覆面記者の目

明治安田J1 第33節 vs.清水 アイスタ(11/24 14:04)
  • HOME清水
  • AWAY神戸
  • 清水
  • 3
  • 1前半1
    2後半2
  • 3
  • 神戸
  • 河井 陽介(39')
    ドウグラス(87')
    六反 勇治(104')
  • 得点者
  • (26')藤田 直之
    (52')古橋 亨梧
    (62')三田 啓貴

ヴィッセルにとって今季最後のアウェイゲームは、何とも形容し難い試合となってしまった。
大荒れとなった終盤の展開ばかりが印象に残ってしまったが、少なくとも83分までは緊張感のあるいい試合だったことも事実であり、そこからの数十分は別の問題として捉えなければならない。
まずは83分までの試合を振り返ってみる。


 引き分け以上で『J1残留』が決まる大事な試合で、フアン マヌエル リージョ監督は第17節以来の出場となる宮大樹を先発に起用した。
約4ヶ月振りの公式戦出場となった宮だが、試合開始直後は緊張からかプレーに安定感は見られなかった。
清水の寄せが早かったこともあり、目の前のボールへの対処に追われてしまっていた感がある。
大﨑玲央とコンビで左センターバックに入っていた宮だが、左に開いたときなどは、ポジションがやや宙に浮いていたように見えた。
これは、左サイドバックのティーラトンとの関係に起因している。
相手のプレッシャーが弱い場面では問題ないのだが、相手がボールを持っている時には、ゴール前への侵入を止めながらも、素早く攻撃へ移行することを意識しなければならないのだが、ティーラトンのポジションが高いため戸惑いがあったのだろう。
実はその場面ではボランチの藤田直之が下がって中央を閉めているため、宮は目の前の選手を外に押し出すことを優先すべきなのだが、センターバックの習性として中央のスペースを気にしてしまったのだろう。
結果としては、それが中途半端なポジショニングにつながってしまったのだが、これは単純に『試合勘』の問題だ。
 トレーニングと試合の関係は一方的だ。
「トレーニングでできないことは、試合では絶対にできない」と言われる。
しかし、トレーニングでできていても、試合でそれを表現できるとは限らない。
そして、この関係をイーブンなものに引き上げてくれるのが『試合勘』だ。
これは実戦経験を積むことでしか手に入らない。
しかもどんなベテラン選手であっても、一度実戦から遠ざかってしまうと簡単に失われてしまう。
だからこそ、宮はこの試合で得たチャンスを広げ、試合に出続ける努力をしなければならない。
 序盤は戸惑いが感じられた宮だったが、前半25分過ぎ頃からは落ち着いていたように思う。
センターバックが開いた中にボランチを迎え入れての守備やビルドアップに慣れてきたのだろう。
持ち前のキックを活かして、寄せてくる相手をかわしながら縦にボールをつけていく場面も見られるようになった。
リージョ監督が志向するサッカーにおいて、キックに特徴のある宮にかけられる期待は大きい。
それに応えるだけの能力もある。
ルーキーイヤーとしてはまずまずの活躍だったともいえるが、そのポテンシャルからすれば、やや物足りなさが残る。
来季大きく飛躍するためにも、まずは試合出場を勝ち取ることを意識して欲しい。


 この試合でもゴールマウスを守ったのは前川黛也だった。
これで3試合連続スターティングメンバーとなった前川だが、過去2試合と比べるとパフォーマンスは低調だった。
特にキックの精度が低かった。
これは一つのプレーが尾を引いたためだと考えられる。
そのプレーとは4分のものだ。
前川のフィードに対して、その蹴る瞬間を狙って北川航也がスライディングを仕掛けた。
ボールは北川に当たってゴール方向に跳ね返るが、これはそのままゴールラインを割った。
日本代表にも選出された北川による抜け目のないプレーだったが、このプレーが前川のリズムを狂わせたのだろう。
その後、前川のキックは過去2試合と比べて蹴り急いでいる感があった。
特にサイドを狙ったキックの精度は、過去2試合と比べ低かったように思う。
 それでも22分にはゴール前のこぼれ球に対して果敢に飛び出し、ドウグラスの前でボールを触るなど、見事なプレーを見せた。
これが試合に出続けるということなのだろう。
リズムを崩されたとしても、最低限の仕事はキッチリとこなすことができるようになっている。
こうしたプレーが、前川に対する『計算の立つ選手』という評価につながっていく。
 前川についてもう一点付記すると、前半を1失点で終えたことは高く評価できる。
その理由はスタジアムにある。
この日試合が行われたIAIスタジアム日本平には、GK泣かせの特長がある。
それはスタジアムの立っている方角だ。
東西方向に向いて建てられているため、西日が直接差し込んでくる構造になっているのだ。
夕方以降のキックオフならば問題はないが、デーゲームの場合、前半か後半のいずれかは西日を正面から受けながらのプレーとなる。
そのためハイボールへの対応が難しくなるのだ。
このスタジアムに慣れているはずの、相手GKが後半2失点を喫したのは、これと無関係ではない。
その難しさについて、このスタジアムでプレー経験のあるGKは「遠近感が掴み難くなる」と口を揃える。
アマチュアのボールスピードならば兎も角、西日を受けながらプロのボールに対処することは難しい。
このスタジアムでプロとしてのプレー経験がない前川にとっては、ナーバスな状況だったと思うが、大過なくプレーできたことは、前川の才能を物語っている。
その背景にあるのは、GKとして恵まれた体格以上に、思い切りの良さだ。
パンチングとキャッチングなど、GKとして選択を迫られる場面で、最も慎むべきは迷うことだ。
その点、前川は決めたことを思い切りプレーできるタイプの選手であり、問題はないだろう。
試合を通じて3失点を喫しはしたが、いずれもGKのミスと呼べるものではない。
シーズン終盤に来て前川が急成長を見せていることの意味は、来季以降のヴィッセルにとっては大きい。

