覆面記者の目

J1 第15節 vs.川崎F 等々力(9/9 18:33)
  • HOME川崎F
  • AWAY神戸
  • 川崎F
  • 3
  • 1前半1
    2後半1
  • 2
  • 神戸
  • 小林 悠(8')
    レアンドロ ダミアン(83')
    宮代 大聖(85')
  • 得点者
  • (23')古橋 亨梧
    (59')藤本 憲明


 後にヴィッセルの歴史を振り返った時、2020シーズンというのは「ターニングポイント」として記憶される年になるのかもしれない。
サッカーを見る際に、直近の試合を見ることは最も大事なことだ。歴史を学ぶ上で教えられる「虫の目」というものだ。これに、全体を俯瞰する「鳥の目」が加わった時、1つのサッカーの試合が立体的になり、時間軸の中でその試合を捉えることが可能になる。目の前の結果に一喜一憂する楽しさもあるが、同時にチームの成長を大局的に楽しむという方法もある。
 ここまでの戦績を見た時、正直に言って決して満足できないことは確かだ。リーグ戦では16試合消化時点での勝点19。1試合当たりの勝ち点獲得は1.5にも届いていない。昨季終盤から今季序盤にかけて見せた強さに、大きな期待した人も多かったことと思う。リーグ戦も折り返しに近づきつつある中、未だ波に乗れてるとはいえないヴィッセルに対して少しばかりの不満と一抹の不安を感じたとしても、それはやむを得ないことと思う。
 しかし昨季の勝てなかった時期を覚えている人ならば、あの時とは違う感情があることを実感できている筈だ。出口が見えないトンネルの中を歩いていたような昨季と違い、今季はゴールは常に見えている中で、歩みは遅くとも、前に進んでいることが実感できるからだ。

 シーズン前、トルステン フィンク監督は「全ての選手のレベルアップが必要になる」と語ったが、実際にそれを地でいくようなシーズンとなっている。多くの選手に出場機会が与えられ、そこで四苦八苦しながらも成長の芽をつかみ取ろうと必死に戦っている。それが観ている我々にも痛いほど伝わってくるだけに、それに結果が伴わない辛さはある。もどかしさと言い換えてもいいだろう。
 しかし、ここ最近の戦いでは、僅かずつではあるが、チームが前進していることを実感できている。これが、今の我々にとっては苦しい中での楽しみでもあり、救いでもある。
 コロナウイルスの影響により、何もかもが大きく変わってしまった今季だが、ここでどのような戦いを見せるかということが、コロナ後の覇権争いに大きく影響してくることは間違いない。その視座に立てば、ここまでヴィッセルが辿ってきた道筋には、一定以上の合理性が認められる。だからこそ、今の苦しみは、「アフターコロナ」の世界で輝くための投資であるとは考えられないだろうか。

 試合後、川崎Fの公式webサイトに掲載された選手たちのコメントを見ると、概ね一つの方向に収れんしていることが解る。それは「ヴィッセルがやり方を変えてきたことに戸惑ったが、交代で出場した選手がパワーを注入し、勝ちきることができた」という内容だ。そして、これがこの試合の全てでもある。ヴィッセルはベンチワークにおいては知恵の限りを尽くし、出場した選手たちは力の限りを尽くして戦った。結果論でいえば「if」のプレーは複数あるが、多くの時間帯で思い通りに試合を運んでいたのはヴィッセルだったことは間違いない。それは川崎Fを率いる鬼木達監督も認めている。しかし後世に残るデータは、川崎Fの逆転勝ちという結果がある。この勝負を分けたものは、「兵站(へいたん)」に尽きる。

 ここで漢王朝(前漢)の初代皇帝・劉邦の話を書く。項羽との争いに勝ち、中国全土を統一した劉邦は、戦後の論功行賞の中で宰相の蕭何(しょうか)を勲功第一とした。周囲は驚き、異論を唱える者もいたという。元帥として実戦の指揮を執った韓信や、名軍師の張良よりも先に、戦の最前線に一度も立っていない蕭何の名前が出たためだ。これに対して劉邦は「蕭何が一度として兵站を切らさなかったからこそ、われらは一度も飢えることなく戦えた。武功は一時のものであり、その戦える土台を築く作業こそが大事なのだ」と周囲に説明したという。この「兵站を切らさない」ということが、戦における最重要ポイントであることは、今も昔も変わっていない。
 この試合で言うならば、兵站とは戦力と置き換えてもいい。試合後の会見で、鬼木監督が第一声に「本当に苦しいゲームだった」と語ったように、ヴィッセルは多くの時間帯でゲームを支配していたが、川崎Fが5枚の交代カードを使い切ったのに対し、ヴィッセルは2枚しか使えなかった。ただでさえ体力消耗が激しい夏場の試合にもかかわらず、今のヴィッセルは限られた牌で戦うしかない。川崎Fの交代選手には、得点ランキングで上位に名を連ねている三笘薫やブラジル代表経験も持つレアンドロ ダミアンといった実力者がいるのに対し、ヴィッセルは調子を落としているルーキーの小田裕太郎を使わなければならない。この状況の差はあまりに大きい。最後、リードを守り切れず、逆転を許したのは、この部分の差に他ならない。

