覆面記者の目

YLC グループステージ第6節 vs.名古屋 ノエスタ(5/22 19:03)
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  • 名古屋
  • ウェリントン(49')
  • 得点者
  • (46')赤崎 秀平
    (71')長谷川 アーリアジャスール
    (81')赤崎 秀平


 「出口のない迷宮に迷い込んでしまった」
ヴィッセルサポーターの多くが、今はこんな気分に陥っているのではないだろうか。
この試合に敗れたことで5年間継続していたYBCルヴァンカップのグループステージ突破が途絶えてしまい、公式戦の連敗は9となってしまった。
YBCルヴァンカップのグループステージを含め、年間40試合戦う中で9連敗というのは、シーズンの実に4分の1を負け続けたことになる。
まさに不振を極めているといった状態のヴィッセルではあるが、この試合で選手たちが見せた気迫は本物だった。
誰もが勝利に飢えている。
フロントスタッフを含め、ヴィッセルに関る全ての人が全力を尽くしていることだけは間違いない。
しかし結果が伴わない。
メディアや解説者は「いい選手は揃っているんだけどね」と、口を揃える。
負傷者が多く、ベストメンバーが揃わないとは言っても、山口蛍や西大伍といった日本代表選手を含め、経験豊富なベテランから、素質を高く評価されている若手選手まで、幅広く揃っている。
長年ヴィッセルを見続けている立場としては、クラブの成長には驚きすら感じてしまう。
 
 この不振の原因をメンタル面に求める声もある。
しかし筆者はこれには同意できない。
「負けに不思議の負けはなし」と言われるように、そこには「勝てないだけの理由」が存在している筈だ。
 以前に見たテレビ番組の中で、印象深い一コマがあった。
プロ野球選手の菅野智之と坂本勇人が、自軍の若手選手を前に語っていたのだが、その中で坂本は自らの失敗に対して、「自分に腹を立てることはあっても、次にその解決策を考えるから、ネガティブな発想にはならない」と語った。
そしてこれを承けた菅野は「一流選手には失敗を怖れる発想自体がない」とした上で「メンタルは関係ない。技術に自信があれば不安なくプレーできる」と断言していたのだ。
誰もが認めるプロ野球界最高の遊撃手と投手の言葉だけに、これらの言葉には重みがある。
 もしヴィッセルの選手が「勝てない」ということに不安を覚えているのだとすれば、それは戦い方を含めた技術が不足しているのであって、そこには改善すべき事象が存在するということだ。
プロスポーツの世界に入ってくるような人間は、総じて極端な負けず嫌いだ。
彼らにとって「敗北」とは、自らのアイデンティティを崩壊させかねない程の非常事態でもある。
この試合でヴィッセルの選手が見せた気迫は、いわば「自己を保つため」でもある。
しかし、思いの強さだけで勝てるほど、プロの世界は甘いものではない。
やはり戦術を含めた技術面の問題点を把握し、それを解決する作業を続けるしか、この苦境を脱する道はない。
 
 この試合で吉田孝行監督は大きな賭けに出た。
それはフォーメーションの変更であり、それを契機とした戦い方の変更だ。
この試合で吉田監督が採用したフォーメーションは3-4-2-1だった。
ワントップにウェリントン、2列目に中坂勇哉と安井拓也、ウイングバックは西と小川慶治朗、ボランチにはセルジ サンペールと山口、最終ラインは右から大﨑玲央、渡部博文、宮大樹、そしてGKに吉丸絢梓という並びでのスタートとなった。
この布陣を採用した理由について吉田監督は、橋本和の疲労を考慮すると、サイドバックが西一人になってしまったことを挙げた。
これは合理的な判断だった。
これまでの戦いの中で、吉田監督はサイドバックの位置にセンターバックを配してきたが、やはりこれは急場凌ぎでしかない。
自然、『急造サイドバック』は相手の狙い目となってしまう。
サイドバックは、裏のスペースの守り方、攻撃参加のタイミングとコース取りなど、専門性が高いポジションであるだけに、粗も目立ちやすい。
ならばということでの3バックシステム採用だった訳だ。
 
