覆面記者の目

J1 第1節 vs.横浜FC ノエスタ(2/23 16:03)
  • HOME神戸
  • AWAY横浜FC
  • 神戸
  • 1
  • 0前半1
    1後半0
  • 1
  • 横浜FC
  • 古橋 亨梧(74')
  • 得点者
  • (24')瀬古 樹

かつて一人の「元」プロ野球選手に話を聞いた時のことだ。その人物はアマチュア野球で大活躍し、鳴り物入りでプロ野球選手になった。その実力は折り紙付きであり、早くから一軍の試合で起用され、一年目に「新人としては文句のつけようがない」結果を残した。器用な選手であったため、それ以降も「便利屋」として出場機会を増やしていったが、レギュラー獲得には至らなかった。そんな彼を尻目にレギュラーをつかみ取っていったのは、かつて自分よりも評価の低かった同期生や後輩たちだった。そしてその立場は最後まで変わることなく、数年後に彼はプロ野球の世界から身を退いた。
 その差はどこにあったのかと訊ねてみたところ、「僕は武器を持っていなかった」と答えてくれた。その上で面白いことを話してくれた。「プロの世界に入るには『優等生』でもいいが、そこで輝くには『不良』になる必要がある」というのだ。ここでいう「優等生」というのは、様々なプレーをそつなくこなすということであり、「不良」というのは、平均的ではないが、何か一つ以上抜きん出たものを持っているということだ。競技は異なれど、これはプロスポーツの世界で生き抜いていくための至言だと思っている。


 なぜこんな話から始めたかというと、この試合で鍵を握った一人の選手への期待が高い故だ。その選手とは郷家友太だ。Jリーグ屈指のタレント軍団と呼ばれる今のヴィッセルにおいて、出場機会をつかむことは相当な実力の持ち主でなければ難しい。郷家はそんなヴィッセルにおいて、高校卒業直後から出場機会をつかみ取り、高校ナンバーワンプレーヤーとも評された実力が本物であることを自らの力で証明してきた。そして入団3年目を迎えた今季は、AFCアジアチャンピオンズリーグ(以下ACL)でも先発出場を果たし、勝利に貢献した。高いボールスキルに加え、フィジカルの強さも手に入れた郷家は、そのユーティリティー性の高さも武器となっている。そのプレー振りは、どこのポジションで出場しても一定以上の評価を獲得している。それだけでも相当に凄いことなのだが、そろそろ自分の代名詞ともなる強烈な武器が必要な時期に差し掛かっているように思える。
 4-3-3のフォーメーションで試合に臨んだこの試合のヴィッセルにおいて、郷家は右のウイングに入った。トルステン フィンク監督の狙いとしては、サイドバックの上がりを待ってハーフスペースに入りこませることで、横浜FCのブロックを左右と前後に分断させたかったのだろう。これを両サイドに構築することで、右サイドには西大伍‐郷家‐山口蛍、左サイドには酒井高徳‐古橋亨梧‐アンドレス イニエスタという二つのトライアングルが出来上がり、強力な攻撃起点が左右に出来上がる筈だった。しかし左サイドではこの狙いを具現化できていたのに対し、右サイドではその形を作り出せなかった。アンカーに入ったセルジ サンペールから西に対しての大きな展開は、試合を通じて何度も生まれていたが、そこから先の形が作り出せなかったため、西の攻撃は外からの単純なクロスが目立っていた。これでは、独特の攻撃センスを持つ西を活かすことができない。そもそも3トップの中央で先発したのが、高さではなくラインブレークに特徴のある藤本憲明だったため、外からのクロスはそれほどの脅威とならない。加えて横浜FCは低い位置でブロックを形成していたため、ペナルティエリア内の人数も多かった。
本来であれば西と山口がパスコースを維持したまま、郷家を加えた3人のうち誰かがペナルティエリア角を取ることができれば、深さを伴った攻撃が繰り出せる。これを機能させることこそが、この試合における郷家の最大のテーマだったように思う。

