覆面記者の目

明治安田J1 第23節 vs.浦和 ノエスタ(8/17 19:03)
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  • 古橋 亨梧(46')
    山口 蛍(59')
    アンドレス イニエスタ(86')
  • 得点者


「今シーズン初めて自分たちのやりたいサッカーを90分通してできたかなと思います」
こう試合を振り返ったのは、山口蛍だった。
そしてアンドレス イニエスタは「今季のベストゲーム」と言い切った。
それほどの完璧な勝利だった。
試合後に浦和の選手から発せられた言葉にも完敗を認めるものが多く、64分に途中出場した柏木陽介は「(浦和)サポーターにお金を返さなければいけないような試合」と、見せ場を作ることもできないままだったことを認めていた。

 いくつかのメディアは酒井高徳の加入をこの勝利に直結させて論じているようだが、それは一面に過ぎない。
この試合で見せたサッカーは前節の大分戦、そして天皇杯・大宮戦と続く一連の流れの中に位置している。
そしてこれを理解することは、ヴィッセルが目指しているサッカーを理解するということと同義でもある。

 3日前に行われた大宮戦の翌日、長年サッカー界で指導や強化に携わっている人物と話をする機会があった。
彼の言葉を借りると、ヴィッセルのサッカーはボールのところに集まるだけの幼稚なサッカーだという。
あまりに予想外の言葉だったためその意図するところを聞くと、そこには日本サッカーの宿痾が隠されていた。
大分戦から続く一連のヴィッセルの戦い方に対して「ボールを後ろで持ちすぎる」、「ボールホルダーにもっと積極的に寄せていくべき」、「自陣でプレッシャーを受けたときは、タッチラインに逃げるか、大きく前線に蹴り出す」、「ポジショニングよりも選手同士の距離感が大事」、「ボールを奪ったら素早く前に送るべき」と様々な指摘を続けていた。
先人に対するリスペクトは持ち続けなければいけないが、こうした「旧来のサッカー観」との戦いこそが、今ヴィッセルが取り組んでいる「改革」の正体といえるかもしれない。

 欧州の指導者が日本人を指導した際、決まって口にするのが「技術は高く、走力も申し分ない」という台詞だ。
しかし多くの選手が欧州に挑戦するものの、高い壁に跳ね返されている。
その理由として語学力を挙げる声もあるが、それは一面に過ぎない。
もう一つ決定的な差は、サッカーの思考力にあると筆者は考えている。
同数の選手が戦うスポーツであり、カテゴリ制によって運営されているサッカーにおいて、技術力だけで相手を圧倒することは難しい。
結局のところ、勝敗を分けるのはチームを貫く規律であり、その上で相手の規律を如何にして崩すかということを競っている。
 この日の試合では、ヴィッセルには規律があり、浦和にはそれがなかった。
ここでいう規律とは、理論と言い換えてもいい。
ゴールから逆算して、どのようにボールを動かすか。
そして相手の攻撃をどのように防ぐのか。
これをチームとして整備し、徹底させることこそが「サッカーのチーム作り」でもある。
そしてそれを成し遂げるために、選手を獲得し、チームを強化していく。

 今季ヴィッセルが目指しているサッカーは「ボールを支配することで、相手をコントロールし、ゲームをコントロールする」というサッカーだ。
これは言葉で言うほど容易いものではない。
先述したように、技術力での差だけで圧倒できることなどないからだ。
ボールを支配するために「ボールを握る技術」が求められ、相手をコントロールするために「正しいポジショニング」が必要となり、ゲームをコントロールするために「試合の流れを読み解く目」が重要とされる。
これを効率よく行うために、相手をひきつけてリリースする必要が生じ、ポジショニングにこだわってボールを前に進めることにこだわっている。
Jリーグのサッカーで頻出する「カウンターの応酬」は、観ている我々の温度を上げてくれる。
アクション映画を観ているようなスペクタクルが、そこにはあるからだろう。
しかしこの「カウンターの応酬」=「オープンな展開」になってしまうと、ゲームをコントロールすることは難しくなる。
あくまでも自分たちが主導権を持ち、ゲームをコントロールするためには、自分たちが制御できるスピードの中でプレーを続けなければならない。
 「オープンな展開」が好きな人の目には、今のヴィッセルのサッカーは落ち着きすぎているように映るかもしれない。
しかしこのサッカーこそが、昨季からヴィッセルが取り組んできたサッカーであり、Jリーグに欧州のスタンダードを持ち込むための挑戦でもあるのだ。
ヴィッセルのサッカーがその流れにいる証左は、トーマス フェルマーレンであり、飯倉大樹であり酒井である。
欧州のスタンダードを知る彼らが、今のヴィッセルのサッカーに素早く順応できているのは、彼らの能力の高さはもちろんだが、それ以上に今のヴィッセルのサッカーが欧州のスタンダードだからだ。
試合後、酒井は「トーマス(フェルマーレン)が後ろにいるけど別にそんな難しいことを話さなくてもラインコントロールだったり、コミュニケーションが取れるので、しっかり話しました」と語ったように、異なるチームでプレーしていたとはいえ、同じ文法で話ができていることを窺わせた。
この文法がチームを貫いているのが、今のヴィッセルだ。
ここにくるまで多くの時間は要したが、結果が出始めている今、ヴィッセルの行く末に大きな期待をかけてしまうことは無理からぬことだろう。

