覆面記者の目

明治安田J1 第9節 vs.川崎F ノエスタ(4/28 14:03)
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  • 1
  • 0前半2
    1後半0
  • 2
  • 川崎F
  • 古橋 亨梧(82')
  • 得点者
  • (15')馬渡 和彰
    (37')小林 悠

「一体、どうしてしまったのか?」
今、ヴィッセルサポーターの多くは、こんな気持ちになっているのではないだろうか。
筆者もその一人だ。
「史上最高のヴィッセル」。
そう呼ぶに相応しい陣容で臨んだ2019シーズン。
開幕戦こそ落としたものの、チームは確実に成長曲線を描いていた筈だった。
しかしここへ来て、まさかのリーグ戦4連敗。
試合後の選手たちの表情は、どこか自信なさげでもあり、自分たちのチームに起こっている事象を巧く捉え切れていないようにも見えた。
しかしである。
「負けに不思議の負けはなし」という。
この数試合、ヴィッセルが見せた戦いをつぶさに検証すると、そこには敗れるだけの理由があったことが解る。
理由があるということは、解決策もあるということだ。
これが、明らかに相手に技術面で上回られているのならば止むを得ないという考え方もあるのかもしれないが、幸いにもそうした問題は発生していない。
選手個々の能力値で見た場合、ヴィッセルがリーグでも上位の存在であることは間違いない。
ならば問題を正面から受け止め、それに対する解決策を見出していくことができれば、状況は必ず好転する。
今、厳に慎むべきは、この状況をメンタル面の問題として捉えてしまうことだ。
それは問題解決から最も遠ざかってしまう行為であり、原因不明の『スランプ』に陥る要因となってしまう。


 試合前、川崎Fの選手たちからはヴィッセルをリスペクトする言葉が多く聞かれた。
そして、それはリップサービスや儀礼的なものではなかった。
その中で、長谷川竜也は「ヴィッセルはJリーグチームとは違うテイストのサッカーをしている」という見方を示している。
これは正鵠を射た指摘だ。
 Jリーグのテイストといえば、ピッチ上の選手が前からボールを奪いに行き、そこから素早く攻めるということになるのだろう。
それが悪いということではない。
飽くまでもJリーグで多く見られる形ということだ。
これについては多くの外国籍選手が指摘するように「忙しいサッカー」という言い方をすることもできる。
これに対してヴィッセルが志向しているサッカーは、決して急ぎすぎることなく、自分たちでボールを保持しながら相手を動かし、その隙を突いて攻めるということになるだろう。
この対照的ともいえる二つのサッカーのぶつかり合いで最も象徴的だったのが、第6節の松本戦だった。
今季のJリーグで最もポゼッション率が高く、パス数の多いチームがヴィッセルであり、この二つの数値が最も低いチームが松本である。
外的要因もあったとはいえ、ヴィッセルがこの戦いに敗れたことで、他チームのヴィッセル対策は定まった。
それをひと言でいうならば、「ボールを持たせることで、乱れを生じさせる」ということになるだろう。
相手とボールを奪い合う形になると、ヴィッセルは強い。
アンドレス イニエスタを中心に、ボールスキルの高い選手が揃っているため、相手をかわしてボールを動かすことができる。
だからこそ、ボールを奪いに来る相手が作り出すスペースを利用しながら攻めることができていた。
しかし相手が引いて守ってしまった場合、そのブロックを崩すためには相当の技術とアイデアが要求される。
ボールスキルに差があるとはいえ、同じプロの選手が守りに徹した場合、そう簡単に崩せるものではない。
その結果が松本戦の敗北だった。

