覆面記者の目

天皇杯 準々決勝 vs.大分 ノエスタ(10/23 19:00)
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  • 山口 蛍(56')
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試合後の会見に現れたトルステン フィンク監督は、喜びよりも安堵の表情を浮かべていたように思えた。
それは天皇杯準決勝に駒を進めたという結果に対するものだけではなかったようだ。
 どんなチームでも敗戦を喫することはあるが、それが単発的な結果なのか、それともチームの流れが変わりつつあるの結果なのかを、指揮官は見極めなければならない。
勝負の世界は「流れが読めてこそ一流」と言われるが、フィンク監督は直近の2試合でチームの流れが悪い方向に変わりつつあることを敏感に感じ取っていたのだろう。
だからこそこの試合に対しては慎重であり、いつもなら明言する主力選手の出場可否についても言葉を濁したと思われる。
選手たちも、その指揮官の発する雰囲気を敏感に感じ取っていたのだろう。
最後まで集中力を切らすことなく戦い、見事な完封勝利を挙げた。
試合後のフィンク監督の表情は、危惧していた悪い流れを断ち切ったことに対する安堵感だったのではないだろうか。


 この試合に臨むにあたり、フィンク監督は「試合の入り方」にフォーカスしていた。 
試合前日には、「これをトレンドにしてはいけない」という独特の表現で、序盤の失点を警戒していたが、それもその筈である。
直近の公式戦2試合は、いずれも序盤の失点が試合の趨勢を決してしまったからだ。
攻撃にフォーカスされることの多い今季のヴィッセルだが、攻撃と守備が不可分である以上、良い守備がないところに良い攻撃はない。
守備の乱れが攻撃の停滞を招いていたことは、明らかだった。
 ここ2試合でヴィッセルが見せた弱点は共通していた。
それは3バックとアンカーの関係にある。
対戦相手が口を揃えるように、アンカーを務めているセルジ サンペールの能力は高い。
ここで自由にゲームを組み立てられた時、ヴィッセルの攻撃力は最大限に発揮される。
対戦相手にとっては、ここを如何にして止めるかということがヴィッセル対策の第一歩になる。
FC東京は高萩洋次郎の徹底マンマークによって、サンペールの無効化を図った。
広島はボランチとインサイドハーフの選手がサンペールを挟み込み続け、最終ラインからサンペールにボールが入るのを防ぎ続けた。
こうしてヴィッセルの攻撃の芽を食い止めた上で、次に狙うは3バックだ。
テーマは、3バックの間隔を如何にして拡げさせるかということになる。
ヴィッセルの布陣では、サイドに立ち位置を取るプレーヤーはウイングバックのみとなっている。
そこでサイドの深い位置に複数の選手で起点を作り続けることで、左右のセンターバックを釣り出そうとした。
ヴィッセルのウイングバックは攻撃に備えて高い位置を取っているため、ここが戻ってくるよりも早く、攻撃の形を作ることが鍵となる。
こうすることで戻ってきたウイングバックとセンターバックの関係を曖昧にして、ヴィッセルのゴール前にスペースを作り出してきた。
 そして大分だ。
大分は3-4-2-1の布陣をベースとしていたが、試合の中でヴィッセルに対してマンツーマン気味に選手をぶつけてきた。
簡単に前進させないことで、ヴィッセルのペースを狂わそうとしたのだろう。
ここまでは予想の範疇だった。
これに対してフィンク監督は二つの対応策を施した。
1つは前線を2トップではなく、田中順也のワントップとして大分の守備陣を押し込むように動かした。
そして古橋亨梧と小川慶治朗をシャドーストライカーの位置において、田中の手前で攻撃を仕掛けるようにしたのだ。
もう1つの対応策は山口蛍のポジションだ。
古橋と小川の後ろに置くことで、サンペールの護衛役を兼ねるように動かした。
運動量と読みの鋭さを併せ持つ山口だからこそ、この難しいポジションをこなせると判断したのだろう。
これによってヴィッセルの布陣は攻撃時は3-1-5-1、守備時は5-4-1のような形となった。