 最初の失点は大﨑のミスに端を発している。
自陣でのボール回しの中で、中央への横パスを河井陽介にカットされ、そこから右の金子翔太へとつながれ、金子からの折り返しを河井に押し込まれてしまった。
この場面に限ったことではなく、この試合では横パスやバックパスを狙われる場面が多かった。
ヴィッセルがボールをつなぐスタイルであり、アンドレス イニエスタやルーカス ポドルスキといった卓越した技術を持つ選手に牽引されるように、チーム全体のパス技術は向上している。
となれば、相手の狙いはバックパスや横パスになることは、当然の帰結点ともいえる。
来季以降もヴィッセルがこのスタイルを続けていく以上、そこに注意を払う意識を強く持たなければならない。
バックパスや横パスといったプレーは、ミスがピンチに直結しやすいだけに、前を向いたパス以上に慎重でなければならず、確実性が求められる。


 攻撃面においては、前節からの2週間で格段に成長した姿を見せてくれた。
伊野波雅彦が攻守に奔走する中で、全体の役割とポジションが明確になり、イニエスタの力を攻撃方向に向けることができている。
同時にサイドバックと前の選手の連携で、ピッチを広く使うことができるようになっている。
特に見事だったのは7分のプレーだ。
 センターサークルより少し下がった地点でボールを持った三田啓貴が、左サイドでハーフウェーラインを超えた位置まで上がっていたティーラトンに左足でパス、これを受けたティーラトンはペナルティエリア左角に走りこんできた古橋亨梧へ縦にボールを入れた。
この時左ハーフスペースのイニエスタと左サイドのティーラトンは一緒に縦に上がっていく。
この場面で、清水の守備はイニエスタを追いかけるように3人が移動している。
そこで中央左にできたスペースを三田が上がってきているため、古橋はマイナス方向にパスコースが生まれている。
古橋が三田に戻したことで、清水の守備は全員中央方向に視線が移動している。
そこでイニエスタにフリーな空間が生まれたのだ。
イニエスタはハーフスペースからペナルティエリア左に侵入し、三田からのパスを受けて中央に折り返している。
ここでゴール前に走りこんできているのは伊野波だった。
この一連の流れの中で伊野波は、三田がティーラトンにパスした時点では三田の近くにいる。
そして首を振って周りの状況を確認した上で、左サイドでボールが動いている間に前に上がってきていた。
そのため伊野波は誰にもマークされることなく、ゴール前に入り込めたのだ。
ここで清水の守備は全ての面で後手を踏んでいる。
この場面では相手GKの見事なセーブもあり、得点とはならなかったが三田の技術、古橋のスピード、イニエスタの技術など、個人の持ち味が巧く組み合わさった素晴らしい攻撃だった。
リージョ監督の目指す『ボールを支配することで、相手を翻弄するサッカー』の一端がそこにはあった。

 先制点の場面では、またしてもイニエスタがその技術を見せ付けた。
26分にセンターサークル付近から浮き球の縦パスで、DFライン裏に抜け出した藤田にピッタリと合わせた。
これを藤田がダイレクトに蹴りこんだのだが、この場面では清水の守備陣はノーチャンスだった。
試合を通じて厳しいマークを受け続けるイニエスタだが、ほんの僅かのスペースがあればどんなボールでも出すことのできる技術には見惚れてしまう。
この場面では清水サポーターの間からもため息が漏れていたが、一つのプレーでスタジアムの空気を一変させてしまう威力をイニエスタは持っている。

 2得点目は伊野波が左から入れたクロスを、ファーサイドで古橋が頭でループ気味に流し込んだ。
先述の通り、相手GKは西日との戦いの最中だったため、遠近感を見失っていた感があるが、それ以上に相手の守備陣は古橋の頭に対して無警戒だった。
古橋の攻撃に高さはないと決めてかかっていたのだろう。
その隙を巧く衝いた古橋は見事だった。