 今季初の3バックでの戦いだった訳だが、問題はフォーメーションではなく戦い方にあった。
この試合でヴィッセルが見せた戦い方は、前後をコンパクトに保ち、守備時は5-4-1へと布陣を変更して、重心を低い位置に落とす。
そして相手のビルドアップに対しては、前線の選手から連動しながらボールホルダーに寄せていく。
その上でボールを奪ったら前線のウェリントンにボールを入れるという戦い方を選択した。
この戦い方は、これまで続けてきた戦い方とは大きく異なっている。
自分たちでボールを握りながら、試合の主導権を持ち続ける戦い方ではなく、かつてヴィッセルが得意とされていた戦い方への一時的回帰だった。
ポゼッションサッカーを展開する上で不可欠な大黒柱のアンドレス イニエスタを筆頭に、他にもダビド ビジャ、ルーカス ポドルスキといった選手たちが欠場していた試合だけに、これは現実的な対応と言うこともできるだろう。
事実、試合後に西は「一人の守るスペースが小さかった分、守れているという感覚はあった」と、一定の効果があったことを認めている。
 自分たちが積み上げてきた戦い方を、一時的とはいえ放棄するということは、チーム全体に多大な影響を及ぼす。
なればこそ、この試合だけは絶対に勝利すべきだった。
 
 しかし、勝機は十分にあった。
リーグ戦で好調を維持する名古屋とはいえ、その戦い方が磐石だった訳ではない。
名古屋守備陣のウェリントンに対する対応は、最後までハッキリしないままだった。
高さ・強さともウェリントンが制していたため、守備位置はウェリントンに引っ張られる形で上下動しており、時には背後に広大なスペースを生み出していた。
そもそも同じポゼッションサッカーを志向しているとはいえ、名古屋とヴィッセルのそれは大きく異なる。
ヴィッセルの目指す形では、選手が正しいポジションを取ることでピッチを広く使うことを目的にしているが、名古屋は局面の勝負に勝ち続けることを目的としている。
これに対して名古屋は、全てのフィールドプレーヤーが、相手よりも高いボールスキルを持っていれば、相手に負けることはないという、恐ろしいほどシンプルな発想に基づいている。
それ故に個々のポジションは流動的なる。
従って、この試合のウェリントンのように相手を引き連れてプレーできる選手がいれば、ピッチ上の秩序を崩すことができる。
 しかしヴィッセルはそこを衝き切れなかった。
中坂や安井が相手守備ラインの裏を取る場面はあったが、そこで仕留め切れなかったことが痛かった。
何度かあったチャンスを一つでも決めていれば、違った展開もあった可能性はあるが、それを決めきれないのが今のヴィッセルということができるかもしれない。
勝利から遠ざかっているという事実が、選手たちの動きを萎縮させているという見方もあるだろう。
しかしそれ以上に、フィニッシュの部分が属人的になっていることが問題であるように思う。
 3月に、同じYBCルヴァンカップで名古屋のホームで対戦した時には、左サイドで小川が起点となり、同サイドでボールを受けた田中順也が相手守備陣とGKの間にボールを通し、それをウェリントンが押し込むという形でゴールが生まれている。
このとき見られたような『ゴールまでの論理的な道筋』があれば、チャンスのうち幾つかは決められていたように思う。
あの試合では名古屋もターンオーバーしており、リーグ戦のメンバー中心だったこの日の試合とはレベルが異なるという意見もあるだろうが、理屈さえ間違えてなければゴールは奪えるというのが、今季ヴィッセルが目指していたサッカーであったことを忘れてはならない。
 