 もう一つヴィッセルから自信を奪い去ったのは、第7節の広島戦だった。
この試合でヴィッセルが見せた前半の戦い方は見事だった。
前から取りに来る相手をかわし、引いた相手を崩すためにセットプレーを効果的に使いながら、Jリーグきっての堅守を誇る広島から、前半だけで2得点を奪った。
潮目が変わったのは65分からの8分間だった。
ここで3失点を喫したことで、ヴィッセルは守備に問題を抱えているという印象が強く残った。
実際にこの試合でやられたように、左サイドバックの裏のスペースに起点を作られてからの攻撃に弱点を抱えていたことは確かだが、どのチームも弱点など一つや二つは抱えているものだ。
弱点の克服は肝要ではあるが、それを推し進めるあまり長所を打ち消すことになってしまうのでは無意味だ。
ここでヴィッセルは、もう一度自分たちの長所を再認識する必要があったのだろう。


 ヴィッセルが志向しているサッカーにおいては、ボールを持ち続けるということも、形を変えた一つの守備なのだ。
この試合では、イニエスタやセルジ サンペールまでもが相手に対して突っかけるような守備をする場面が散見された。
それが悪いということではないが、スタイルとしては不適合なのではないだろうかという思いが残ってしまう。
ヴィッセルにおける守備の整備とは守備のスタイルを変えることではなく、選手間の連携を整備することであるように思う。
広島戦後、山口蛍は「チームとして守れている感覚がない」とコメントしている。
これは、「選手が連動して動いていない」ということと同義だ。
前節の項でも書いたが、正しいポジションはボールの位置、相手の位置、そして味方の位置によって決定される。
であればこそ、局面に応じて全ての選手がポジションを変え続けなければならない。
それが失われていたが故の山口の言葉であり、広島戦の失点だったのだ。

 サッカーが「ボールの奪い合い」である以上、どこかでボールを奪わなければならないことは当然だが、そこに至る過程として相手のパスコースを切りながら、狭いスペースに追い込み、そこでボールを奪うという方法もある。
全員が前からボールを奪いにいくやり方は、理屈がシンプルであるため、誰にでも理解しやすく、徹底しやすいという利点はある。
しかし走行距離が増えるため疲労が激しく、攻撃時にその力を発揮できないという危険も孕んでいる。
「効率よく攻める」というのがヴィッセルの志向するサッカーである以上、攻撃の力を削ぐような守備は得策ではないように思わえるのだ。

 以上が、今のヴィッセルの戦いに対する総論だ。
次に川崎Fとの試合を観る中で感じた問題点について記す。
最初に指摘したいのは、ビルドアップ時の布陣だ。
この試合ではGKにキム スンギュ、センターバックは右がダンクレー、左が大﨑玲央という布陣だった。
ヴィッセルのビルドアップ時にはセンターバックが大きく開き、その間にGKが入ることで3バックのような形を形成してきた。
しかしこの試合ではキム スンギュが上がる場面は少なく、その位置にはボランチのサンペールが落ちてくる回数が多かった。
ボールスキルの高いサンペールが低い位置でビルドアップの起点となることは、そのパスセンスを考えると効率的なようにも見えるが、ここが落とし穴だったように思う。
サンペールの最大の弱点はスピードにある。
そのため、運動量で広大なスペースを管理するようなプレーは不向きだ。
サンペールが低い位置でボールを受けた場合、そこから前にボールを運ぶ間に相手の守備が整ってしまう。
そのためこの試合でも、イニエスタがポジションを落としてくる場面が散見された。
イニエスタの効果を最大限に発揮するためには、攻撃陣の近くでプレーするのが最適なのは言うまでもない。
イニエスタが中盤の低い位置まで落ちてくると、前線の3枚との間にスペースが生まれてしまうため、ボールサイドのウイングプレーヤーはそれに連れて落ちてくる。
この試合で戦列に復帰、トップに入ったダビド ビジャは、相手の最終ラインを上げさせないための駆け引きを続けていたため、ポジションを落とすには限界がある。
結果としてヴィッセルの攻撃は低い位置でボールを動かすことになってしまい、川崎Fの守備陣を翻弄することはできなかった。
サンペールと交代で登場し、ボランチに入った三田啓貴がチームに勢いをもたらしたのは、こうした動きと逆のベクトルを向けたためだ。
走力のある三田を起用した場合には、この試合で示したようにチーム全体を前に向ける効果が生まれる。
 ではサンペールを起用した場合は、どのような方法があるのだろうか。
一つの答えはウイングの位置を変更することではないだろうか。
そもそもヴィッセルのサッカーにおける基本は、「横幅は広く、前後はコンパクトに」という点にある。
これによって相手を左右に揺さぶることができ、ボールを失った際も前に運ばれ難くなる。
加えて前後がコンパクトであれば、セカンドボールの奪い合いでも優位に立てる。
ここで横幅を規定しているのが、この試合ではサイドバックの役目だった。
右の西大伍、左の三原雅俊はタッチラインに近い位置でのプレーが多かった。
いわば攻撃方向に向かって、上辺が短い台形のような形になっていた。
そこで、横幅を決める役割をウイングに与えてはどうだろうか。
この試合でいえば、古橋亨梧と小川慶治朗がその役割を担うことになる。
そしてサイドバックはその内側、5レーンで言うところのハーフスペースを使うようにする。
これによってサンペールの管理すべきエリアは小さくなり、サンペールを要とした扇形になる。
そこから前にボールを運ぶ際には、サイドバックがサンペールを左右で護衛する形になるが、その後ろには無類の強さを誇るダンクレーがいるので、それほど大きな事故にはならないのではないだろうか。
これでボールを前に運ぶ体勢が整えば、イニエスタを高い位置でプレーさせることができるようになる。