 試合後、旧知のサッカー関係者からSNSで連絡があった。この試合を視聴していたらしく、「ヴィッセルは想像以上に強くなっている」という内容の感想を送ってきたのだ。試合の主導権をヴィッセルが握っていたとした上で、「今季の川崎Fを相手に、主力選手抜きで互角以上にやりあえるクラブはヴィッセル以外にないだろう」と書いていた。彼は、筆者が本項を担当していることを知らないため、この感想はリップサービス抜きの正直な感想だろう。アンドレス イニエスタ、トーマス フェルマーレン、ドウグラス、大﨑玲央といった主力、それもチームの骨格ともいうべき選手をことごとく欠きながらも、代わって登場した選手が、自分の力をアピールする動きを見せたことは、川崎Fにヴィッセルの底力を感じさせたと同時に、今後への希望としては十分すぎる内容だった。同時に、彼はフィンク監督の能力を高く評価していた。現実的に戦力を分析し、1週間前の敗戦を糧とした戦いを見せたことが伝わったのだろう。

 この試合でヴィッセルが採用した布陣は3-5-2。最終ラインは渡部博文を中央に置き、左はダンクレー、右に菊池流帆という並びだった。中盤はアンカーにセルジ サンペール、ウイングバックには西大伍と酒井高徳、インサイドハーフには山口蛍と安井拓也という構成とし、2トップには古橋亨梧と藤本憲明を置いた。1週間前、川崎Fの得意とする前からの連動したプレスの前にボールを動かすことができなかったため、最終ラインを川崎Fの前線と同数とすることで、起点となるサンペールのスペースを確保する狙いだったのだろう。その狙いは一定の効果を挙げていたが、前線にボールが入らないという問題が残った。古橋と藤本は縦関係を作りながら、古橋がボールを引き出しに落ちてきたが、2トップの距離感というのは、おのずと限界がある。戦局が中央に固まってしまうのは、川崎Fの望む形でもある。そこでフィンク監督はピッチ幅を有効に使うために、山口に右のサイドを意識させ、古橋を左に張り出させて、ボールの出口を広く作り出した。この3-4-3への布陣変更によって、ヴィッセルはピッチの面積を有効に使う、いつもの形が甦った。


 ここで感心したのは山口の動きだ。右サイドを意識するとはいえ、中央でのつなぎ役も求められている山口は、なかばフリーマンのように動きながら、前線でのキーマンとなっていた。相手にボールがある際も、全体の動きが読めているため、川崎Fの攻撃の芽を摘みつつ、同サイドで西を引っ張り出す動き、さらには中央から藤本を呼び込む動きなどを見せていた。決してボールサイドにいるというわけではないため、目立つプレーではないが、これだけの質の動きを90分間続けられる選手はめったにいない。緩急どちらの攻撃にも対応できるボールスキルも備えた山口は、今や中盤の万能選手に成長している。

 そして、この試合でも別格の存在感をみせたのがサンペールだった。どんな体勢からでもボールをキープしながら、前に運ぶパスを出せる体制を整えてしまう技術は、Jリーグの中では傑出している。川崎Fは家長昭博や小林悠、旗手怜央がサンペールを見る恰好にはなっていたが、それほど明確ではなかったため、多くの時間帯でサンペールは自由にボールを持つことができた。この形が担保されているかどうかが、ヴィッセルのサッカーでは重要になる。稀代のゲームメーカーを活かすことができれば、ヴィッセルのサッカーには前後左右に広がりが生まれる。さらに最近のサンペールは守備でも強さを発揮している。決してスピードタイプの選手ではないが、見事な読みで相手のパスコースに入り、強いボールでも難なく足もとで収めてしまう。この試合でもそうしたシーンが多く見られた。またボールホルダーに対して、強くいくこともできるようになった。Jリーグのスピード感に慣れてきたことで、本来のポテンシャルを発揮し始めているのだろう。F.C.バルセロナ時代、「ブスケッツの後継者」と呼ばれていたことも頷ける。