 この試合でも、フィンク監督は3-5-2のフォーメーションを採用した。
GKは飯倉、3バックはダンクレー、大﨑玲央、フェルマーレン、ウイングバックは西大伍と酒井、アンカーにセルジ サンペール、その前にはイニエスタと山口を並べ、2トップは古橋亨梧と田中順也でのスタートとなった。
これに対する浦和のフォーメーションは3-4-2-1。
ワントップの杉本健勇とシャドーに入った興梠慎三と武藤雄樹がファーストディフェンダーの役割を担っていた。
これに対してヴィッセルのビルドアップは大宮戦と同様に、飯倉がセンターバックの間に入ることで、数的優位を確立していた。
こうして浦和の前線3枚を走らせながら、アンカーのサンペールにボールを入れるところから、ヴィッセルの攻撃は始まっていた。


 大宮戦と同様に、ここで最高の働きを見せたのは飯倉だった。
これについては試合後の会見で、フィンク監督も絶賛していた。
就任当初、フィンク監督はセンターバックの間にGKを上げるのではなく、ボランチを下げることで対応していた。
これが悪いということではない。
ただ当時のヴィッセルには、飯倉のようなタイプのGKがいなかったからというだけである。
もちろん、そうした戦い方を見せるチームなど、それこそ枚挙に暇がない。
しかしこの戦い方は、ボールキープにこそ力を発揮するが、前への距離が遠くなるというデメリットがある。
当時のヴィッセルで言えば、山口が最終ラインまで落ちることが多かったが、そこから前に運ぶために、結局はイニエスタがそこまで落ちてくることも多かった。
フィールドプレーヤー顔負けの足もとの技術を持つ飯倉が加入したことで、相手のプレスに対する数的優位を確立しつつ、前へのパスコースを維持することができているのだ。
その飯倉の能力は、先制点の場面で遺憾なく発揮された。
前半アディショナルタイムに、浦和の右からのクロスがヴィッセルのペナルティエリア内でこぼれたところを西が飯倉に戻した。
スペースのない中ではあったが、飯倉はこれを落ち着いて処理し、縦に開いたコースを使って田中へボールを入れた。
これが先制点の足がかりとなった。
飯倉はその後も高い位置でプレーする時間が長く、ヴィッセルのビルドアップ開始地点を前に運び続けた。
高い位置でプレーする以上、後ろへのリスクはある。
しかしこのサッカーを貫く以上、それはコストとして考えておかなければならない。
仮に、この先裏をとられて失点する場面があったとしても、それ以上に得点チャンスを創出することは間違いない。


 この試合で最大の注目を集めたのは、8シーズン振りにJリーグに復帰した酒井だった。
戦前からフィンク監督はメンバー入りを示唆していたが、いきなりの先発起用には正直驚いた。
しかし先述したように、ヴィッセルの展開するサッカーが欧州のスタンダードであるため、無理なく戦いの中に入り込んでいた。
同サイドの関根貴大とは、試合を通じて激しいマッチアップを続けていたが、ほとんどの場面で酒井は勝利していた。
試合後、後ろが重くなっていた時間帯に、敢えて前に出ることで全体を引き上げようと思ったと話したように、試合の流れを読み解く目はさすがだ。
加えて複数の相手に寄せられながらも、ボールを失うことなく味方を待つことのできる能力は一流だ。
守備面でもフィジカルの強さに加え、ボディバランスの良さを活かして、最後の部分まで粘り強く守り続けた。
これまで狙われることの多かったヴィッセルの左サイドだが、酒井という逸材を得て、一気にストロングポイントへと昇華した。

