覆面記者の目

明治安田J1 第28節 vs.広島 Eスタ(10/5 16:03)
  • HOME広島
  • AWAY神戸
  • 広島
  • 6
  • 2前半1
    4後半1
  • 2
  • 神戸
  • 稲垣 祥(5')
    稲垣 祥(39')
    森島 司(66')
    川辺 駿(84')
    ドウグラス ヴィエイラ(91')
    森島 司(92')
  • 得点者
  • (19')古橋 亨梧
    (77')田中 順也


 試合から一夜明けてなお、現実だったとは思えない。
それほどにショッキングな敗戦だった。
トルステン フィンク監督就任に続き、トーマス フェルマーレン、酒井高徳といった実力者の補強を敢行したヴィッセルは、確実にチーム力を高めた。
その結果が、ディフェンディングチャンピオンである川崎F相手の連勝だった。
その強さは、メディアや解説者の多くも認めるところだ。
しかし今節、大敗を喫したことは事実であり、この結果と真摯に向き合わないことには、次のステージに進むことはできない。
何とも気が重い作業ではあるが、この試合を振り返ってみる。

 『攻撃と守備は表裏一体』
使い古された感のあるこの言葉こそが、この試合を読み解く鍵だ。
守備が崩壊したかのように捉えられてしまう試合ではあったが、その実、守備が機能しなかったのは思うような攻撃を繰り出すことができなかったことに起因している。
サッカーチームの特徴を、敢えて『攻撃型』と『守備型』に分類した場合、今のヴィッセルが前者に属していることは明らかだ。
もちろん、これはどちらが優れているというような話ではない。
そして、そのヴィッセルのサッカーを成り立たせているのが、アンドレス イニエスタの存在であることは言を俟たない。
この稀代の名手をどのようにして活かすのかということを最優先課題として、ヴィッセルの戦術は組み立てられている。
それを支えているのが3バック+GKの飯倉大樹で構成される最終ラインと西大伍、酒井高徳のウイングバックによる陣形だ。
そしてその臍となる位置にセルジ サンペールを置くことで、相手のプレスをかわしつつ中盤の底からゲームメークする。
そうして相手の前線を無効化しながら、イニエスタにボールを届け、そこから繰り出される自在のパスワークによって相手守備を翻弄し、傑出した得点能力のあるダビド ビジャとスピードとポジショニングセンスに優れる古橋亨梧で仕留めるというのが、ヴィッセルの形だ。
しかも随所に生まれるスペースには山口蛍が顔を出し、攻守に渡って絶妙のつなぎ役を務める。
 この形が定まってからのヴィッセルは、実際に強さを発揮している。
全ての選手が正確なパスを出すことができるため、相手チームにとっては狙いを定め難い。
しかしストロングポイントの傍にウィークポイントがあることも事実だ。
広島はこのヴィッセルの布陣が内包する弱点を衝いてきた。
その弱点とは5バックの形になった際は、その前にスペースができるという点だ。
 前出した通り、ヴィッセルのサッカーはイニエスタ、そしてサンペールが自由を確保することから始まる。
彼らのストロングポイントを最大限に活かすため、彼らの守備の負担を如何にして軽減するかということがテーマとなっている。
広島の戦い方は、ここが出発点になっていた。