 この場合、サンペールと横並びの関係だった山口は前に出ることになる。
これによって山口がイニエスタの護衛役になることができる。
危険なスペースを察知して動くことのできる山口は守備面にフォーカスされることが多いが、実はボールスキルも高く、攻撃センスの溢れる選手だ。
その山口がイニエスタの近くでプレーすることができれば、イニエスタに集中するマークを逆手にとって攻撃を組み立てることもできる。
山口は強いシュートも打てるため、高い位置にいればセカンドボールをミドルレンジから直接蹴りこむことも可能になる。
運動量も豊富であり、もし後ろのスペースが危険と見れば、自然と山口が戻り守備に加わってくれるだろう。


 この方法にはもう一つのメリットがある。
それは西を活かすことができるという点だ。
現在のJリーグで最高の右サイドバックである西だが、目を引くのは卓越した攻撃センスだ。
今は後ろでの仕事が多く、攻撃に顔を出す機会も少ないが、それでもサイドからドリブルでカットインを仕掛ける動きなどは、FWと見間違うほどだ。
ボールスキルも高く、ボランチでもプレーできそうなほどのパスセンスもある西が中央に近い位置でプレーできるとなれば、それはヴィッセルの攻撃に厚みを増すことになるのではないだろうか。
 試合後、西は通信社の取材に対して「全員が頭を使ってないなと(思う)。うまくいかない」と答えているが、現状に相当なストレスを感じているのだろう。
独特の言語感覚を持つ選手であるだけに、天才肌と思われがちだが、その言葉を聞くと非常に緻密な論理性を持つ選手であるという印象を受ける。
戦局を的確に分析し、必要な行動を見つけることが巧い選手であるからこそ、これまで印象的な活躍を見せてきたのだと思う。
実際に試合を観ていると、西は常に周囲の状況を見ながら細かく立ち位置を変えている。
さらに自陣深くに押し込まれたときでも、そこからスペースを見つけ反転することもできる。
ヴィッセルに加入以降、試合を重ねるごとに存在感を増しているが、未だその能力を発揮し切っているとは思えない。
この才能豊かな選手を活かすことができれば、ヴィッセルの攻撃には迫力が生まれる。

