覆面記者の目

YLC グループステージ第5節 vs.大分 昭和電ド(5/8 19:03)
  • HOME大分
  • AWAY神戸
  • 大分
  • 2
  • 0前半1
    2後半0
  • 1
  • 神戸
  • 後藤 優介(69')
    ティティパン(76')
  • 得点者
  • (38')山口 蛍

試合終了後に行われた会見の席上、吉田孝行監督は開口一番、「非常にダメージの大きい負けです」と試合を振り返った。
残念ながらその通りだ。
この敗戦によって、今季のYBCルヴァンカップ プレーオフ進出に黄色信号が灯った。
グループリーグ最終節で名古屋と対戦するヴィッセルは、勝利が絶対条件。
その上で大分とC大阪の対戦結果に左右される『他力本願』となってしまった。
これだけでも十分にダメージは大きいが、それ以上のこの日の敗戦は、今後の戦いに影響を及ぼしかねない内容を孕んでいるものだった。

 ここまでYBCルヴァンカップではターンオーバーを採用してきたヴィッセルだったが、この試合ではそれを止めた。
4日前に行われた札幌とのリーグ戦でフル出場していた、山口蛍と宮大樹を先発起用したのだ。
さらに、やはり札幌戦でフル出場していた西大伍と古橋亨梧をベンチに入れ、途中出場させた。
最終的に山口と宮はフル出場、西と古橋は約30分の出場となった。
ここに至る吉田監督の考え方は解るような気がする。
YBCルヴァンカッププレーオフ進出に王手をかけることも狙いではあったろうが、それ以上に公式戦で連敗中の、嫌な流れを断ち切りたかったのだろう。
吉田監督自身にとっても、監督就任後まだ勝利はおろか、引き分けすらない状態が続いており、悪い流れを早く脱したいという思いが強かったことは間違いないだろう。
しかし結果を見れば、先制しながらもそれを守りきれず、最後はミスからの失点が決勝点になるという最悪の流れだった。
精神的にも肉体的にも徒労感だけを残してしまった感は否めない。

 これで公式戦6連敗となってしまったヴィッセルだが、この苦境を脱出するに際して何をすべきか考えてみる。
会見の最後に吉田監督は「気持ちを切り替えて、悪い流れを断ち切りたい。そのためにもメンタル的に一つにならなければいけない」と語った。
これはその通りなのだが、メディア向けの発言でもあるだろう。
悪い流れに嵌り込んでしまっている時は、選手も必死に足掻いている。
敗戦によってプライドを傷つけられているのは、選手自身だからだ。
そんな状況下で指揮官が取るべき対処法は、精神的な部分にフォーカスしないことだろう。
メンタルを強く持たなければプロの世界で戦っていけないことは事実だが、そこに意識を向けすぎてしまうと、精神が肉体本来の動きを阻害してしまう。
大事なことは、「ミスが起きているから負けている」ということを認めた上で、そのミスが発生する技術的理由を探り、それに対する対応策を重ねていくことだろう。
イチローが現役時代に受けたインタビューの中で、スランプ脱出法を尋ねられた際、「何もしないこと」と答えたのは有名な話だが、ここにこそヴィッセルが苦境を脱するためのヒントがあるように思う。
 世界最高の安打製造機と呼ばれたイチローだが、自分のバッティングを細かく分解し、メカニズムとして理解していたことはよく知られている。
だからこそ常にバッティングフォームを細かくチェックし、不振の原因を突き止めることができた。
しかしイチローにとって、こうした行為は日常的に行うべき行為でもあった。
だからこそ「スランプだからといって、特別なことをするわけではない」ということになるのだろう。
 これを今のヴィッセルに置き換えて考えてみると、今のやるべきことは、シーズン前から積み上げてきたサッカーを理屈で理解し、現時点で実現できていないことをトレーニングの中で解決していくことの積み重ねということになるだろう。
 吉田監督は就任直後、「失点を減らす」と口にしていた。
これ自体は当然正しい。
しかしそのために採用した方法が、前から連動してプレスをかけていくという守備方法になっていることが問題であるように感じている。
この方法が間違えているということではない。
しかしサッカーというスポーツにおいては、攻撃と守備が表裏一体の関係にある以上、守備の方法は攻撃との親和性を持って選択する必要がある。
そこにズレがあるため、今のヴィッセルのサッカーはチグハグに見えてしまうのではないかと考えている。



