覆面記者の目

J1 第24節 vs.川崎F ノエスタ(8/26 19:03)
  • HOME神戸
  • AWAY川崎F
  • 神戸
  • 2
  • 2前半1
    0後半1
  • 2
  • 川崎F
  • 西 大伍(30')
    ドウグラス(42')
  • 得点者
  • (23')大島 僚太
    (75')旗手 怜央

この試合が「双方痛み分け」に終わったことは、試合後に両チームの監督が見せた表情が物語っている。川崎Fを率いる鬼木達監督は、明らかに不満気な表情を見せ、ヴィッセルを率いるトルステン フィンク監督は、どこか物足りなさそうな表情を見せていた。
 サッカーの試合について語るとき、内容と結果は分離されることも少なくない。この二つが、必ずしも寄り添う関係にはないためではあるが、この試合もそうした例の一つとして記憶されていくのかもしれない。試合内容で上回っていたのがヴィッセルであることは、大方の一致した意見だろう。しかし結果を見た時、主語をヴィッセルにすれば、首位の川崎Fとの差を詰めることができなかったということになり、視座を川崎Fに移せば、どんな試合でも最低限の結果は残すしたたかさを見せたともいうことにもなる。この表現から受ける印象通り、結果だけを見た時には、ヴィッセルの方がネガティブな立場になるのかもしれないが、それはヴィッセルというクラブの立ち位置が変わったためでもある。
 Jリーグにおいて、ここ数年で最も成長したクラブの一つがヴィッセルであることは事実だ。明確な方針を定め、それに即した補強を続けてきたことが奏功し、着実に強さを身につけてきた。晴れてチームはクラブ史上初のタイトルホルダーとなり、その強さを恒常的なものとするための挑戦が、今シーズンというわけだ。目線が高くなってきたからこそ、我々はこの試合の結果に満足することができない。以前の我々であれば、「首位のチームを相手に、複数の主力選手を欠きながらも内容では圧倒」という事実だけで一応の満足感が得られていた筈だ。しかし、過酷な日程の中、最後まで戦い抜いた選手たちには酷な話ではあるが、やはりこの試合結果については、反省すべき点の多い試合として捉えるべきなのではないだろうか。

 現時点における、川崎Fとヴィッセルの差。それが「戦力の厚み」にあることは、この試合で改めて顕在化した。「戦力の厚み」が顕著になるのは、途中交代で登場する選手のパフォーマンスによって明示される。途中出場の選手たちが、チームに新たなパワーを注入した川崎Fに対して、ヴィッセルのそれは、疲労に伴い低下していくチームパフォーマンスの減退を緩やかにするだけの効果しか発揮できなかった。では途中から出場した選手個々の能力が低いのかといえば、決してそんなことはない。個人単位で見た時には、素晴らしい能力の持ち主ばかりであり、川崎Fに対して引けを取るものではない。彼らに不足していたのは、経験と自信、そして僅かばかりの運だったと言う他ない。今回は2人の若手選手についてフォーカスしてみたい。