 この戦い方が機能したのは、偏に山口の働きによる。
試合後にフィンク監督は「褒めてあげたい」と、山口に最大限の賛辞を呈していたが、事実、この試合における山口の働きは見事という他ない。
大分のボランチである長谷川雄志と島川俊郎がサンペールをマークし、ボールを前に出させないようにしたが、その横までポジションを落とすことでサンペールからのボールを受け取る役割を果たした。
前にボールを運ぶこともできる山口の存在は、長谷川と島川のコンビネーションに大きな影響を与えた。
山口がサンペールからのボールを受けるとなると、これを放置することもできず、長谷川と島川のコンビは解体されていった。
そして自分にマークがついた時点で前に動き直すことで、サンペールのマークを緩めた。
過去2試合サンペールに与えられなかったスペースと時間を、ポジションひとつで作り出して見せたのだ。
さらに前に上がるときも、マークについたボランチが躊躇するくらい一気に上がるため、大分のボランチとセンターバックの関係は曖昧になった。
前でボールを取られたときには、中央のパスコースは山口が切っているため、大分の攻撃はサイドに偏らざるを得ない。
サイドと判っていれば、ヴィッセルの守備は落ち着いて対応できる。
要は中央のスペースを山口が制圧したことで、ヴィッセルは戦いやすくなったのだ。
どんな時も常に謙虚な姿勢を崩さない山口は、自分の働きではなく、チーム全体で作り出した状況だと言うだろうが、この試合において山口が果たした役割は大きすぎるくらいに大きい。
得点シーンでも、左に流れながら身体を倒し、唯一空いていたコースにボールを蹴りこむことに集中した。
強いボールを蹴らずとも、正確にコースを狙うことができればゴールは奪えるという、教本にしたいようなシュートだった。
山口は、試合後にサポーターへ「神戸の歴史を変えましょう」と言ったという。
類稀な運動量と的確な読み、そして高い技術を兼ね備えた山口の存在はヴィッセルの歴史を変える強い動力となっている。
セレッソ大阪在籍時はボランチでのボール奪取のイメージが強かった山口だが、今季はヴィッセルで新しいイメージを作りつつある。
その適正を見抜いたフィンク監督の眼力にも驚かされるが、それをこなしてしまう山口の器用さ、そして戦術を理解する能力の高さには改めて驚かされた。
多くの評論家が「山口は賢くなった」と口にするが、そうではない。
元々備わっていた能力が、フィンク監督との邂逅によって引き出されただけなのだ。
固定観念で選手を見てはいけないということを、改めて思わされる。

 試合が進むにつれて、ヴィッセルは本来の動きを取り戻していった。
前記したとおり山口の動きによってサンペール、とりわけその後ろの大﨑玲央にスペースが生まれたことが大きい。
FC東京戦では出場停止となっていた大﨑だが、ヴィッセルのサッカーを成立させる上で重要な選手であることを、改めて感じさせてくれた。
時間経過とともに前に出られなくなった大分が引いて守る中、目の前のスペースに対して積極的に歩を進める大﨑が、チーム全体を前に進めた。
相手に寄せられても臆することなくボールを握り続け、引きつけてからボールを動かしていくため、大﨑がボールを持つとピッチ上のどこかにスペースが生まれる。
サンペールとのコンビネーションが良く、サンペールがポジションを取るための時間を作ることで、『ヴィッセルの形』が整っていく。
ゴール前では身体を張った守りで、相手のシュートにも飛び込んでいける強さもある。


 そして、この大﨑の動きを可能にしていたのはGKの飯倉大樹、ダンクレー、そしてトーマス フェルマーレンとの関係だ。
中でも、前節はベンチ外となったフェルマーレンは見事だった。
大分のチーム得点王であるオナイウ阿道が何度もフェルマーレンのサイドに流れながら、フェルマーレンを足止めして、その外側に起点を作らせようとしたが、上がってくる松本怜を含め対処していたため、全くそれを許さなかった。
大分はウイングバックの酒井高徳を前に引き出して、スペースに2列目の選手をそこに入れたり、時には同サイドのセンターバックである岩田智輝を上げるなど、様々な策を講じてきたが、大きく局面を変えるには至らなかった。
そんな中でフェルマーレンはステイして相手を止めたかと思えば、前に出てボールをカット、そのまま敵陣まで上がり、スペースをドリブルで切り裂くなど、変幻自在のプレーで大分の攻撃陣を翻弄し続けた。
加えてボールスキルが高いため、後ろ向きにボールを受けた際も、マークの相手を連れながらスペースを動き、素早いターンからボールを前に蹴りだすことができるため、フェルマーレンのサイドが破綻することはない。
さらにタッチライン際の狭いスペースでも、それを難なくこなしてしまうため、大分の攻撃陣がフェルマーレンのサイドを諦めるのは早かった。

