覆面記者の目

明治安田J1 第7節 vs.広島 ノエスタ(4/14 16:03)
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  • 2
  • 2前半1
    0後半3
  • 4
  • 広島
  • ウェリントン(15')
    古橋 亨梧(28')
  • 得点者
  • (23')パトリック
    (65')柏 好文
    (70')渡 大生
    (73')渡 大生

衝撃的な敗戦だった。
エースの見事なアシストで2点を奪いながらも、僅か8分間で3失点を喫しての逆転負けなのだから、冷静でいられるはずもない。
試合後、山口蛍は「チームとして守れている感覚がない」と、悩める心境を吐露した。
フアン マヌエル リージョ監督は、後半も得点チャンスはあったとしながらも、逆転を許し、その後のチャンスを決められなかったところで「選手に諦めの気持ちが生まれてしまう展開となった」と、敗戦に至る流れを分析した。
これらはいずれも正しいのだろう。
 この日のヴィッセルに対して、各メディアは「守備崩壊」という言葉を当てているようだが、この現象を考える前に、もう一度、ヴィッセルが目指すものを確認するのが良さそうだ。

 『バルサ化』という言葉で語られる今季のヴィッセルだが、その目指すサッカーで乗り越えなければならないのは、『Jリーグ的なもの』だと筆者は考えている。
この『Jリーグ的なもの』というのは、これまでJリーグを席巻してきたスタイルという意味だ。
具体的には、全員が90分間走り続けることを命題とし、数的優位にこだわりながら、ボールホルダーには厳しく寄せてボールを奪い、少ない手数で素早く攻めるというスタイルということになる。
もちろん個別に見ていけば、遅攻を使いながら相手を崩すシーンもあるが、総じて語ればそうしたサッカーということになる。
松本や広島は『Jリーグ的なもの』の申し子のようなチームと言っても良いだろう。
これが悪いというわけではない。
Jリーグ誕生から四半世紀の間、選手を含む様々な関係者による不断の努力によって積み上げられてきたスタイルであり、こうした環境で育った選手たちが、今やワールドカップやオリンピックに『当たり前のように』出場するところまで成長したのだ。
かつてのヴィッセルも、こうしたサッカーを展開していた。
 しかし昨季、ヴィッセルはこうしたサッカーとの決別を宣言した。
ボールポゼッションにこだわり、自分たちでゲームをコントロールしながら、勝利をつかむ。
Jリーグにこれまでなかったスタイルのサッカーで、中原に覇を唱えようとしている。
そして、その目標達成に向けてクラブは一丸となって動いてきた。
それがアンドレス イニエスタの獲得であり、アカデミー改革なのだ。
『Jリーグ的なもの』が大勢を占めるJリーグにおいて、これは異分子でもある。
ヴィッセルが目指すサッカーを体現できるイニエスタが、Jリーグについての印象を聞かれると、それをリスペクトした上で「全体に忙しいサッカーだ」と表現するのは、そうした流れの中でのことだ。
 こうした流れを選択したヴィッセルが、松本と広島に相次いで敗れたということは、ヴィッセルの目指すサッカーが未だ完成には至っておらず、『Jリーグ的なもの』に敗れたということでもある。
しかし、この挑戦に期待が集まっていることも事実だ。
様々なサッカー関係者が「ヴィッセルのトレーニングを見学したい」という。
そこにはイニエスタやダビド ビジャ、ルーカス ポドルスキといった『スーパースター』を間近に見たいという思いも込められているだろうが、それ以上にヴィッセルの目指すサッカーに対する興味がある。
ヴィッセルの目指すサッカーが完成し、「アジアナンバーワン」という目標に辿り着いたとき、日本サッカーは新しい価値を手に入れることになるだろう。

 ヴィッセルが目指すサッカーにおけるキーワードは、「主導権を握る」という言葉だ。
そして、そのバロメーターとなるのが「ポゼッション率」だ。 
しかし、これは参考値でしかない。
この日の試合でヴィッセルのポゼッション率は60%を超えていた。
しかしゲームをコントロールしていたのは、60分あたりまでだった。
特に70分頃からは、広島の勢いの前に防戦一方となっており、結局トータルでゲームを支配したのは広島だったという印象だ。
今のヴィッセルが、ボールを持てるようになったことは事実だ。
狭い局面の中でのパス回しも、安心してみていられるようになってきた。
引いた相手の周りでパスを回し、相手を釣り出そうとする時、不用意なパスミスを犯す場面は激減した。
しかし相手を崩すにはそれだけでは足りない。
ひと言でいうならば相手の急所でボールを動かし、布陣を広げることで攻撃のためのスペースを作り出すことができなければ、結局は「ボールを持たされている」ことになってしまう。