 まずは57分に小川慶治朗との交代でピッチに投入された小田裕太郎だ。この試合でも何度かチャンスを創出した。中でも最大のチャンスは71分のプレーだった。藤本憲明のプレスが、相手GKのクリアミスを誘い、それを拾った小田がシュートを放った場面だ。角度からしても、枠さえ捉えることができれば3点目となったと思われるが、ここで小田のシュートは枠を外してしまった。その前にも小田は、ペナルティエリア前で右から中央にドリブルで動きながらシュートコースを探し、相手の隙間を見つけシュートを放ったが、これも枠を捉えなかった。試合を重ねるごとに、得点に近づいている雰囲気は醸し出しているが、実際に得点を挙げているわけではない。小田自身も、もどかしさを抱えていることだろう。着実にゴールに迫りながらもシュートを決めることができていない理由の一端は、シュートをスピードで打っている点にあるように思う。元ブラジル代表で、柏でのプレー経験のあるカレッカは「シュートは打つ前に勝負を決めておく」と語っていたという。この話は、以前取材したサッカー関係者から聞いた話だ。カレッカは「ボールを持った時点でGKの位置を確認し、その届かない位置のゴールネットにパスをしてあげる」という感覚で、シュートを打っていたそうだ。要はシュートに必要なのは、スピードよりも、狙いとそこに打ち込むための正確なコントロールということだろう。そう考えると、今の小田が身につけるべきは、シュートを完璧にコントロールする技術ということになるのかもしれない。
 この試合における小田は、チームにとってちょっとしたブレーキになってしまっていた。それはシュート云々という話だけではない。ヴィッセルのサッカーにおける最重要課題である「チームメートに時間とスペースを作る」という行為に関してだ。小田にボールが入った際、小田はポジションを移しながらボールを握り、時間を作る意識はあった。しかし時間と同時にスペースを作らなければ、それは孤立化を招く。スペースを作るためには、ボールを握りながら相手を引き付け、そのスペースに周りの選手が入ってくるように誘導しなければならない。当然、ボールを受ける時点で周りの選手の位置を確認する必要がある。この試合の小田は、相手の位置は確認していたように見えたが、周囲の選手の動きまでは確認しきれていなかった。そしてボールを握りながら首を振ることで、味方の位置を確認していたように思う。これではスペースを作り出すには至らない。周りの選手が無理なく動くことができる位置を瞬時に見つけ、そこが空くように動かなければならないのだ。
 こうした動き方について、小田は十分に理解していると思う。実際に過去出場した試合では、そのように動くことで味方が動きやすい環境を作り出していたからだ。ではなぜ、この試合ではそれができなかったのか。その答えは「相手との力関係」にある。過去の対戦チームに対してリスペクトを持った上で言うと、川崎Fの圧力はやはり強かった。それは個々の選手の技量という話だけではなく、「Jリーグ屈指の攻撃力を持った川崎F」というイメージが作り出す部分も少なくない。このイメージがあるため、小田はリードしている状況での投入だったにもかかわらず、「ミスが許されない」と自縄自縛に陥ってしまったように思う。その気持ちが、小田にセーフティーな選択をさせたのだとすれば、残念だったと言う他ない。川崎Fの選手が高い技術を持っていることは事実だが、それは他のチームでも同様だ。サッカーをプレーしている人間にとっては、J1リーグでプレーしている選手というのは、それだけで十分「怪物」であり、自信とすべきことなのだ。「首位を独走する川崎F」という冠に蓋をしてみれば、小田にとって戦えない相手ではなかった筈なのだ。


 同様のことはもう一人の若手選手、佐々木大樹についても言える。68分に安井拓也との交代で送り込まれた佐々木だが、こちらも普段通りのプレーができないままに試合を終えてしまった。何度もボールが佐々木のところに入っていたのだが、その収まりは悪く、前にボールを運ぼうとしても、相手選手に奪われるシーンが目立った。本来、佐々木はボールを握るのが巧い選手だ。自分の身体の下でボールを持つことができ、フィジカルも強いため、そう簡単にボールを手放すことはない。そして小田同様、ボールと自分の距離をコントロールしながらドリブルできるため、相手を制御しながら前に運ぶことができる。しかし、この試合においてはボールタッチが長く、そこを相手選手にカットされるということの繰り返しだった。スリッピーだったピッチコンディションも影響したと見る向きもあるかもしれないが、筆者はそうは思わない。佐々木や小田のテクニックは、それほど脆いものではないと思っているからだ。プレー経験のない(或いは少ない)雪の中や泥炭のようなコンディションならばともかく、スリッピーな程度でボールコントロールを失うレベルの選手であれば、J1の試合に出場することなどできない。佐々木がコントロールできていなかったのは、ボール以前に自分のメンタルだったように思う。そして最初のプレーで巧くいかなかったため、そこからは微調整しようとすればするほど深みに嵌まり込んでしまったのだろう。
 佐々木に対しては、同サイドでプレーする西大伍が試合中、細かく声をかけて、アドバイスを送っていたようだが、核となる自分のプレーに狂いが生じていたことで、そのアドバイスを活かすことはできなかったのだろう。