 最終的に大分の攻撃陣が狙いを定めたのは、ヴィッセルの右サイドだった。
FC東京戦に続いて先発で起用された藤谷壮にとっては試練だったが、概ね巧く対応していた。
対峙するウイングバックの星雄次が上がり、2列目の小塚和季との連携で仕掛けてきた際は苦戦を余儀なくされたが、ペナルティエリア角のスペースを意識した守りで小塚を止めた上で、味方のフォローを待つ落ち着きを見せた。
何度か自陣でこぼれたボールに軽く入ってしまった場面も見られたが、こうした部分は経験が大きく影響している。
強くいく部分さえ間違えなければ、藤谷は充分にJ1リーグでも戦えるだけの力をつけている。
FC東京戦ではインサイドハーフが作り出したハーフスペースの使い方に課題を残していたが、この試合ではそこから中を第一選択とする動きを見せるなど、試合の中で突きつけられた課題を克服しようとしていた。
この試合では大分のサイドが前に出てきていたため、そこで西のように裏を取ってパスで崩す動きができれば良かったのだが、そこは今後の課題だ。
さらにカットインした中で右足に置き換えることなく、左足でファーサイドに巻き気味のボールを蹴ることができるようになってほしい。
持ち前のスピードを活かして、有利なポジション取ることはできているだけに、そうした選択肢を持つことができれば、藤谷の箇所はヴィッセルのストロングポイントとなる。
まだ様々な課題は残っているが、僅か4日間でも成長を感じさせた藤谷の非凡な能力には、今後も大きな期待をかけてもよさそうだ。

 この試合で最も難しい役割を担っていたのは田中だった。
ワントップで「深さ」を作り出す役割だったことは、冒頭で述べたとおりだが、時間経過とともに大分の重心が後ろに下がってきたため、田中にとってはプレーエリアが狭くなる中での戦いとなった。
充分な深さを作るにはスペースが足りなかったが、それでもすぐに横の動きで相手の最終ラインを広げようとした辺りは、さすがに経験豊富な選手だ。
小川の縦の突破が有効と見るや、小川のサイドに流れ、小川が中央に入り込むスペースを作り出していった。
山口の先制点の場面でも、自分がニアサイドに流れることで山口のシュートコースを空けた。
この試合ではボールの収まりが良かったわけではないが、限られたスペースの中で最大限の効果を狙えるのは、今の田中の調子の良さを表している。

 最少得点差のまま進んだ試合をクローズさせたのは、最後にピッチに登場したルーカス ポドルスキの力によるところが大きい。
FC東京戦でもそうだったが、自由に中盤と前線の間を動きながら、ボールを失わずに味方を動かすことができるため、大分のように組織で動く相手にとっては最も捕まえ難い存在となる。
絶好のシュートチャンスでパスを選択したのは少々意外だったが、それでも相手の寄せに対して全く怯むことなくボールを握り続けるポドルスキの存在感は際立っていた。
ミドルレンジからも強いシュートを蹴ることができるため、ポドルスキがボールを持つと、相手選手には早い段階からシュートに備える必要が生じる。
これが、大分の反撃から迫力を奪った最大の要因だ。
どんなチームにとっても、試合の〆方は課題ではあるが、攻撃の気配を感じさせ続けることこそが、相手の牙を抜く方法であることをポドルスキは示した。

 ここまで述べてきたように、この試合では、直近2試合で見られた課題に一応の答えを出した。
しかしこれが最終回答かといえば、決してそうではない。
大分が整備された組織だからこそ、効いたやり方だったともいえる。
まだ対戦を残している名古屋のように、個人スキルで勝負してくるチーム相手には、また違った戦い方が要求されるだろう。
さらにヴィッセルにはアンドレス イニエスタという「絶対的な」存在がある。
イニエスタがピッチに立てば、相手チームの戦術はそこからの逆算を余儀なくされる。
サンペールをマークしても、その近くにイニエスタが落ちることで、一挙に局面は変わる。
高いスキルを持つ選手が揃っているヴィッセルとはいえ、ヴィッセルだけに的を絞って対策を講じてくる相手を常に上回り続けることは容易いことではない。
しかしそれを続けることが、来季以降の戦いにつながる。