 先制したのは川崎Fだった。互角に近い展開の中で、川崎Fには二つのポイントがあった。一つは家長の作り出す攻撃。そしてもう一つは左ウイングの位置で先発起用された齋藤学のドリブル突破だった。それが嵌ってしまった。齋藤がドリブルで侵入して上げたクロスに、後方から守田英正が合わせてシュート。これが渡部の手に当たってしまいPKとなったのだ。渡部のプレー自体には問題はなかったが、嫌な形での失点だっただけに、その後の展開に影響することだけが心配だったが、この日のヴィッセルはそこから見事に立て直した。


 この試合でヴィッセルはロングボールを多用した。普段のように低い位置からつないでいくのではなく、前に蹴り出すことで川崎Fのプレスを無効化した。これが見事に奏功した。川崎Fのプレスは基準点を見つけられず、ボールホルダーと対峙した選手は取りに出ていいのかどうかが判断できず、対応が後手を踏んでいた。前線に藤本や古橋という、スピードのある選手が多いため、川崎Fの警戒心は余計に高くなり、得意の前からのプレスが機能しなかった。ロングボールを蹴るといっても、無闇矢鱈に蹴ったところで、通じるようなものではない。そのための仕掛けが必要になる。ここでの工夫は二つ。
 一つはGKの飯倉大樹とセンターバックのかけ合わせだ。飯倉は直接蹴り出す前に、敢えてセンターバックを経由させることで、川崎Fの守備を引き出していった。そして川崎Fの守備の隙間が広がったところで、前にボールを通していった。飯倉の足もとの技術と、その意図を汲んだセンターバックとの見事な連携だった。これが目立ったのは30分過ぎからの攻撃。飯倉が大きく右に蹴り出したボールに、西が抜け出しクロスを入れるなど、飯倉からのロングボールを効果的に使った攻撃が目立った。
 もう一つの工夫は疑似カウンターだ。試合後、川崎Fの守田は「これにやられた」と話していたが、ヴィッセルは見事にこの作戦を成功させた。疑似カウンターというのは、一言で言うならばボールを支配している状況で仕掛けるカウンターだ。通常カウンターというのは、守備時にボールを奪った瞬間、スイッチを入れる。しかし疑似カウンターにおいては、自分たちがボールを動かしながら、相手を引き出していき、前線と相手の守備が同数になったところで仕掛けていく。ヴィッセルの選手にはボールを動かす技術があるため、川崎Fのブロックの前でボールを動かしながら、時には大きく下げるなどして、川崎Fの狙いを外し続けた。こうして相手を引き出した上で仕掛けていったのだが、ここで効力を発揮したのが、一時は逆転となるゴールを決めた藤本だった。藤本は大分在籍時、この疑似カウンターから得点を量産している。その動き方を最も心得ている選手でもある。やり易さを覚えたのか、この試合の藤本は、ここ最近でも出色の出来だった。


 同点弾を演出したシーンでは、西からの縦パスをボディアングルで相手との間にギャップを作りながら抜け出し、古橋に絶妙のアシストをして見せた。このターンの技術はもちろんだが、それ以前に相手と味方の位置を確認できている点が、藤本の非凡なところだ。体格で勝る相手を前に、冷静に周りの状況を確認するのは、プロでも難しい。そして逆転弾となった2点目は、見事なゴールだった。サンペールが右サイドへ展開したパスを、西がワンタッチで前方に流した。前線に飛び出した山口がこれをワンタッチで折り返し、これにニアサイドに入り込んだ藤本がワンタッチで押し込んだのだ。見事な流れからのゴールであり、川崎Fの守備に後手を踏ませ続けた。藤本のワンタッチゴーラーとしての特徴をうまく引き出したプレーだった。

 この両得点に絡んでいるのが西だった。この試合でも慌てる場面はほぼなく、どんな時でも確実なトラップ、相手の裏をかくパスなど、つかみどころのない「天才」ぶりを発揮していた。この試合では同サイドに山口がいる時間が長かったため、西が前に上がる場面が多かった。酒井のような力強さとは違う、相手の網の中をすり抜けていく鰻のような西のプレーは、ヴィッセルの攻撃に異質な彩色を施している。フェイクの動きを得意とする西の動きを引き出せる選手は、そう多くはない。独特のセンスに加え、タイトなボールコントロールを要求されるからだ。その意味では山口はベストパートナーと言えるかもしれない。左からの攻撃が主体となっていたヴィッセルにおいて、右からの攻撃が活性化するというのは、相手に狙いどころを絞らせないという意味で大きな意味を持っている。