 この試合で唯一浦和にペースを渡したのは、30分からの15分間弱だった。
その直前に飲水タイムが取られ、そこで浦和を率いる大槻毅監督はボールホルダーとの距離を縮めるように指示した。
それまでと相手のリズムが変わったことによって、ヴィッセルのパスがカットされる場面も増えたが、リスクを管理しながらのプレーだったため、大きな事故に至るような雰囲気は皆無だった。
浦和の攻撃に規律がなく、ワントップとシャドーの関係が整備されていなかったことも幸いした。
39分に槙野からのクロスを受けた関根がダイレクトにシュートを放ったのが、浦和にとってはこの試合で唯一の得点チャンスだったが、これすらも飯倉はコースが見えており、反応よく弾き出した。


 試合開始直後から全くボールを触れなかった浦和だが、先述したようにこの時間帯が試合を通じて唯一ペースを握った時間帯だった。
それだけにその時間帯で得点を奪ったことは、浦和に大きなダメージを与えた。
試合後、元ヴィッセルの岩波拓也も「あの失点がもったいなかった」という言い回しで、そのダメージを認めていた。
そのゴールを決めた古橋だが、改めてそのスプリント能力には驚かされる。
飯倉からのボールを受けた田中が古橋へパス。
古橋は後ろ向きにこれを受け、背後から潰されながらもイニエスタに戻した。
そこから起き上がり、田中がイニエスタからのスルーパスを受けて、開いた相手センターバックの間に入り込むのを見ると、全力で前に上がり、田中のシュートを相手GK西川周作が弾いたボールをダイレクトにゴールに押し込んだのだ。
一度倒れた場所から、60mほどの距離を一気に上がっていく古橋のスプリント能力が生み出したゴールだった。
古橋は試合後、それ以外の場面でシュートチャンスを活かせなかったことを反省材料として挙げていたが、この向上心こそが古橋を成長させてきたのだろう。
ほんの1年前にはJ2でプレーしていた古橋だが、今やイニエスタやダビド ビジャといった世界の超一流からの信頼を獲得するまでに至っている。

 この得点を演出した田中も、大宮戦で見せたコンディションの良さをキープしている。
最初に放ったシュートは、回転の少ない強いシュートだった。
特別な左足を持つ田中らしいプレーではあったが、それ以外の部分でも山口の得点をアシストするなど、存在感を放ち続けた。
ダメ押しとなった3点目も、田中の突破から生まれた。
イニエスタからのパスに走りこみ、岩波のタックルを受けてPKを獲得した。
実績のあるベテランが必死にプレーする姿は、後に続く若い選手たちにとって最高のお手本となっていることだろう。

 後半開始直後、中押し弾を決めたのは山口だった。
センターサークル付近からのロングボールを西が巧く頭で落とし、それを田中がダイレクトにペナルティエリア内でフリーとなっていた山口につないだ。
山口は寄せてきたマウリシオを落ち着いてかわし、狙い済ましてゴールネットを揺らした。
昨季以前、山口といえば中盤でボールを刈り取るイメージが強かった。
しかし今季、ヴィッセルに加入後、そのイメージを一変させつつある。
危機察知能力の高さは相変わらずだが、加えて前でボールをコントロールしながら攻撃を組み立てる能力も見せている。
実はこれこそが山口の本来の持ち味なのではないだろうか。
決して身体が大きいわけではないが、相手に寄せられても倒れない体幹の強さと相手を巧くハンドリングする技術でボールを握ることができる。
加えて正確にパスを通す能力もあるため、イニエスタとの連携で攻撃の起点になることができている。
苦しい時期にチームを支え続けた一人である山口が、冒頭でも紹介したように「自分たちのやりたいサッカーを、初めて90分間通してできた」と喜びを口にした姿は感動的だった。
これまで苦しい思いをした分、ここから大きな喜びが山口を待っているだろう。