 次戦以降の戦いを考える上で、ヴィッセルの戦い方を決定する最大のファクターは負傷者の状況だ。
何人が戦列復帰するかによって戦い方は異なってくるだろうが、この試合で見せた3バックの布陣で戦うと仮定した上で、何を改善するべきか考えてみる。
まず一般論として3バックを採用したチームが考えるべきは、5バックの時間帯を減らすということだ。
守備時にウイングバックがポジションを落とし、5バックを形成する訳だが、これを基本としてしまった場合、攻撃時には長い距離をスプリントしなければならず、体力の消耗が激しくなる。
今週末には気温も30度を超えると予想されるだけに、ここからは如何にして効率的に勝利を目指すかということを考えなければならない。
 そこで次に考えるべきは、最終ラインからのビルドアップだ。
この日の名古屋のような2トップを相手にする場合、3バックで守っていれば3対2の数的優位がそこにはある。
これを活かして最終ラインが高い位置までボールを運ぶことは、4バックの時と変わらない。
その意味では、この試合で大﨑が見せたプレーが参考になる。
ここ数試合、利き足の問題に悩まされていた大﨑だが、この試合では久し振りに「らしい」プレーが見られた。
相手がプレスに来たところをいなしながら、前が空いていればボールを持って進出し、相手が来た場合には、その選手をかわして前にパスを狙うというプレーだ。
これは最終ラインの選手が意識すべきプレーだが、これができると攻撃の開始位置が高くなり、コンパクトな陣形が維持し易くなる。
 次に、サイドに戦場を移した場合を考えてみる。
この場合はボールサイドのセンターバック、ボランチ、同サイドのウイングバックでトラインアングルを形成することが、最初にやるべき行為だ。
そしてその中で相手を走らせることで、主導権を握らなければならない。
そして相手ゴールに向けて幾つものトライアングルを形成できるよう、各選手はポジションを取った上で、ボールを握り続けることが肝要だ。
 
 こうして見てみると、ヴィッセルが志向しているサッカーにおいては3バックや4バックというフォーメーション上の数字は、さしたる意味を持たないことが解る。
フアン マヌエル リージョ前監督が、フォーメーションを数字で表すことを好まなかった理由だ。
目的は「ボールをつなぎながら、相手を走らせる」ということに尽きる。
試合後、西は「走れていない」と、この試合におけるヴィッセルの弱点を指摘した。
今季、ここまでヴィッセルの選手たちは「走り勝つサッカー」ではなく、「走らせるサッカー」を目指し、トレーニングを続けてきた。
当然、練習メニューはボールスキルを高めるものが中心だったのだろう。
ここで考えなければならないのは、ここから走力を高めるトレーニングをしている時間的余裕はあるのかということだ。
ましてや、ここから体力消耗の激しい季節に突入していく。
こうした諸条件を勘案すれば、かつてのように走力に頼った戦い方ではなく、ボールスキルとポジショニングを重視した戦いを突き詰めていくべきというところに思考は帰結する。
 手段をハッキリさせた上で考えるべきは、どこで攻撃のスイッチを入れるのかということだ。
横浜FM戦で最初に喫した失点は、宮が低い位置から大きくサイドを変えようとしたボールが相手に渡ったことに端を発している。
狙いとしては理解できるが、位置的なことを考えたとき、あの選択は正しかったのか。
そこを突き詰めて考えなければならない。
ヴィッセルが志向するサッカーが攻撃的であるからこそ、リスク管理は徹底して考えなければならないのだ。

 
 ここで光明となるのはサンペールの存在だ。
この試合では3バックの前でプレーする時間が長かったが、中盤の底から前線への効果的なパスを何本も放っていた。
名古屋を率いる風間八宏監督は、ボール奪取能力に優れた米本拓司をサンペールにつけて対応していたが、互角以上に渡り合っていた。
サンペールは巧みなボールタッチと鋭い反転から、何度も米本のプレスを剥がし攻撃の起点となっていた。
中坂や安井を走らせたパスなどは、決定的チャンスになりかかっていた。
漸く持ち味を発揮し始めたサンペールを扇の要として、そこからどれだけのトライアングルを形成できるか。
ここに全てがかかっている。
サンペールよりも前にポジションを取るべき6人の選手が正しくポジションを取ることができれば、以前のように相手を動かすサッカーも可能になる。
この試合のようにワントップで戦うならば、残りの5選手は2-3で敵陣に向かって広がる台形を意識すべきだろう。
ウイングの選手が幅を取りつつ、ワントップとの連携で奥行きを作り出す。
トップ下とインサイドハーフの選手は、ワントップの後ろでボックスの幅に広がり、セカンドボールに備える。
こうした基本的陣形を整えることができれば、十分にチャンスは創出できる。
 