 この試合で、様々な意味で中心に位置していたのは菊池だったように思う。アグレッシブな守備と大胆な仕掛けで観るものを魅了したと思えば、最後は肝心の場面でPKを献上と、一人でジェットコースターのようなスリルを演出して見せた。結論から言えば、菊池に反省点は多いが、それでもこの試合でのプレーは高く評価したい。守備時、相手にかわされても奪い返しにいく姿勢は、今のヴィッセルに最も必要な要素だ。そしてこの試合で何度も見せたように、ボールを奪えなければ身体を前に入れることに集中し、相手のボールコントロールを失わせる。これも合理的な判断だ。前にボールを運ぶシーンでは、何度もボールタッチが長くなり、相手の距離の中にこぼれるのだが、必死に脚を延ばし、相手に渡さないようにするシーンも散見された。ボールスキルは決して高くないが、やらなければいけない優先順位を理解し、それに挑戦する姿勢は素晴らしい。2度目となるPK献上というミスがあっても、菊池のプレーには目を奪われてしまう。この存在感こそが、菊池という選手そのものなのだろう。
 とはいえ、前述したように反省点は多い。まずPKを与えたシーンだが、レアンドロ ダミアンはボールを支配下に置いているとはいえ、菊池の寄せだけでその後の自由はない状態だった。そこまでで良かったのだ。「ペナルティエリアの中では奪いにいってはいけない」という基本を忘れたプレーだった。そしてその直後の逆転を許したシーンでも、菊池は自分がPKを与えたという責任感からか、無理に前に上がってしまっている。時間帯を考えれば、攻撃の姿勢は見せつつも、最低でも勝点1を奪うためのリスク管理が必要になる。気持ちを全面に出すプレーが菊池の最大の魅力ではあるが、状況に合わせて少しだけ冷静な時間を作る努力をしてほしい。
 この試合ではチームにマイナスをもたらしてしまったが、それは短期的な視点で捉えた場合の話だ。以前にも書いたが、センターバックとは失点に直結するポジションであり、ミスを重ねながら成長していくしか道はない。この先、菊池が大きく育った時、この日失った勝点を何倍にもなって返ってくるだろう。それを成し遂げてくれるのは、菊池の強い気持ちだと信じている。

 ヴィッセルにとって限られた選手交代ではあったが、小川慶治朗は守備的な面とオーガナイズの面では、十分に役割を果たした。最後、ペナルティエリアの中でシュートを選択してしまったのは悔やまれるが、そこに至るまでの流れは決して悪くはない。今の小川に求められているのは「得点へのこだわり」を捨てることだ。これまでにも様々な葛藤をしながら、チームを優先させながら成長してきた小川ではあるが、ゴール前の場面では長年培ったFWとしてのこだわりが顔を覗かせる。しかし今のヴィッセルのサッカーに適合するためには、それを自分の中で抑え込む努力を、今まで以上に続けなければならない。

 そしてもう一人、途中交代で出場した小田だが、ほぼ見せ場は作れないままだった。今、プロの壁に直面している小田ではあるが、現在のチーム状況は小田にとっては大きなプラスであることを意識してほしい。アカデミー時代の感覚では、何一つ通じないという現実に直面しているためか、この試合で小田は数少ないボールタッチではあったが、セーフティーな意識が強かったように見える。それは一見正しい選択に見えるが、小田の成長という視点に立てば、最悪の選択でもある。そもそもが消極的な気持ちでプレーしている時の「セーフティーなプレー」は、実はリスキーであることが多い。「虎穴に入らずんば・・・」の例えのように、厳しい死線を超えなければ、思うようなプレーはできるようにならない。小田の潜在能力は誰もが認めるところだ。前述した知人も、以前から小田には注目していたという。実戦、それも公式戦に勝る成長の場はない。通常であればベンチに入ることも難しい中、今はチーム事情とはいえ出場機会をつかみ取れているのだ。今、成長に向けて歩みださなければ、小さくまとまってしまう。小さくまとめるには、惜しすぎる才能の持ち主であるだけに、敢えて苦言を呈した。

 主力選手を多く欠く状況下でも、この試合に勝利するためフィンク監督は打てる手は全て打った。選手たちもこれに応えるべく、自分たちに与えられた役割を全うした。そこで持てる力を出し切って戦った選手たちの姿を見てしまうと、逆転を許した場面でボールを追いきれなかったことを責めることはできない。寧ろ、首位を独走する川崎Fを、主力選手を欠きながらも、あと一歩まで追い詰めたことを高く評価したい。
 しかしこれが評価されるのは、この日までだ。まだこの先にはFC東京、C大阪、名古屋といった上位陣との戦いが待ち構えている。どのような布陣で臨むことになるかは不明だが、結果を出さなければいけない状況であることに変わりはない。若い選手たちには、今の状況こそがチャンスであることを強く意識し、レギュラーからポジションを奪う姿勢を見せてほしい。それが年末、そして来季以降の実りにつながる。