 広島の攻撃は、左ウイングバックの柏好文と左インサイドハーフの森島司から始まることが多かった。
これはヴィッセル対策ではなく、広島の基本形だ。
突破力のある彼らを上げることで、敵陣深くで崩していくのは広島の得意とする戦い方だ。
試合開始直後、ダンクレーのところに仕掛けた形が思った以上に奏功し、右インサイドハーフの川辺駿がシュートを放つところまで持ち込んだ。
この場面で川辺はフリーになっていた。
ここで広島は準備してきた『ヴィッセル対策』に自信を持ったのではないだろうか。
サイドを衝くことができれば、ヴィッセルの最終ライン前にスペースを作り出すことができるというものだ。
ここで重要なのは広島の布陣だ。
3-4-2-1の布陣だが、サイドを衝くためにウイングバックとインサイドハーフをセットで動かし、3-2-4-1のような形にするということだ。
ウイングバックやインサイドハーフが単独で仕掛けたのでは、西や酒井を突破することは難しい。
しかしここを複数人で衝くことができれば、3バックの外側がフォローに来ざるを得なくなる。
こうして3バックの間を広げることができれば、そこにワントップのドウグラス ヴィエイラを入り込ませることができる。
189cmの高さとボールの収まりの良さを持つドウグラス ヴィエイラを中央に入り込ませることができると、広島の選択肢は広がる。
こうしてヴィッセルの5バックを低い位置に固定した上で、最終ラインの前にボランチの稲垣祥や青山敏弘を入り込ませることができる。
その際にもボランチの二人をセットで動かすことによって、サンペールに守備の狙いを定めさせず、その脇のスペースを使うことができる。
これが広島が準備してきた『ヴィッセル対策』だった。
これは決して目新しい戦い方ではない。
寧ろ3バックの崩し方としては、『古典』に属する形と言ってもいいだろう。
前記したように柏と森島をセットで動かすことは普段から試みている戦い方でもあり、広島の選手にとっては違和感はない。
ここで鍵を握っていたのはドウグラス ヴィエイラとハイネルだった。
中でもハイネルがキーマンだった。
ハイネルがマッチアップするのは酒井。
守備にも強さを持つ酒井を突破しなければ、広島の目論見は文字通り半減するからだ。
さらに絶対的な強さを持つトーマス フェルマーレンを外に引き出すためには、どうしてもヴィッセルの左サイドを突破する必要があった。
広島はここに最大限の力を使っていた。
時には柏を逆サイドから走りこませてまで、酒井に守備の狙いを定めさせないようにしつつ、ヴィッセルの最終ラインを押し込んでいった。
こうした流れの中から、5分に稲垣にゴールを許してしまった。


 繰り返しになるが、この試合の分かれ目は試合開始直後にあった。
柏と森島の突破に対して、ダンクレーの守備が後手を踏んだ場面だ。
ここでダンクレーが難なく弾き返していれば、広島の戦略は修正を余儀なくされた可能性はある。
そしてその流れから、川辺がフリーでシュートを打つことができたため、覚悟が決まったのだろう。
試合後、イニエスタは「出だしのところで相手は良い形で試合に入れ、逆に自分たちはうまく入れませんでした」と語った。
ヴィッセルに油断があったとは思わない。
広島の強度が想像以上であったというべきだろう。
この試合に対して、広島は万全の準備を整えていた。
通常以上に細かな指示を、トレーニングの中でも与えていたという。
ヴィッセルの攻撃力をリスペクトしていたからこそ、攻撃させないような策を講じてきた。

 ではヴィッセルはどう対処すべきだったのか。
守備的なことで言うならば、センターバックは釣り出されることなくステイするという選択があったように思う。
西と酒井であっても、複数の選手がサイドから侵入してくるのを防ぎきることは難しい。
しかし、極論するならばゴールマウスの幅で守りきるという割り切りがあれば、ヴィッセルの守備陣ならばある程度以上に守ることは可能だろう。
もう1つには前線でファーストディフェンダーが最終ラインを押し下げることで、広島の攻撃を躊躇させる戦い方もあった。
押し込まれる中で、全体の重心が下がってしまったことで、広島の最終ラインは落ち着いていた。
フェルマーレンを始め、ヴィッセルには正確なロングボールを蹴ることのできる選手は多い。
そこにビジャや古橋といった相手の裏を取れる選手の存在を強く意識させることができれば、前に出てくる力を弱める効果は期待できたと思われる。

 ただ、こうした守備的な対処もあったようには思うが、最適解ではないように思う。
冒頭で書いたように、攻撃と守備は表裏一体の関係にある。
ヴィッセルにとって意識すべきは、最初の攻撃なのではないだろうか。
試合後に山口蛍が語った通り、ここへ来て各チームとも『ヴィッセル対策』を施している。
ヴィッセルに優れた選手が揃っているとはいえ、プロが綿密な対策を練ってきた場合、それを圧倒することは簡単ではない。
その対策を無効化するための、さらなる力と対策が求められる。
そう考えると、やはりヴィッセルのサッカーは、自分たちのストロングポイントである攻撃をベースとしたものであるべきだ。
この試合で序盤に押し込まれたとはいえ、その後の攻撃がちぐはぐだったことが広島を勢いづかせたように思えてならない。