 試合後の会見で、大分を率いる片野坂知宏監督は、全ての面でヴィッセルに完敗だったことを認めた。
その上でヴィッセルとのクラブ規模の差について聞かれた際、「サッカーは予算だけで決まるものではない」「選手の力量差を埋める組織力を高めたい」と発言した上で、「お金があれば、ヴィッセルのような選手がほしいですけどね」と報道陣の笑いを誘った。
この片野坂監督の冗談を受けて、一部のメディアではヴィッセルの資金力が大分を打ち破ったかのようなニュアンスで報じられているようだが、これに対しては明確に反論しておきたい。
確かにヴィッセルにはイニエスタ、ダビド ビジャ、ポドルスキ、フェルマーレンといった、世界的スター選手が在籍している。
しかしこうした選手は、『金さえあれば呼べる』といったような存在ではない。
三木谷浩史会長を筆頭に、ヴィッセルが時間をかけて培ってきた信用があればこそ、こうした超一流選手が下駄を預けてくれるのだ。
 20年以上前、ある企業が中心となってディエゴ・マラドーナを獲得しようとしたことがあった。
バブル経済真っ只中だったこともあり、資金的には充分すぎるだけのものを用意して、交渉に臨んだという。
しかし話がまとまることはなかった。
その理由は、当時の日本サッカー、ひいてはその企業がスポンサードするクラブが、マラドーナには相応しくないと判断されたためだ。
まだタイトルを獲得したことはないが、ヴィッセルには明確なビジョンと野望があり、クラブに対しての信用があればこそ、今のような選手構成が可能になっている。
そこを差し置いて、「金の力」のように報じるのは、さすがに礼を失しているのではないだろうか。
それ以前に、全力で戦った選手たちに対しても失礼極まりない。


 天皇杯準決勝は12月21日。
まだ2ヶ月の時が残されている。
この間、ヴィッセルに残された公式戦はリーグ戦の5試合。
まずはJ1残留を確実なものとするためにも、勝点を積み上げていく必要はあるが、今のヴィッセルにとって最も大事なのはスタイルを確立することだ。
レギュラーメンバーを並べたときの戦い方はあるが、相手に応じて、それを即興でアレンジしていく能力を身につけなければいけない。

 先日、菊花賞を制し、昭和・平成・令和の全てでG1タイトルを獲得するという偉業を成し遂げた武豊は、競馬で大事なことは作戦を変更できる柔軟性と語ってくれたことがある。
では作戦は決めずにレースに臨むのかという質問に対しては、そんな行き当たりばったりでは勝つことなどできないと笑いながら答えてくれた。
相手を見て作戦を決め、その上で刻々と変わる状況に応じて戦法を変え続ける対応力と懐の深さこそが、勝ち続けるためには重要なのだ。
 リーグ戦残り5試合の中で、結果を残しつつ、そうしたものを身につけ、2ヵ月後に待ち受ける戦いに臨んでほしい。
ここからの2ヶ月間、「ヴィッセルの歴史を変える」ための戦いが続く。

今日の一番星
[小川慶治朗選手]

縦横無尽にピッチを駆け回り中央を支配した山口、最終ラインに安定感をもたらしたフェルマーレンと迷ったが、最近の充実振りと成長を加味して小川を選出した。大分がマンツーマン気味にヴィッセルの前に出る力を止めようとしたため、こう着状態に陥りかけたが、そこを打開したのが小川のスピードだった。右サイドを何度も突破し、大分のストロングポイントである星を押し込める場面も作り出した。星が上がった際は、一気呵成に自陣まで戻り、守備面でヴィッセルアカデミーの後輩でもある藤谷をフォローし続けた。ここへ来て小川が見せる成長は、ボールの受け方に現れている。半身になって相手を引きつけた上で、ボールに触らずターンで相手をかわし、そこからボールの勢いを活かして前に進むことで、持ち前のスピードを武器へと昇華させている。さらにボールを持った際も、細かく緩急をつけながら、弧を描くようにペナルティエリアの周りを動き、相手に守備の的を絞らせていない。この試合で小川が先制点の起点となったのは、決して偶然ではない。試合後には、2年前、天皇杯の準決勝で敗れた悔しさを忘れていないと口にし、タイトルへの強いこだわりを見せた。強すぎるほどの、ヴィッセルへの思いを身体全体で表現できるからこそ、小川はサポーターから愛され続けている。輝きを取り戻した「ヴィッセル期待の星」に、更なる輝きを期待して一番星。