 試合後、新主将のイニエスタは「良かった点も、悪かった点もポジションに尽きる」と、試合を総括した。
その通りだ。
ヴィッセルの目指しているサッカーはパスサッカーと称されがちではあるが、正しくはポジショナルサッカーと呼ぶべき類のものだ。
全ての選手が正しいポジションを保つことで、適切なスピードのパスを供給できる。
この試合では選手間の距離が近すぎることが多く、攻撃時につなごうとしたパスが緩くなり、相手にそれをカットされる場面が散見された。
ポジショニングが悪いため、選手間の距離が狂っていた。
本来は相手を動かし、相手の布陣に空隙を生まなければならないのだが、自らがポジションを崩してしまっていたため、ボールを失うと相手のカウンターを許してしまう場面が多く見られた。
どんな場面でもミスは起き得るが、その際にも正しいポジションが取れており、全体がネガティブトランジションを怠らなければ、早々大きな事故にはならないだろう。

 精彩を欠いた試合となってしまったが、その中で気を吐いていたのが先述した三田と、小川との交代で入った郷家友太だった。
郷家の良さは、ボールに寄り過ぎない点にある。
前線でビジャが相手を引き付けているため、その周りのスペースにボールがこぼれることが多い。
これがボールに寄りすぎてしまうと、こぼれたボールに反応できなくなってしまうが、郷家はそうしたことを予見しながらプレーできる能力がある。
そのため、どんな時も周囲の状況を確認しながらプレーすることができている。
古橋亨梧の得点をアシストしたシーンなどは、その能力が如何なく発揮された好例だ。
郷家ならば、ビジャとイニエスタの間に入り込んでのプレーも可能なのではないだろうか。


 2失点を喫した試合ではあったが、その理由はハッキリしている。
最初の失点は、馬渡和彰に『スーパー』と呼んでも差し支えのないフリーキックを直接決められてのものだった。
キム スンギュの壁の作り方も甘かったかもしれないが、馬渡自身が試合後に語っているように、キム スンギュにはデータがなかったのだろう。
2失点目は、イニエスタと山口のパスの乱れを衝かれたことに端を発している。
自分たちがやるべきことをやっていなかったが故の失点であり、解決策はある。
それよりも川崎Fに学ぶべきは、その試合運びの巧みさだろう。
主力を多く欠いていた試合であったにもかかわらず、川崎Fは統制の取れたサッカーを見せていた。
センターラインに谷口彰悟‐大島僚太‐小林悠という軸があったこともあるが、それ以上に全員がどう戦うべきかを共通認識として持っていたことが大きい。
試合後、川崎Fの選手は異口同音に「ボールは持たれると思っていた」、「先制した後は勝点にこだわって、割り切った守備をしようと思っていた」と述べている。
戦い方はある程度決めてから臨んでいるとはいえ、局面が絶えず変わる試合の中で、これを貫ける強さは認めざるを得ない。
「タイトルを獲得によるチーム全体の成長」とは、こうした部分に顕れるのかもしれない。

 本文中でも書いたことだが、広島戦の後半、立て続けに喫した失点がチーム状況を狂わせたことは間違いないだろう。
そうした状況から立ち直ることは、決して容易ではない。
サッカーのスタイルは異なるが、2006年のワールドカップで日本がオーストラリアに試合終盤失点を重ねて、チームがおかしくなったまま大会を終えたことと同様の現象と言えるのかもしれない。
しかしあのときの日本代表とは異なり、ヴィッセルには確実に力が備わっている。
今、失われている規律を取り戻し、これまで培ってきたサッカーの基本に立ち返ることができれば、状況は大きく変わるだろう。
試合後、山口は「このチームは一つのきっかけで大きく変わることができる。僕らにはアンドレス(イニエスタ)という希望がある」と語っている。
世界でも屈指の経験と実績、それに技術を併せ持つイニエスタを中心に、選手個々が自分の役割を果たすことができれば、ここから挽回することも十分に可能だ。
「本当のスランプは、自分がスランプと思い込んだ時から始まる」という言葉を聞いたことがある。
自分たちの力を信じ、今こそ「一致団結」してこの苦境を乗り切ってほしい。
1週間後、「令和」最初の試合である札幌とのアウェイゲームは「ヴィッセル一新」の緒となることを固く信じている。