 現時点でヴィッセルの右サイドの攻撃は、まだ形が出来上がっていない。昨季終盤はルーカス ポドルスキという力で相手をねじ伏せる圧倒的なパワーを持った選手が右サイドに入る場面も多く、相手を引き出すことに成功していた。ポドルスキがチームを去った今、これまで右サイドでは小川慶治朗が先発起用されてきたが、まだ形を作り上げるところまでは至っていない。だからこそ、この試合での郷家には大きな期待がかけられていた。もちろん形ができかかった場面もあった。56分に西からのクロスに対して、郷家がゴール前で頭で合わせた場面などは、フィンク監督が望んだ崩し方だったように思う。この場面では、この日好セーブを連発していた相手GKにセーブされてしまったが、ああいった形をもっと作り出すことができれば、ヴィッセルは右サイドからの攻撃も怖さが増す。何よりも西という、類稀な攻撃センスを持ったサイドバックを活かすことにつながるのだ。しかし多くの時間帯で郷家は、効果的な動きができないままだった。
 今の郷家に必要なのは「うまくプレーする」のではなく、「強くプレーする」意識であるように思う。繰り返しになるが、テクニックは申し分ない。戦術を理解する能力も高い。戦局を読む目も備わっている。体幹の強さを伴った身体のサイズもある。サッカー選手に求められる能力を、全て持っている選手とも言える。唯一足りないものがあるとすれば、相手を蹴散らすような強さだ。タイプではないのかもしれない。しかし、プロの世界で戦っていくためには、そうした強引さも求められる。それを表しているのが、失点シーンだ。あの場面で郷家は、ヴィッセルの右タッチライン際で横浜FCの左サイドバック志知孝明に入れ替わられ、そのままサイドを駆け上がられ、クロスを許してしまった。これについては試合後、フィンク監督も「クロスを上げさせないことが大事だった」と語っていたが、その手前の並走している段階で体を当ててでも止めてほしかった。そこで参考にしてほしいのが、試合終盤に松尾佑介に身体を当ててカウンターを未然に防いだ西の対応だ。この時、西はファウルを取られたが、あれはいわゆるプロフェッショナルファウルであり、チームへの貢献度は高い。天才肌の西ではあるが、やはりその裏側には「強さ」があるからこそ、独特のリズムからの球捌きに味が出てくる。

 郷家に対して紙幅を費やしすぎたかもしれないが、これは郷家だけの問題ではない。この試合では出場機会がなかった安井拓也など、レギュラーの座が見えるところまで来ている全ての若手選手に意識してほしい話でもある。この試合でフィンク監督がメンバーを入れ替えたように、夏までの戦いの中で、彼らの力が必要な場面は間違いなく訪れる。そこで起用された若手選手が、レギュラーと遜色のない力を見せることができるかどうかが、今季のヴィッセルの浮沈のカギを握っているのだ。


 この試合で、もう二つ浮き彫りになった課題がある。一つは4バック時のサンペールの使い方だ。この試合でアンカーに入ったサンペールだが、攻撃面では何本も絶妙なスルーパスを通し、チャンスを創出した。そのパス精度は高く、さらに相手の急所を射抜いていた。加えてサイドへ展開するボールは正確で、味方選手の走路をも考慮に入れた見事なものだった。攻撃面では欠くことのできないサンペールではあるが、守備の部分に弱点があることも事実だ。今のヴィッセルが志向しているサッカーは、攻撃面に重きを置いているものであり、守備面の強度が優先されるわけではないが、サイドバックが高く上がる時間が多い以上、カウンターを受けた際の対応については、リスク管理が必要になるだろう。この試合の失点シーンでもそうなのだが、カウンターを受けた際、ヴィッセルのゴール前は2枚のセンターバックとサンペールで管理する形になっていた。スピードのある選手が上がってきた場合、最初に対応するのはスピードのある大﨑玲央ということになる。ここでサンペールが戻り切れなかった場合、ゴール前はダンクレー一人が残ることになってしまう。これは昨季も見られた現象なのだが、昨季は3バックにすることで、サンペールの守備負担を軽減した。今季は4バックにも取り組む以上、この対応を確立することは急務だ。


