといけない試合でした」と語った。サンペールは低い位置からでも、相手の急所を衝くパスを自在に繰り出し続けたが、如何せんその距離は遠く、攻撃に厚みが生まれ難かった。ヴィッセルの最終ラインにおいて大﨑はフォアリベロ的なポジショニングが多く、フィンク監督はサンペールに同様のことを期待したのだろうが、その場合、セルジ サンペール不在のフォーメーションであれば、さらにラインを高く上げなければならない。最終ラインの選手にとって、ラインを上げるということは、それに比例してリスクが増すことを意味している。如何にデュエルの部分では強さを見せるサンペールとはいえ、やはり本職でない選手にそこまでのことを望むのは、少々酷だったのかもしれない。

 この試合におけるフィンク監督の選手起用は、大胆なものであり、結果的に敗北を喫したとはいえ、筆者はこの起用法を支持したい。その理由は、今季のスケジュールにある。コロナ禍によって、4か月にも及ぶ中断期間が入ったため、中断明けからのスケジュールは例年以上に厳しいものとなっている。そしてヴィッセルにとっては、秋に再開されるAFCアジアチャンピオンズリーグも考え合わせると、8月後半から11月まで、文字通り間断なく試合が続く。結果を出しながらこの連戦を乗り切るためには、複数の戦い方、そしてそれに応じた選手配置が求められる。フィンク監督が再三再四口にしているように、全ての選手が戦力とならなければならないのだ。
 J1リーグ戦は、川崎Fが頭一つ抜け出しているが、このままいくとはとても思えない。世界でも類を見ない、全てのチームの実力が拮抗したJリーグの特性も考えれば、夏の終わりから秋にかけての連戦の中で、順位は大きく変動していくだろう。フィンク監督は、その「勝負の時期」を睨みながらの起用を続けているように思えるのだ。

 試合に話を戻す。この試合で先発起用されたキーマンは他にもいる。一人は、5試合ぶりの先発出場となった郷家友太だ。3トップの左側に配された郷家だったが、試合序盤は積極的な姿勢が目立った郷家だったが、残念ながらそれがゴールに結びつくことはなかった。とはいえ高い技術とアイデアを持つ郷家らしいプレーはいくつも見られた。6分に小川慶治朗のシュートを、ヒールでフリックしたシーンなどは、郷家らしいプレーだった。27分のヘディングシュートのシーンでは、高さと強さを感じさせた。個々のプレーでは問題はなかった郷家だが、肝心のポジショニングには課題を残した。

 左ウイングのような位置でスタートした郷家だが、このポジションで求められる動きは「いわゆる」ウイング的な動きではない。ヴィッセルの左サイドにはイニエスタ、そして酒井高徳がおり、ここに古橋亨梧を加えたトライアングルは、ヴィッセルのストロングポイントになっている。古橋の動きを思い出してみると、攻撃においてはイニエスタ、酒井と細かくポジションを入れ替えながら、イニエスタのポジションであるインサイドハーフの位置に移動し、そこでボールを引き出す動きを求められる。守備においては、酒井と連携しながら自陣の深い位置まで戻り、イニエスタを前に残すための動きが必要になる。守備面ではともかく、攻撃面における郷家には、ボールを引き出す動きが少し足りなかったように思う。それを遂行する技術は十分に備わっているのだが、この日は主にプレーしたエリアがアタッキングサード付近であったためか、イニエスタとの距離を詰めすぎていたように思う。まずはイニエスタのボールを預けるという意識が強かったのだと思うが、それではボールを引き出す動きにはつながり難い。一人で攻撃を完結させるだけのテクニックを持っているだけに、もう少し仕掛ける姿勢を見せてもよかったかもしれない。とはいえ、郷家のテクニックがレギュラー陣の中に入っても、違和感なく馴染めるものであることを90分間示し続けることができた意味は大きい。

 ポジショニングということで言うならば、これを巧くやったのが小川慶治朗だった。3トップの右でのスタートだったが、前述したような動きを理解していたため、主に西大伍を引き込むスペースと時間を作ることに徹していた。いつもの試合よりも右サイドからの攻撃が多かったことの理由の一つは、小川が巧くボールを引き出す動きを見せ続けたことにある。以前であれば、ボールを持った時にはゴールに一直線で走っていた小川だが、今は時間を作ることが、結果的にゴールへの近道となる場合もあるということを理解し、プレーしている。この日の小川は、ペナルティエリア角を基準点としてプレーしていたように思う。ここを自らが制圧し、外に出る際には西や山口蛍が入り込むことのできるように、スペースを受け渡そうとしていたように見えた。