 この試合では「ブレーキ役」ともいえる格好になってしまった小田、佐々木の両選手だが、彼らの能力に問題がないことは強調しておきたい。あとは ― これが最も難しいことではあるが ― 能力を安定的に発揮することだ。それを身につけた時、彼らはレギュラーとしてヴィッセルを引っ張る立場へと上り詰めるだろう。そして忘れてはいけないのは、プロにはリベンジする機会があるということだ。プロとしての戦いは、一度で終わらない。この試合でできなかったことは、次の機会にやればよい。それこそがプロ選手に与えられた特権なのだ。


 ここで一人の若い選手を取り上げる必要がある。それは安井だ。試合後、フィンク監督が会見の中で「仕事ぶりに満足している」として、敢えて名前を挙げた選手でもある。プロ4年目を迎えた安井の成長は、目覚ましいものがある。アンドレス イニエスタに代わって起用されることが多い安井だが、フィンク監督も言及したように、イニエスタと同じプレーを目指すのではなく、イニエスタができないプレーを意識することで、その存在感を増している。具体的には自分がピッチの中心になるのではなく、相手の急所に入り込んで、そこでボールを握り「時間とスペース」を作り出すプレーで、ヴィッセルの攻撃を牽引していた。イニエスタは、尋常ではないボールコントロール技術があるため、位置を大きく変えることなくプレーできる。そのため、試合を通してイニエスタのいる位置がピッチの中心点とイコールになる。しかしこんなプレーができるのは、世界でもイニエスタただ一人だ。安井は同じ土俵に上がらないことで、自分の価値を獲得した。
 もちろん安井は、考え方だけで今の位置まで登ってきたわけではない。そこには冷静な自己分析と問題解決があった。プロ1年目からテクニック面では秀でていた安井だが、弱点はあった。最大の弱点は、若い選手の多くがそうであるように、フィジカル面にあった。それから4年。安井は鍛錬を積み重ねた結果、それを克服した。そして、それをこの試合でも証明してみせた。前半、ボールを握った安井に対して、家長昭博が厳しく身体を寄せたシーンがあったが、そこで安井はこれに倒れることなくボールを握り続け、味方へのパスへとつないだ。家長といえば、テクニック以上にそのフィジカルの強さに特徴を持つ選手だが、それを相手にしても問題ないレベルまで、安井は自らを強化している。これがあるからこそ、今の安井は自分の特徴であるテクニックを発揮する機会が多くなっている。小田や佐々木が、この「ヴィッセルアカデミーの先輩」から学ぶべきは、目標に向けて努力し続ける姿勢だ。問題を発見し、それを解決する努力を続けることができれば、そう遠くない時期に、安井のようにチームの中心に近づけることができるようになるだろう。

 試合全体を振り返ると、冒頭で記したように内容的にはヴィッセルが完全に川崎Fを上回った。特に前半、6割以上のポゼッション率を記録したように、ヴィッセルがボールを握り続け、川崎Fを振り回し続けた。先制点こそ川崎Fの若き司令塔・大島僚太に決められてしまったが、これとても崩されてのものではない。GKから始まるビルドアップは、全員が的確なポジションを取り、常に複数の選択肢をもつことで実現したものだ。これは川崎Fにとっては、相当にショックな事態だったと思う。ポゼッションしながら、相手を動かすことにおいても、川崎Fは相当に自信を持っていたはずだ。試合前、多くの選手がヴィッセルに対する警戒感を言葉にしていたが、ここまでボールを動かされるとは思っていなかったのではないだろうか。ボールを奪うポイントを見つけられず、ヴィッセルのパススピードに対応できなかったという事実は、この先2週にわたって続くヴィッセルとの連戦に影響するかもしれない。

 特に素晴らしかったのは最初の得点シーンだ。ロンドを形成し、川崎Fをその中に閉じ込めた状態でボールを動かし、最後は山口蛍が入れたクロスに西が飛び込みヴィッセルでの初得点を挙げた。ここでヴィッセルはピッチ上を広く使いながらも、ボールを動かす段階で川崎Fを圧搾していった。その結果川崎Fの守備は、外から飛び込んでくる動きに対しては受け身にならざるを得ず、西に対して全く対応できていなかった。