 この場面ではボールをつないだ西にも注目したい。
ウイングバックでプレーした西だが、そのポジショニングは巧みだった。
田中にボールを落とした場面では、最初からハーフスペースに入り込んでいる。
そこからわずかに外に重心を移すことで、浦和の選手を引っ張り、田中にスペースを作り出しているのだ。
センスの塊のような西ならではのプレーだった。
本来はウイングバックよりもサイドバック向きの選手であるように思うが、西を絡めることで、ヴィッセルの攻撃には幅が生まれる。

 この試合では10度の決定機がヴィッセルにはあった。
そのうち8回に絡んだのは、やはりこの人、イニエスタだった。
全体が機能した分、イニエスタへの負担は軽減されていたと思うが、それでも浦和の守備はイニエスタに対して厳しかった。
何度も足を狙われていたが、それでもボールを失うことなく捌き続ける姿はもはや仙人の域に達している感すらある。
これまで巧くいかない時期にもチームの成長を信じ、チームメートを鼓舞し続けたイニエスタだけに、この試合の勝利は嬉しかったのだろう。

 かつて浦和といえば優れた能力を持つ選手が集まったJリーグ屈指の「スター軍団」だった。
かつてのヴィッセルは、このスター軍団と戦うときには、その隙を衝く戦いにならざるを得なかった。
しかしこの試合で、今や立場は逆転していることを示した。
圧倒的な技量でボールを動かし続け、浦和を走らせ続けたヴィッセルの戦い方は強者そのものだった。
そして何よりも嬉しかったのは、ピッチ上の選手がサッカーを楽しんでいたことだ。
サッカー少年のように顔を輝かせながらボールを追い、相手をかわしながらボールを前に運んでいく姿は、「ヴィッセルのサッカーは楽しい」ということを、我々に思い出させてくれた。
結果が出ない中、外野の心無い声に耳を貸すことなく、目指す方向を変えなかったクラブ全体で掴み取った勝利でもある。
難事への取り組みだけに時間は要したが、苦労した分だけそのベースは強固な筈だ。
 そして次戦で、その完成度が問われることになる。
金曜日に行われるアウェイ鳥栖戦は、フェルナンド トーレスの引退試合でもある。
イニエスタやビジャとスペイン黄金期を作り上げた名選手のフィナーレということもあり、注目度は高い。
しかしそれ以上に、ヴィッセルにとっては試金石となる一戦でもある。
その理由は鳥栖のスタイルだ。
ヴィッセルの展開するサッカーにとって天敵は、鳥栖や湘南、或いは広島といった前から強烈なプレスをかけ続けてくる、いわば「日本的なサッカー」だ。
ファウル覚悟でプレスをかけ続けてくる相手を如何にしていなし、自分たちのペースの中で走らせ続けることができるか。
ここに注目したい。
トーレスの引退試合というメンタル面でのブーストを得た鳥栖を手の内で走らせたとき、この試合で得た自信が確信に変わるだろう。

今日の一番星
[セルジサンペール選手]

すべての選手が一番星に相応しい活躍を見せた試合ではあったが、アンカーの位置からゲームをコントロールし続けたサンペールを選出した。終盤、浦和のファウルすれすれのプレーに対しても、難なくこれをかわしボールをキープし続けた能力には、改めて舌を巻く。攻撃時にはボールを握りながら、周囲の状況を確認し、的確に配球し続けた。中でも2点目を生み出したセンターサークル付近からのボールは、見事だった。これができるのは、サンペールの姿勢だ。どんなときも身体を起こしてボールを持てるため、視野の確保がスムーズにできている。サッカーをプレーしている小学生に、ぜひとも学んでほしい部分だ。アンカーのため、横のスペースを狙われることが心配ではあったが、相手の狙いを事前に察知していたことで、逆に浦和の心臓部であるエヴェルトンを完全に封じ込めて見せた。周囲との相互理解が進む中で、漸く本来の持ち味が発揮され始めた。サンペールがゲームを組み立てることで、イニエスタがより攻撃に専念できる環境も整う。Jリーグ独特のリズムに慣れるまで苦労はあったと思うが、サポーターの前では常に笑顔を絶やさなかった姿勢にも好感が持てる。誰もが待ち望んだ麒麟児の覚醒に喜びの一番星。