 2点を奪った前半について、広島を率いる城福浩監督は「セットプレーでやられた」と、試合後に振り返った。
筆者は、この言葉には違和感が残った。
得点に結びついたプレーがリスタートからだったというだけであり、前半はヴィッセルの狙いが的確に広島の急所を捉え、広島を機能不全に追い込んでいたからこその2得点であったことは明らかだった。
 では前半はなぜ、前節までで1失点という広島の堅守を崩すことができたのだろうか。
一つには布陣が作り出すギャップがあった。
ウェリントンをワントップに配し4-2-3-1気味に布陣したヴィッセルに対し、広島の布陣は3ー4ー2ー1。
序盤から高さで中央を制圧したウェリントンを中心に古橋亨梧とポドルスキが3バックとマッチアップする格好になり、広島の両ウイングバックが下がり気味になったことで、中央にスペースが生まれた。
ここでイニエスタが、比較的自由にボールを持つことができた。


ここで大きな役割を果たしたのがセルジ サンペールだった。
ボールを握りながら、スペースに顔を出し、そこからボールを散らしていったことで、広島は守備を固めることができなかった。
広島の守備は、極めて直線的だった。
動くスペースを消すのではなく、ボールホルダーに真っ直ぐ向かっていきプレッシャーをかけてきたため、サンペールやイニエスタのようにボールスキルの高い選手にとっては、組みし易い相手だったとも言える。

 リーグ戦では先発起用が続いているサンペールだが、着実にコンディションはアップしている。
特に前半は積極的に前を向くシーンが多かったため、イニエスタとの距離も近く、両者のパス交換も頻出した。
この結果、イニエスタへのマークを外すことに成功していた。
常に顔を上げながらボールを握ることができるため、イニエスタとのコンビで広島に狙いを定めさせず、巧みにボールを動かしていた。
守備に際しても、ボールを奪われた瞬間にベクトルを逆に向け、相手のパスコースを切る動きを見せていた。
試合を重ねるごとにボールスキルの高さを活かし、中盤から前にボールを運ぶ役割をこなしているサンペールだが、残された課題は体力面だ。
この試合では74分に三田啓貴との交代でピッチを退いたが、攻撃の一次起点となる選手であるだけに、少しでも長い時間ピッチに留まってもらいたい。
守備では強く当たるタイプではないが、高い位置で相手のパスコースを切る動きができる選手であるだけに、サンペールが退くと、守備の開始位置が低くなる。
Jリーグ特有のリズムに慣れるには、もう少しの時が必要だとは思うが、体力面のコンディションが万全になれば、ヴィッセルにとって不可欠な選手になるだろう。
この試合で最大の収穫は、サンペールを活かす形が45分間以上続けることが出来た点にあるともいえる。



 問題はここからだ。
潮目が変わったのは60分。
広島がパトリックに代えて皆川祐介をピッチに送り込んだことで、広島が息を吹き返した。
試合後、城副監督は皆川について「(1点のビハインドだったため)早くボールを奪わないといけない状況をよく理解して、3度、4度、5度、ボールを追ってスイッチを入れてくれた」と語った上で、皆川の働きが前への推進力を生み出したと、高い評価を与えていた。
果たしてこの日のヴィッセルは皆川の動きに翻弄されたのだろうか。
筆者はそうではないと思う。
皆川がしつこいくらいにボールを追う姿勢を見せたことは確かだが、そこを凌ぐ方法はいくらでもあった筈だ。
今のヴィッセルの陣容ならば、後ろでボールを回しながら、相手を食いつかせてカウンターを狙うなど、様々な方法が取れる。
ここで我々は、冒頭で紹介した山口の言葉を思い出す必要がある。