 川崎Fはセルジ サンペールの横のスペースでボールを奪いたかったのだろうが、サンペールの巧みなボールキープの前に、マークする選手を定めることができていなかったように見えた。この試合でサンペールは最後まで捉まることなく、ボールを配給し続けた。相手の前で緩急をつけながら相手を引き出し、パスコースを作り出してから西や酒井高徳といったサイドバックの選手にボールを通すことで、ヴィッセルの攻撃する面積を横に広げ、その上で自分の立ち位置を上下動することで、川崎Fの布陣を閉じ込めていた。


 このように見てくると、勝つべき試合だったことが判る。試合後、フィンク監督は「3点目が取れていれば、試合はそこで終わった」と語っていた。それは試合後に西が「カウンターで仕留めるチャンスは何度もあったが、そこのクオリティーが低かったため、川崎Fにチャンスを与えてしまった」と語った通りだ。しかし同時に、1点差を守り抜くという選択肢もあったように思う。試合終盤の失点が多い印象がある今季だが、その理由としては、試合終盤の体力であり、交代選手のクオリティーという問題に帰結する。本来ヴィッセルが目指すサッカーにおいては、いわゆる「オープンな展開」は許されない。相手が前への圧力を高めてきたとしても、それを正面から受けて、カウンター合戦のような形に持ち込むのではなく、あくまでもロンドを形成し、その中に相手を閉じ込め続けるのが理想だ。しかしその点が、まだ曖昧になっている。実力差の少ないJリーグにおいて、相手が全力で前に出てくるのをいなし続けることは、容易いことではない。引いてブロックを組むわけではないため、一つでもミスがあれば、そこから前に持ち込まれるリスクがある。それだけに高い技術が求められるのだが、昨今の暑さ、今季特有の超過密日程なども影響し、体力面での消耗が技術にも判断面にも悪い影響を及ぼしているのだろう。となれば、途中交代で投入されたフレッシュな選手たちが中心となり、ピッチ上をクローズした状態にしなければならない。これを取り戻せるかが、今後のヴィッセルの浮沈のカギを握っている。


 最後に一つ、気がかりなことを指摘しておく。それは古橋亨梧だ。戦列復帰以降、相変わらずの献身的な動きを見せている古橋だが、ゴールに近い位置でのプレーが減っている。ポジショニングは相変わらず素晴らしく、外でボールを受けてから中に切れ込む動きは、負傷前と何ら変わっていないのだが、ゴールに近い位置まで入り込む回数が減っていることは、少しだけ気になる。この試合では、ボールが思ったようにコントロールできない場面も散見されたが、どうもここ数試合は「決める人」ではなく、「決めさせる人」としての動きが多いように見える。それでもいい仕事はしているのだが、やはり古橋の怖さは「決める人」になった時だ。プレーについて、しっかりと考える選手であるだけに杞憂であるとは思うのだが、そろそろ「エース」のゴールが見たいと思っているのは、筆者だけではないはずだ。

 厳しいことを書いてきたが、この試合でヴィッセルが力をつけていることは誰の目にも明らかだった。試合後、2点目をアシストするなど大活躍だったダンクレーは「昨年終盤のいい時に近づいた」と、ポジティブな印象を語ってくれた。戦力の入れ替えがあった今、ヴィッセルが目指すサッカーは、昨年のそれと同一ではない。ベースには、昨年まで数年がかりで築き上げてきたサッカーがあるとはいえ、新しい戦力を加え、それに合わせた形でのチーム作りの最中だ。そしてそれが完成に近づきつつあることを感じた試合でもあった。コロナ禍によって短期集中になったとはいえ、リーグ戦はまだ3分の1を消化したに過ぎない。本当の勝負はまだ先だ。

 チームの完成度を図る上でも、次戦の横浜FM戦は大事な一戦だ。ともに中2日での連戦であるため、コンディションは厳しいだろうが、そこはディフェンディングチャンピオンとの一戦。互いに気の抜けない試合となるだろう。もう遠い昔のことのようだが、2月頭に行われたFUJI XEROX SUPER CUP 2020以来の対戦となるが、現在の立ち位置を図る上では絶好の相手だ。ここで弾みをつけて、来週水曜日、川崎Fとの顔合わせとなる2020 JリーグYBCルヴァンカップ プライムステージ準々決勝に臨んでもらいたい。