 ここでもう一度、今季のヴィッセルが目指しているサッカーについて見直してみよう。
昨季からヴィッセルが取り組んでいるサッカーは「ポゼッションサッカー」と呼ばれる物だ。
これをひと言でいうならば「ボールをつなぎながら、相手を崩しきるサッカー」ということになるだろう。
このスタイルにおいて最も慎むべきは、「リスクの高いパス」だ。
チーム全体が攻撃方向にベクトルを向け、高い位置でプレーすることを基本としているため、安直なパスミスは失点につながるリスクが高い。
ヴィッセルがお手本としているF.C.バルセロナが、相手のペナルティエリア付近まで攻め入りながら、時には味方のGKまでボールを下げることを厭わないのは「確実にボールをつなぎ続ける」ためだ。
サイドの深い位置でボールを保持した際に、簡単にクロスを放り込んだりすることがないのも、確実性を重視しているからこそだ。
ボールを保持し続けることができれば、相手の攻撃を受けることは無い。
つまりは「攻撃は最大の防御なり」という思想の下に設計されている。
ここでパスをつなぐ際に意識すべきは、相手を動かすということ。
相手選手を走らせることで、体力と秩序を削いでいくことを目的としている。
この基本的な考え方は、今季のヴィッセルの選手には浸透している。
だからこそヴィッセルと対戦したチームは、ボールを奪い合う勝負ではなく、自陣の低い位置でブロックを組んで、カウンター狙いに徹してきた。
今季の最初から、「ヴィッセルの課題は最後の部分」という言い方をされることが多かった。
相手のブロックを崩す段階で手を焼いていたことから、こう言われていたわけだが、これは裏を返せばポゼッションサッカーの基礎部分はできていたということでもある。
相手ゴール前ではアンドレス イニエスタによる急所を突くパスに期待をしてしまうが、それすらも確率が低ければ回避するのがポゼッションサッカーだ。
だからこそボールの無いところで、選手は相手守備の裏を取る動きや間に入り込む動きを続けることで、相手のブロックに綻びを作り出さなければならない。
そうすることで、ゴールへの確率は高まるからだ。
これが「仕掛け」と呼ばれるものであり、ここを追求する段階までヴィッセルはたどり着いていたのだ。

 次に、ポゼッションサッカーにおける守備面に目を転じてみる。
守備において徹底すべきは、ボールを失った際にベクトルを180度切り替える速さの追求だ。
これが「ネガティブトランジション」だ。
ポゼッションサッカーの大敵であるカウンターを防ぐため、ボール近くの選手はファーストディフェンダーとして時間を稼ぐ。
その間に他の選手は守備陣形を整える。
その際に意識すべきは、如何に高い位置でボールを奪うかということだ。
いざというときに自陣に戻る体力も温存しつつ、高い位置でボールを奪い、再び攻撃に転じて相手を動かす。
これを繰り返すことで、自チームの優位性を高めていく。

 このポゼッションサッカーを実現するためには、ボールスキルの高い選手が必要なことは言うまでもない。
そして最も大事なことは、ボールスキルの高い選手たちが、惜しみなくフリーランを続けるということだ。
全員がそれを過怠無く続けることで、ポゼッションサッカーは完成する。
かつて山口が「連携して守っている感覚が無い」と口にしたのは、このフリーランが徹底されていなかったためだ。
守備が個人対応であることは許容されるが、連続性が無ければ有機的な関係は構築できない。
こうしたサッカーを続けてきたチームに、前からボールを取りにいくという守備方法を持ち込むのは、組み合わせとしてあまり宜しくないと言わざるを得ない。

 私見だが、今のヴィッセルが建て直しのために取るべき策は、もう一度どのようなサッカーで戦うかを明確にし、それをチーム内で共有することなのではないだろうか。
サッカーには様々な戦術があるが、そこに優劣は無い。
どの戦術にも長所と短所がある。
しかしそれは許容しなければならないものだ。
繰り返しになるが、サッカーが攻撃と守備が一体となったスポーツである以上、全ての戦術は攻撃と守備が不可分の関係にある。
いずれかの戦い方を選択した時点で、その短所も受け入れなければならない。
「この戦術の攻撃面と、この戦術の守備面を組み合わせて」などという都合のいいものは存在しないのが実情だ。
だからこそ、どこに重きをおいて戦うのかを決定し、それに応じた戦術を採択することが重要だ。

 試合中、吉田監督は選手に前からプレスをかけるように指示を送っていた。
ウェリントンや小川慶治朗はそれを忠実に実行していたが、ここにこそ落とし穴があったように感じている。
大分の戦い方は、ボールをつないでくるとはいえカウンターが主体となっている。
そのためヴィッセルが前に出てきた段階で、攻撃のスイッチを入れてきた。
むしろ相手の前方向へのパスを切りながら、全体でゆっくりと押し上げていった方が効果的だったのではないだろうか。
全体がオーガナイズされていなかったため、結果的に中盤が手薄になり、大分に攻撃ルートを示したような形になってしまった。
ヴィッセルが全体を低い位置でオーガナイズしていたら、大分は前に出るルートを探しきれず膠着状態に陥っただろう。
敢えてその状態に持ち込んだ上で、そこからゆっくりと攻め上がっていっても良かったように感じている。