 「チームとして守れている感覚がない」という山口の言葉は、この試合の敗因を言い表している。
この試合で後半に喫した失点はいずれも同じ構造だ。
それはサイドの深い位置で起点を作られ、そこからのクロスに中央で合わされるというものだ。
松本戦でも、この形から失点を喫している。
広島のベンチは松本戦を分析した上で、ここを攻め所として定めていたのだろう。
ヴィッセルのサイドバックは攻撃的だ。
西大伍、初瀬亮とも、ボールを前に運ぶ力に優れた能力を持つ選手だ。
前線がサイドに開き、その中に生まれたハーフスペースを突破することができると、イニエスタを扇の要とした攻撃の形が完成する。
しかし、これは相手にその裏のスペースを狙われるということの裏返しでもある。
全てのストロングポイントは、その裏側にウィークポイントを持っている。
問題はここを狙われた際の対応だ。
 選手たちに体力が残っている時間帯であれば、そこにボールを出させないような守備もできるだろうが、この試合のようにスタミナが切れ掛かった時間帯になると、どこかに緩みが生まれてしまうため、サイドバックの裏を衝かれる場面は増えてくる。
これは止むを得ない。
前線の選手が攻め残る形になることが多いヴィッセルは、基本的に自陣での守備はディフェンス陣が対応することになる。
極端にいうと最終ラインの4人とGK、それにボランチの山口で守ることになる。
となると、効率的な対応をしなければならない。
この試合ではサイドバックの裏を衝かれたとき、サイドバックに加え、ボールサイドのセンターバックがボールに寄っていく形が散見された。
その結果として中央が手薄になり、クロスに対応する選手へのケアが間に合っていなかった。
これがヴィッセルの失点パターンだといっても良い。
ここで考えられるのは、センターバックは中央を固めることに徹するという対応だ。
ダンクレー、大﨑玲央との中央での強さはあるため、ここがステイしていると、相手の攻撃に対しての壁となる。
次にサイドへの対応だが、まずはサイドバックが一人で対応するのが基本となるだろう。
ボールを奪い返すことが優先ではあるが、最低でもクロスを自由に打たせないということを徹底するしかない。
相手はそこに人数をかけてくるだろうが、そこはボランチの戻りを待つしかないだろう。
結果としてクロスを上げられたとしても、中央にダンクレーと大﨑が残っていれば、そう簡単にやられることはない。
この試合では、前川黛也のハイボールへの対応に不安が残るため、クロスを上げさせないことに重きをおいていたのかもしれないが、やはり最後の部分を守り抜くというところから逆算して守備を定める方が効率的なように思う。
 筆者が挙げたような対応がベストだとは思わないが、事態を想定した何かしらの約束事を決めて、それに従って動くことは絶対に必要だ。
この試合ではそれが感じられなかった。
ボールサイドで選手個々が対応を迫られ、そこにどのように絡むかということも個々の選手の判断に委ねられていたように見えた。
これが山口の言う「チームとして守っている感覚がない」という言葉の正体なのではないだろうか。

 これに関連して付言すると、ヴィッセルが早急に対応を考えるべきは左サイドということになるだろう。
広島が狙っていたのはヴィッセルの左サイドだった。
広島のストロングポイントは左ウイングバックの柏好文を中心としたものなのだが、後半は敢えてそこを囮とした上で、逆サイドからの攻撃を仕掛けてきた。
その理由は二つある。
一つは西と初瀬の比較だ。
両者の守備力を比べた場合、現時点では西に軍配が上がる。
そしてもう一つは大崎の存在だ。
過去にも触れたことがあるが、本来の大崎は右センターバックを主戦場としていた。
理由は利き足が右であるためだ。
しかしダンクレーも右足が利き足のため、現在は大﨑が左にまわっている。
器用な選手であるため、試合を重ねるごとにキック技術は上がっているが、やはり左足のキックは右足の様にはいかない。
そのため大崎を釣り出せば、そこでボールを奪われたとしても、右を切っておけば早い段階で奪い返せる可能性が高いと判断していたのだろう。
 この状況は初瀬、大崎の両選手にとって、嬉しくない状況であることは間違いない。
同情すべき余地は大いにある。
しかし敢えてここでは厳しさを求めたい。
それは、両選手ともここを克服すれば、さらに高い位置に登ることのできる素質の持ち主だからだ。
初瀬のボールスキルの高さ、両足でボールを蹴ることのできる器用さ、大崎の全体を押し上げる力、パスセンスは、どちらも代表まで辿り着いてもおかしくないだけのものを持っている。
苦手克服というのは、もっとも辛い作業ではあるが、その先に待っている栄光を信じて意欲的に取り組んでほしい。
 加えて言うと左足を利き足とする宮大樹、小林友希の両選手にとっては大きなチャンスでもある。
ここでレギュラーを奪い取るくらいの強い気持ちで、日々のトレーニングに取り組んでほしい。