 そこで筆者が1つ気になっているのは、ヴィッセルの攻撃がスピードを重視し過ぎてはいないかということだ。
川崎F戦で見せたカウンターは、ヴィッセルの攻撃の幅を示す素晴らしいものだったが、あれはオプションの1つに過ぎない。
攻撃にスピードが必要なことはもちろんだが、それ以前にピッチ全体にロンドを形成し、その中でボールを確実に動かすことで、相手を翻弄していくことこそが、ヴィッセルの基本形だった筈だ。
この試合では、それを見失っていたように感じる。
川崎F戦で思った以上に、きれいなカウンターが決まったことで、そこに意識がフォーカスされ過ぎていたのかもしれない。
パスを急ぎすぎるあまり、精度を欠く場面が散見された。
パススピードが速すぎたのか、多くの場面でトラップが流れ、スムーズに前を向けていなかった。
広島に押し込まれる中で焦りが生じ、それがプレーに影響していたのであれば、解決は可能だ。
自分たちの本来のサッカーに立ち返ることができれば、相手の前に出る力を削ぐことは十分にできる。
攻撃のスピードを上げる努力は、日常のトレーニングから意識しなければいけないことだが、むしろ精度の方が優先されるべきだ。
そして精度を保てる中での最大スピードを発揮する場が試合であるということを、もう一度チーム全体で認識してほしい。

 ここで慎むべきは、守備の強度を上げるために、攻撃に寄せた今のバランスを変えてしまうことだ。
ルノワールは「百の欠点を無くしている暇があるなら、一つの長所を伸した方がいい」という言葉を遺している。
昨日、Viber公開トークで配信した速報版にも記したが、完璧な戦術などというものは存在しない。
全ての戦い方にはストロングポイントがあり、そのすぐ傍にウィークポイントがある。
何かを得るためには、何かを捨てざるを得ない。
老子の言葉にあるように「その長ずる所を尊び、その短なる所を忘る」ことこそが、揺るぎなき強さを手に入れる上では重要なのだろう。


 大﨑玲央の退場、そして森島に直接フリーキックを決められたことで1-3となった試合だが、そこからヴィッセルは反撃した。
イニエスタのパスから、田中順也がゴールを決め1点差に追い上げた。
この時点でヴィッセルには勢いがあるかと思われたが、ここでまたしてもドウグラス ヴィエイラ、そしてハイネルにそれを止められてしまった。
ヴィッセルの攻撃からの流れでリフレクションしたボールをドウグラス ヴィエイラが大きく蹴り出した。
高く上がったこのボールは酒井がクリアするかに思われたが、猛然と寄せてきたハイネルに高さで上回られ、森島経由で川辺へとつながれ、4失点目を喫してしまった。
ハイネルのスタミナの前に屈した格好だが、そこまで酒井がピッチ上でチームを前に運ぼうとしていたことを思えば、止むを得ない失点だった。
しかしこの失点で、事実上終戦となってしまった。
そこからさらに2失点を喫し、今季最多の失点での敗戦となった。
最後の失点は前に出た飯倉がボールを奪われてのものだが、これは今のヴィッセルのサッカーでは起こりえる失点でもある。
前記したことと被るのだが、このような失点を恐れるあまり、飯倉が前に出ることを躊躇することがないように期待したい。
ここで喫した失点以上に、飯倉がもたらす得点、或いは防いだ失点は多い。