 そしてもう一つは、攻撃時の問題だ。具体的には引いた相手をどう崩すかということだ。前記した通り、この試合では横浜FCは全体をリトリートさせてブロックを形成していた。先制した後はこの傾向がさらに顕著になった。
 フィンク監督としては、最前線に置いた藤本に裏を取る動きを期待したのだろうが、藤本が走りこむスペースすらなかなか見つけられなかった。この試合に限定した話とすれば、藤本には二つの工夫が必要だったかもしれない。二つとは動く方向の工夫、そして仕掛けるタイミングの工夫だったように思う。まず方向だが、藤本の動きは縦の動きがメインとなる。単純な飛び出しではなく、縦と横の動きを組み合わせることで、相手の裏を取るタイミングをうかがっている。これがあるからこそ、ここまで各カテゴリで得点を奪ってきた。しかしこの試合では経験豊富な伊野波雅彦とカルフィン ヨン ア ピンのコンビが二人で藤本を見る格好になっていたため、その動きを読んで対処してきた。藤本が狙うべきは、少し下がった位置からこのコンビの間を斜めに狙う動きだったように思う。
 そして仕掛けるタイミングを、普段よりも早めてもよかったかもしれない。ボールが低い位置にあるときから仕掛け続けることで、相手のセンターバックコンビを動かし続けることができれば、藤本の技術ならば裏が取れた可能性はある。
 途中交代を告げられ、ピッチを後にする藤本の表情は硬かった。そこにはいつもサポーターの前でひょうきんな雰囲気は微塵もなく、与えられたチャンスを逃した悔しさが顕れているように感じられた。なかなか思うように出場機会をつかめない中で、漸く巡ってきた先発の機会を活かしきれなかったという思いが強かったのだろう。しかし、この表情ができる間は大丈夫だろう。苦労を重ねてここまで上ってきた選手だけに、さらなる工夫を凝らしてくるだろう。筆者の好きな選手でもあり、この先の活躍を信じている。

 試合を通じてのポゼッション率は、ヴィッセルが66%だった。パス数でも相手を倍以上も上回ったが、その理由は何度も繰り返すように、横浜FCが引いて守りを固めたためだ。これから先、ヴィッセルはこうした相手と何度も戦うことになるだろう。昨季終盤から見せた戦いの中で、今のヴィッセルを相手にボールの握りあいをすることの不利は、多くのクラブが悟っているはずだ。となると、こうした引いた相手をどのように崩すかという課題を解決しなければならない。
 ここで注意したいのは、「イニエスタのドリブル突破で崩す」という解決策は、オプションに留めておかなければならないということだ。この試合の中でも、イニエスタは何度も芸術的なドリブル突破を見せた。特に83分に見せたプレーは、複数人の選手をゴールライン近くという狭いスペースの中で、完璧なボールコントロールをもって無力化するという、文字通り「魔法」のような見事なものだった。恐らくイニエスタの技術ならば、どのチームを相手にしたとしてもドリブルで深い位置まで入り込むことは可能だろう。しかしそこにパワーを使い続けてしまえば、如何に魔法使いといえども消耗することは避けられない。イニエスタを少しでも多くの試合で、長い時間使うマネジメントこそが、ヴィッセルが頂点を狙う上では課題となってくる。
 ではどのようにして引いた相手を崩すかという課題だが、これまでの選択肢はボールをポゼッションしながら、相手を釣り出す動きだった。しかしこの日の横浜FCがそうであったように、その動き自体に釣られることなく、自陣を守り続ける相手が出てきた。それだけヴィッセルの攻撃がリスペクトされ、特別な存在として対策を練られているということであり、名誉なことでもあるのだが、これを崩すのは容易なことではない。セオリー通りであれば、ミドルレンジからのシュートを積極的に使うことで、相手のブロックを前に引き出すことになるのだろうが、今のヴィッセルが志向しているサッカーから言えば、低確率の手段によって攻撃機会を寸断してしまうリスクの方を恐れる。となると、やはり前線の選手の動きの質を上げるという点に収斂していく。
 その意味でも、この試合で古橋が挙げた得点のシーンには注目したい。酒井が右後方のサンペールにボールを戻したとき、古橋はペナルティエリアのすぐ外に位置している。古橋の視界には、前にいる3枚のディフェンスとその間にポジションを取ったドウグラスの姿が入っていた。この時、3枚のディフェンスはいずれもボール方向を見ている。さらに、古橋の前を横切るように別の相手選手が守備に入ろうとした。この選手もボール方向を見ている。サンペールにボールが入った瞬間、この選手は中間ポジションでフリーになっていたイニエスタに向けて走り出した。そして3枚のディフェンスはいずれもボールとドウグラスを見ていた。この状況を見て古橋は、わずかにボール方向に目をやりながら身を屈めるように走り出している。ここで古橋の優位は決まった。ヴィッセルにはイニエスタ、そしてサンペールという完璧なスルーパスを操る選手が存在している。ボール方向を見ながら駆け引きをするのではなく、相手選手の視線と重心だけを見ながら、その逆を取る動きを徹底していれば、必ずそこにボールは出てくる。これを徹底することができれば、相手の引いて守る戦術はその効果の大部分を失うことになる。