 この点では申し分なかった小川だが、FWとしては2度の決定機を外したことは悔やまれる。試合の流れから見て、どちらか一つでも決めていれば、結果は異なったものになっていた可能性は高いように思える。どちらの場面にも共通しているのだが、小川はゴール前で「当てる」ことに重きを置いていた。それは間違いではないのだが、どちらの場面も「振り切って」しまった方が、結果的に良かったように思う。ゴール前で合わせる時には、ボールの上半分に合わせる必要があるのだが、ボールスピードや相手の厳しい対応を考えると、これがなかなかに難しい。であればこそ、しっかりと振り抜く意識で当てていった方が、上にふかす確率は下がるだろう。2度の決定機を外したことは今後の反省材料である。

 しかしフィンク監督が小川を起用した主目的はウイングからインサイドハーフにポジションを移し、そこに攻撃の起点を作る動きであったと思われるだけに、その意味では十分にやるべきことはやったともいえる。今の小川に期待されているのは、得点以上に、前線にスペースと時間を作り出す動きなのだ。天性ともいえるポジショニングの良さは健在だ。どうしてもゴールを外したシーンがフィーチャーされてしまうかもしれないが、それ以外の部分ではフィンク監督から与えられたタスクをこなしたことを評価したい。
 この試合で消化不良だったといえば、ドウグラスもその一人だ。試合前は3トップにしたことで、広いスペースを使うことができるのではないかと期待したが、仙台の守備がタイトだったこともあり、ドウグラスに与えられたスペースは狭かった。後ろからのハイボールに対して、ジャンプして収める技術や相手に寄せられながらも後ろ向きにボールを握り続ける技術はさすがなのだが、肝心のゴール前でスペースを作る動きが見つけ切れていない。全体が低い位置にいる時、相手守備の裏を狙ったボールに対する反応は素晴らしいものがあるため、コンディションは十分に整っているのだろ思う。相手の裏にこぼれるボールを追う際、不利な体勢であっても、身体を寄せ続けることのできる突破力は健在だ。試合後に藤本が発言したように、チームとしてショートカウンターを狙っていたのであれば、フィンク監督が期待していたのはドウグラスの得点だったはずだ。
 この試合のドウグラスを見ていて思ったのは、やはりドウグラスにはセカンドトップが適性なのではないかということだ。前にある程度のスペースがあるとき、ドウグラスはその突破力を活かして、体勢で相手を上回ることが多い。しかしトップに貼り続けている中では、どうにも窮屈そうに見えるのだ。イニエスタからゴール前に送られるボールは、ピンポイントであるため、点で受けてターンする技術が求められる。ドウグラスは点で受けることはできるのだが、そこで相手のターゲットとなっているため、身体を寄せられており、それを背負ったままターンすることはなかなかに難しい。しかもゴール前で引いた相手がスペースを与えてくれるはずもない。ドウグラスにとっては前を向くことが難しいため、そこからマイナスに落とすことになる。それはそれで相手にとって脅威となるのだが、ドウグラスそのものの怖さではない。

 そこで筆者が期待したいのが、この試合でゴールを挙げた藤本の存在だ。試合後の会見ではチームの問題点を正確に指摘するなど、頭脳も優れている。さらに藤本の最大の特徴は、ペナルティエリアの中で辛抱する能力だ。FWの選手としてゴールに絡みたい思いは誰よりも強いと思うが、それでもチャンスがくるのをじっと待ち続け、相手の守備ラインと駆け引きを続けることができる。この試合でのゴールも、ゴール前にポジションを占めることを第一義としていたために、小田裕太郎からのボールに反応することができたのだ。

 藤本のようなプレースタイルの選手は、下手をすると1試合でシュートを1度も打てずに終わる可能性もある。 そのリスクを負いながらもプレーできる藤本には、ある種の覚悟がある。明るいキャラクターを前面に出してはいるが、サッカーについて深く考えることができている選手だ。だからこそ、どのカテゴリーでも、どのチームでも結果を残し続けてきた。昨季途中でヴィッセルに加入以降は、決して出場機会に恵まれているとは言えないが、限られた出場機会の中で印象深いゴールを挙げているのは、こうした藤本の能力を示している。ドウグラスとは、互いの特性が噛み合うような気がしてならない。