 3得点目は三田の思い切りが生み出した得点だった。
左サイドからファーサイドの古橋を狙ったクロスのようでもあったが、それが直接ゴールに吸い込まれた。
試合後、三田は「狙っていなかった」と話していたが、あの場面で思い切りよく蹴ることができるのは、三田の技術があればこそだ。
この試合では縦への推進力となっていた三田だが、ここへ来てイニエスタや藤田との関係も整理されつつある。

 とここまではヴィッセルにとって、理想形とも言える形で試合は進んでいた。
それを崩すきっかけとなったのは、藤田に対するこの試合2枚目のイエローカードだった。
この場面で藤田のプレーがファウルであることは間違いないのだが、藤田にとっては納得いかない判定だったことだろう。
というのも、この試合では審判が基準を示すことなく進んでいたためだ。
一部ではヴィッセルの側にラフプレーが多かったような報道もあるが、それは明確に否定しておきたい。
清水も素早い寄せを行う中で、ラフプレーもあり、手を使ったプレーも少なくなかった。
しかしそれらは、試合の中では起こり得ることだ。
サッカーがボディコンタクトを伴うスポーツである以上、主審は笛を使いながら、早い段階でその『基準』を示さなければならない。
それによって選手は微調整を行いながら、ファウルすれすれのプレーを試みるのだ。
藤田の立場に立てば、どのプレーがイエローカードに相当するのか解らないままに退場を命じられた気分だったことだろう。
 もう一つ筆者が気になるのは、主審が選手に対して十分にコミュニケーションを取っていたかどうかという点だ。
『巧い』といわれる審判を見ていると、頻繁に選手に声をかけていることに気付く。
審判は選手を『裁く』ことが目的ではなく、ゲームを『コントロール』することが目的と理解しているからだ。
選手に声をかけながら、『熱く、クリーンな』試合を作り出すのが審判の責務であるともいえる。

 そしてもう一つ、この試合を裁いた主審は、時間をも『コントロール』できていなかった。
これについて、時間経過とともに振り返ってみる。
90分を迎えた時点で示されたアディショナルタイムは4分。
河井と橋本和が接触し、プレーが中断したのは93分38秒。
アディショナルタイムの数字が目安だとはいえ、残された時間は1分程度と考えるのが普通だ。
河井が退場し、試合が再開されたのは98分1秒。
次に試合が止まったのは、ポドルスキと立田悠悟の接触。
このときの時計は99分4秒。
この時点で残されていた時間は、それ程長くないはずだった。
試合が再開されたのは102分。
ここから1点を追う清水が攻め込み、その攻撃が前川のキャッチによって終了したのは102分12秒。
本来であれば、ここで試合を終わらせるべきではなかっただろうか。
時間管理は審判の専管事項とはいえ、この時間管理に疑問を抱くのは筆者だけではあるまい。
これがヴィッセルの選手をヒートアップさせた最大の原因だ。
 この日の主審は、昨季終了時点でJ1リーグ戦は未経験だったようだ。
J2では40試合以上笛を吹いていたようだが、J1のスピードや激しさには不慣れだったことは容易に想像が付く。
であればこそ、第4の審判を含めた『審判団』として対処すべきだった。
かつてブライアン・グランヴィルは「ピッチ上には3つのチームがある。ホームチームとアウェイチームとレフェリーチームだ」と語っている。
審判は選手と敵対する存在ではなく、選手と同じように試合を成立させるための『チーム』であるということだ。

 既に様々なメディアで語られているが、この試合を壊した責任の多くは『審判団』にある。
清水にとってはホーム最終戦、ベテラン選手の引退という条件を考えても、熱い試合になることは容易に想像がついた筈だ。
かつてヴィッセルを指揮したスチュアート・バクスター氏は、試合後の会見で審判に言及することが多かった。
その際決まって口にしたのは「審判は日本サッカーの発展に責任を負っている」という言葉だ。
その言葉の意味を、この日の『審判団』には噛み締めてほしい。

 とはいえヴィッセルの選手がヒートアップし過ぎたことも事実だ。
ウェリントンはもちろんだが、ポドルスキにも苦言を呈したい。
闘争心溢れるキャプテンの存在は、チームの宝物ではあるが、荒れた試合の中で選手を落ち着かせるのも、またキャプテンの『仕事』なのだ。
 試合前、ヴィッセルのGKコーチを務めたこともある藤川孝幸氏と試合前日急逝した清水の久米一正GMに対して黙祷が捧げられた。
両氏ともサッカーを愛し、日本サッカー、そしてJリーグの発展を夢見て、尽力した人物だ。
その両氏は、この試合をどんな目で見ていただろう。
今一度サッカーに対する思いを見つめなおして欲しい。


 様々なことが起きたため、今季最後のアウェイゲームは悪い意味で忘れ得ぬゲームとなってしまった。
次節はいよいよ今季のラストゲーム。
このメンバーでサッカーができるのも、あと1試合だけなのだ。
今こそ「ヴィッセルはいつだって全員で戦う」という言葉を噛み締め、全ての思いをピッチ上で吐き出して欲しい。
そして最高の笑顔でシーズンを締めくくって欲しい。
その笑顔こそが、来季への原動力となる。