 試合後、フィンク監督は「無駄な一日」というドイツの諺を引用し、この試合を総括した。
「ハングリー精神や気持ちでも相手に負けた」という表現は使用していたが、これはメンタル面の話に留まるものではない。
ヴィッセルの志向するサッカーが内包する「構造的弱点」については、フィンク監督も承知していたはずだ。
その上で対策は十分に講じていたと思われる。
しかしそれを遂行させることができなかったという事実に対する反省でもあり、自分とチームに向けた怒りでもあったのだろう。
その対策のひとつが球際での強さだったのではないだろうか。
最近のヴィッセルの試合を観ていると、球際での強さが増していることは実感できる。
酒井の言に拠れば、トレーニングの中でもその強度は増しており、Jリーグの中では異質な次元に昇華しつつあるという。
しかしこの試合に限って言えば、それは発揮されなかった。
広島の勢いに呑まれた部分もあったのだろうが、目の前で起きる事象にのみ対応するのが精一杯で、ボールを奪って相手を止めるといったニュアンスは感じられなかった。
しかしボールを奪うことができれば、ビジャが自陣から古橋を走らせカウンターを決めたように、ヴィッセルには反撃する力も技も十分にあったのだ。

 職人の世界では「巧くなり始めた時期が、最も危険な時期」と言われている。
技術的エッセンスを身に着けつつある中で生じる自信が、大きな失敗を招くということだ。
今のヴィッセルが正にその時期なのかもしれない。
デュエルと呼ばれる部分での強さを身につけ、パスワークも安定してきた。
その中で結果が伴い始めたことで、自信が芽生えていたとしても、それは当然のことだ。
しかしそれだけで一気に上までいけるほど、J1リーグは甘い舞台ではないということだろう。
親方といわれる職人は、こうした時期にこそ基本を強調する。
これはサッカーでも同じことだ。
ヴィッセルが「自分たちの基本に忠実に」プレーすれば、それを阻むことは、どのチームにとっても難しい。

 試合に敗れたことそのものは、悔しすぎるが、仕方がないことでもある。
この試合で反省すべきは、敗れたということ以上に、4失点目以降の戦い方だ。
事実上勝敗は決したかもしれないが、明らかにヴィッセルの選手は気持ちも切れていた。
試合終盤に来て一人少ないという状況が、戦う上で厳しすぎるものであることは理解できる。
しかしプロである以上、最後まで勝利を希求する意思は示さなければならない。
それだけでひっくり返せるほど甘いものではないことは承知しているが、そこで見せる姿勢こそが、先の戦いへの礎となる。


 この試合で1つ収穫だったのは、今のチームが志向する戦い方が、全ての選手に浸透していることを実感できたことだ。
それを示したのが、リーグ戦においては久しぶりの登場となった藤谷壮だ。
一人少なくなった後での投入だったため、4-3-2のような変則の形でのプレーだったが、そこで見せたプレーは以前のものとは異なっていた。
ボールを握ると縦に一直線に上がるのではなく、周りを使いながら、時には後ろに戻しながら相手を閉じ込めようとしていた。
右サイドの深い位置に上がっても、シンプルにクロスを入れるのではなく、中央への走路を見つけるように周りを使う姿勢は、以前の藤谷とは異なっていた。
西のような攻撃的プレーはないが、藤谷には卓越したスピードがある。
それを活かすことで、西とは違った味をサイドに加えることができる。
ポジション争いを考えたとき、西が強敵であることは間違いないが、だからこそ乗り越え甲斐のある相手でもあるのだ。

 思わぬ大敗を喫したが、次節までには2週間の時間が与えられている。
次戦の相手は首位争いをしているFC東京。
シンプルなサッカーを展開しているチームだけに、やり難さもあると思うが、今のヴィッセルならば十分に勝機はあるだろう。
大﨑が出場停止となる中、どういった布陣で臨むのか、フィンク監督の手腕にも期待したい。
そしてFC東京戦の先には、天皇杯準々決勝も控えている。
アジアへの扉を開く戦いに向けて、もう一度チーム全体で「やるべきこと」を理解し、それをピッチ上で遂行することが望まれている。
成長を続けなければいけないヴィッセルにとって、無駄な試合など1つもない。
この敗戦から何を学んだか、その答えをノエビアスタジアム神戸に詰め掛けるであろう大勢のヴィッセルサポーターの前で見せてくれるものと、確信している。