 ここで注意すべきは2点。
 一つは、ボールホルダー以外の選手はボールに寄り過ぎないということだ。
フォローの動きは必要だが、それは球際の勝負をしている味方にとってのパスコースを作り出すというところに留めておかなければならない。
そこで寄り過ぎてしまうと、相手選手も連れて行くことになり、結局は混戦状態を作り出してしまう。
そして空けたスペースを敵に使われてしまうと、それが相手にとっては攻撃の起点となってしまう。
 同様に慎むべきは、バランスを壊すドリブルでの仕掛けだ。
逸る気持ちを抑えて、相手のスペースを見つけながら、そこでボールを動かしていく忍耐が求められる。
ボールを握りながら、なかなかフィニッシュまでいけない時に焦れるのは当然だが、そこで意識すべきは相手が食いつかなければパススピードを上げるという意識だ。
そこで無理な仕掛けを見せると、それはオープンな展開を呼び込んでしまい、ゲームコントロールを難しくしてしまう。
ボールを失った際には、素早く戻るといったネガティブトランジションのスピードを意識しながら攻撃を続ければ、理屈の上ではそれほど大きな破綻をきたすことはない。
 
 この試合ではサンペール以外にも収穫はあった。
それは中坂だ。
効果的な仕掛け、「いくところ」と「いかないところ」の判断だ。
それが巧みであったため、中坂の仕掛けはボールを失ったとしても、ピンチを招くことはなかった。
 もう一人収穫と言えるのは増山朝陽だろう。
長期に及ぶリハビリから復帰して、増山はコンディションを上げてきている。
持ち前のアジリティも戻りつつある増山は、この試合では途中出場ながら、確実に存在感を示した。
 そしてもう一人、GKの吉丸。
凡そ1年振りの公式戦だったようだが、地味ながらも好セーブを連発していた。
キックでも目立ったミスはなく、落ち着いてプレーしていたように思う。
出場機会を掴むのが大変なポジションではあるが、日々の成長を実感させたことは、今後に向けていいアピールになったのではないだろうか。
 
 次戦は中3日での湘南戦。
ここで走り勝つというのはかなりの難事だろう。
であるからこそ、選手全員がやるべきことを理屈として整理し、それを意識しながらプレーすることが望まれる。
ポジショナルプレーが難しいことは事実だ。
しかしそこに踏み込んだ以上、撤退するという選択はして欲しくない。
90分間、大きなミスなくプレーし続けるというのは、サッカーという競技の特性を考えれば難しいことではあるが、それを実現するための準備を続けてきたことを忘れて欲しくない。
丁寧ではあるが弱気ではないプレーを心がけ、それを90分貫くことができれば、浮上のきっかけはつかめる筈だ。
 
 最後にメンタル面の話をしたい。
試合後には那須大亮がゴール裏に行き、ヴィッセルサポーターと対峙した。
そこで自分たちの不甲斐なさを詫びると同時に、更なる共闘を呼びかけたと聞いた。
那須の熱い気持ちに心を打たれたサポーターも多かったことだろう。
だからこそ那須を筆頭とした選手たちにお願いしたいのは、本気で要求しあって欲しいということだ。
09年、あるアウェイの試合で、試合後のヴィッセルのロッカーで激論がかわされたことがあるという。
0-1での敗戦の後だったが、本気で戦っているとは思えない外国籍選手に対して、一人の選手が本気で詰め寄ったという。
激しい口論になり、最後は周囲の選手が止めに入ったそうだが、その行為が落ち込んでいたチームを奮い立たせたという。
喧嘩をすればいいというわけではないが、そのくらい本気で要求し合う姿勢がなければ、チームに活気を取り戻すことはできない。
技術的な裏づけがなければ単なる「根性論」に終わってしまうが、そうしたものは備わっているからこそ、チームで定めた戦術を徹底するためにも選手同士で要求しあうことは有意義な筈だ。
愛すべきヴィッセルの選手たちの奮起に期待している。