 この試合で最大の収穫は、得点をお膳立てした小田の成長が見れたことだ。短い時間の出場ながら、ボールを前に運ぶ能力、ゴール前の急所に入り込む嗅覚、密集の中でもボールを扱える技術など、様々な能力をアピールした。ヴィッセルアカデミー時代には「和製ムバッペ」と呼ばれていたというが、今の小田は決して直線的な動き一辺倒のプレーヤーではない。ボールスキルも高く、周りを見る能力もある。そして何よりも、若干18歳にして身体がある程度でき上っている点が素晴らしい。この試合で小川が担ったポジションをこなす能力もありそうだ。最後の得点チャンスのシーンでは、この試合で当たっていた相手GKにシュートはブロックされてしまったが、プロとしてJ1初ゴールを挙げる日はそう遠くないことを予感させるプレーだった。前述した通り、超過密日程の中、新戦力が台頭してきたことは、チームにとっても大きなプラスだ。

 後半、フィンク監督は4バックに変更、アンカーの位置に山口蛍を下げた。サンペールをベンチに下げた後の選択肢としてはこれしかなかったのかもしれないが、山口のポジションを落とすことは、ヴィッセルの攻撃力の低下を意味する。今季、ここまで獅子奮迅の活躍を見せている山口だが、ヴィッセルに加入後、そのイメージを大きく変えた選手でもある。C大阪在籍時はボランチとして、その守備力にフォーカスされることが多かったが、実はその適正は攻撃面にあることがはっきりした。高い守備力は正確な読みと鋭い出足があればこそのものであり、高いボールスキルや優れたパスセンスと併せて考えると、攻撃陣の中でスペースを埋めつつ、攻撃に連続性を持たせる役割こそが適職だ。

 2失点ともに絡んでしまったダンクレーだが、この日は運が悪かったという他ない。特に最初の失点シーンなどは、ヴィッセルの右サイドから蜂須賀孝治が入れたクロスが、ゴール前に戻ろうとしたダンクレーの足に当たり、ループ気味にゴールに入ってしまうというものだった。クロスを入れた蜂須賀自身が予想だにしていないものであり、偶然の産物としか言いようがない。それよりもダンクレーがトップフォームを取り戻していることの方が、チームにとっては大きい。どんな時も感情を抑えながらプレーできるダンクレーの守備には、今後も大きな期待をしている。

 試合後、仙台を率いる木山隆之監督は「選手がぶれずに、しっかりと走り続けてくれた」と、選手たちを称えていた。率直な感想として、この試合における仙台は、3連敗中のチームとは思えなかった。全員がさぼることなく走り続け、試合を通じてプレスの強度が落ちることはなかった。

 今季のヴィッセルは、相手のサッカーをシンプルにしてしまう存在となっているように思う。ボールスキルの高い選手が揃っている今のヴィッセルと対戦するとき、相手はボールを握ることを半ば放棄し、やることをシンプルに整理し、それを忠実に実行することに重きを置いてくる。シンプルに整理されるということは、隙が生まれ難いということと同義でもある。攻撃力が高いはずのヴィッセルの得点数が増えていないのは、この辺りと密接に関係があるのだろう。イニエスタを筆頭に、能力の高い選手を揃えたが故の厳しさではあるが、これを乗り越えないことには強豪クラブの地位は手に入らない。タイトルを守り続けることは、タイトルを獲得する以上に難しいといわれる所以だ。

 しかし次節からの5試合は、こうした悩みから解放されるかもしれない。1週間後の鹿島戦を皮切りに、柏、浦和、川崎F、横浜FMと続く5連戦は、それぞれはっきりとした強みをもったチームが揃っている。この強豪チームたちを相手に2週間で5試合という、超強行スケジュールで戦う以上、ヴィッセル本来のスタイルをもって戦うことになるだろう。そこに小田を筆頭とした新戦力が、彩(いろどり)を加えることによって、新しいヴィッセルの姿が見えてくるに違いない。まずは復調気配の鹿島をアウェイで叩き、勢いをつけてこの連戦に突入してもらいたい。16日からの2週間は、シーズンの趨勢を占う上でも見逃せない。健闘を期待している。