 数字の上で圧倒的に試合は支配したが、結果はドロー。焦れる展開の中で、よくぞ追いついたと思う。しかし同時に、後半見せたような戦い方を前半から見せていたならば、違った結果が出たのではないかという思いは拭い切れない。試合後、イニエスタが語ったように、後半見せた戦い方こそが、ヴィッセルのゆくべき道だ。その道を進むためには、ヴィッセルの基本であるパスをつなぐという点でのミスは許されない。この試合では、前半細かなミスが散見されたことは事実だ。連戦の疲れなど様々なネガティブファクターはあるが、そうしたものとも戦わなければいけない位置までヴィッセルは来ている。


 この試合で特筆すべきは、久し振りの先発出場を果たした前川黛也だ。攻め込まれる場面は少なかったが、後半カウンターで抜け出された場面では、一美和成との1対1で見事なセーブを見せた。それ以外にもヴィッセルの守備ラインの裏側にボールがこぼれた場面では、躊躇なく飛び出し頭でボールを出すなど、好判断を見せた。一昨年の好調時の動きを取り戻しているように見えた。サイズは申し分なく、基礎技術に加えて、ヴィッセルのサッカーにとって必要な足もとの技術も持っている選手であるだけに、昨季失った自信を取り戻すことさえできれば、飯倉大樹のライバルとしてクローズアップされるべき存在だ。この試合でのプレーを自信に変え、正GKの座を狙ってほしい。

 最後にどうしても記しておきたいことがある。それはこの試合で見せたヴィッセルサポーターとクラブの強い紐帯のことだ。この試合は折からの新型コロナウイルスの感染予防及び拡散防止として、チャントや肩組み、応援旗が禁止となっていた。これだけ聞くとサポーターが手足を縛られたかのような印象を受けるかもしれないが、その実は逆だった。ヴィッセルのサポーターは床を踏み鳴らし、手拍子と合わせることでリズムを作り出し、スタジアムに一体感を作り出していた。見事な工夫であり、思わず唸ってしまった。本来であれば歌い、大声を上げたかったのかもしれないが、クラブが大勢の人を集客する責任ある立場であることを理解しているからこそ、この決定を受け入れ、前日の発表であったにもかかわらず、あのような素晴らしい存在感のある応援を作り出せたのだろう。クラブとしても苦渋の決断だったと思うが、よくぞ踏み切ったと思う。いまだ全貌が把握できていない新型コロナウイルスとの戦いには、様々な困難が伴う。この日、ヴィッセルとヴィッセルサポーターが見せた姿は、その戦いに勇気を与えるものだった。クラブとサポーターに心からの敬意を表したい。

 連勝は途切れたが、不敗は続いている。次戦は中4日でアウェイ鹿島戦だ。鹿島は開幕戦で大敗を喫しただけに、ホームで必勝を期して臨んでくることは間違いない。昨季のリーグ戦、天皇杯と連勝中の相手ではあるが、質の高い選手が揃っている「勝ち方」を知っているクラブであることに変わりはない。自らの力を過信せず、この戦いに臨んでほしい。それこそがこの日、神戸讚歌の代わりにタオルマフラーを掲げ、クラブへの愛情を示したサポーターへの最大の恩返しとなる。