 ここ数試合、ヴィッセルの戦いを見ていると、攻撃陣が前から行くのに対して、中盤以降が連動できていないように見える。
そのため攻撃の人数は限定的であり、相手ブロックの前でボールを失うと、相手は自由に組み立てることができている。
やはり一度低い位置に引き込み、そこから落ち着いて組み立てながら、チーム全体で上がっていくようにした方が良いように思える。

 それでも選手たちが勝利を渇望していることは、スタンドまで伝わってきた。
決して整備された守備ではなかったが、身体を張って守り続けていたことは事実だった。
それだけに決勝点のシーンは残念だった。
ビルドアップしようとした前川黛也が、ペナルティエリア前で左に出したボールが弱く、ティティパンにインターセプトされ、そのままゴールに持ち込まれてしまった。
このシーンで前川の犯したミスは、プロとして言い訳のできないものであったことは事実だ。
前川にとっては悪夢のようなシーンだったことだろう。
ゴールを預かる立場としては、フィールドプレーヤーの信頼を勝ち取っていかなければならない。
昨季終盤から出場機会を増やしてきた前川だが、今季は苦しんでいる。
持ち味である足もとの技術を活かしたビルドアップに期待がかけられているが、守備面での課題に直面したことでプレーに迷いがあるように感じられる。
しかし敢えて言うと、前川にはこの状況を必ず乗り越えてほしい。
ヴィッセルがポゼッションサッカーに取り組んでいる以上、前川の能力は絶対に必要になる。
この試合でも、大きく開いたセンターバックの間に入り込んで前川がビルドアップの起点となった時、ヴィッセルの陣形は整っていた。
キム スンギュという高い壁はあるが、ことビルドアップに関して前川は、キム スンギュを超える能力を持っている。
その能力を発揮するためにも、恐怖心を克服し、ゴール前での落ち着きを身につけてほしい。


 この試合で筆者が注目したのは大﨑玲央だった。
右サイドバックに入った大﨑だったが、62分に西との交代でピッチを後にするまで、落ち着いてプレーできていた。
過去にも再三指摘してきたことだが、やはり大﨑は右に置いたときは良さが出る。
この試合でもタッチライン沿いに追い込まれながらも、何度もそこで相手を引き付けてかわすという動きを披露し、サイドでの優位を確立していた。
4日後の鹿島戦には、西が累積警告で出場できない。
藤谷壮、初瀬亮も戦線を離脱している状況だけに、大﨑が右サイドバックとしてもある程度戦えることが解ったというのは収穫だった。

 逆に左サイドバックに入った郷家友太は、やはりもう少し前で使いたい選手だ。
高さがあるため、サイドからのクロスに対しては有効だが、攻撃時に長い距離を走ることになってしまい、相手の隙を衝いて間に入り込む郷家の良さは発揮されなかった。
札幌戦で橋本和が負傷交代しただけに、左サイドバックをどうするかということは問題として存在しているが、郷家をここで使ってしまうのは、聊か勿体ない気がする。
器用な選手であるため、それなりに形にはなるだろうが、やはり攻撃面での良さを引き出してほしいと思ってしまう。

 吉田監督にとって最も悩ましかったのは、古橋の投入ではないだろうか。
64分に小川との交代で登場した古橋だったが、疲労が残っていることは傍目にも明らかだった。
現在、古橋はヴィッセルの攻撃におけるストロングポイントになっているだけに、吉田監督も使いたくなかったのではないだろうか。
それでも使わざるを得なかったのは、勝利によってチームのムードを一新したいという気持ちと、それまで小川が見せていたパフォーマンスによるものだろう。
試合序盤、決定的なチャンスを作り出した小川だったが、シュートは相手GKの正面に飛んでしまった。
これが精神的な重荷になった訳ではないだろうが、小川のプレーはチームにフィットしきれていないように感じた。
スピードを活かして前に向かう姿勢は今まで通りなのだが、動きが直線的なため、リズムがチームよりも速すぎるように見えたのだ。
1年以上、ゴールから遠ざかっている小川だけに、結果を求める気持ちが強いのかもしれないが、もしそうであるならば、チーム戦術への適合こそが、ゴールへの王道だと認識してほしい。

 4日後の鹿島戦は、負傷者や累積警告を考えれば、総力戦とならざるを得ない。
エースであるイニエスタの出場も不透明な中ではあるが、それだけにチーム全体が同じ絵を描くことを意識してほしい。
勝ちたいという気持ちは、全ての選手が強く持っていることだろう。
今はその熱い気持ちを心の奥底に沈め、冷静に戦いをシミュレートし、自らの役割を遂行するということに集中してほしい。
それこそが、この苦境を乗り越えるための王道だ。