 もう一つ言うと、反撃の形も定まっていなかったように見えた。
前半と後半の最も大きな差は、ウェリントンの体力だ。
高さと強さで傑出した存在であるウェリントンが前線にいる時間帯は、少々ルーズなボールでも競り勝てるため、ヴィッセルに時間が生まれる。
しかし前半から跳び続け、時には中盤まで戻っての守備を見せたウェリントンが体力を消耗していたとしても止むを得ない。
実際に逆転を許して以降のウェリントンは、比較的低い位置で味方からのボールを受けようとする場面が目立った。
そして相手との競り合いもイーブンに持ち込まれていた。
こうした状況になった際、どのように相手を崩していくかという点については、チームとしての解決策が必要になる。
それはこの試合からは感じられなかった。
古橋を前に走らせるのはヴィッセルにとって最大のストロングポイントではあるが、やはり攻撃に行くのが古橋一人では相手のブロックを崩すには至らない。

 この試合でもゴールマウスを守った前川だが、連続しての複数失点となってしまった。
GKだけの責任ではないとはいえ、ゴールマウスを任された身としては、決して心中穏やかではないだろう。
この試合でも、前川はハイボールへの対応に課題を残したように思う。
前に飛び出すタイミングもそうだが、落下地点の見極めが少々遅いのかもしれない。
GKにまつわるこうした問題は経験によって解決するしかないのだが、現実に試合が続いていく中ではそうも言っていられない。
日簿のトレーニングの中で、キム スンギュの動きをしっかりと見て学ぶしかない。
今はセンターバックとの連携を高めながら、その対応を磨いていってほしい。

 とはいえ勝利のチャンスは十分にあった。
試合後にリージョ監督も言及していたが、2-1とリードした時点で、広島の前線の選手はヴィッセルの最終ラインのボール回しに猛然とプレスをかけ始めた。
その結果、広島は全体が高い位置に上がり、GKの前に大きなスペースが生まれていた。
ヴィッセルの最終ラインのパス交換は、前川を加えて形になっていただけに、ここで冷静に広島の裏を衝くことができれば、そこで試合は終わっていただろう。
実際にそうした狙いも感じられたが、それがチーム全体に波及していたかは疑問だ。

 今のヴィッセルには「サッカーをよく知っている」選手が揃っている。
それだけに全員が高い理想を持つことができている。
それを巧く形にしようとしているのだが、Jリーグ特有の素早い寄せを受ける中でその精度が低下してしまう。
そこを狙われたという点では、広島戦は松本戦と相似形でもあった。
連携を高めている最中であり、これが完成すれば問題ではなくなると思うが、今は攻撃の圧力を弱めないという点に重きを置くべきなのではないだろうか。

 この試合で鍵を握っていたのはポドルスキだった。
前節を欠場した程であり、コンディションは万全ではないのだろう。
それでもこの試合で90分間出場し、試合後にはコンディションの問題はないことをアピールしていた。
これは主将としての責任感であると同時に、闘将のプライドだろう。
しかし、プレーはいつものポドルスキのそれではなかった。
何度かイニエスタのスルーパスに抜け出す場面もあったが、トラップが大きくシュート体勢まで持っていけなかった。
低い位置でプレーする時間帯も長く、いつもの大きくサイドを変えるボールも少なかったように思う。
守備面での問題もあるが、そこは言及してもさしたる意味はない様に思う。
やはりポドルスキに期待されるのは、相手を捻じ伏せるような突破や強烈なシュートである。
この試合で何度かあったチャンスを一つでも決めていれば、広島の息の根を止めていただろう。



 この試合では、未だ『Jリーグ的なもの』を乗り越えることはできていないことが明らかになった。
しかし60分までのサッカーを考えれば、ゴールは見えている。
今は結果に影響されて、理想を下げてしまうことの方を怖れたい。
 かつて巨人軍を率いて9連覇を成し遂げた川上哲治氏に話を伺ったときのことだ。
WBC制覇によって、近年世界から絶賛されている「スモールベースボール」と呼ばれる戦い方の基本は、昭和40年代に川上氏が作り上げた。
当初は周囲から様々な批判を受けたという。
王貞治、長嶋茂雄というスーパースターを擁していたこともあり「つまらない野球」、「高校生のような野球」と揶揄されることも多かったという。
そかしそうした雑音を退け、圧倒的な結果を残した。
川上氏は当時のことを振り返り、「大事なのはチームが同じ方向を向き続けることであり、指揮官が弱気にならないこと」と語ってくれた。
 稀代の戦術家であるリージョ監督を信じ、今のサッカーをチームとして貫いて欲しい。
ここで堪えるか、それとも現実的な解決策を採ってしまうかで、ゴールへの進行速度は変わる。
今、ヴィッセルは腹を括るときなのではないだろうか。
それは応援する我々も同様だ。
ヴィッセルが、それだけの価値のあることに取り組んでいることを誇りとして、応援していきたい。